Chapter2-2
世巡さんが言った"妹"が誰を指すのかはすぐに分かった。ただ……答えようにも言葉が出ない。
異物に関係ありそうとは言え見ず知らずの相手に話せるわけがない。何より、声も出ない。いきなりのしかかってきたこのくっそ重苦しい圧がやべぇのなんの。
「君が妹の友人で、見守るように頼まれた。なんて事はないだろう?」
とりあえず頷いて返せそうな質問だったから頷いてみたものの、更に体が重くなった気がする。
返答間違えたかなぁ……いやでも、知り合いって嘘をついた所で本人に確認されたら次はないだろうし、多分答えは間違えて無いと思うんだけどなぁ。
「じゃあ何? ストーカーか何か?」
全力で首を横に振ろう。
「……仮にストーカーだったとしても、素直に頷きはしないか」
だったら聞くなよ! なんて思いはするものの声には出さない。出ないだけだけど、出せても出さない。そんな度胸は俺にはありません。
「念のために言っておくけど、助けを呼ぼうとしても無理だからな。そのポケットに入れてる携帯も電波は通じない。俺がそうするまで人がココを通る事もない。それぐらいの事はこっちの世界でも俺はできる。言っている意味は分かるよな?」
どうせ気付かれてるならと忍ばせてたスマホを堂々と確認してみたら……マジで圏外だ。
しかも今の"こっちの世界"って言い方からするに、俺みたいな存在ってよりは亜古宮さんか親父達と同じ部類の異物か?
元異世界の住人か、帰還者か。
「はぁ……あ、声出た」
「出たついでに最初に質問に答えてくれると嬉しいな」
俺が声を出せない事まで分かってたのかよ。いや、原因がこの人なんだし、その辺の調整も自在って事か。
だからって仕事ですって答えてもなぁ……今度はどんな仕事だって聞かれるだろうし、異物の調査をして亜古宮さんに報告してるだけで、そこから先はまだ俺も知らない。
そしたら次は亜古宮って誰だって聞かれて俺は言葉に詰まって……うーん、世巡さんが納得するような答えは出せそうにないな俺。だったらもう素直に拒否ろう。
「無理っす。ただ言えるのは、俺が見てたのは妹さんじゃなくて店っすね」
「嘘……じゃなさそうだな。店、店か。なるほど、君の監視対象は"思斬り鋏"か」
鋏? 異物の名前か? となると、あの台車の上にあった鋏のどれかがソレか。
台車にも櫛とか霧吹きみたいなのとか他にも色々あったからな。鋏って特定できたのは儲けもんだ。
「それはそれで見逃し難いな」
こんな状況じゃなければ。って言葉が付くけどなぁ!
「思斬り鋏をどうする気だ?」
「それは俺にも」
「電話しようとしてた相手に聞いたほうがいいか」
あぁ……結局亜古宮さんに波及するんすね。
貸し一つとか言われないよな。俺は頑張ったんですよ? なるべくこの場で済むように頑張りました。頑張りましたけど、ダメだったんです。
「そうと決まれば、さっきの相手に電話を掛けてスピーカーにしてくれよ。晴久君」
「なんでスピーカーなんですか」
「そっちの方が手早く済みそうだからね。君だってモヤモヤは晴らしておきたいんじゃないか?」
「まぁ、それはそうっすね」
そういう訳だから、すまん! 亜古宮さん!
『お疲れ様です晴久君。今日の報告は電話でですか?』
「残念ながら報告はまだできない。もしかしたらこれからも無いかもな」
『……どちら様でしょう?』
世巡さんは口元に指を立てて、俺に喋るなと合図を出しながら亜古宮さんと話し始めた。
変に抵抗しても状況が悪化しそうだし、大人しく世巡さんの指示に従ったはいいが、ほんのニ、三回のやり取りで空気がピリピリしてきた。
世巡さんもだけど、電話越しからでも亜古宮さんの雰囲気が変わったのが伝わってきて、俺まで冷や汗が出てくる。
「俺が誰かは大した問題じゃなくないか? 状況は理解してるはずだ。晴久君の無事を願うなら、俺の質問に答えろ」
『なるほど。まぁ、いいでしょう。何をお聞きしたいんですか?』
「今回の監視の目的と、これは質問じゃないんだが……あの店から手を引いて、二度と今回の件に関わるな」
『あの店、今回の件、監視の目的、なるほどなるほど。貴方は些か交渉が下手ですね』
「立場が分かってないみたいだな」
『その言葉、そのままお返ししましょう。今関わっている事と晴久君の命を天秤に掛けた時、どちらに傾くかを貴方は理解していない。何よりも守りたい気持ちが強いのか知りませんが、それだけ言われれば私は容易に予想し行動できます』
「つまりは晴久君がどうなってもいいんだな?」
『お好きにどうぞ。ただ私が今から出す問題をお聞きしてからの方がいいと思いますよ』
あれ? なんか俺の命が危険に晒されてる気がするんだけど。
亜古宮さん、信じてますよ? 俺、まだ死にたくないですよ?
