Chapter1-3
「いやー、お待たせしてしまいす「んがあああああああああ!!!!」……お待たせしてしまいすみません」
「あ、続けるんスね」
セラの絶叫で遮られたにも関わらず、にこやかな表情そのままに言葉を続けた亜古宮さん。対して絶叫を上げたセラはおでこから机に伏して表情は伺えない……けど、まぁ、俺にはその気持ちはよく分かる。
セラの前には、積み上げられていたトランプ達を一切の躊躇いもなく吹き飛ばすソイツ。
わかるぞ。本当に容赦がねぇし、マジでランダムだからな。一つの山すらできない時なんてザラなんだよ。
よーく分かるぞ。
「まぁ、見たら何故そうなったかは分かりましたからね」
「置いてあったんで使っちゃいました。勝手にすみません」
「いえいえ別に構いませんよ。それで、セラさんはどうでした?」
「見ての通りっすね」
風が髪を揺らしているが、一向にセラが顔を上げる様子はない。
ずぶ濡れだった亜古宮さんが事務所への移動を提案して、そこから亜古宮さんが風呂に入ってた時間を差し引くと……約四十分か。となるとセラは大体四十分間で十二回、ランダム扇風機にもてあそばれたんだな。
分かる分かる。その装置をぶっ壊したくなってるのがビシビシ伝わってくるぞ……あれ? でもアレって十分間は絶対に回らねぇんじゃなかったか?
「晴久君は何段行けましたか?」
「最高記録は三段を完成させました」
「それならセラさんが使ってる物に変えても良さそうですね」
「俺のと何か違うんですか?」
「動かないのは最初の三分間だけになりました」
「また随分とみじ「ほらぁ! だから言ったじゃない! この機械が悪いのよって!」ウルセッ」
聞き耳はしっかり立てていたんだろう。
亜古宮さんの言葉を聞いた瞬間、すごい勢いで起き上がってセラは得意げに俺を指差してる。
「いやでも考えてみろって、三分後からはランダムなんだぞ? ほぼ最短で引いてるのは、もうセラの運が悪いって。風が吹く前に普通に崩れてたのもチラホラあったし」
「機械は悪くありませんよ? むしろその結果は正常に作動している証拠です。それを使ったら、セラさんは絶対に五分以内には風が吹きますよ」
「は?」
その言葉に驚くのは勝手だけど、そこから俺を睨まれても困る。俺だって今の言葉には驚いてるんだ。
え、なに? 人によって確定コースみたいなのあるの? それだったら俺の場合はユルユルに設定してほしいんだけど。今度からアレでやらされるなら、ちょっとハッキリさせとこう。
無理ならもうやらん。
「セラだったら絶対ってどうして分かるんですか?」
「あぁ、そういえば晴久君には"ランダムで"と説明していましたっけ? あれ、嘘です」
「え?」
「実はあのミニ扇風機、魔力に反応するんですよ。起動後に扇風機の周囲で一定以上魔力が乱れたら回る仕組みなんです。つまり簡単に言ってしまうと、セラさんが異物を身につけてる限り反応します。制御できても精々五分が限界でしょう」
「今、俺の家にあるのも?」
「はい」
そんな当然でしょ?みたいな顔されても……。ほら、セラだって絶対無理とか言われて、得意げな表情をどうしたらいいか分からなくなって面白い表情になってるじゃん。
しかしまぁ、魔力関連のことっていうなら俺は続けないといけないか。今はまだそっち系に関しては俺は未熟も未熟だろうし。
「つまりは廃ちゃん、三分以内に完成されたら私でもできるってことよね」
「言うは易しですけど、まぁそうですね」
「ふふっ、やってやろうじゃない!」
なんでセラの方がやる気に満ち溢れてるのかは分からんけど、とりあえず今はソレから離れよう。俺はこれからも扇風機に弄ばれる事は確定したんだしさ。
「そういや亜古宮さんは、なんでずぶ濡れだったんですか?」
「そうですね、そろそろ次の話をしましょうか。セラさんも聞いてくださいね? ソレはあげますから」
「言い方がひっかかるけど、貰っとくわ」
どうしてそこまでやる気が出てるのかは謎だけど、今は亜古宮さんの話に集中しよう。
―――
――
「ということで、明日か明後日の夜にはお二人には捕まえに行ってもらおうかと思っています」
十分程度の話の最後はそんな言葉で終わった。
曰く、ずぶ濡れになった理由はセラが追っていた異物のせいらしく、今日の用事ついでに見かけて捕らえようとしたものの、道具足らずで返り討ちにあったらしい。
本来の実力を発揮できるなら問題はないが、今の自分では難しい状況になったから隔離だけして戻ってきたとのこと。
「亜古宮さんがもう一度行くとかじゃダメなんですか?」
「私が集めている種類の異物ではないというのと、ここ数日は立て込んでまして本腰を入れる時間が無いんですよ」
亜古宮さんが集めてる種類ってのも気になるけど、それよりも亜古宮さんでも無理だったのを俺等でどうにかなるのか?
