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傍らに異世界は転がっている  作者: 慧瑠
Chapter2 思い切り
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Chapter2-xx

 大きな建物。その奥の一室。

 昼食として近場のコンビニで購入したおにぎりを食べながら、面倒くさそうに指一本でゆっくりとキーボードを叩いている男――一三(にぬき) 秀彦(ひでひこ)は、何やら外が騒がしくなってきている事に気付いた。


「お疲れ様です」

「はぁーいお疲れぇぃ」

「お疲れ様です!」

「はいはーいお疲れぇぃ」


 そのやり取りは徐々に近づいてきている。加えて、聞こえてきている声に心当たりのある一三は、今は一人しか居ない部屋で大きなため息を漏らし、自分の元に声の主が来ない事を祈ってパソコンへと視線を戻す……が――


「にぃぃぬぅぅきぃぃくぅーん」


 ――ゆっくりと開かれた扉から聞こえてくる声は、明らかにねっとりと自分の名前を呼んだ。


「はぁ……お疲れ様です。こんな片隅の部署に何用ですか? 老岳長官殿」


 一三が老岳と呼んだ男。警察庁長官の肩書を持つ老岳(おいたけ) 重蔵(じゅうぞう)は、手に持っていたファイルを机に投げ置き、空いている椅子に腰を掛けて、わざとらしく大きなため息を漏らす。


「はぁ~~~……お前ぇ、ニュースとか見るか?」


「まぁ人並みには」


「だったら知ってるよなぁ。先日あった第七倉庫の爆発事故」


 心当たりしかない一三は、やはりその事かと思いながらも老岳にコーヒーを用意してしらを切ることにした。


「そのニュースなら見ましたよ。なんでも高校生が花火で遊んでいて、偶然倉庫に保管していた火薬やらガスやら巻き込んで爆発したとか。ガス会社のお偉いさんが監督不行で謝罪会見までしてましたね。見ない顔でしたけど、また人が変わったようで」


「アイツ、俺の後輩なんだよ。今度飲みに誘ってやんねぇとなぁ」


 用意されたコーヒーに五本分のスティックシュガーを溶かし、老岳は眉間の皺を一層寄せて一気に飲み干す。


「あーーー、不味い」


「甘いもの苦手なのに、よくそんなの飲みますね」


「おじさんお疲れなんだよ。ありもしねぇ証拠でっち上げて、マスコミ共にホラ吹いて、馬鹿みてぇに気絶して転がってた連中の隠蔽してよぉ。やっと今日、色々と片付いたわけよ」


「それは大変でしたね。さっさと帰って休まれてはどうです?」


「そんな冷たい言い方をするもんじゃねぇよ。ソレ見ろ」


 言葉と顎で指されたファイルは、先程老岳が机に投げ置いたモノ。

 出来ることならばソレには一切触れずに終わってくれと思っていた一三だが、言われたからには仕方なく、本当に渋々といった様子でファイルに目を通し始めた。


「そいつを探してたんだろ?」


「いやいや、こんなの探してませんよ」


 口ではそう言うものの、一三は十枚程をまとめたファイルを漏らさず頭に情報として叩き込んでいく。

 本当に書類の処理が捗らず探してはいなかったが、探そうとは思っていたモノである事には違いないのだ。


「百人ちょっとぐらいの痕跡はあったが気絶してた奴らは合わせて三十八人。全員俺の管轄の警察病院にぶちこんでる。その内十五人は指名手配や前科持ちと一致した」


「痕跡と捕まえられた人数に結構差がありますね」


「爆発が聞こえるって通報が三時五分、俺達が現場に到着して最初に気絶してる奴を見つけたのが三時二十分。十五分そこそこで七十人近くが忽然と姿を消すってのは難しいよなぁ。周囲の監視カメラにゃなんも映っちゃいねぇしよぉ……一体どうなんてんだろうなぁ一三」


