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傍らに異世界は転がっている  作者: 慧瑠
Chapter1 ブラックブーツ
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Chapter1-5

「それで? 廃ちゃんが言ってた事前準備って何?」


「ちょーっと待ってろ。事前準備の準備中だ」


 一三さんの言った通り、廃工場の入口前には本当に何の問題もなくたどり着くことができた。

 しかし日も沈みはじめて暗くなってきたからか、搬入口なのか分からないけど見上げるほどデカい扉が魔王城の入り口みたいに見えてくる。

 それにこの扉の奥から伝わってくる荒々しいこの感じ……絶対まともな異物じゃない。あの大型犬が脳裏で駆け巡るぐらい嫌な感じだ。


「居るわね。私の異物」


 セラも異物の気配を感じているのか、やる気満々にそんな言葉を呟いている。

 この嫌な感じは分からないのか。それとも、一度びしょ濡れにされたことで怒りが勝ってんのか。どちらにせよ、そのやる気を分けてほしいね。


「よし、んじゃ準備始めるか」


 カバンから亜古宮さんから渡された道具を取り出して、まず最初に使えと言われたカートリッジを他のと間違えないように確認。んで懐中電灯の底にはめ込む。

 えーっと、それから地面に向けて二つ並んでるうちの下のスイッチを押す。


「おぉ……」


「なにコレ」


「魔法陣。っと、そういえば少し広めにとか言われてたな」


 懐中電灯で地面を照らすと明るくなった範囲に浮かび上がる魔法陣。実際に使ったのは初めてだけど、亜古宮さんの言った通りだ。

 んでちょっと広めに光を当てて十秒ぐらいすると……。


「大丈夫そうだな。んじゃセラ、魔法陣の真ん中に立ってくれ」


「真ん中ね……うわっ! あぁ~コレいいわ。廃ちゃんが言ってた身体強化ってやつね」


「そそ。感覚は無いらしいけど一応シールドみたいな薄い膜も張ってるとかなんとか」


 ライトを消しても地面で淡く光る魔法陣に乗ったセラの言葉と様子を見るに、本当に魔法がかかっているっぽいな。

 俺も入ってみるか……おぉ、すげぇ! 強化されてるーって感じが分かる。結構露骨に分かるもんなんだな。気分が高揚するってか、なんだろう? さっきまでの不安感も薄れてる。


「これで事前準備は終わり?」


「そうなるな。ただこの強化時間は十五分程度らしいから、それまでに異物をそのブーツに食わせるぞ」


「余裕よ。今なら先生にだって勝てちゃいそうなんだから!」


「そりゃ何よりだけど、あんまり飛ばしすぎないでくれよ? 俺も頑張ってみるけど、戦闘訓練なんて受けてないんだから」


「任せなさい!」


 すごいやる気満々だな。俺もしっかりサポートしないと。

 えーっと、使い切りらしい強化のカートリッジは、持ってても邪魔だから別のに変えてバッグに戻しておくか。とりあえず懐中電灯には凍結のカートリッジを入れておいて、確か光は絞って細くしてから使えだったな。

 残りの拘束のカートリッジとか言うのも光を絞って使う用らしいし、今のうちに細くしとくか。

 そして後はライター。

 やっぱりどっからどう見てもコンビニとかにあるようなライター……亜古宮さんが言うにはこれが俺の切り札になるらしいんだけど、これに魔力とか込めた覚えがないんだがなぁ。


