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傍らに異世界は転がっている  作者: 慧瑠
Chapter2 思い切り
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Chapter2-1

「あ、シャー芯折れた。あーーーー……はぁ、何か食うかぁ」


 とあるビル二階の喫茶店。ガラス一面の窓際で参考書とノートを広げ、手に取ったメニューを見ながら何度目か分からなかい溜め息が漏れる。

 廃工場の一件からニ週間か。

 筋肉痛に襲われ、セラが隣のクラスに転入してきて、昼飯時は必ず雅人に加えてセラまで一緒に来るもんで騒がしいくなって、一昨日から俺は亜古宮さんから頼まれた新しい仕事を遂行中……あ、チキンドリア美味そうだな。


「すみません、注文を。チキンドリアとフライドポテト、あとオレンジジュースを「それとショートケーキ二つにアイスティーを」――は? あれ、雅人じゃん」


「よっ!」


 いきなり後ろからなんか注文が追加されたと思えば、悪ガキ顔負けの笑顔を浮かべた雅人が立っていた。


「今、失礼なこと考えなかったか?」


「んなわけないだろマイフレンド。あ、店員さん今のやつも追加でお願いします」


 笑顔が苦笑いに変わりかけていた店員さんに注文を伝え終え、軽く頭を下げて去っていくかわりに雅人が目の前に座ってニヤニヤと何か言いたげに俺を見てくる。

 鬱陶しいことこの上ないが、放置をしたらしたでもっと面倒な事になりそうだな。


「なんでこんな所に居るんだよ」


「外を歩いてたら晴久が見えてよ。奢ってもらおうかと」


「何いってんだ? 自腹に決まってんだろ」


「篠原さんから聞いたぞ。バイト中の外食は社長が経費で落としてくれるってよ」


「俺やセラはな。お前の分までは出ねぇって」


「ならショートケーキは俺の奢りだ。バイトおつかれさん」


 最初から奢ってくれるつもりだったのかもな。いや、雅人の事だしあわよくばとは考えてたか。

 ん? ってか、なんで俺がバイト中だって分かったんだ? 基本的に細かい内容とかは誰にも話さない様にしてるんだけどな。


「雅人、なんで俺がバイト中って分かったんだ?」


「お前が理由も無く、わざわざ喫茶店で勉強なんてするわけないだろ?」


「失礼な! 俺だってオシャンティーな喫茶店で勉強ぐらいするわ!」


「まぁ、本当は篠原さんから聞いただけなんだけどな。それよかオシャンティーって」


 ケラケラ笑いやがって。もうこっちは二日連続五時間以上もここに居座ってて、笑う気力も無ければ、店員さんのコソコソ話が俺の事なんじゃねぇかって気になりはじめて居心地も悪いってのに。

