愛してるなんて言っていたのに、あれは一時の気まぐれでしかなかったのですね。まぁそういうことなら良いでしょう、私は貴方の前から消えるだけです。
「愛してる! 君と生涯を共にしたい!」
あの日、彼はそう言った。
私はその言葉を信じた。
そして婚約者同士となったのだ。
◆
「君よりもっと可愛くて素敵で最高な人に出会ったから、婚約はもう破棄させてもらうことにしたよ」
信じたのが間違いだった。
本当はあんな言葉を信じるべきではなかったのだろう。
「気の迷いだったと思うんだよな、君と結婚なんて。正気ならそんなことは絶対言わなかった。ははは、あの時はどうかしていたと自分でも思うよ」
婚約者ツルミーはそれが当たり前であるかのような調子で言葉を並べる。
目の前に私がいるのに。
そんなことは一切気にしていない。
「じゃあな、これでばいばーい」
何か言い返そうと思ったが、言葉を見つけるより先に使用人の女性に連れられ退室することとなってしまった。
きっともうツルミーとは会えないだろう。
生涯言い返すことさえできないのだろう。
でも、それで良かったのかもしれない……。
余計なことを言ってしまってさらにややこしいことに発展していたら。そう考えるととても恐ろしくて。何か言って揉めるようなことになっては大惨事だ。
今日、私は彼の前から去る。
あの日信じた言葉はすべて気の迷いでしかなかったのだろう。
それでも信じてきたのだ。
それゆえ悲しさも切なさも辛さもある。
ただ、今さら何を言っても、何も生まれはしない。
前を見よう。
前へ進もう。
それしかない。
その後私は親の花屋を継ぐことにした。
本当であればツルミーと結婚し新しい家庭を築くはずだったのだが、親の仕事を継ぐという道を選ぶことにしたのである。
とはいえいきなり店を乗っ取るわけではない。
知らなくてはならないことがある、勉強するべきことも。
そこで、まずは、親の手伝いを始めることにした。
第一段階、その空間にいて仕事を見るところから始めようと考えたのだ。
◆
数年後、私は週に何日か店を一人で担当することとなった。
おおよその仕事になれてきたのでこういうことになったのだが、いざ一人でとなると色々な苦労もあって、問題も出てきた。これまでとは違った難しさも生まれてきたのだ。すべてを自力で何とかしなくてはならない大変さがある。
だが、常連客たちが支えてくれた。
彼ら彼女らはいつも優しく接してくれる。
励ましてもくれる。
とてもありがたいことだ。
◆
あれから十数年、私は、親の花屋を正式に継いで営業しつつ家庭も持っている。
仕事は順調。
今は楽しく忙しく働けている。
結婚は……本当はしないつもりだったのだけれど、なんだかんだで、店の常連客の一人である年代が近い男性と結ばれた。
そういえばこれは最近常連客の一人から聞いた話なのだけれど、ツルミーはあの後愛する女性と結婚したらしい。
だが残念ながら幸せにはなれなかったようだ。
結婚後に女性の親に問題があることが発覚し、大揉めになり、結局離婚するに至ってしまったらしい。
また、親が強制したような離婚となったため、その一件でツルミーは心を病んでしまって。
怪しい医者が担当になったことで大量の不審な薬を「精神の安定のため」と言われて飲まされ、内臓まで悪くしてしまったらしい。
◆終わり◆