鮮血卿の花嫁〜いつの間にか結婚してました。でも、結構悪くない〜
息抜き作品です。
設定が甘々なところもありますので、深く考えずにお読みくださいませ!
それでは〜よろしくどうぞっ(*´∀`*)
その日ーー。
人々から恐れられ、畏怖される《鮮血卿》こと辺境伯ブラッド・リグウェルは、辺境伯の屋敷を訪れた令嬢に言葉を失った。
「お初にお目にかかります、ブラッド・リグウェル卿。私の名前はビオラ・サヴェア。本日より貴方様の花嫁となりました」
あまり豪奢とは言えない、応接室ーーその場に、酷く不釣り合いな令嬢がいた。
優雅なカーテシーと共に、さらりと流れる艶やかな黒髪。ゆっくりと持ち上がった顔は、十七歳とは思えなく大人びた色気がある。特に口元の黒子が色っぽい。濃紫色の瞳は、魔性を帯びているのかキラキラと輝いている。
露出の少ない濃紺色のドレスには銀糸の刺繍がされており、品が良い。けれど、その下にあるであろう豊かな胸元と括れた腰つきの所為で、何故か扇情的だ。
《夜の華》と、王都で呼ばれるだけのことはある。
……しかし、ブラッドはそんなビオラと一切の接点がなく。それどころか、なんの前触れもなく嫁に来るような関係でもなかったはずだ。
「えっと……サヴェア嬢」
「……どうぞ、ビオラとお呼びくださいませ。閣下」
「お、おぅ……ビオラ。取り敢えず、座れ」
「はい、閣下」
ブラッドに促されて、ビオラは向かいのソファに座る。
互いの間に置かれた長テーブルの上に準備されていた紅茶を飲んで、数十秒。沈黙を先に破ったのは、ブラッドの方であった。
「えっと……オレら、初対面だよな?」
「……えぇ。そうですわね」
「なのに、オレの妻になる……と?」
ブラッドは自身の顔を指差しながら、顔を顰める。
赤錆色の髪と瞳。頬に刻まれた剣の傷。鍛え上げられた身体は、鋼のようで。十年前の戦争で、当時二十六歳ながらに英雄となったがーー敵の血を浴びて屍山血河を越えたその姿の恐ろしさから付けられた渾名は《鮮血卿》。
どのような令嬢であれど泣いて逃げるような……恐ろしい容姿である。
ゆえに、そんな男の妻になるなんて嫌だろうと思ってそう言ったのだが……そもそもの話。
「お前さん、王太子の婚約者じゃなかったか?」
そう言われたビオラはそっと目を伏せる。その顔に滲むのは悲しみと諦めと……ほんの少しの憤怒。そして、疲れたような声で答えた。
「……婚約破棄、されましたの」
「………え?」
「……わたくし、浮気したんですって。この容姿を使って男を誘ったんですって。浮気したのは王太子殿下の方ですのに……わたくしの方が婚約破棄されてしまいまして」
「いや、ちょっ……待て待て待て?」
「用意周到で愚かな殿下は、司教様の御令息を巻き込んで既にわたくしと閣下の婚姻届を提出してしまったらしいのです。わたくしとの婚姻を完全に断ち消すために」
「…………はぁっ!?!?」
それを聞いたブラッドは思わず固まってしまう。
だがーー次の瞬間には大声で叫んでいた。
「虚偽申請は犯罪じゃねぇか!!」
「ふふふふっ……ですわよねぇ。でも、悲しいことに受理されてしまいましたの」
「なんでだよ!! きちんとしろよ、教会!!」
頭を抱えずにはいられない。
婚姻の届け出は教会に提出するのだが……虚偽申請は犯罪だ。
しかし、今回申請したのは司教の息子。そして、確認をせずに手続きを受理してしまった。
それが意味することはーー。
「まさか……」
「わたくしがここに来ることを命じたのは国王陛下になります。つまり、犯罪隠蔽……ですわ」
沈黙が満ちる。
王太子と司教子息の罪が明らかになれば、大騒ぎになるだろう。それこそ、彼らのーー正確には、その親である国王と司教の地位が揺らぎかねない。