「本当に無理と思った時じゃないと効果が発揮できないとか、使わなくてもいいとか、初手で使っても意味ないとか色々言ってたしなぁ」


「ほら、早く行くわよ!」


「ん、あぁ、強化時間もあるし行くか」


 不安は色々とあるけど、この謎のコンビニライターを使うような状況にならなければいいだけだ。あくまで保険的な意味合いなんだろうし、使わなくていいんだしな。

 俺もさっさとセラの後を追うか。


「……ねぇ、晴久。私の目、おかしくなっちゃたかな? なんか人型のスライムみたいなのが居るんだけど」


「安心していいぞ。ちゃーんと水溜りから上半身だけ生えてる」


 セラの後に続いて大きな扉の隣にある普通の扉から部屋の中に入れば、唖然としてるセラの視線の先には地面から生えてる上半身人型のナニか。

 一目で人じゃないのは分かる。顔も下半身も無く前なのか後ろなのかも分からないが、間違いなくゆらゆらと動いて表面に波紋が小さく波打ってるし、生きてるヤツで十中八九あれが異物で間違いないだろう。


「おかしいわね。ブラックブーツは確かに反応しているんだけど、私が知ってるのはもっとこう……可愛いコウモリみたいな見た目だったはずなんだけどなぁ」


「まぁ異物だし、見た目が変わるなんて事もあるんじゃね? どうであれブラックブーツにアレを食わせりゃ――セラッ!!」


「えっ? キャッ!! いたた……何よ一体」


 急に襲いかかってきた悪寒。その後を追う様に異物から凄まじい勢いで伸びてセラを飲み込もうとするドス黒い死線。

 咄嗟にセラを押し飛ばして俺もその場で頭を低くすると、すぐに頭上を何かが掠めて大きな扉に衝突した。


「ちょっと! 晴久! 大丈夫なの!?」


「大丈夫だから動き回れ! 次が来る!」


 休憩する暇も無く異物から伸ばされた腕らしき部分は大きく波打ち、棘を生やしながらセラを狙って大きく横に振られるが、既にセラはその場から高く飛び上がって当たることはないだろう。

 この間に俺も適当に身を隠して……。

 適当に荷物が積んであって良かったな。惹かれ合ってんのかは知らないが、とりあえず異物の標的はセラみたいだし。死線も新しく現れ伸びては消えてを繰り返してはいるけど、今はセラが逃げ切れてる。


「セラー! 吸収はできそうかー!」


「多分無理! 抵抗されてる感じがあるわ!」


 異物の動きに慣れてきたのか、迫ってくる触手を数回蹴り飛ばしてはいるけども、あのクリオネの捕食みたいな現象が起きる様子はない。

 セラの言う通り、今は無理なんだろうな。


「亜古宮さんが強化とか用意ぐらいだから予想はしてたけど、あの異物マジで殺しに来てるな」


 俺の眼でハッキリと死線が見えているからこそ分かる。

 すべての攻撃が殺す為じゃなくて、徐々にだけどセラを奥の端へと追い込んで行くための攻撃も混ざっている事が。

 頻度的には殺す攻撃の方が多いからセラも誘導する攻撃との判別がつかなくて、全部を躱そうとしてしまってる。


「今から援護する! 余裕できたら本体狙え!」


「分かったわ!」


 とりあえず誘導する用の攻撃は俺が止めてみるか? いや、まずは攻撃の根本を狙ってみるか。

 本体はあの場から動いてないし、手数が上下してると言っても腕は二本。俺に意識が向いていない今のうちにその左腕から。


「信じてるぞ亜古宮さん」


 懐中電灯の先を異物の左肩辺りに向けてスイッチを押せば……アレ? 何も起こらない――うおっ!?


「やるじゃない! 晴久!」


「や、やりましたー!」


 光を当てた瞬間は変化がなく、ふと亜古宮さんのほくそ笑む顔が浮かんだが、二秒程した時に変化が現れた。

 一瞬で異物の左肩の周りが凍りつき、ウニみたいに尖り伸びた氷は異物の顔半分を吹き飛ばしている。

 想像してた以上の結果にセラへの返答もおかしな感じになってしまった。でも仕方ないよな。誰があんな威力があると思うかよ。


「いただきー!」


 そんな事を考えてるうちにセラは異物の真上に移動し終えて、そこから空中で踏み込んで加速をつけてから異物を踏みつけ真っ二つにした。

 なるほど。下手したら初対面の時、俺はあんなおっかないのを食らってたかもしれないんだな。


「ってかあれ死んだんじゃ……いや死んでても大丈夫なのか? そもそもああいうタイプの異物って死ぬのか? 異物だからなのか分からないけど、死線が全然見えないから分からねぇ」


 まぁ、なんでもいいけどコレで終わりならいいんだけど……セラの攻撃がヤバくて異物の破片がこっちまで吹っ飛んで散らばってきてるな。

 ん? 欠片が動いてる。それに上に弾け飛んだ分が落ちずに止まってる?