「俺に言われても分からないですよ」


「お前ぇ、その日は何してた」


「仕事明けで帰ってゆっくりしてました」


 自分達が現場から離れた時間から考えると、おそらく気絶させた者達の大半は目を覚ましてその場から撤退したんだろう。と隠す気もない嘘を返しながら一三は予想する。

 事実その通りであり、気絶させられた者達に仲間を助けるなんて気持ちは微塵もなく、晴久達が対峙したフォーも連絡を終えると、その場を放置して行方をくらませている。


「そういやお前、ここ最近は公共交通機関使って出勤してるらしいなぁ」


「……ちょっと車の調子悪くて見てもらってるんですよ」


「ボコボコのオープンカーになった車をちょっとって言い切れるお前はすげぇよ。おじさんなら母ちゃんにどやされて、愛車が廃車ってだけでひと月は不機嫌コースだ」


「はぁ、実は結構キてます。誤魔化しても後で報告書要求されそうなんで、もう諦めて白状しますが、今回の仕業は老岳さんの予想通りですよ。老岳さん達、上が警戒対象にしている例の組織です」


「やっぱりかぁ。ボロボロと痕跡は残ってるくせに決定的なモンはちゃんと処理してやがる。真新しいモンと言ったら、異常な溶け方をしていた壁から採取して鑑識が総出を上げている謎液体と、同じ現場に落ちていた髪の毛だが……」


「今回の被害者のモノでしょうけど、被害者は薬物投与をされていた可能性が高く、意識朦朧の状態が続いていたのか今回の件に関しての記憶の殆どがありませんでした」


 一三が口にしたのは、先日送り届けた後に亜古宮から聞いたこと。

 全てを教えられているとは思っておらずとも、そう伝えられた事はそれなりに信用できる情報として一三は記憶している。

 もっとも、詳しく追加で調べようとしても、今回の被害者'世巡(よめぐり) 菜々(なな)'の兄である'周吾(しゅうご)'の事に関しては被害者の兄であり行方不明であった事しか知らされず、後日連絡を取ろうとしても所在すら掴めなかった一三は、それしか情報を持っていないとも言える。


「薬物投与だぁ? 付近の病院に記録はなかったはずだが、お前ぇどこでそれ診断し……あぁ、亜古宮とか言う民間協力者か」


「そういう事です」


「一切素性の知れねぇ奴を、よくまぁ信用できるもんだなぁ。モノ好きめぇ」


「俺を誘って、こんな枠まで作った人に言われるとは心外ですよ」


「適材適所。超常現象対策なんてイカれてんのは、お前ぐらいなぁなぁな奴の方が務まるってもんよ」


「俺だって給料分ぐらいは働きますって」


 警察庁警備局公安課の超常現象対策室。そこに配属されているのは一三を含めて二人だけであり、実際何をしているのかは知る者も一握り。

 何も知らぬ他の者の共通認識としては、老岳が持ってくる厄介事を押し付けられている程度。

 そこに望んで配属されたいと願う者は居ない。


「働き者で助かるねぇ」


「たまに死にかける事以外は、ゆるくて俺も楽ですよ」


 その実、超常現象対策室は公安に属しているものの、国の指示で作られた老岳の直属の組織であり、常識とはかけ離れた事態――都市伝説や怪物、魔法や超能力といった事柄に対して調査と対策、更には解決までを任されている。

