婚約者に愛されずしまいには婚約破棄された私でしたが、今は素敵な人に愛されとても大切にされています。
私には婚約者がいる。
三つ年上の彼、名はヘップリーという。
彼は外では愛想の良い人で人気もあるのだが、その一方で婚約者である私にはやたらと厳しく、心ない言葉を吐いてくることなど日常茶飯事だ。
心ない言葉どころか。
時には私のすべてを否定するようなことを言ってくることだってあるくらいだ。
彼の外向きの顔しか知らない知人からは羨ましがられることもある。が、まったくもって嬉しくない。皆は「あんな素敵な人に愛されていいな~」なんて言ってくるが、私はそもそも愛されてなどいないのだ。いや、愛されるうんぬん以前に、かなり嫌われているのだ。何となく婚約者同士でいるだけで、良い関係というわけではない。
そんなヘップリーがある日突然呼び出してきた。
嫌な予感に内心溜め息をこぼしつつ、拒否することもできないので仕方なく彼のところへ向かうと。
「急に悪いな」
「ご用とは……何でしょうか」
「お前との婚約、破棄とすることにした。それが用だ」
いきなり切り出された婚約破棄。
「言ったことが聞こえたか?」
腕組みをしているヘップリーは不機嫌そうな顔をしている。
もっとも、私に接する時の彼なんていつも不機嫌で、機嫌が悪くない時の方が珍しいのだが。
「はい。婚約破棄、ですよね。それで正しければ、聞こえました」
「なら返事をしろ!!」
「すみません」
「聞こえたのか?」
「はい!」
すると彼は舌打ちしてこちらを睨む。
「……ったく、相変わらず価値の低い女だ。呆れる。あぁもうお前のような女と一時だけでも婚約していたということが俺の評価を下げるような気がして今から辛い」
少し間を空け、彼は続ける。
「そういうことだから、速やかに、俺の視界から消えるように。いいな?」
「はい。……承知しました」
「返事している暇があるならとっとと姿を消せ!!」
お茶をかけられた。
服が濡れてしまった……。
どうしようこれ……。
彼はいつもこう。自分勝手の極み。私を奴隷か何かと勘違いしているようで、理不尽な怒り方ばかりする。私で発散しようとする。
「そんなだから誰にも愛されねーんだよ!!」
◆
ヘップリーが最後に吐いた言葉。
それは――そんなだから誰にも愛されねーんだよ!!――だったのだけれど、あれから数年が経った今、その言葉は現実にはなっていない。
私は今、愛されている。
この国における伝説の騎士団長の子孫である青年アルへに。
「ただいまー」
「あ! お帰りなさい! アルへ」
彼もまた騎士団に入っているため忙しく、家にいない日も時折はあるのだが、帰ってくるたび彼は優しく接してくれる。だからこそ、私も彼を最高の形で迎えたく、彼が帰ってくる日には張りきって迎えの準備をしてしまう。
「悪いな、遅くなってしまって」
「いえいえ、いいのよ。大丈夫。あ、そうだ、食事の用意おおよそできているわよ」
「ありがとう! 久々に甘えても……いいか?」
「落ち着いて」
伸ばされた腕を掴んで止める。
そして笑みを向ける。
「あ……う、うん、ごめんな」
「じゃ! 食事の準備しておくわね!」
「ありがとうー」
「少し休んでいて? 完成したら言うから」
「はーい。ありがとう」
アルへと二人で食事。
それすらも私にとっては大切な時間であって。
毎日当たり前にある時間ではないからこそ大切に思い大切にしたい、そう思っている。
「お! このスープ、あれか?」
「ええ、前に気に入ってくれていたやつよ、ハーブ出汁」
「……あああ! 美味ぃ!」
いきなりガッツポーズをするアルへ。
たまに子どもっぽいところもあるアルヘだが、そういうところも嫌いではない。むしろちょっぴり好きだったりもする。穢れないような彼の言動を眺めているとほっこりするのだ。
「ふふ」
自然と笑みがこぼれてしまう。
「いやぁ、本当に、いつも美味しいなぁ! 素晴らしい料理を食べさせてくれてありがとう!」
「いいえ」
「食べ終わったら仲良く遊ばせてくれな?」
「先のことばかり言うわね」
「どうして? もうそのことで頭いっぱいなんだよ、駄目?」
「今のことを考えて……」
「ご、め、ん……でも! 遊びたいよ!」
「元気ね」
私は彼と出会えて幸せだ。
こうして生きられることが何よりも嬉しいことである。
あぁ、そうそう、そういえば。
ヘップリーはというと、あの後、遊び相手として関わっていた女性に「あたしが一番じゃないの!?」と問われて「一番かどうかなんてはっきりとは言えない」と答えたところ隠し持っていた刃物で刺されてしまったそうだ。
彼はそれによって死亡したらしい。
◆終わり◆