「セラ! 高く飛び上がれ!」


「分かってるわ!」


 空中に停滞していた欠片からセラへ向けて伸びる死線に気付き声をかければ、セラは既に高く飛び上がっていた。当然その後には、セラが元居た場所に向けて浮いている欠片から攻撃が伸びて地面に衝突し砂煙が立ち込める。


「にしても頑丈だなこの建物」


 何かいい感じの手伝いができないかもう一度軽く周囲を見渡して分かった事は、あの異物の攻撃が当たっても崩れる気配のない建物の頑丈さ。

 傷こそできるのもも、壁に穴が空いたりなんかは一切無い。それになんか外から見るより天井がやたら高い気が――ん? あれは!


「セラ! 上に――「へっ? うわっぷっ!?」――くそッ」


「俺のアホが! 死線を当てにし過ぎだ!」


 気が付かない内に天井に集められてた水はバケツをひっくり返した様に降り注ぎ、止む頃にはセラは水の球体に閉じ込められてしまった。

 凍らせるか? いや、あの威力……下手したらセラまで傷つけかねない。それに元の形に戻ったあの異物、自分と俺の間にわざとセラを移動させて人質のつもりか? ってか俺の位置はバレてんのね。


「生きてるかー」


「――!―――!!!」


「分かった分かった。何言ってるか分からんけどすぐ助ける」


 一応懐中電灯片手に隠れるのはやめて出てきたはいいけど、どうしたもんか。

 セラはなんとか脱出しようとしてるみたいだけど、上手いこといかないみたいだな。

 あのブーツで足場を作っても、中の水かき回されてセラ自体がくるくる回されてるみたいだし。あんだけ暴れてたら息もそんなに続かないから急がないととは思うんだけど……ダメだ良い手が思いつかない。

 体当たりで押し出すか。


「ふぅー……。行くぞオラァァァァ!! すぅーーーーっぷッ」


「――!? ぅっぁっぷ!? もう、アンタ何してんの!」


 押し出されたセラはすぐさまそこから飛び上がり、異物から距離を取りながら俺に向けて叫んでいる。

 そんなに怒るなよ。思いついた方法がコレしか無かったんだから。

 とりあえずセラの救出には成功した。強いて言えば、何の解決にもなってないこの状況。ここから先を何も考えてないから、俺の息が続くまでになんとか打開策を絞り出さなきゃ。


「くっ、厄介ね!」


 俺を水の中に閉じ込めたまま異物はセラへの攻撃を再開している。なるべく自力で出たい所だが……流石に水の中であの凍結はダメだよな。一瞬スイッチを押してみたけど、死線がフワッって出てきたって事は、最悪俺は死ぬ。

 そうなるともう一つの拘束できるカートリッジでなんとかしなきゃいけないのか。


 ……無理じゃね?


 さっき凍結を試そうとしてみた感じからすると、この水の中で使っても異物に対しての最初の接触がこの水なせいで、水の内側で発動してしまって本体まで届いてない。ってなると拘束のヤツも同じだろう。

 そもそも拘束がどんな風なのかも分からない。光で拘束って金縛りみたいにでもするのか? 水の中だと俺まで掛かったりしそうで怖いな。

 いやそんな事よりヤバイ、そろそろ息がキツい!


