Chapter1-2
「億劫だ……」
遊ぶ約束の日が近づくと、何故か面倒くさくなってくるこの感覚。
そう、あっという間に今日は週末。亜古宮さんとの約束の日だ。つまりは初のそれっぽい仕事……まぁ、顔合わせをして、亜古宮さんから預かってる異物を渡すだけなんだけど。
「出なきゃなぁ……だるいなぁ……出なきゃなぁ……」
「おー、晴久ー! 時間大丈夫かー!」
「今から行くー」
行きたくない気持ちが残ったままではあるけど、このままうだうだしてても親父に呼ばれ続けるだけだ。行くか。行こうか……。
動きやすい服の方が良いとか言ってたし、靴も運動靴の方がいいよな。
「うっし、行くか!」
服を見直し、靴の具合を確かめて、最後に気合を入れ直して――いざ出陣。
今は晩御飯時。早めの晩飯を終えた俺は、買い食いの誘惑に負けず約束している場所へと向かう。と言っても約束の場所は徒歩二十分程度。超大型犬に襲われて気絶したあの公園。音楽を聞きながら歩けば、あっという間に到着だ。
時間は……まだ少しあるな。亜古宮さんからメールで今日会う予定の人の情報を送ってくれてたし、確認しとくかなぁ。
名前は'セラ・篠原'
年齢は同い年
備考でクォーター
以上。
「これだけ?」
後ででいいやって放置してたけど、これだけとは思ってなかったな。個人情報の保護ってやつか? それとも後は自分で聞けって事か?
「まぁ、細々と書かれててもドン引きしてたかもしれないけ――へ? ぐげッ! ひっ!?」
一瞬何が起きたか分からなかった。
公園のベンチに座っていたはずなのに、ふわっとしたと思ったら後頭部を打ち付けて、顔面スレスレにすんごい尖ってるヒールが地面を穿って突き刺さっている。
「変な動きを見せたら頭に穴を空けるわ。アンタ、異物を持ってるでしょ」
視線を動かして見上げていくと膝下ぐらいまでのブーツに、そこからなんか硬そうで鎧の一部みたいなパーツが膝周りを保護している足。その先は、チラッと見えてるニーソからのホットパンツ。
奥まで見えそうで目のやり場にこまる。あ、反対は似たようなヒールだけど足首ちょい上ぐらいからニーソだ。
「聞こえてないの?」
「聞こえてます!」
言葉と同時に踏み込まれた音が耳元で聞こえて、慌てて相手の顔を見れば、綺麗な顔立ちにプラチナブロンドっていうのか? 夜でも目立ちそうな綺麗な髪。
日本人ではないが、多分俺とあんまり年齢は変わらなそう……え、あれ、もしかして。
「セラさん?」
「なんでアタシの名前知ってるのよ。怪しい……異物を持ってる事といい、まさかロイナスの関係者?」
なんかブツブツと誰だよロイナスって。知らねぇよ。
ただ俺を今脅してるのが、今日会う予定の人って事は確かみたいだ……どうしよう、初っ端から脅してくる人って聞く耳あんのかな。
「あー、その、亜古宮さんから話とか聞いてません?」
「廃ちゃんから?」
廃ちゃん!?
ちょっと亜古宮さんが予想外の呼ばれ方してて、表情が引きつってるのが自分でも分かる。いや今は呼び方とかなんでもいいだろ。もうそろそろこの体勢がキツくなってきたし、目のやり場に困ってキョロキョロしちまう。
「あのー、とりあえずどいてもらっていいっすか」
「まだ廃ちゃんに確認できてないからダメ。怪しいのに変わりないんだから」
くそ。背骨がベンチでゴリゴリされて痛いんだよ。なんて事を伝えた所でどいてくれる様な感じじゃないし、セラさんは電話してるけど亜古宮さん出ないし。こうなったな仕方ない。
「ぱ、パンツ見えるぞ!」
「はいてないモノが見えるわけないじゃない」
「え?」
え、え? はいてないんですか? もしかして……痴女?
うわどうしよう。予想外だし、視線が引っ張られる。いかんと分かってる。分かっちゃいるけど、これは……ああああ! ふんばれ俺の理性! モラルの高さをここで発揮しないでどうするッ!
「あ、出た。廃ちゃん? 今、なんか廃ちゃんの知り合いみたいな奴に会ったんだけど……そうそう、言われた場所に来たらなんか居た」
なんかってなんだ。ノーパンのくせに。俺だってバイト仲間がノーパンとか気が気じゃないんだぞ!