「問題?」
『はい、質問ではなく問題です。ではお考えください……今、私はどこに居るでしょうか』
「――お前! まさか!」
『ヒントはそうですねぇ……随分と真っ直ぐな方だ。というのが私の第一印象でしょうか』
「そこから離れろ!! 何かしやがったら地の果てまで追ってでも殺してやる!!」
世巡さんに投げ捨てられたスマホをキャッチした瞬間に聞こえたのは、響く数回の金属音。
音のする方を見てみると、いつの間にか現れていた亜古宮さんは百均で売っていそうなカッターナイフを振り下ろし、駆け出していた世巡さんはどこから取り出したのか分からない馬鹿でかい大剣でそれを防いでいた。
「素晴らしい反応速度と感情に左右されていない澄んだ殺気。それなりに場数は踏んできたようですね」
「お前……人間じゃないな」
「貴方はまだ人間ですね。多少死臭が強いようですが」
会話をしながら世巡さんは大剣を振り回し、亜古宮さんは涼しい顔で避けたりカッターナイフで弾き上げたりして、今のところは一撃も当たってはいない。多分。
いや、あんなの一撃でも当たったら即死だろうしな。しっかり追えてないけど多分当たってない。
「まさかこっちの世界に俺と打ち合える上位個体が居るなんてな」
「お褒めいただきどうも。貴方はこちらの世界に戻ってきてから日が浅いようですね」
「知ったように! "開闢の檻より解き放――なっ!?」
一旦距離を取って得意げな世巡さんが何かを呟き掛けた時、亜古宮さんが上着の内側からかんしゃく玉が数個入った袋を取り出して世巡さんの前に叩きつけた。
次の瞬間、大剣が大きく脈動したかと思うと、霧のように形を変えて消えていく。
「この世界、別世界の"力"というモノが幾分か散りやすいんですよ。特に貴方の様な外から持ち込んだ大きな力を振るえる存在に対してはその枷が大きく、又散った力は異物となりやすい……薄々分かってはいても、それほどの力を振るう機会に恵まれなかったでしょう?」
へぇ~。そうなんだ。ってことは、親父達も本気出そうとすると、今の世巡さんみたいな事になって事だよな?
俺はそんな感じになった事は無いし、この前の異物の感覚からして……世巡さんはどんな危ないモンを振り回してんだ。
「ちなみに私が投げた玉は、そういう力を散らしやすくする道具です。もちろん貴方なら力技で無効化もできるでしょうが、今より強力な道具もまだまだあります。そこで提案ですが、このままお互い無駄に戦う前に、話し合いといきませんか? 晴久君の無事は確認できたので」
「こっちは確認できてないんでね。ハイそうですかとはいかねぇなぁ」
「ではこうしましょう。無くても構いませんが、貴方の安心の為に何か私を拘束できる術がありますか? 貴方が確認をしてくるまで私と晴久君はここで待っていましょう。晴久君も構いませんよね?」
「え? あ、まぁ、あんま遅くならなければ……遅くなるようなら、家に電話入れていいなら」
あー、びっくりした。置いてけぼりくらってたから完全に油断してた。
晩飯には間違いなく遅れるだろうけど、明確な門限があるわけじゃないし、帰った時に説明すれば問題はないだろ。
「それを信じろと? いきなり後ろから襲ってきた奴の言葉を?」
「ですから拘束を受け入れると。逃げても地の果てまで追ってくるようですし? それに私は拠点を移動できるほどの自由がないので、解決できるなら今のうちにしておきたいんですよ」
「……何かしたら殺す。何かあっても殺す」
「どうぞご自由に。あ、帰りにお茶か何かをお願いします」
最後の亜古宮さんの言葉には返事せず、世巡さんの姿は一瞬で消えて、公園には俺と亜古宮さんの二人だけ。
「やれやれ、私が襲う以前に晴久君を人質にしたことを彼は忘れているんですかね」
「っても亜古宮さんもかなり世巡さんの神経逆撫でたみたいっすけどね」
「世巡というんですか。彼」
そういえば自己紹介すらまともにしてなかったな、この人達。とか思いながら二人でベンチに移動して、報告ついでに今までの流れを説明すると、亜古宮さんは世巡さんを見て何か特別変わったことがあったか? と聞いてきた。
「変わった死線してました。なんかこう、絡まってる感じの」
口頭だけだと説明しずらいから、適当に拾った枝で地面に見たやつを描きながら伝えれば、何かわかった様に頷いて満足気な亜古宮さん。
「なんか知ってます?」
「事実ならば初めてお会いする存在なので確証はありませんね。ただそうであれば面白いなと」
「教えては……」
「本人にお聞きしてみましょう」
そういう亜古宮さんの目線の先には、コンビニの袋を持った世巡さんが立っていた。
「確認はできた。と言うより、あの場にお前が居た痕跡すらなかった……悪かったな。俺のやり方も含めて」
「頭が冷えたようで何よりです。ただお店を調査していたのは事実ですから、今回はお互いに被害がでていない。それで良しとしましょう」
なんか二人だけで納得してるけど、俺は一切納得してないですけどね。まぁ、そんな野暮な事は言わないさ。言った所で亜古宮さんにあしらわれるだけで、もっとモヤモヤして終わる。俺は学んだ。
あーあー、謝罪で受け取った麦茶が美味いなぁ!