ゆえに、それを隠蔽しようとするのはある意味は当然のことで。歴史でも、高位の身分の者達の犯罪は闇に葬られてきた。これもまた、その一つとなるのだろう。
それを理解したブラッドは、死んだ魚のような目をして遠くを見つめた。
「……なんで……なんでオレなんだよ……」
「王都から遠い辺境の地ですから、わたくしを都合良く追いやれると思ったのでは? 加えて、閣下が婚姻してなくて都合が良かったのではないでしょうか?」
「……………」
一理ある。
辺境の地は王都からかなり離れている。馬車で一週間以上かかるのだ。滅多なことでは、王都に来ることは叶わないだろう。
加えて、人々から恐れられてはいるがーー英雄と呼ばれる。そんなブラッドがいつまでも結婚しないのは、国の損害だ。
司教子息の犯した罪を隠すためでもあるが……この際、これを利用して英雄の血を残さんと国の上層部が画策したのだろう。
「……ドロッドロしてんなぁ……おぃ……」
「申し訳ありません、閣下」
「…………ん?」
「わたくし達の騒動に巻き込んでしまいまして」
ビオラは深く深く頭を下げる。
その姿はとても小さく。とても弱々しい。
ブラッドは思わず顔を歪めてしまった。
彼女だって、被害者だ。巻き込まれた方なのだ。
だから、こんな風に謝る必要はない。
なのにーー……。
「………あぁ、くそっ。頭を上げろ」
「………はい」
「お前が謝る必要はねぇよ」
ピクリッと身体を震わせたビオラは、ゆっくりと顔を上げる。
先ほどまでは大人の色気を感じる令嬢だと思っていたが……今はそんな風には思えない。まるで叱られるのを怖がる子供だ。
……いや、実際に十七歳は子供だ。本来であれば、まだ学園に通っている時期なのだから。
ならば、大人達の陰謀に巻き込まれ、こんな辺境の地まで来ることになってしまった彼女のために何かしてやるのが大人の……夫の務めだろう。
「ビオラ」
「……はい」
「こうなっちまったモンは仕方ねぇ。たら、ればも考えたって無意味だ。大事なのは、今ーーどうするか」
「…………はい」
「夫婦になっちまったんだ。なら、取り敢えずは互いを知ることから始めようぜ」
「……………え?」
彼女の美しい濃紫色の瞳が大きく見開かれる。
ビオラのぽってりとした唇が……微かに震えていた。
「…………閣、下……?」
「結婚してから愛を育む場合だってあんだから。オレらにできないこともねぇだろ」
「……な、なんで……どうして……」
「ん? 何が不安だ? オレの両親がクッソドロドロしてたから反面教師でちゃーんっと話すのが大事だって分かってっからな。隔たりがなくなるように、ちゃんと言ってくれよ」
ブラッドはその厳つい顔に似合わない、子供らしい笑みを浮かべてみせる。
まさか押しかけた身分でそんなことを言われるとは思ってもみなかったビオラは、動揺しながらも……質問した。
「閣下は、わたくしを……妻として扱うおつもりなのですか?」
「ん? 現にもう妻になっちまってるんだろう? なら、それ以外にどうしろと?」
「だ、だって……! わたくし、押しかけたようなモノでっ……!」
「そりゃあ、上の奴らに巻き込まれたからだろ。それに……元々、女子供に怖がられて結婚なんざできるとは思ってなかったからな。こんなに美人な嫁ができるなら、悪くはねぇよ」
「なっ!?」
社交界デビューを果たしているビオラは、美人だと言われたことが多々ある。けれど、彼のようにお世辞ではなくーー本心からの言葉なんて滅多にないことで。
彼の言葉に、じわじわと顔が赤くなっていく。
「というか、お前さんの方が大丈夫か? オレが怖くないか? 顔、厳ついし。雑だし。粗野の塊だし。なんなら、なるべく顔を会わせないようにーー」
「顔なんて関係ありませんわ!!」
ーーバンッ!!