大体亜古宮さんも亜古宮さんだ。事前にセラさんに俺と会うってこと話しいてくれたら、こんな状況には……こんな……。
「確認できたわ。なんか勘違いしちゃってごめ――何してんのアンタ」
「いや、その、体勢がキツくて首のコリでもほぐそうかと」
「言っとくけど、中は水着だから下着付けてないだけだから」
「は? それはそれで一向に構いませんが?」
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「すいませんでした」
「私も早とちりしちゃったし、今回はお互い様って事にしましょ」
「うす」
誤解もとけ、二人でベンチを戻して近くの自販機でジュースを奢り、お互いに謝罪を済ませたはいいものの……目線がくっそ冷たい。蔑みが含まれてるのがビシビシと伝わってくる。
「日本語じょうずっすね~」
「喋り方が媚びるようで気持ち悪い。普通に喋ればいいじゃん同い年なんだし」
ひでぇ。ゴミを見る様な視線に合わせて言われると、心に刺さる。メンタル負けしそう。これから一緒に仕事するのに、もう不安だらけなんだけど。
「廃ちゃんがこっちに向かってるらしくて、それまでに自己紹介でもしとけって」
「そうなんで、あ、いや、そうなんだ。んじゃ……俺は長野 晴久。歳はいいか、えーっと、家族構成は両親と俺だけで趣味はゲームと音楽鑑賞。最近は亜古宮さんに言われてトランプタワー作ってる」
「トランプタワー? 楽しいの?」
「んなわけない」
「そ。まぁいいわ。私はセラ・篠原、呼び捨てでセラでいいわよ。後で聞かれても面倒だから先に言うけど、生まれは日本で育ちはアメリカ。パパはロシアとスウェーデンのハーフ、ママがウクライナと日本のハーフよ。あと、お兄ちゃんが一人。今の趣味というか、目標は異物集めね」
「随分とグローバルな自己紹介。かなり流暢だけど日本語は勉強したのか?」
「ママが日本育ちなの。家では日本語、英語、ロシア語って週毎に分けて生活してたから自然にね。完璧かと言われたら違うけど、ある程度は喋れるわ」
「すげぇ! マルチリンガルじゃん!」
「そ、そう? そんなにすごくないわよ」
くっそ面倒そうな生活ですね。って続けて出そうになったけど、多分止めて正解だった。
本当にマルチリンガルはすごいと思ってるし、セラも蔑みの目ではなく照れた様子に変わって機嫌も少し良さげだし。
「廃ちゃんまだ来ないし、何か聞きたいことがあれば答えるわよ」
「なんで水着きてんの?」
余計な一言を止めた自分を称賛していてノータイムで口から出た言葉。
アホかな?
ほら見ろ、得意げだった顔も取り繕った笑みに変わってる。いや、引きつってんのか? わかんねぇ。
「アンタって……はぁ……。廃ちゃんからどこまで聞いてるかしらないけど、今私が追ってる異物が厄介でね。昨日ずぶ濡れにされたから、対策してきたってわけ」
あ、でも答えてくれる辺り、さっきよりはいい感じなのかもしれない。明らかに呆れてはいるけど。
「次はアタシね。異物、持ってるでしょ。見せて」
「見せても何も……あぁ! コイツの事か?」
一瞬全裸にでもなれって事なのかと思ったが、そういえば亜古宮さんから預かってるキーホルダーの存在を思い出してポケットから取り出す。
つぶらな瞳の兎。持ってるだけで大丈夫とか言ってたけど、なんも役に立たなかったな。お前。
「それ、もしかして私の異物の?」
「そうなのかは知らんけど、亜古宮さんが言うにはセラが探してる物みたいな事は言ってた――うわっ、キモッ!?」
キーホルダーを手渡してセラが少し観察したと思ったら、いつの間にか硬そうな部分が無くなっていたブーツからウニョウニョと触手みたいなのが伸びてキーホルダーを取り込んだ……が、もうその様子がくっそキモかった。
なんかもう、なんだろう。クリオネの捕食シーンから可愛さだけぶっこ抜いたみたいなキモさがあった。
「あっ、ごめん。吸収しちゃってよかった? 晴久のなのに」
「元々亜古宮さんからセラの探してた異物って聞いてたし、別に俺のってわけでもないから気にはしないけど、その靴って他の異物吸収して成長したりすんの?」
「んー……まぁこれから一緒に行動するみたいだし教えとくわ。私のブラックブーツは、未完成の異物なの――」
曰く、ブラックブーツはセラのお父さん側の家系に代々伝わる家宝的なモノで、聞かされてる話では本体の他に三つのパーツがあるらしい。
それらを吸収して初めてブラックブーツは本来の力を発揮できるんだとか。
んで今はキーホルダーまで含めて二つ回収済み。最後の一つは、セラをびしょ濡れにしたヤツがそうで、中々捕まえられずに手こずってるんだと。
「昨日、空を飛んでたのもブラックブーツの力なのか?」
「あぁソレね。鳥みたいに飛んでるわけじゃないんだけど、まぁブラックブーツの力。足場を作れるのよ」
ほら。と見せてくれたのは、組んでる足の裏付近に現れた黒い円。
限りなく薄いせいか、扱い方によっては凶器にもなりそうだ。
「最初に吸収した時に使える様になったのがコレ。大きすぎなのは無理だけど、ある程度は形も自在よ。ブラックブーツ自体だけだと、一言で言えば身体強化かな。そしてさっき吸収した時にできるようになったのがコレ」
セラがベンチから立ち上がってスタスタと木の方まで歩いていって裏に隠れた。その様子を見ていたのはいいけど、そこから出てくる様子がない。
時間が掛かる感じのやつなのかなぁ。
「まぁこんな感じね」
「うぉ!?」
ビビったぁ……いきなり後ろからセラの声がして振り向けば、イタズラに成功した子供みたいな笑みを浮かべて立っていた。
「なにそれ瞬間移動?」
「そんな便利なのじゃないわ。なんて言えばいいかな……簡単に説明するなら、存在感を薄くするって感じ? 認識されづらくなる? 大体そんな感じ」
「全く気付かなかったんだけど。いつ木の裏から移動したんだ」
「そういう力だからね。木の所に行って隠れた時、そこに意識が集中したでしょ? 後は極限まで認識されないようにしてココに移動しただけ。ずっと見られてたりしてたら効果は出ないみたい。現に今は効果出てないみたいだし」
「そういう新しい力ってすぐ理解できるもんなの? それとも事前に知ってた感じ?」
「吸収した時に漠然と分かる感じね。後は使ってみて覚えていくわ」
代々伝わる家宝みたいな事言ってたのに、そういう詳細な部分は伝わってないんだな。ってか異物を家宝にしてる家系って大丈夫なのか?