「晴久君には幾つか道具を貸すので、それでなんとかできると思いますよ」
俺の表情から読み取ったのか、亜古宮さんは笑顔でそう続けてくる。
まぁ、だからといって不安が拭えるわけもなく、チラッと隣に座っていたセラを見てみると、何やら渋い表情で唸っていたかと思えば俺をまじまじと見てきた。
「何か顔についてるか?」
「アンタって、役に立つの?」
「わぁ……ストレート……」
何にも包まれることなく言われると、流石に事実だとしてもくるものがあるな。でも実際に、俺自身もそう思っているんだから返す言葉も無く、受け流す為の言葉も出てこない。
俺に貸すっていう道具もセラに貸せばいいだけで、わざわざ俺である必要は無い気もするしな。
「まぁまぁそう言わずに。私の道具はセラさんは使えませんし、晴久君もこれからの事を考えると早めに経験を積み始めたほうがいいんです」
「そういえば俺って半分保護みたいな形だった気が……」
「異物回収のお手伝いもしてもらう契約でですがね。今回は比較的安全な方ですから、軽い気持ちで頑張ってください」
「すっごい不安しかないんですが」
大丈夫大丈夫と言いながら、亜古宮さんはライターと懐中電灯、そして幾つかのカートリッジを並べた。
懐中電灯の底には窪みがあって、丁度そのカートリッジがはめ込められそうだ。
「晴久君には後で使い方を教えますね。まずは先に作戦会議といきましょう」
今まで裏返しで気付かなかった。
半回転したホワイトボードの裏側には、いつの間に書き込んだのか分からないどこかの建物の図面。それを使いながら亜古宮が作戦の説明をして、俺とセラが質問をしてと時間は過ぎていく。
そうこうしているとセラはここ数日宿泊しているという近場のホテルへと戻り、事務所には俺と亜古宮さんだけになった。
「あっ、そういや当日は現地っすか? 場所とか分かってないんですけど」
「その事を伝え忘れてましたね。送り迎えを準備しているので、自宅で待機してくれれば大丈夫です。セラさんにも連絡しとかないといけませんねぇ」
「迎え……俺の知ってる人ですか?」
「初対面になると思います。緊張はしなくていいですよ? 一応頼れる立場の人なので」
一応。一応ね。
また知らない人が増えるのか。俺の知らない所で色々と進んでるなぁ……。
まぁいいや、なんかもどかしい感じはあるけど、どうせ今は何もできないだろうからできそうな事……魔力の扱いに慣れていくのが話についていくには早そう。
「質問も終わったようなので、道具の使い方を説明していきますね」
「っても見た目そのままに使えるんじゃ」
「まぁそうなんですが、今から晴久君にやってもらうのはこのカートリッジに晴久君の魔力を込めてもらいます。その間にもう一度、どういう道具なのかを説明してきますね」
ゴロッを音を立てて俺の目の前に並んだカートリッジは三つ。これに魔力を込めろってことなんだろうけど、どうやって魔力を込めればいいんだ。
「初めてで分からないでしょうから、一つは一緒にやりましょう。いいですか? 私の魔力の流れを感じて、トランプタワーを作る時の様に集中をして、自分の魔力をカートリッジに溜める様に動かしてください」
「ここでトランプタワーが活きてくるんすね」
とりあえず言われた通りに集中すると、カートリッジ越しに重ねられた亜古宮さんの手から確かに何かが流れてくるのを感じた。
そして異物から感じてた違和感と似てるソレが、自分の体内にもある事がはっきり分かり始めてゆっくりではあるけどソレを操れる。
――これが俺の魔力。
意識した瞬間、自分の魔力だけは棲み分けが済んだように鮮明に分かるようになった。まだ上手く思い通りには扱えないけど、確かに俺は魔力を扱えている。
やばいな。これは興奮する。ゲームの中の人間になったみたいだ。
おっと、急に扱いが難しくなった。落ち着け俺……トランプタワーの時を同じ。最後の山を作る瞬間みたいに焦りと昂りが俺を急かしてくるけど落ち着け。
目を使った時には分かってなかった。黒い線を見る時にも少なからず俺は魔力を扱っていたらしい。
魔力に反応してるのか、くっそ目が熱い。
「うーん……悪くは無いですが……いえ、こちらの世界だと考慮すれば十分ですかね」
亜古宮さんが何か行ってるけど返事はできそうにないな。
それにしてもコレ、想像以上に難しいぞ。無駄に散っていくのは分かってるのに、それを止められない。圧倒的に無駄になってる方が多い。
あとなんか、急にすげぇーしんどくなってきた……。疲れというか、倦怠感が増していく。
「はい。一つ終わりですね。お疲れのようですし、少し休憩してから残り二つは一人でやってみましょう」
亜古宮さんが用意してくれたお茶を飲みながら時計を見ると、二十分ぐらいの時間が経っていた。
そして残りは二つ……亜古宮さんの手伝いなし……。