「おぅっ……」
長テーブルを叩いたビオラに、ブラッドは驚いてしまう。
まさかこんなに大きな反応を見せるなんて、思いもしなかった。
ビオラは自分の行動にハッとすると、ワザとらしく咳払いをしてソファに座り直す。そして、真剣な表情で彼の言葉を否定した。
「閣下」
「あ、はい」
自分より二回り近い歳下の、ビオラの声の圧に負け……ブラッドは無意識に姿勢を正す。
「良いですか? 大事なのは容姿ではなく、その中身です。心です、性格です、性根です。わたくしはこの婀娜っぽい顔の所為でいつも不利益を被って参りました。正確に言うと、男を誘ってもいないのに誘ったと言われたり、変な秋波を受けたり、変態に目をつけられたり、愛人にならないかと迫られたり、実際に襲われかけたり」
「…………うわぁ……」
「そして、殿下にすら婚約破棄された際にこう言われたのです。〝以前、お前は襲われかけたと言っていたが……本当はお前がその顔と身体を使って男を誘惑したんじゃないのか? わたしは、そんな売女と婚姻するつもりはない〟と。馬鹿じゃありませんの。何年婚約者でいたと思ってますの。十年ですわよ。何度、お茶会をしたと、話をしたと思ってますの! わたくしの性格を知っていれば、そんなことをしないと分かっていたでしょうにっ、あのボンクラァ!!」
「どーどーどー! 落ち着けー!?」
ヒートアップしかけたビオラは、ブラッドの言葉に冷静さを取り戻し、「…………ごほんっ」と咳払いをする。
「…………という訳で。わたくしはこの身を以て、大事なのは中身だと理解しております。ゆえに、閣下。貴方様のお顔は付属品でしかございません」
「…………おぅ」
「決して、わたくしは容姿だけでは判断致しませんので……どうかそれだけはご理解いただきたく」
「…………」
「…………閣下?」
黙り込んだブラッドを見て、彼女は首を傾げる。
何か不愉快なことを言ってしまったのかと不安を抱く。しかし、どうやらそれはビオラの思い込みのようで……。
どうやら、ブラッドは彼女の言葉がツボに入ったようでーーぷるぷると震え出したと思ったら、爆発するように笑い出した。
「あははっ! あははははははっ!」
「か、閣下!?」
「お前、良い女だなぁ! ビオラ!」
「ふぁ!?」
その言葉に、ビオラ顔を真っ赤にする。
凡ゆる美辞麗句を受けてきた彼女は、純粋な言葉への耐性がない。
見た目にそぐわぬ愛らしい反応に、ブラッドの顔は益々緩む。
「ビオラ」
「は、はい」
「どうせならオレらを結婚させたことを後悔させるぐらいに。国一番のおしどり夫婦になってやろうぜ? そうなりゃ婚約破棄叩きつけた王太子への良い意趣返しになんだろ。お前の逃した魚はこんなに大きかったんだぞ、ってな」
「………!!」
ビオラは彼の言葉に、心を震わせる。
その胸に満ちるのは、今まで感じたことのない感情。
喜びと、恥ずかしさと。僅かばかり芽を出した、甘い気持ち。
彼女は笑う。色っぽくも、けれど清廉さも兼ね備えた……とても美しき笑顔で。
「…………えぇ。どうか末長くよろしくお願い致しますわ。閣下」
「よろしくな、ビオラ」
こうして夫婦になった二人はーー実際に、この国一番のおしどり夫婦として有名となる。
対して、ビオラと婚約破棄した王太子は……婚約破棄をした原因とも言える令嬢が他にも貴族令息達に粉をかけていたことが分かりーー。
婚約するも険悪な仲となってしまい、数多の側妃を娶り、《色狂王》として有名となったという。
しかし、そんなことは……王都から離れた辺境の地で暮らす幸せな夫婦にとって、どうでも良い話であった。
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