それにしてもセラは結構色々答えてくれるな。亜古宮さんと話して確認取れたから信用してくれてるんだろうか。
「お父さんから詳しい事とか聞かねぇの?」
「適合者って言うのかな? ブラックブーツは使用者を選ぶらしいの。たまたま私はブラックブーツに選ばれて扱えただけで、前の適合者はずーっと昔だったって事ぐらいしか知らない。廃ちゃんが言うには、誰でも扱える異物の方が少ないらしいし」
「へー」
異物側から拒否られる事とかあるんだな。そもそも魔力を扱える人間が少ないってのもありそうだけど、その辺りは亜古宮さんに聞いたほうが分かるか。
「私がブラックブーツの適合者って分かった時は、そりゃもうパーティーだったわ」
「先祖代々受け継いでたモノなんだし、お父さんとかびっくりしただろうな」
「まぁね、聞いてアメリカまで来たおばあちゃんとか私を拝んでたもん。流石に引いたわ……それに、おかげで面倒な事にもなったし」
「面倒な事?」
「そ。でも別に他人に話す事じゃないわ。それよりも私ばっか答えてるし、次は私よ」
どうやら詳しくは聞かれたくないらしい。言葉以上に表情がそう物語ってる。
だったら俺も聞く気はない。そんなしかめっ面でされる話なんて、聞いても俺がどうこう言える気がしないからな。
「別にいいけど、答えられるか分からねぇぞ? 異物の事だって最近知ったばっかだし」
「難しい事じゃないわ。アンタからまだ異物の気配がするから、それ見せてってだけ。嫌なら無理にとは言わない」
「あぁ……あー、別に嫌とか誤魔化しとかじゃなくて、どうすればいいか分からねぇ。俺自身が異物なんだよね」
「へ? 寄生型の異物でも取り込んだの?」
「なにそれ怖い」
頭の片隅でハリガネムシみたいな異物を想像しながら、両親達の事は伏せて軽く自分の目の事を話した。
「なるほどね。私の先生と一緒なんだ」
「先生?」
「そ。廃ちゃんから紹介してもらった先生なんだけど、異物の気配とか体の動かし方とか教えてくれた先生。その人も晴久みたいに異物そのモノらしんだよね」
亜古宮さんの紹介って言うなら本当にそうなんだろうな。亜古宮さん自身も俺みたいな人を知ってるって言ってたし。身近だと親父達がそうだし、他に居ても全然不思議じゃない。
「その先生ってどんな人なんだ?」
「どこまで話していいか分からないけど、すごい人よ。女性なんだけどブラックブーツ無くても空を跳ぶし、大きな岩持ち上げるし、後は早着替えがすごい」
「全然イメージが定まらないんだが」
「指パッチンしただけで着替えできるのは憧れたわ。本当に一瞬! 魔法みたいだったんだから!」
異物そのものって言うんだし、魔法だったんじゃないっすかね。と返す間も無く、何か琴線に触れたようでセラは早着替えの凄さを語っている。
セラの中ではそれが一番印象的だったんだなという事だけは伝わってくる。むしろそれしか伝わってこない。
とりあえず指を鳴らすだけで着替えができる人らしい。
「いやはや、遅くなりました」
「あ、すたっ……」
そんなセラの熱弁を聞いていると、公園の入り口の方から亜古宮さんが現れた。
亜古宮さんが来た事でセラのトークもストップしたのはいいんだけど、多分今、名前を呼ぼうとしたセラと俺は同じ事を思ったはず。
ずぶ濡れじゃん。
ブクマ・評価ありがとうございます。
これからもお付き合い頂けると嬉しいです。