婚約破棄されましたが別の道で成功しました ~それぞれの道を行きましょう、たとえどんな未来が待っていても~
育った家庭環境もあり幼い頃から楽器の演奏というものに馴染んでいた私エーミラは、二十歳が近づいた頃周りの女性たちと同じように婚約者を作ることとなった。
婚約者となったのはオッドレーという男性だった。
特別好きというわけではないがだからといって嫌いというわけでもなく。
けれども、前を向いて一緒に生きていこう、と思っていた。
しかし……。
「エーミラ、悪いけど、あんたとの縁はここまでとするわ」
オッドレーから告げられたのはそんな言葉だった。
「え……」
今ここから歩み出そう、そう思っていたのに。
その気持ちなど完全に無視で。
全力で叩き潰されてしまうなんて、そんなのは、あまりに悲しい。
「なぜ……」
婚約破棄の理由、そんなものを聞いてしまったらきっともっと辛くなってしまうだろう。そう分かってはいて。けれどもほぼ無意識で問いを放ってしまった。問いを発してから内心少々後悔する。聞くべきでなかったかもしれない、と。
「なぜ? 理由が知りたいのか? ま、そういうことなら言ってやる。……簡単なこと、あんたは俺好みの女じゃないんだ! ……理由はそれだけ」
シンプルな理由だった。
好みでない、それは理解はできる。でも、私が好みでないことなんて、婚約する前から分かっていただろうに。なのになぜ今さらそんなことを言うのか。分かれたいくらい好みでない女なのなら、はじめから婚約なんてしなければ良かったのに。
その気にしておいて後から切り捨てるなんて身勝手にもほどがある。
「そう、ですか……」
「分かったか? もういいか?」
「……何を言ってもきっと無駄なのでしょう?」
「当たり前だろ」
「分かりました、では……そういうことで、さようなら」
その後彼の友人から聞いたのだが、オッドレーには私との婚約後に愛する人ができていたそうだ。
それで私との婚約を破棄することを決めたのだとしたら。
それならば話はおかしくはない。
婚約する前に拒否しなかったのもおかしな話ではなくなる。
結局のところ、私がその人に勝てなかったのだ。だから捨てられた。だから切り落とされた。多分、それだけのことなのだろう。
けれどももううじうじはしない。
私は前を向く。
◆
あれから八年、私は今、宮廷音楽家として富を得ている。
幼い頃からの経験が活きた形だ。
ちなみにこの職を紹介してくれたのは父である。
「見て! エーミラ様よ!」
「今日もお美しいわぁ~」
「あの美しさで音楽の才能もあるなんて……素晴らしいわね! まるで女神だわ!」
侍女からも人気になっている私は、歩いているだけで称賛の的となる。
そのために働いているわけではないけれど。
でも、やはり、誰かから褒められるというのは嬉しいものだ。
私はこれからもこの道を進むつもりでいる。
「あ、あの……! エーミラ様! サインくださいっ」
「はい、書きますよ」
「あ、あ、ありがとうございますっ!」
煌びやかな世界で、美しい衣に身を包み、華麗に歩く。
それだけでも心は弾む。
素晴らしいことではないか。
「こ、これからもっ、応援しています! エーミラ様、素晴らしい音楽を皆に届けてください!」
「応援ありがとうございます、嬉しいです」
そういえば最近同郷の侍女から話を聞いたのだが。
オッドレーは愛した女性と結婚はできたようだが、結婚するなり豹変した妻に尻に敷かれ、今では四六時中奴隷のように扱われているそうだ。
オッドレーは日々妻にへこへこしながら生きているそう。
とにかくそうしているしかないのだ。
そして、結婚によってそんなことになってしまったことを酷く後悔し、「誰か助けて」とか「消えてしまいたいよぉ」とか言いながら毎晩一人泣いているらしい。
けれども、彼自身、何を言っても妻からは逃れられないと本当は分かってはいるのだろう。
だからこそ、変えられない現実に絶望し、毎夜枕を涙で濡らしているのだ。
けれどもそれもまた彼が選んだ道。
ならば彼は進まなくてはならない。
たとえどれだけ後悔していても、それでも、一度そこへ進むと決めたのならその道を行く外ないのだ。
◆終わり◆