 まぁでも、雅人のおかげで気持ちに余裕が出てきたのも事実か。


「セラもペラペラと」


「俺が来て嬉しいくせに。素直じゃねぇな」


「なら勉強も付き合ってくれよ」


「休みの日にするわけないだろ。まぁそれでも? 成績は上の俺からの労いだ。ほらショートケーキ」


「ハラタツー」


 でも事実だから何も言えない。こいつ、運動神経も良けりゃ頭もそれなりに良い中途半端ハイスペック野郎なんだよな。

 くそー……ショートケーキうめぇ。


「んで、晴久はこんな喫茶店で何してんの?」


「んぁ? セラから聞いて来たんじゃないのか」


「多分晴久がバイトでここに拘束されてるってだけで、なんでそうしてんのかは知らない」


「それだけで来るとか暇人かよ」


「今日一日、暇してるのは確かだな」


 雅人の荷物を見れば、買い物帰りってのは分かる。行きつけの服屋で、俺も何度か付き合った記憶があるから分かるけど、あの店はこの付近には無い。

 さて、わざわざ来てくれたツンデレ雅人にどこまで話していいもんやら……この際だし、少し手伝ってもらうか? どうせ居座りそうだし、そうすっかな。


「あそこ。向かいの下に床屋あんだろ? そこを観察してるんだ」


「床屋の観察ってどんな仕事だよ」


「市場調査? とりあえず、あの店に出入りした人の雰囲気をまとめてるんだわ」


 広げていた参考書を閉じると、その下からとりあえず書きなぐってるメモ帳が……って、字、きたねぇ。

まぁ俺は読めるからいいか。


「きったねぇ字」


「うっせ。後で書き直すからいいんだよ。そんな事より聞いたんだからさ、頼んだわぁ」


「なにこれ」


「見てわかるだろ? メモ帳だよ。見る目が違えば、雰囲気の捉え方も違うだろ?」


「……まぁ、たしかに?」


 それっぽい言葉を言ってはみたものの実は亜古宮さんの受けおりで、俺自身は'そうなんだー'ぐらいにしか考えてないんだけど……雅人が納得して手伝ってくれるみたいだから問題ないな!


――


「おい晴久」


「なんだよ」


「あれから三時間なんだが?」


「まだ三時間だろ」


「いつまで居るんだよ……」


「あの床屋の営業時間が今日は五時までで、そこから一、ニ時間は追加で見とくから……もう三時間ぐらいは居座る事になるな。そろそろ帰るか?」


「この際だから付き合ってやんよコノヤロウ。店員さん、すみませんオムライスを一つ!」


「ありがてぇ~。あ、店員さん、俺もアイスコーヒーのブラックを一つお願いします」


 雅人にメモを取る時の要点を教えてから三時間。

 二人で他愛無い会話をして時間は潰れていったものの、流石に雅人の集中力は切れたな。二時間ぐらいしっかり会話しながらメモってただけでもすげぇんだけど……まぁ、日頃トランプタワーで鍛えてる俺には敵わなかったようだな!

 ランダム横槍で邪魔されず、好きなことしながらでも積み重なっていく。神だわ。


「アホな事を考えてんな」


「雅人お前……エスパーにでも目覚めたか」


「やっぱりアホな事考えてたな。その面見りゃわかる」


「アホ面って言いてぇんだな」


「お互いエスパータイプだったみたいだな」


「俺が悪に染まった日には覚悟――ん? あの人」


 二人してケラケラ笑いながらやり取りしていると、異質な雰囲気を感じ取り目を向ければ、調査中の床屋の前を通る人に目が止まった。

 黒髪に腰まで到達しそうな長髪、身長も他の歩行者と比べると少し大きめの男。そして俺の記憶と同じ人なら……やっぱり、すげー変わった死線を持ってる人だ。


 亜古宮さんみたいに死線が無いとかじゃなくて、あの人、一度切れた死線だらけなんだよな。

 つまりは切れた死線分は死んだって事のはずなんだけど、それが一番太くて切れていない死線――寿命の死線に結ばれている。そもそもその寿命の死線すら太いってだけで普通とは違って何箇所も玉結びみたいになってるし、何をどうしたらそんな死線になるんだ?

 昨日亜古宮さんにメールで報告した時は、今頼んでるのと別件の異物関連くさいみたいなこと言ってたし……お袋に聞けば分かるかな。


「あのロン毛の人、晴久の知り合いか?」


「知り合いってわけじゃないんだけど、昨日も見た人でちょっとな」


「まぁなんか、目につく存在感はあるな。あの床屋の前で止まってるけど入るのかね」


「いやー、多分入らない」


 床屋の中を覗くわけでもなく、ただそこに立ち止まってニ、三分ぐらいしたら長髪の男は歩き出し、数秒もすれば見失ってしまう。

 うん、昨日と大体同じだな。


「おぉ、晴久の予想通りだな」


「昨日もそんな感じだったしなぁ~。やっぱあそこまで伸ばすと、切るのも躊躇とかするんかね」


「あそこまで伸びる前に鬱陶しくて俺なら切っちまうわ。ってか結構伸びてきたし近いうちに切るかな」


「今日のお礼にバリカン買ってやろうか?」


「スキンヘッドは維持が……」


「そう切り返してくるとは思ってなかった」


 なんて話をしながら追加で四回ぐらい注文をしてちょっとした辺りで、予め設定してた終了時間のアラームが鳴る。

 なんだかんだで雅人が来てから時間が過ぎるの早かったな。


「ん~~~終わり! 帰るか!」


「うぉ~~やっとかぁ。こういう感じのって、晴久ん家でゲームしたりした時とは別の疲れがあるな」


「わかるー」


 残っていたジュースを一気に飲み干して雅人からメモを受け取り、二日連続で長時間滞在したせいか店員さんに覚えられてしまったようで、会計の時に「勉強頑張ってね」と飴玉を貰ったりして店を出た。


