Chapter3-1
「人の肉って、私あまり好みではなかったんですよねぇ」
「「は?」」
亜古宮さんの勉強会から一週間とちょっと。カレンダー的には休みの今日、俺とセラは給料を渡すからと事務所に呼ばれて集まっている。
昼からでいいと言われたが、なんとなく暇になって少し早めに来て見るとセラも似たようなもんだったらしく二人して予定時間より先に事務所を尋ね、亜古宮さんから手渡しで結構な金額の給料を貰うと、少し待っとけとの事でくつろいでいた。
初給料。なんかすごい特別な感じがして、これをどう使うか、何か欲しい物があるかとか色々と考え、セラは別に今回が初じゃなかったようでソワソワしている俺を見て「初給料は一緒に仕事してる相棒に何か奢るものよ」なんて入れ知恵をしてこようとしたりを交わしていると、亜古宮さんからそんな爆弾発言が聞こえた。
「人肉。お二人は食べたことあります?」
こっちにも振るんですね。流石に俺もセラもドン引きですよ。
セラに至っては、自分で体を抱きしめながら亜古宮さんから距離を取っているし、俺も無意識に少し亜古宮さんとの距離が離れた気がしてるし……。
え、亜古宮さん、マジで返答求めてるのこれ?
「お、俺は無いっすねぇー」
「廃ちゃん……流石にそれはちょっと……」
「まぁ当然と言えば当然ですね」
意味が分からん。一体何だったんだ今のやり取り。
なんか亜古宮さんは納得した様子だし、セラはセラで更に亜古宮さん距離とって壁際でカーテンにくるまってるし――いや、もうアイツおふざけに入ってるだろ。
「ということで、お二人に新しいお仕事です」
どういう事なんだ。
「まずはこれを見てください。質問があれば遠慮なくしてくださいね」
セラを手招きで呼んでテーブルに置かれたファイルを見ると、数ヶ月前からの行方不明や失踪事件の新聞の切り抜きが何枚か貼られていて、その隣には被害者の名前や新聞にも載っていない情報などがツラツラと書き記されている――いい匂いする。
最後の方には最近の事件の切り抜きで、身元不明の死体がどうのこうの――髪がこしょばい。
そして最後には'屍食鬼'に関する特徴と、潜伏が予想される所に丸印が――いかん。集中できん。なんも頭に入ってこない。
「セラ、ちょっと近くないか?」
「何? 意識しちゃう? もっと引っ付いてあげようか」
「うぇっ、ッー、落ち着こう。普通に勘違いするから」
「アハハ! そっかそっか、勘違いしちゃうんだ」
何やら意味深な笑みだけを残してセラは少し距離を取ってくれた。
あぶねぇよ。マジで心臓バックバクなったわ。何あの笑み。最近、なんかセラの距離感が前にも増して近い気はしてたけど、何? そうなの? そういう事なの?
雅人にそれとなく聞いても、クラスでは普通らしいんだけど……勘違いを本気にして良い感じなのコレ。なんでそうなってんのか分からんが、秋の空を春と捉えて良いんですか俺!
