Chapter2-3
「はっ、はっ、はるぅ~。飯食おうぜ!」
「なんかテンション高いな雅人」
世巡さんとの一件があった日から二日。
疲れが抜けない俺とは違って、雅人のテンションがやたら高い。
「ふふふ。実は……いやまぁ、別に何もないんだけどな。ちょっとアゲてみようかと」
「意味深な笑みの意味よ」
「意味など無い。強いて言えば、午後の授業がめんどくせぇ……あれ? 今日は弁当じゃないのか」
「今日は親父が当番だったんだけど、何を考えたかラザニア作ろうとして丸焦げにしやがって、そっと千円渡された」
お袋のため息で親父の背中が小さくなっていく様子は、息子ながらに笑いそうになった。でもまぁ、アレは親父が悪い。
俺もお袋も、まさか焦げ臭さで目が覚めるとは思ってなかったからな。
「ってなわけで、今日は休み時間の間に買ってきた'うまいサンドイッチ'と'めっちゃうまいプリン'だ」
「うちの学校の売店って、半分ぐらい商品名が雑だよな」
「外から入荷してるか、人工島内で作ってるかの違いらしいぞ」
「へぇ……生徒利用区間しか移動しないから、やっぱまだまだ知らない事の方が多いな」
「居住区もあるとか聞くけど、わざわざ行く理由もないしなぁ。そういや噂では地下迷宮とかもあるらしいぞ」
「マジかよ」
どこで聞いたか覚えてないけど、どっかでそんな話を聞いた気がする。
まぁでも、人工島で会社があって、その建物の三階までは学校で、社員の寝泊まり用の居住区に色々な研究施設だか専門施設だかがあるってんだから……正直、地下迷宮があります。って言われても実際ありそうだからな。
そんな噂が流れるのも妥当な気がする。本当だったらなんか面白いし。
「どうだ晴久、今年の夏休みにでも探検」
「一瞬で警報鳴らしそう。ここのセキュリティ、絶対エグいだろ」
「確かに。映画みたいな装置がゴロゴロしてそうだわ」
「一歩間違えばサイコロステーキにされちまったり?」
「吊り天井でプレスされたり?」
なんて話をしながら昼食を済ませ、一昨日の夜から二人で始めたゲームの話をしていると、ぶっ壊れるんじゃないかって勢いで教室の扉が開いた。
「晴久!!」
一瞬静かになった教室に残っていた人達は一斉に扉の方を見たが、そこに立って俺の名前を呼ぶセラの姿を見てまた雑談を始める。
毎度毎度勢いがあるっていうかなんていうか……。
「そろそろセラは扉をぶっ壊すんじゃねぇか?」
「扉の耐久性に難ありだな」
「何いってんだ雅人。セラのお淑やかさに難ありの間違いだろ」
「そんなつまんない話なんておいて、どう?」
駆け寄ってきて第一声が'つまんない話'って、お前の話なんだけどな。もっとこう、静かにさ。皆が慣れちゃいかんっていうのを自覚してさ。
それに'どう?'って何のことを言ってんだ?
「なんか気付かない?」
一切分からん。
チラッと雅人を見ると目を逸らしやがった所を見ると、雅人は答えを知ってる感じか。
んー、なんか顔やら体やら揺らしてアピールっぽいのしてるし、なるほどな。なんで答えさせたいかは分からんけど分かったわ。
「あー、えー……シャンプー変えた?」
「は? キモ」
「えぇ……」
今のは俺は悪くないだろ。え、何? 蔑みたかっただけ?
雅人も苦笑いしてるし。
「晴久、匂いは流石に……間違えるにしてもせめて服とかじゃね?」
「セラの持ってる服を俺が把握してるわけないだろ。ってか間違えるの前提かよ」
それに服って言っても、普通に動きやすそうな丈が短いパンツスタイル――相変わらず綺麗な脚してんな。
ハッ! いかん、コレじゃ本当にキモい奴になっちまう。
「んで、答えはなんだよ」
「ダメダメね晴久。髪を切った事にも気付かないなんて」
髪ぃ? なんか変わったか? 俺の記憶にあるのと大差ないんだけど。
ダメだ。本当に分からん。
「わりぃ、マジで分からん。元からそんな長さじゃなかったっけ?」
「後ろがニミリ短いでしょ! サイドだって少し整えたのよ!」
ニミリって……分かるわけないだろ。
皆気付くもんなの?