「晴久はこれからどうするんだ?」


「時間も時間だし、流石に帰るかな。明日は学校もあるし」


「んじゃ俺も帰るかな。飯食ったら連絡するから、少しゲームしね?」


「おー。何するよ」


 帰宅後の予定を立てつつ、最後に俺は雅人に少し付き合ってもらって店の前を通ってみると、喫茶店から見た時も少し感じていたが、やっぱりこの店の中から異物の気配はする。

 分かる限りだとセラの異物とも、俺の感じとも違う気がするけど、まぁ間違いなく異物だろう。


 異物と言っても、二日間張り込んでた結果じゃ別に危険性はなさそうだったな。

 この店に来た客にも問題がありそうな人は居なかったし、むしろ出てくる頃にはスッキリした感じでいい店そうってぐらい。


「あら、何か御用ですか? ご利用でしたら、今日はもう店仕舞いをしてしまったのでご予約になりますが」


「あ、いや、そろそろ髪を切ろうかなーって思ってて、今日ってわけじゃないんすけど、すんません邪魔でしたよね」


「いえいえ、もし良かったらその時はご利用ください。あ、せっかくですしコレどうそ」


「あざっす」


 そう言ってヘアカタログをくれた店員さんは、俺らに一礼した後に外に置いていた植木鉢を店内に移動を始めた。

 このまま突っ立ってても邪魔になるだけだし、適当に嘘ついたからか居辛さもあって俺らも軽く挨拶をしてその場から離れて帰路につく。


「すげー美人だったな」


「雅人、ああいう感じがタイプなのか」


「ってわけじゃないけど……いやタイプになったかも。間違いなく視野は広がった」


「これは行きつけの店が変わるか?」


「おっちゃん……すまねぇっ!」


 それにしてもさっき店員さん越しで店内を見た時、色々置いてあった台車の上から異物の気配がしたな。ってことは何かの道具が異物なのかな。

 パッと見、店員さんはさっきの女性が一人だけ。

 とりあえずこの辺も亜古宮さんに報告だな。


「あ、そういや気になってたんだけどよ」


「ん?」


「晴久って篠原さんと付き合ってんの?」


「……ん?」


「そんな訳わからんみたいな顔されてもなぁ」


 実際訳わからん。俺とセラが? 何を見てたら雅人はそんな事が気になるんだよ。

 そんな風に思える事あったか……? いや、無いわ。学校では昼飯ぐらいしか一緒に居ないし、バイトもメールで連絡するだけで、顔合わせる事は殆ど無いしな。


「うちのクラスの男子の間では結構噂になってるぞ?」


「なんでそんな噂が……」


「あー、なんつーか、篠原さんってあのルックスじゃん? 加えて人当たりも良いし、クラスでも結構すぐに人気出たんだけど、晴久と接する態度が他とは違うっていうか、他の連中とは距離感が近いみたいな事を誰かが言い始めてな」