「晴久君、読み終わりましたか?」
「まだっす」
亜古宮さんの声で荒ぶり始めてた思考が引き戻された。
今はこの事は置いておこう。亜古宮さんがニヤニヤしてるのが腹立つから、これ以上はやめておこう。
えーっと、なんだったっけ。あぁそうだ。屍食鬼がどうのこうのだった。
「察するに切り抜いてある記事と、この屍食鬼が関係してるって事ですよね?」
「その通り。そしてそれを、このタイミングで晴久君達に見せたということは?」
「……次の仕事は屍食鬼の調査っすか」
「大変良く出来ました」
どうしよう。なんも嬉しくねぇ。
屍食鬼とか絶対碌なもんじゃないって。名前からして危ないもん。ものによってはゲーム内でも嫌な敵だもん。関わり合いたくないって……。
「ねぇ、廃ちゃん。グールも異物なの?」
「調査次第ではそう判断するかもしれませんが、今のところ断定はできません。お二人には発見さえして頂ければ、その後はこちらでやるので気にせずとも大丈夫ですよ」
「なんか曖昧ね。まぁ分かったわ。とりあえず、私と晴久でそのグールかもしれないを見つければいいのね?」
はい。といつも通りの笑顔で返す亜古宮さんが、見慣れた手際でホワイトボードを回転させると、通学に使っている本島側のモノレールの駅も含んだ周辺の地図が貼られていた。
地図の端から端まで歩いて移動するとなると……片道だけでも結構かかるなこれ。
「期間はニ週間程。見つけられずとも問題は無いので根を詰めすぎないようにしてください。それともし見つけた時の事を考え、協力者に声を掛けているので明日は顔合わせをします」
「協力者? また一三さんですか?」
「彼と関わりがあるのは確かですが、今回は別の方ですね」
そう言って亜古宮さんは一枚の写真を見せてきた。
暗い所で撮った写真ってのは分かるぐらいでブレにブレてる背景はハッキリと分からないが、今回の協力者であろう女性は躍動感マシマシしっかりと映っている。
日本人ではなさそうだ。
深い緑?に鈍い感じの黄色?の髪に、落ち着いた雰囲気の笑み。キレイ系な人で、特に目を引くのは、カラコンでもしている時だったのか猫みたいな縦長の瞳孔をした宝石のような瞳。
後は……今にも襲いかかろうとしている感じという事を抜けば、年上の女性ぐらいって事か?
「なんか変わった写真ね。映画のワンシーンからでも切り取ったの?」
「セラも思ったか。迫力すごいよな」
「あぁ、それは私が彼女との戦闘中に一枚パシャリとしたからですかね」
「「……」」
どうツッコめばいいんだろう。俺もセラも言葉が出ねぇよ亜古宮さん。
なんで今回の協力者になる人と戦う事になったのか。
戦ってる最中に写真を撮るってどういう事なのか。
そもそも、そんな事になった人が今回の協力者って……俺達大丈夫なのか?
「まぁその話は今回は置いて、彼女の事について教えてきましょう」
その話、すんごい気になるけど、今はとりあえず続きを聞いておく方が良さそう。セラも表情こそ何か言いたげなままで一応聞くスタンスみたいだし。
「と言っても多くは私も分かっていません。彼女の本名も分かりません。本人曰く個人名を持っていないとの事です。現在は'ペッカートル'と名乗り、裏社会では通称'掃除屋'と呼ばれています。後は、彼女は寄生型の異物で、年齢は……本人曰く五百そこそことの事です。私よりも年上ですね」
アッハッハッ。と軽く笑う亜古宮さんを他所に、俺の頭の中は聞かされた情報の整理が上手く出来ずに居る。それはセラも同じみたいで、さっきとは違ってポカンとした表情に変わってら。
そりゃそうだ。裏社会って……俺の安全ってどこにあるんだよ。しかも例の寄生型とか言う分類の異物って……関わり合いたくないよそんなの。
加えて五百歳そこそことか言われても現実味が沸かない。亜古宮さんの年齢も知らないけど、この様子だと意味分からん年齢してるのか?
頭痛くなってきた。
もう面倒な事は帰ってから風呂に入りながらでも考えるとして、何はともあれペッカートルさんっていう人が今回の協力者! そしてなんかあぶねぇ人だから気をつける! 以上! これだな。
「質問はありますか?」
「ありません!」
「おや、晴久君からは根掘り葉掘り聞かれるかと思ったのですが、理解力が上がりましたか」
「いえ、理解を放棄しただけっす」
「……さようで」
初めて見る引きつった笑みの亜古宮さんを他所に、俺の返答でケラケラと笑っていたセラは手を上げて質問を口にする。
「寄生型については晴久から聞いたからいいんだけど、そのMs.ペッカートルはどんな異物なのかしら」
確かに。それは知っておいたほうが良さそうだ。
そんな事も思いつかないとは、マジで思考停止してた。
「彼女は蛇に寄生されています」