「ほらな? 篠原さん。俺が言った通りだっただろ? 晴久が気付くわけないって」
「なっ!? 雅人、お前気付けたのか!」
「いや全然。今日、篠原さんからあの店で昨日切ったって話をされても分からんかった」
お前もこっち側じゃねぇか。そもそもニミリとかワンチャン一日で伸びきるだろ。
俺が当てられるわけがない。昨日だったらもしかしたら……いや、ないか。にしても雅人から昨日セラが休んでるとは聞いていたけど、髪を切りに行ってたんだな。
「ん? セラが髪切った店って、亜古宮さんから頼まれてたあの店?」
「そうそう。'Take the plunge'っていうバーバーショップ。一昨日ぐらいに廃ちゃんから終了の連絡が来たから、せっかくだし最後に切ってもらおうかなぁってね」
世巡さん的にはセラの行動はセーフなんだろうか。その前にセラの事まで世巡さんが気付いていたのかも分からないな。
「利用してみてどうだったんだ?」
「んー、口コミ通りいい店だったわよ? 一人でやってるみたいだったけど聞き上手で、なんか終わった後は、いつもよりすごくスッキリしたわね。悩みが晴れたみたいな感じ?」
「なんかそれだけ聞くと散髪の腕ってより、喋りが上手いみたいだな」
「頼んだ通りにはしてくれたし、お喋りが上手なのは重要だと思うわ」
「そうだぞ晴久。聞き上手で技術もあって、なにより美人! 一体なんの問題があるというのか……お前には分かるまい。髪を切りに行く度に、むさ苦しい笑顔でバリカン構えて'おう! バッサリいくか!'って出迎えられる客の気持ちがッッ!」
「そうよ晴久! 江口クンの気持ちも察しなさい!」
「雅人の行きつけは俺の行きつけでもあるんだけどな」
あ、聞いちゃいねぇな。二人とも店員さんの話で盛り上がってらっしゃる。
まぁいいや。それにしても気になったのは'悩みが晴れた感じ'って部分。
聞き上手なんて言っても限度があるよな? 話してる本人が気付かないレベルで悩みを晴らすとか、理髪師ってより天才詐欺師かなんかだろう。そうじゃないなら、そういう事ができる異物。
悩みを晴らす異物? 字は分からないけど、しぎり鋏って言うぐらいだし、何か切る系だと勝手に思ってたけど違ったみたいだなぁ。
「何難しい顔してるのよ」
「篠原さぁん、ありゃスケベな事を考えてる顔ですよぉ」
「つまり今、晴久の頭の中では私が辱められてッッ!!」
「いや違うから。ってかセラはそれでいいのかよ」
「普通に気持ち悪いって思うけど、妄想なんかに劣る私じゃないから許してあげる」
「あ、はい。ありがとうございます?」
許せる理由も訳わからんし、その自信もすげぇし、短時間で二回もキモいって言われて俺のメンタルにも謎のダメージが。
やめよう。世巡さんの事は考えないことにしよう。
亜古宮さんがニ、三日後に接触してくるとか言ってたから気になってしまってたけど、分かってるなら亜古宮さんが事前に何か教えてくれるだろう。
「それで、本当は何を悩んでたんだ?」
「んー、いやー、親父が正輝さんから報告受けたとかで俺に相談してきたんだよ」
「親父が源次郎さんに?」
「雅人の秘蔵品が何故か正輝さんの部屋にあったらしくてな。恵美さんは上手く誤魔化したらしいけど、どうやって雅人に返すべきかってさ」
「え? あっ!!」
「心当たりがあったか。まぁ、どんまい」
「おぉぉぉぉぉおぉ!?」
「なになに? 私も江口クンの秘蔵品知りたいなぁ」
「ちょ、篠原さん、本当勘弁してください」
ニヤニヤしてるセラと雅人がじゃれ合ってる中に笑いながら俺も混ざっていると、時間はあっという間に過ぎて昼休みは終わり、二人は自分の教室へ戻っていく。
俺も俺で腹を満たした事でくる眠気と戦いながら授業を消化していき、ノートの文字がミミズへと変わり始めた辺りで最後の授業終わりのチャイムが鳴った。
