女神の囁き 婚約破棄してきた彼と婚約者を奪った妹、透明になって復讐します!
「貴様との婚約、破棄とする!!」
告げられたのは雨の日だった。
婚約者フィッチは吐き捨てるように言って。
私を鋭く睨んだ。
彼の横には私の妹ルルがいる。
彼女は昔から私を虐めてきていた。
そして今も私を勝ち誇ったように見下して。
馬鹿にするように笑みを浮かべている。
「残念ね、お姉様。ルルに勝てなくて。惨めな敗者は泥でも啜っていなさい」
こうして私は婚約者を奪われた。
「貴様、いつまでそこにいるつもりだ。さっさと出ていけ! そして、我が家には、二度と立ち入るな! これからはルルしか家に入ることを許さない!」
フィッチは最後まで心なかった。
私は絶望してフィッチの家から去る。
まさか婚約者を奪われるなんて。
しかも実の妹に。
そしてあんな風に見下されるなんて。
悔しい――そう思った時、近くの水溜まりから一人の女性が姿を現した。
『帰るのですか?』
「え」
『あのようなことをされ、黙って下がれるのですか』
「あ――貴女は、一体?」
女性は自身を女神であると名乗った。
『貴女に力を授けましょう。それで復讐してきなさい』
「あ……あの、悪魔、ですか?」
『違います。あの妹にはずっと虐められてきたでしょう、ここでやり返してやらねばもう機会はありませんよ』
「……復讐」
『透明になる力を与えましょう』
「すみませんが、意味が」
女性が片腕をこちらへ伸ばせば、私は透明になった。
「ええっ!?」
『それが透明になる力です』
「本当に……透明に……嘘みたい、魔法……?」
『それを使ってあの無礼者たちに復讐なさい』
復讐なんて考えていなかったけれど。
言われればその気にもなってしまうもので。
「……やってきます!」
もう悪でもいい。
どうせ誰にも愛されないのだから。
私はフィッチとルルに復讐することにした。
その後私は透明なままフィッチの家へ戻った。たまたま開いていた裏庭の門から家の中へ入る。そしてフィッチの自室へ向かうと、扉の隙間からフィッチとルルがいちゃついているのが見えた。
「もぅ~駄目ですよぉ、フィッチ様のせっかちぃ」
「いいじゃないか、ちょっと飲むだけだろ?」
「嫌ですよぉ、やめてくださいよぉ~」
「はぁ? ふざけんなよ?」
「……っす、すみません! 飲みます!」
「よーしよしよし! それでこそ俺のルル! さ、飲むぞ! 今夜はたっぷり楽しもうな!」
いちゃつきながらグラスを傾けている二人。
幸せそうな顔をしている。
私は恐る恐る二人に接近し、テーブルに置かれていたグラスを勢いよく落とす。
グラスは割れた。
床にしみができる。
「ひゃっ……」
「な、何が起きたんだ?」
動揺する二人。
「今の何ですかぁ……?」
「分からない」
「怖いィィィィィィ!!」
「お、落ち着け、落ち着けルル」
グラスの破片を持ち上げ、フィッチの頭の上に置いていく。
「寄らないでぇっ!!」
フィッチを突き飛ばすルル。
「お、おい! 何なんだよ!」
「だってぇ……さっきの、破片、が……フィッチ様の頭の上に……」
「え?」
「置か、れて……呪いですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
ルルは慌ててフィッチから離れる。そしてそのまま窓の方へ走った。窓枠に手を当てて、震える。風が細く吹き込んでいた。私は彼女の腰を持ち上げ、そのままひょいと窓の外へ落とす。
「ルル!?」
「……ぁ、ぃ、やああああああああ!!」
ルルは窓から落ちていった。
次はフィッチだ。
彼へは長年の恨みはない。
けれども。
ソファを持ち上げ、振り回す。
「う、う、うわわわわわわわ!?」
逃げ回るフィッチ。
でも逃さない。
「う、わっ、うっ、わわっ、う、わ、うっ、ぐぷぅふぇッ!!」
ソファで殴られたフィッチはその場で気を失った。
死んではいないかもしれない。
でもそれでも構わない。
彼に対してはそこまで積み重なった恨みはないから。
◆
あれから数年、刺繍の仕事をしていた私は工場長にその努力を認められその人と結婚することができた。
今は副工場長としてたまに働いている。
けれど子ができるまでの間だけだ。
その後は――子育てに集中したいと思っているし、夫もそれを望んでいる。
◆終わり◆