「蛇? Snake?」
「はい、その蛇です。寄生前を見たわけではないので確信は持てませんが、恐らく相当強力な……簡単に言ってしまえば神の片鱗に寄生されています」
神って、また急にぶっ飛んだなぁ。それがどれだけモノなのかもう俺には分からん。口開けて涎垂らしながら"はえー、しゅごい。あの目って猫じゃなくて蛇だったんだぁ~"とか思うのが精々だ。
「具体的には? なんかコレが出来るとかあるの?」
「そうですねぇ……正直に言うと、私もその全てを確認出来ていないので上辺だけにはなるでしょうが、まず身体能力は人のそれ以上です。分かりやすい物差しを用意はできませんが、参考程度にこちらの世界でなら世巡 周吾を三分掛からずに遊び圧倒した上で殺せるぐらいですかね」
マジかぁ……。圧倒してなのに一瞬とかじゃないのは、それだけ世巡さんが対応すると予想してなのかなんなのか。全然ピンとこねぇなぁ。
とりあえず、まずは身体能力がずば抜けているっと。
「次に、その身体能力とは別に何かしらの魔法を使っているのか、生半可な攻撃では傷一つ付きません。加えて彼女は複数の毒を生成でき、仮に出血した場合は己の血にそれらを含ませたりもできるようです」
私には使ってきませんでしたが、恐らくは即死する様な毒も――と続ける亜古宮さん。
なるほどなるほど。毒、毒ね。危ないね。もう逃げていいかな。
「あぁ! そういえば先にお伝えしておくべき事がありました」
わざとらしい。わざとらしすぎて聞きたくない。喜々とした亜古宮さんなんて、絶対ろくなもんじゃない。
な? セラもそう思うだろ? その表情が物語ってるもんな。分かる分かる。
「彼女、カニバリズムという特性を持っています。本人曰く、死肉しか食さないらしいですけど」
――調査いらなくね?
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「晴久ぁ~、バーガー食べたいバーガー」
「もしかして奢れって言ってる?」
時間は十五時ぐらい。色々と打ち合わせを終え、解散となって現在帰宅中。
その途中で思いついたようにそう言って、先を歩いて居た足を止めて振り返りながら、俺の言葉にニシシと笑うセラ。そして動き始めた足の進む方向は、ファーストフード店が入っているデパート。
まぁ、給料もらったばっかりだし、俺も親父達になんか初給料で買おうと思ってたからついでと思えば別にいいか。セラにも何かと世話になってるしな。
「ほどほどにしてくれよ」
「流石晴久!」
はいはい。と返事をする俺の頭の中は、さっきまで話していた調査の事を思い出している。
結局、IQがとろとろになっている思考で導き出した協力者=犯人の構図は、亜古宮さんに笑われながら否定された。
当然と言えば当然。落ち着いて考えれば、その辺を亜古宮さんが把握していないとは思えない。試してるのか? とも疑ってはいるけど、何にせよ協力者とは会わないといけないみたいだし……頑張れー、俺ー。
「あ、そうだセラ。飯食い終わったら買い物に付き合ってくれね?」
「いいけど何買うの?」
「母さんと親父に初給料で何か買おうと思ってんだけど、まぁ何が良いかピンとこないし、玄関外になんか置きたいとか言ってたから母さんには花でも。親父には……なんか適当にゲームでも買おうかと」
「晴久ママは花の手入れとかするの?」
「さぁ? まぁ母の日に送ったカーネーションが翌日にはゴミ箱の中とかではない。枯れるまではどっかに飾ってるぐらい?」
「なるほどねぇ~。それなら時期的にカンパニュラがあるかもしれないし、ガーデニング用の蔓籠とかと一緒に買ってあげれば?」
「んぉー……?」
「お店に着いたら教えてあげるわよ。細かい所はスタッフに聞けば良いはずだし」
なんか呆れてるけど、俺がそんな花の事とか知るわけないじゃないですか。ガーデニングとか花とか興味が……ギリギリ、サボテン育ててみたいと思ったことがあるぐらい? 言ってしまえば、母の日にカーネーションの意味も特に分かってない俺ですよ。
「セラは花に詳しいんだな」
「詳しいわけじゃないけど、色んな花の花言葉を調べるぐらいには好きよ」
「あぁ、花言葉ね。花言葉。オシャレなやつだ」
「晴久……まぁいいわ。バーガーショップも見えてきたし、後は食べながらにしましょ」
もうそんなに歩いたか。セラの言う通り、ひとまずは腹ごしらえをしてからでも遅くないだろう。
何だかんだで頭使ったから凄い腹減ってるんだよな。今ならセット3つぐらい行けそうだわ。
ブクマ、評価等々含め、お読みいただきありがとうございます。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。