「体小さくして! 動かないで! 当たらないでね!」


「!?」


 声が聞こえた方を向けば、もう頭上からセラが脚を振り下ろしてる姿が見え、思考がまとまらずに眺めていると鼻先顔面スレスレにブーツが通過して水の球体は切り裂かれて破裂し、俺も一緒に壁際まで吹き飛んだ。


「ッッハッ! はぁ、はぁ、あー助かった」


「助けてくれたのは嬉しいけど自己犠牲はやめてよね。仲間が死ぬなんて嫌なんだから」


「役立つか気になってた割には、仲間とか言ってくれるんだな」


「それは……まぁ、悪かったわよ。死ぬ可能性が見えるとか信じられなかったの!」


「しゃーない。俺がセラの立場でも疑うし、強弱も俺の感覚だからお袋と比べると多分正確性にも欠けるしな」


「お母さん?」


「あー……それは帰りにでもな。ほら、向こうも準備が終わったみたいだそ」


 水の球体が壊された事がそんなに癪に障ったのか、異物は上半身をプルプルと震わせるだけで攻撃をしてくる様子はなかった。

 だが、どうやら休憩は終わりらしいな。プルプルすんのも終わって、この鳥肌が立ちそうな感じ、来るつもりだろうが先手は貰うぞ。


 使ってみなきゃ分からないなら、今のうちに確認していた方がいい。

 氷結から拘束にカートリッジを変えて同じ様に下のスイッチを押せば効果が――!?


「そうなんのかよ!!」


 懐中電灯から伸びた光は蛇の様に蠢き、異物をガチガチに縛り上げた。

 言ってしまえば光の鞭で縛った状態なのはいいんだけど、クソッ! コレしっかり握ってないと俺が振り回されそうだ! 強化してなかったら絶対ピンポン玉の気持ちを知る羽目になってた!


「アイツ縛れるのね」


「みたいだなぁ! だけど長くは持たない! 俺が持たない! ンウウヌヌヌ!!」


「十分。さっき攻撃した時、少し抵抗が弱くなった気がした。だったら抵抗する気が無くなるまで蹴り潰す」


「そりゃ頼もしい、ねっッ!」


 俺はこの振りほどこうと抵抗されてるのをどうにかするので手一杯なんで、早急になんとかして欲しい。絶対筋トレする。こんな事が今後続くってんなら絶対に筋トレしてやる。


「三回目……まだ吸収できないぐらい抵抗力が残ってるのね」


 どうして反撃すらできないのかは分からないがセラの攻撃は防がれる様子もなくできてるようで、助走の為に隣に戻ってきた時のボヤきから察するに抵抗力も下がってきているようだ。

 このまま続ければいつかは吸収できるだろうけど、問題は俺の方だな。強化の時間がどれだけ残ってるか分からんし、だんだん異物の力が強くなってきている気がする。


「セラッッ……あまり時間がッッ……」


「私の初撃に合わせて拘束を解いて。連続で蹴りを叩き込むけど、光の鞭を避ける様には気を配れないかも」


「光の鞭じゃ、いやこの際どうでもいいか。オーライ、初撃に合わせてだな」


 タイミングをハズさない様にセラの動きをしっかり見ないと。

 空中で足場を踏みながら加速していくセラを追うのは厳しいけど、俺の予想が正しければセラの初撃はなんとなく察しが付く。

 数秒もすればセラの姿はしっかりと見えないままだが……俺の視界からセラの影が消えた瞬間! 上から来る! ここだ!


「再生の時間なんてあげないんだから!!」


 高速で回転まで加えられた攻撃は、凄まじい音を響かせながら異物を弾けさせ、その破片を縫い合わせる様にセラの影が移動して更に細かく――何度も、何度も、何度も。


「すぐに俺が手伝えそうな事はないな」


 セラの動きは追えないし、周囲の道具で何か使えそうなモノも無い。あの異物の欠片も、空中に留まるなんて事もない。

 力尽きたって考えるのは安直か。一応何か……凍らせるのは全体的に来られたら無理だし、拘束も今の状態の異物に効き目があるか分からないし、そもそもどれを拘束すればいいか分からない。最悪セラを拘束して引っ張るってのもあるけど、今のセラに光を当てられる自信はない。


「となると、残されたのはこのライターか」


 ポケットに入れてたから水に濡れたはずだけど、別に濡れてる様子はないな。やっぱりこれも異物なんだろう。

 亜古宮さん曰く、俺の切り札だっていうしそれなりに打開力はあると信じていいんだよな?