「この際ですからお聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」
「あぁ。俺も聞きたいことがある」
「ではこちらから……先程、晴久君からお話を聞き、打ち合いと対話で感じた事を総合して考え予想した結果になるのですが、貴方は'回帰者'と呼ばれる存在ですか? 仮に違ったとしても、最低でも自身の蘇生手段をお持ちですね?」
何言ってんだ亜古宮さん。
「すごいな。アンタの言う通り、俺は回帰者だ。もう二百は回帰してるよ。どうして分かった」
えぇ……あってんのかよ。
「練度の高い戦闘技術、その割には不安定な精神、しかしどちらにも振り切れていない中途半端な肉体や言動、色々とチグハグで違和感が強く、決め手は晴久君の報告ですかね」
「彼の?」
「詳しくは秘密ということで」
そんなに見られても……多分死線の事を亜古宮さんは言ってるんだろうけど、俺も今'なるほど'って納得してる身で、世巡さんが何か驚くような事は親譲りの能力以外無いんすよ。
だからと言って、わざわざ亜古宮さんが濁したのにそれを教える気にもならないし、とりあえず軽く頭を下げとくのが無難かな。
「俺の知らない力か」
「彼は遺伝ですが、元は貴方のモノとも別世界の力ですからね」
「そんな事を話して良いのかな?」
「貴方なら大きな問題にはならないでしょう。むしろこれで今後を得られるのであれば安いかと」
「今後か」
「えぇ。まだ決まっては居ませんが先にお答えしておくと、現状の調査結果では回収対象外の異物なので私達が手を出すことはありません。もちろんその所有者にも」
「いつかは手出しをするかもしれないってことだよな?」
「かもしれないの話をすればそうですね。ですが私達も無闇矢鱈に全ての異物を回収しているわけではありませんから」
確かにそれはそうだ。
見つけ次第回収かと俺も思ってたけど、今回みたいにとりあえず調査するみたいだし、セラのも別に亜古宮さんが回収してるのとは少し違うっぽい。
あれ? こう考えると、俺、まともに異物回収したこと無いんじゃね?
いやいやまだ始めたばっかだし、俺が気にしてもしゃーないって。元は安全の為だしな。うん。
「お聞きしたいことはまだありましたか?」
「……いや、アイツにも思斬り鋏にも手を出さないならそれでいい」
「そうですか。個人的な興味でお聞きしたい事はありますが、今は止めておきましょう。晴久君を帰さないといけませんしね」
「確かに。改めて、すまなかった晴久君。俺の暴走で怖い思いをさせてしまったな」
「あ、いや、気にしてないって言ったら嘘ですけど、怖いとかはあんまり。正直後半は俺が居る意味あったのかなーって」
色々と聞いてて興味が湧いた部分はあったのは確かだ。だけどまぁ、二人の会話に割って入ってまでか? と聞かれれば、別にそうでもない。
そんな事よりは俺は腹が減ってる方が気になってる。
「意味はありましたよ。晴久君が居なければ、とりあえずお互い無傷ではなかったでしょうから」
「え?」
「流石に晴久君を殺す気はなかったからな。まさかあんな道具で対応されるとは思ってなかったが」
「俺が居なかったらもっとヤバい感じの攻撃してたってことですか」
「彼が上位個体の中でも上の方なのは分かるからな。本当なら小細工される前に一撃で吹き飛ばしたかったよ」
サラッと穏やかじゃないこと言ってんなぁ。
亜古宮さんは亜古宮さんで、肩をすくめるだけで余裕を見せてるし。この二人、意外と相性いいのか?
「まぁ今回の詫びは、晴久君には後日形にして何か用意する。今日のところは帰らせてもらうよ」
「いやそんな――って、もう居ないし」
別にお詫びとかいらないんだけどな。最初はビックリして警戒はしたけど、本当に勝手に話が進んで終わったから、何か貰っても逆に気が引けてくる。
そう説明しようと思ったのに、世巡さんはもう居ない。亜古宮さんに伝えて断ってもらおうかな。
多分亜古宮さんなら世巡さんの居場所とか分かりそうだもんな。
「さて、これから少し忙しくなるかもしれませんよ」
「え? そうなんですか?」
「私の予想が正しければ、二、三日以内に世巡さんは接触してくるでしょう。面倒事を携えて」
何その予想。
「事前に回避とかできない感じですか」
「できなくなりましたね。私達は手を出さないと約束しましたから」
「あぁ……そっすか」
分かっちゃいたけど、亜古宮さんって絶対良い人ではないよな。
暑さで何書いてたか分からなくなる瞬間があります。
お読みいただきありがとうございます。
これからもお付き合いいただければ嬉しいです。