 仮に望んだとしても希望が通る事はほぼ無く、誰でもと配属されることはない。


「そんじゃあ渡すもん渡したし、俺ぁそろそろ戻る。黙認はしてやってるが、あの得体の知れねぇ亜古宮って野郎を使うのも程々にしとけよ?」


 実際に会ったことはない老岳だが、一三から聞いている話や自分で調べた結果から、その存在の異質はには薄々気付いている。

 一三に協力している事も多いからこそ見逃しているだけであり、実際であればすぐにでも対処した方がいい存在であると。


 そもそもにおいて老岳は'超常現象対策室'の発足を快く思っては居ない。

 否、発足自体は納得している。現状を理解し、必要性も重々承知し、その存在自体は文句なしに賛成ではあるものの、発足を命じてきた上の対応は納得できるものではなかった。

 予算にせよ、選出された人員にせよ、今回の一件に対する対応にせよ、所謂形だけの行動は老岳が把握して考えていた重要性とはかけ離れたもの。


「重々承知していますよ。それじゃ、お疲れ様でした」


 そんな老岳の心境を知ってか知らずか、一三はいつも変わらず何事(・・)にも一定の成果を上げて、二人だけとはいえその存在を老岳の望む形で維持してくれている。

 だからこそ老岳は多少の事であれば目を瞑るし、その行動を制限することはほとんどしない。


「おぉーう。報告書は後で出しよけよぉ」


 もちろん仕事は仕事。必要であればしっかりやってもらう事も忘れない。


「ぁっすー」


 目論見は外れた一三は、どっちとも取れない返事を既に老岳を見送った扉へと聞こえない程度の声量で呟いた。そうしてから空になったカップや一口分程度残っていた昼食の片付けなどをしていると、ドンッ! と鈍い音が鳴り数秒、部屋の扉が開き一人の男が入ってきた。


 整えた痕跡はあるもののボサボサっとした髪から覗くのは、先程の音の原因であろう赤みを帯びた額。

 片手に荷物を抱えながらも大きな欠伸をもらしならが入ってきた男は、一三が片付けをしている様子と明らかに疲れている顔を見て色々と察し、荷物の中から日本では見かけない一本の栄養ドリンクを取り出す。


「さっき老岳長官と会いましたけど、やっぱりウチに用事だったですね。お土産の栄養剤、今飲みます?」


「あー……貰うわ」


 一三が自ら声を掛け、超常現象対策室に配属されたその男――秋末(あきすえ) 玲司(れいじ)は、少し大きめの栄養ドリンクを手渡すと、自分の分も取り出して軽く振り一気に飲み干していく。

 それに習い一三も飲んでみれば、独特な風味でありながらも飲みやすく、少し驚きながら同じ様に飲み干し、そういえば……と言葉を続けた。


「調査はどうだった」


「本人の証言を元に各地へ行ってみましたが、そこも本人の言う通り内容が古くて御伽噺や、寝ない子供に聞かせる昔話程度のものが多かったってのが表の調査結果です」


「なるほど」


 時折お土産が混ざるカバンの中から並べられている調査結果の数々に目を通しながら、一三は報告の続きを聞いていく。


「裏の連中にも話を聞いて回った結果としては、それなりに今でも'掃除屋'として名が通っていました。殺しの依頼は受けず、その後の死体処理などを請け負っていたらしくて、何人かの得意先にも行き当たって話を聞きましたね」


「その辺りも本人の証言通りね。ってことは処理の仕方も嘘ではないと考えるのが妥当だが……お前はどう思う?」


「俺は最初から嘘だとは思ってないですね。まぁそういうのが居てもおかしく無いだろうなぐらいで」


「お前からすれば、その程度か」


 一三の問いかけに何も気にすること無く答えた秋末 玲司は元異世界転移者である。

 元々別の部署でも部下だったこともあり、一三はその事を既に知っていた。

 最初は酒の場で秋末が酔っ払て語る戯言かと認識して聞き流していたのだが、超常現象対策室が設立され任されるとなった時、改めてしっかり聞けば嘘ではないという。

 他の者に関して語る事こそ出来ないが……と前置きをして自身が経験した事を語る様子と、一三自身が経験した事を踏まえれば、それが事実であるのだろうと納得するしかなかった。


「とりあえず調査ご苦労だった。報告書は適当にまとめて来週末までには提出しておいてくれ」


「今報告した分で免除にはなりませんか?」


「俺も今から報告した分の報告書まとめなきゃいけないんだよ。お前だけ免除は俺が納得できないんだ」


「……なんだかんだで老岳長官と一三室長って似た者同士ですよね」


「やめてくれ」


 数秒の沈黙のあと、二人はフッと笑いながらお土産の整理をして、渋々、嫌々といった感じで二人は報告書を作っていく。

超常現象対策室

超能力、魔法、オカルト等々。通常では考えられない要因を含む事件などの処理を任されている。




ブクマ、評価等々含め、お読みいただきありがとうございます。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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