「いつでも付けられる様にはしとくが、使うタイミングがないなら使わないでいい。ってか寧ろ、ちゃんと使えるか不安だからそんなタイミングくんなよぉ……」


 なんて祈りながらセラを見守っていたが、どうやらそんなに上手いことはいかないらしい。

 かなり薄いけど黒い靄が視界に現れ始めた。こんなのは初めてだけど直感的にそれが何か分かる。

 死線が生まれる瞬間だ。


「セラ! 何かあるかもしれないから気をつけろ!」


 返事はないが聞こえてはいるだろう。だけどなんだこの不吉な感じ。

 こんな曖昧な死線なんて初めて見たし、出どころってかなんでこんな事になっているのか全然分からない。つかもう線っていうか布だな。大きな死の布が被せられていく様な嫌な感じだ。

 俺の足元にも漂ってる……部屋に充満する前にセラが異物を吸収できればいいんだが、これはもうライター使ったほうがいいか?


「ラストォォォォ!!」


 響いたセラの声に目線を上げると、スライムみたいな上半身の面影など一切無く、バスケットボールぐらいの大きさで一際ツヤツヤと光ってる球体が高い所にあった。

 周囲には似たようなモノはないし、さっきみたいに小さな球体が浮いているなんてこともない。それにこうして観察してる間にセラの攻撃はツヤツヤ球体を蹴り割って、あの微塵も可愛げのない吸収行動が球体を取り込み始めている。


「……杞憂だったか?」


 いや、杞憂なんかじゃない。どんどん靄がハッキリしてきている。

 床に広がった水に広範囲の布の様な死線……どうやるつもりかは知らないが、まだあの異物はセラを殺す気だ。

 その前にセラの吸収が終わるか? ……いや、そんな賭けをする必要はないよな。この死線、もし何か起こったら俺じゃどうにもできないのはなんとなく分かってるんだから使っても問題はないはず。


「ちゃんと動いてくれよ」


 どんどん濃くハッキリとしてきた死線を見ながらライターで火を点けた。


「うっぉおお!!??」


 火は俺の予想以上に燃え上がり、もはや火柱の様なソレはどんどん火力を増して怪物の手みたいな形になったと思えば、燃え盛る巨大な手はゆっくりと振り下ろされた……吸収中のセラを巻き込む形で。


「ちょ! セラ!!!」


「へ?」



―――

――



「死ぬかと思ったわ」


「殺したかと思った」


 廃工場の入り口に戻った俺達は、疲れからかその場に座り込んで休憩中。

 結果から言えば俺がセラを焼き殺したなんて事はなく、二人とも無事でセラは異物も吸収できて万々歳で終わった。

 だが、身体強化が切れた途端に足腰が震えて歩くのも辛い状態になり、なんとか外までは移動したものの限界で座り込んで動けないでいる。


「くらくらして吐きそう」


「そりゃあんだけピョンピョコよく分からない動きしとけば目も回るさ。それより、さっきの異物で最後だったんだろ? どうなんだ? ブーツの様子は」


「えー? あぁ、完成したわよ。こんなのできるようになったわ」


 セラがそんな事を言うと、閉め忘れていたドアの隙間から小さな黒猫が歩いてきて俺に頬ずりをしてくる。

 何ができるようになったのか検討のついていないまま、頬ずりしてくる黒猫が可愛くなって顎下を撫でると、その猫が普通の猫ではなく水っぽい……いや水そのものだと気づいた。


「セラ、これって」


「晴久の想像通りよ。水をある程度操れるようになったみたい。まぁ、近場に水が無いと使えないけどね」


「さっき戦ってたヤツから連想できる力だな。他には? なんかあるのか?」


「んー……――る」


「なんだって?」


 俺から猫を取り上げて答えるセラだったが、なんかボソボソと急に声が小さくなって聞こえねぇ。


「だから! ――せるのよ」


「いや、マジで聞こえん」


 さっきよりは聞き取れるけど、肝心な所が小さすぎる。なんでそんなボリューム上下してんだよ。そんなに言いづらい事なのか?