「ちなみに亜古宮さんや、例えばうちの親父達だったらどれぐらいの時間で一つ終わります? あと、こんなに疲れたりします?」
「不思議な質問ですね。まぁ、そうですねぇ……晴久君のご両親の事は知ってるようで知らない事の方が多いのが確かですが、こちらの世界でも五秒ぐらいでは? 私もそれぐらいですし。疲れも別にしませんよ。この程度であれば」
マジかよ。
この程度かよ。
バケモンかよ……。
「この際、自分の雑魚っぷりを認識したいんですが、亜古宮さんって親父達と戦ってたんですよね?」
「えぇまぁ、対立していたのは確かですね。異界の者で直接戦った方々は片手で足りますが」
「親父達の中で最強って誰で、親父とお袋ってどんぐらい強かったっすか?」
「私の評価でいいんですか?」
「はい」
んー……と悩む素振りを見せる亜古宮さんは、ファイルが沢山並んでいる棚から一冊取り出して卒業写真みたいなのを見せてきた。
よくよく見ればそれは親父達のやつで、親父達以外にも別の写真を切り抜いたみたいな顔写真が並んで貼られている。
「これは?」
「帰ってこなかった人達の分は別の写真を使っていますが、異世界に召喚された方々です。世間では晴久君のご両親達は学校の行事で船に乗っていた際に災害に襲われ、数週間の行方不明後、保護された方々は病院で意識不明のまま入院……まぁ、この辺はご両親に聞いたほうがはやいでしょうが、とりあえずその写真の人物達が私の敵でした」
ちゃんとした写真は半分ぐらいか。
書いてある名前を見ていくと、俺は自分の目を疑った。
俺の両親と雅人の両親が同じ学校の同級生なのは知っていたけど、うちの学校の創設者'新道 清次郎'に、俺の大好きなFSの三人。それにこの城ヶ崎って人も、どことなく見覚えがある気がする。
ってか、この先生も中学の時の校長じゃん。
「これマジなんすか」
「本当ですよ? それで最強云々ですが、実は答えるのが難しい質問なんです。私が知る限りでは、得手不得手もありますし、それに伴って戦う方法やその場合の対策も幾つかあり、総合すると強弱をつけづらいんですが……この方は別格でしたね」
そう言って指差したのは'市羽 燈花'という人物。
何かの切り抜き写真みたいだけど、可愛らしいってよりかは圧倒的に綺麗系な人だな。
「彼女とは直接は戦っていませんが、その成長速度もさる事ながら純粋に強い方でした。小細工無しでは絶対に戦いたくない相手でしたね。おそらく晴久君の言う最強には彼女が一番当てはまるかと思います」
「絶対にって、そんなに強かったんですか?」
「私の軍を彼女に何万人斬り殺された事か分かりません。当時でアレほどですから、今はどれほどなんでしょうねぇ……まぁ、それでも私が一番嫌いで二度と戦いたくないのは彼ですがね」
そのまま移動して指差したのは、どっから持ってきたのか知らないけど寝ている写真の'常峰 夜継'という人。
前に親父から話を聞いた時、王様と呼ばれていた人だ。その事は親父達から聞いてるけど、なんか親父も敵にしたくないヤツとか言ってたな。
「市羽さんって人より強いんですか?」
「分かりません。分かりませんが、一番私の計画と感情を狂わせ、私を殺したのは彼です。対峙をした相手だから贔屓目があるのも確かでしょうが、彼が市羽 燈花以上に戦いたくない相手なのは確かですね」
「ピンと来ないっす」
「彼個人に勝つ事が彼を負かした事にならない。そんな相手ですからね。この二人と、強いていえば新道 清次郎の三人を除けば、優劣はつけづらいですね。それぞれの特別な強さがありますから……私個人では晴久君のお父さんよりはお母さんの方が厄介ですかね」
市羽さんや常峰さんに関しては話の規模やらがデカくてピンと来なかったけど、とりあえず皆一様に何かしらヤバかったってのは漠然と分かった。
実際、子供の頃からで慣れちゃってるからなんとも思わなかったけど、考えてみれば俺の目も明らかに異常なんだよな。それを完璧に扱えるお袋や、別の力がある親父、そんな両親と同じだったり上だったりでヤベェ人達と自分を比べてみようとか……同じ土俵にすら居ないわ。
「二個目始めるかぁ……」
「おや、ちゃんと質問に答えられていましたか? 私基準のご両親の評価がまだですが」
「なんとなーくは分かりました。これ以上はもう想像できなさそうなんで、また今度にします」
「そうですか。また聞きたくなったらいつでもどうぞ。情報収集はしていたので、まだ答えてあげられる事の方が多いでしょうから」
少し不思議パワーを使えるからって天狗になりかけていた自分を再確認して、二個目のカートリッジに魔力を溜め、休憩をして三つ目に魔力を溜め……。
全部が終わる頃には、干からびるってどういう事なのかを知ったような気がしつつ、亜古宮さんに肩を借りながら帰宅した。
ブクマ・評価ありがとうございます。
これからもお付き合い頂けると嬉しい限りです。