私たち、愛し合っているんです! だから貴女は消えてください! ……何ですかそれ、勝手にもほどがあるというものではないですか。
私にはオリマーという婚約者がいたのだが。
「悪いな、俺、お前との婚約は破棄することにしたんだ」
その日、オリマーが珍しく会うことを強く望んで呼び出してきたのでこんなこともあるものなのだなと思いつつ彼の家へ行くと、第一声、いきなり婚約破棄を告げられた。
しかも、彼の隣には女性がいる。
栗色の髪を長く伸ばし、睫毛は長く目は大きく、わざとらしく身を縮めることで小動物的な可愛らしさを演出している。
そんな女性だ。
「私たち、愛し合っているんです! だから貴女は消えてください!」
女性はオリマーに続けるようにそんなことを言ってきた。
はぁ? という感じだ。
だって私とオリマーは正式に婚約している関係なのに。
なぜ邪魔者扱いされなくてはならないのか。
「ま、そういうことなんだ。彼女、リリアと、俺は生きていく。だから、お前とは終わりにすることにしたんだ。お前をはっきりとした態度で切り捨ててやる俺、優しいだろう?」
それは自分で言うことじゃない……。
「本当です! オリマー様、優しいです!」
「はは、そうだろ。よく分かってるな、リリアは。やはり、そういう女性こそ、俺に相応しいんだよな」
「そんな……リリア、そんな……オリマー様に並べるくらい偉大ではぁ……」
「ああリリアは可愛いな。でもそんな自分を落とすなよ? リリアは俺に選ばれるくらい価値の高い女性なんだからな?」
「ええー。でも嬉しいです!」
「はは、喜べ喜べ」
「オリマー様に相応しくなれるようにぃ、もっと頑張りまぁーっす!」
何を見せられているのだろう……、と思っていると、急にオリマーに睨まれ。
「で、お前はいつまでそこにいるんだ?」
「え」
「言っただろう、お前との婚約は破棄だと」
「し、しかし、それは……」
「しつこいな! さっさと出ていけよ! ……二度と俺らに近づくなよ」
こうして私はごみのように捨てられた。
最後に見たオリマーは隣のリリアを愛することに夢中で。私のことなんて、最初から他人であったかのように、完全に無視していた。まるで私との記憶を失ってしまったかのよう。もしかしたら本当にそうなのでは、と思ってしまったほどに、彼は私への興味を完全に失っている様子だった。
そうか、私はもう要らないのか。
そうか、私はもう赤の他人なのか。
そう思うと何だか切なくて。
心の中にぽっかり穴が空いたような感覚があった。
愛し合っているから消えてくれ、なんて、勝手にもほどがあると思うけれど……でも、私が無理矢理婚約者として居残ったところで悪役にされるだけということも想像できるから、私は身を引くことにした。
◆
その後、私は、やけくそになって通い始めた高級酒場にて一人の青年と出会う。
彼はある日一人で飲んでいた私の隣の席に座ってきた。
そういうことは私にとっては初めての経験だった。それまでは飲んでいても特に誰も声をかけてこなかったのだ。
ただ、彼だけは、近づいてきて話しかけてきた。
若干乞食を連想させるような身形をしている彼だったから、もちろん最初は若干怪しんでいたのだが、話しているうちに打ち解けて。
喋っていてこんなに楽しいのはいつ以来だろう?
いや、もしかしたら、初めて?
そんなことを打ち明けたところ、青年は、自分が変装して社会に紛れ込んでいた王子であると明かした。
「汚い身形でいたら僕が王子と気づかず皆嫌な顔をするかなと思ってね。でもそうじゃなかった。もちろん嫌な顔をする人もいたけれど、君はそうではなかったね」
「え……お、王子……様……?」
「ああそうだよ、今はこの格好だから信じてもらえないかもしれないけれどね」
「それは気づきませんでした……。申し訳ありません、気さくに喋ったりして無礼を」
「ううん、いいんだ。話しかけたのはこちらだしね」
そう言って彼は笑う。
「それより、また君と会いたいな。いいかな?」
「はい、もちろんです。楽しいですから」
その後、交流を重ねた私と王子は、やがてお互い納得し、結婚することとなった。
◆
あれから五年、私は今でも王子の妻として生きている。
子二人にも恵まれて。
家族は四人となった。
子の世話を主となってするのは実親ではないのだが、それでも、定期的に会いに行って絆を深めようとはしている。
そうそう、そういえば。
オリマーとリリアはあの後残念なことになったようだ。
リリアは、第一子を出産する途中で上手くいかなくなり数時間にわたって酷く苦しみ、それから出血多量によって死亡したそう。
で、愛する妻とその腹の子を失ったオリマーは正気を失って。
妻の死を知ったその瞬間から、オリマーは意味のある言葉を発することができなくなったそうで、誰も聞き取れないよく分からない言葉を大きな声で発することはあるそうだが他者との意志疎通はできなくなってしまったらしい。
そんな彼は、それから一年ほどが経ったある日、野生動物が出るため立ち入り禁止とされている場所へ柵を乗り越えて侵入してしまったらしくて。
一人でそこにいる時に大型の野生動物に襲われ、その場で亡くなったそうだ。
愛する人の死の衝撃が大きいというのは理解できるし、それによって正気を保てなくなってしまったのは普通は気の毒だと思うところではあるのだが。けれども、かつて私をあんな風に捨てたオリマーとなれば話は別で。私には、どうしても、気の毒とか可哀想とかは思えなかった。
◆終わり◆