「もうっ! 耳貸しなさい!」


 何故か怒っているセラにぐいっと耳を引っ張られたかと思えば

 ――体重が増やせるのよ。

 と、囁く程度の声量だったがやっと肝心な部分が聞き取れた。

 なるほどね。確かに女の子ってのはそういうの気にしそう。お袋だって未だに体重計に向かって渋い顔してる時があるしな。


「ちなみに何キロまで増やせるんだ?」


「……五トンぐらい」


「おぉ、アフリカゾウぐらいか」


「なんで咄嗟にその例えが出るのよ……まぁ、誰かに喋ったり、次にその例え使ったら踏み潰すから」


「ごめんて」


 増やせるって言い方とセラの様子を考えると、軽くする事はできないんだろうな。今、軽い感じで下限はどこまで?みたいな聞き方したら……やめとこ。流石にキモいし、そこまで興味もないや。

 それに踏み潰されたくもない。


「私の事は終わり! 次は私の番ね。最後のアレ、なんなのよ」


「俺にも分からん」


「なにそれ。晴久がやったのに分からないなんて」


「あれは「私が切り札として渡した物ですからね。晴久君は何も知らないんですよ。私が何も教えていませんから」――亜古宮さん」


 音もなく現れた亜古宮さんの手には、俺が慌てて手放してから拾うのを忘れていたライターが握られている。


「廃ちゃん……今、中から出てこなかった?」


「気のせいじゃないですか? 私は今、ここに到着したばかりですよ」


「ふーん。まぁいいけど、あの火の説明は欲しいわ。死んだと思ったんだから」


「説明ですか。難しくはないんですが、私にも色々と事情がありまして説明を避けたいので……そうですね、簡単にそういう異物だと思っていただけませんか? セラさんや晴久君に危害が及ぶ事は絶対にないので」


 やっぱり亜古宮さんって胡散臭さが抜けないなぁ。

 俺より付き合いが長いだろうセラは溜め息を漏らして諦めたような所を見ると、もうこれ以上は聞いても無駄なんだろうな。

 はぁ……詳しく聞きたい気持ちはあるけど、なんだかんだで俺もビチャビチャになって気持ち悪いし、早く帰って煮っころがし食いたい。


「帰るか……そういや、セラの異物で濡れてるのなんとかなったりしない? バスタオルと着替えは持ってきてるんだが、正直着替えるのが面倒くさい」


「あの荷物って着替えとかだったのね。まぁ、多分できるからそのままじっとしてなさい」


 セラに言われた通りにじっとしてると、服の水気が袖口やら裾口を目掛けて移動して近寄ってきた猫に吸われていく。

 なんかむず痒くてすごい変な感覚だったけど、確かに服は乾いたな。


「ありがとうセ「うっ!」――セラ!?」


 セラも自分の服から水気を取って一三さんの所に戻ろうかと立ち上がった瞬間、口元を抑えたセラが寄りかかってきた。

 立ちくらみか? 顔も上げないし、離れる様子もない。体も震えてるな。もしかして異物使うのに副作用とかあったのか?


「おい、大丈夫か? もう少し休むか? 亜古宮さん、セラは大丈夫なんですか?」


「ふむ……晴久君、後はお任せしますね。私は中で後片付けがあるので」


「え、ちょ、亜古宮さん! 「ごぺん……無理そう」――へ? セ、は、うおおおおおおおおお!?」










「……運動前のフラペチーノの呪文はほどほどにな」


「う”っん」





お読みいただきありがとうございます。

これからもお付き合いいただければ嬉しいです。

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