「うーん、不思議だ。チャイムが鳴ると眠気が消える」
さっきまでの眠気が嘘のようだ。これなら今日も帰ったら飯食って、風呂入って雅人とゲームだな。
なんて思いながら帰る準備を終えて一階まで降りると、玄関前には雅人とセラが待っていた。
「あれ? 今日はセラも一緒に帰るのか?」
「っていうより廃ちゃんから一緒に居ろって」
「俺の方には連絡は来てないな」
「私が伝えるって分かってたんじゃない? 江口クンにも一緒に帰っていい許可貰ったし、よろしく!」
一緒に帰るのは別にいいけど、雅人のあのサムズアップはなんか腹立つな。
俺には分かるぞ。絶対なにか良からん考えをしてる時の笑顔だ。
「じゃ! 俺はコレで! 篠原さん、晴久もまた明日な!」
「またね~」
「……」
憎たらしい笑顔で颯爽と去っていく雅人。
奴は俺の予想通り、急にモノレール内で用事を思い出した!と抜かしやがり、降りる駅を一本ずらしやがりまして、セラと二人で帰る事になった。
「一番噂を真に受けてるのはアイツなのでは?」
「噂って、私と晴久が付き合ってるとかいうやつ?」
「え? あぁ、まぁ、それ」
俺は雅人から聞いて初めて知ったのに、セラは既に知ってたのか。
まぁだからって今日の態度を見るに気にしてる様子もないな。くそぉ、雅人のせいで変に意識しちゃってるのは俺の方じゃん。
「俺のクラスではどうか知らんけど、なんかそっちのクラスでは噂になってるみたいだな。適当に否定しとかないと、雅人みたいなのが調子のるぞ」
「否定しても実際に晴久は他とは違うし、こういうのは逆に刺激するだけだから放置がいいのよ。虫除けにもなるし、相手が晴久なら別にいいわ。それとも晴久は嫌だった?」
「いや、別に嫌ってことはない……かな」
「なら放っておきましょ」
「セラがそれでいいなら、特に言う事はねぇよ」
……え? 何、この空気。あれ俺、なんか変な事とか言ってないよな? くっそ恥ずかしい気分になってきたんだけど!
分かる。分かるぞ。後日絶対思い出して悶絶するやつだコレ。
もっといい言葉あったとか落ち込むやつだコレ!
「――さ。ちょっと、晴久ってば!」
「はい! 違う! 違わないけど、深い意味はなくて軽くこう、ふわっとした「何言ってるのよ。そんな事より、あの人……晴久のことすごい見てる気がするんだけど」――ん?」
気が付けば場所は呪われてる公園前。
無駄に焦りを感じてる俺を余所にセラが指差す先には、つい先日あんまりいい思い出で記憶していないロン毛の人が確かに俺をじっと見ている。ベンチに座りながらすっごい形相で見てる。
間違いない。世巡さんだ。
「どうしよう。知り合いだ」
「声かければいいじゃない。私に遠慮しなくていいわよ?」
「できる事ならば関わり「晴久君!!」――無理かぁ」
少し下から聞こえてきた声に釣られてみれば、いつの間にかベンチから目の前に移動してきていた世巡さんが土下座をしている。
隣では、いきなり目の前に現れたからか、それとも土下座をしているからか、どちらにせよ明らかに引き気味のセラ。
そして俺の脳裏には、わざわざ一緒に居る様に指示した亜古宮さんの胡散臭い笑み。
絶対面倒くさい事になると確信を持ちつつ、とりあえず俺は世巡さんを立たせてベンチに移動する事にした。
「それで、いきなり土下座なんてどうしたんですか?」
セラは気を使ってくれてるのか近くのブランコで遊んでいるが、ベンチで隣に座っている世巡さんは俯いたまま。
早く帰りたいと思いながらも少し待っていると、意を決した様に世巡さんは顔を上げ、今度はベンチの上で姿勢を正して綺麗な土下座スタイルで言った。
「菜々が……妹が攫われた。頼む、力を貸してくれ」
いや、警察に行ってもらって……。
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