「それで俺とセラがーってか」


「そういう事。んで実際どうなの」


「バイト仲間ってだけで、付き合ってるとかはないな」


「向こうはそう思ってなかったりして」


「それが分かるほど付き合い長くねぇし、俺も察しが良い方でもねぇよ」


 まぁ事情が事情だしな。距離感が違うように見えるのは……そうかもしれない。

 異物の話は誰彼できるもんじゃないし、亜古宮さんからも一応控える様にとは言われてるしな。


「そりゃそうか。彼女なんてできたら真っ先に俺に報告来るだろうしな」


「なーんで一々雅人に報告すると思うんだよ」


「するだろ? 自慢する為に」


「……確かに」


「ほらな。俺だってするもん」


 ドヤ顔を決め込む雅人の脇腹を小突いたり、また別の話をしたりと気が付けばそれなりに歩いていたみたいで、もう分かれ道の前だ。


「んじゃ飯食ったら連絡するわ」


「風呂まで済ませるつもりだから、返事遅れるかも」


「うい。だったら俺も風呂入ってから晴久に連絡するかな」


「任せた」


「後でな~~」


 手を振りながら走り去っていく雅人に、前向けと手で返しながら俺も家へと足を進める。

 雅人と別れた場所から少し歩くと、今の俺にとっては若干トラウマになっている公園が見えてきた。


「そういや、あん時の犬ってどうしたんだろ」


 首輪は異物として亜古宮さんが回収してたけど、あの巨大犬がどうなったか聞いてなかったな。

 普通に考えてあんなのが歩いてたら、それなりに話題にあがるはずなのに噂も聞かないって事はどっかに隠して保護してるか……あの時に殺したか。


「もう一度襲われたいとかは一切思わないけど、スッキリしきらないのも確かだな。今度暇な時にでも聞いてみるか――ん? あの人」


 さっきも似たような事があったが、ふと目を公園に向けると、あのロン毛の人がベンチに座っている。

 今まで見たことないけど、この周辺に住んでる人なんだろうか。

 まぁいいや。下手に関わらない。今はそれが最善だろう。


「イタッ。あ、すいませぇ――「初めまして、晴久君。ちょっと話がしたいんだけど」……んー」


 おかしいな。さっきまで公園のベンチに居たはずなのに、なんで俺はロン毛の人にぶつかったんだろう。ってか、初めましてで名前を呼ばれた気がしたんだが。


「あれ、もしかして晴久君じゃない方だった?」


 じゃない方? もしかして雅人の事か?

 一体何なんだこの人。どうして俺や雅人の事を知ってんだ。怪しすぎる……逃げるか? いや、逃げたら逃げたで雅人に被害が行きかねない。


 はぁ、またこの公園か。

 犬といい、初対面でセラに襲われたといい、次はロン毛のお兄さんに絡まれる。呪われてんだろこの公園。


「あ、信用出来ないかもしれないけど、別に俺は怪しいもんじゃなくて。なんて言えばいいか……ただ君と少し話がしたい」


 俺が返事をしないからか、ロン毛のお兄さんがアワアワし始めた。挙動だけとっても不審者と言えば不審者。

 後ろも長いけど前も大分長い髪に、その隙間から俺を見てる死んだ魚みたいな目。身長は百九十前後ぐらいで年齢は多分俺より少し上か。それに加えて異物の気配と所狭しと絡まり結ばれている異様な死線。

 はぁ、関わりたくねぇ。


「君は警戒心がすごいな。いや、どう考えても不審者か俺。えーっと、俺は'世巡(よめぐり) 周吾(しゅうご)'っていうんだ。君に危害は加えないと誓うから、少しだけ話をしないか?」


 無視しても勝手に一人で喋ってそうだけど、それはそれで鬱陶しいし逃げらる気もしない。

 いつでも亜古宮さんに電話掛けられる様にだけして、今は大人しくこの世巡って人に従う方がいいか。


「そこのベンチで良いっすか」


「おー、やっと反応してくれた。もちろん。場所は君が決めていい」


 さっきまでこの人が座っていた公園のベンチだけど、逃げる事を考えた時、軽く見渡した限りじゃあそこが逃げやすそう。

 後は咄嗟に俺が動ける様に心構えをしておけば、少しぐらい時間も稼げるはず。

 雅人の事を知っている以上、できるだけこの場でなんとかしないとな。


「さてと、話をする前に確認して起きたいんだけど、君は晴久君の方で合ってる?」


「っすね。晴久君の方っす」


「そうかそうか。それじゃ、何か飲み物でも買ってくるよ。何がいい?」


「いえ、結構っす」


「流石にまだ警戒するか。まぁ、いいんだけど。それじゃあさっそく聞きたいんだけどさ。――なんで俺の妹を監視してんの?」





お読みいただきありがとうございます。


これからもお付き合いいただければ嬉しいです。

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