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オリヴァーの噂

よろしくお願いします。

 その後、オリヴァーが服を仕立て直すのに時間がかかるからと、その日はそれで別れた。だが、屋敷に戻ってからもアデリナは、オリヴァーの見せた表情が気になっていた。


(どうせ言ったって信じてくれないだろうって顔してた……一体何があったのかしら)


 夕食の卓を囲みながらも、アデリナは自分の世界に入り込んでいた。すると、左隣から兄のマーカスが大きな声を出した。


「アデリナ! 聞いてるか?」

「聞いてません。それよりお兄様、うるさいですよ。そんなに大声を出さなくても聞こえます」

「聞いてるんじゃないか。だからさっきから聞いてるだろう? オリヴァー様とはどんな関係なんだって」


 何やら話していたのはわかったが、オリヴァーのことを聞きたかったらしい。ふとマーカスの方を見ようとして、向かいにいる両親も興味津々に様子をうかがっているのがアデリナの視界に入った。


「お父様とお母様まで……先日のファレサルド家のお茶会で知り合っただけですよ。オリヴァー様は服飾の会社を経営されているとうかがったので、私に似合う服を見繕って欲しいとお願いしているんです」

「本当にそれだけか?」

「それだけですが、何故そんなに疑うんですか?」


 疑っているのはマーカスだけではなく、両親も同じようだ。三人は目配せをして、マーカスが口を開いた。


「……あのオリヴァー・ファレサルドだぞ? 疑わない方がおかしい。ただ、お前はこれまでのタイプとは違うから、宗旨替えでもしたのかと」

「あのって言うからには、お兄様はオリヴァー様をご存知なんですか?」

「知らない方がおかしい。放蕩貴族の代表格だろう。お前は知らないのか?」

「ええ、全く」


 アデリナは周囲から浮いていることもあって、お茶会に参加しても話す相手がほとんどいない。たまに漏れ聞こえる噂しか知らなくても仕方がないだろう。


 そんなアデリナに、マーカスはため息をつくと説明してくれた。


「……あの方は、良くも悪くも目立つんだよ。あの方が会社を設立する前からだったかな、次々に女性と噂になり始めたのは。その会社の設立にはそんな女性たちの支援が大いに関わっているらしいという噂もあるし。それでまあ、体を使って仕事を手に入れたと勘ぐる方々が多いんだが……」

「全部、噂ですよね。なんでそうやって、決めつけるんですか」


 誰も彼もがそうやって決めつける。だからオリヴァーは諦めたのだ、アデリナはそう思いかけたのだが──。


「証言した方がいるからだよ。オリヴァー様に弄ばれたと」

「嘘……」

「いや、これは事実だ。その方は傷心のあまりに別の男性と結婚した。確か、伯爵家の次期当主だったと思う」


 マーカスの言葉は衝撃だった。


 アデリナはオリヴァーと知り合ったばかりで、オリヴァーの人となりを知らない。それでも自分に似ているからとアデリナの力になってくれるオリヴァーが、本当にそんなことをするのか疑問だった。それに、オリヴァーがそんなことをすると信じたくなかった。


 アデリナが黙り込むと、マーカスは慌てて取り繕う。


「いや、まあ、どこまでが本当かなんてわからないからな! だからお前も元気を出せ!」

「お兄様、何を仰っているのですか? 私は元気ですよ?」

「え? だって、お前がオリヴァー様のことで落ち込んでいるようだから。お前が誰を好きになろうが別に構わないと思っていたが、さすがに相手がオリヴァー様はなあ……まあ、相手にも選ぶ権利はあるし、大丈夫か」


 マーカスの最後の言葉はアデリナの胸に刺さった。いつもなら食ってかかるアデリナだったが、オリヴァーのことを聞いたショックからまだ立ち直れていない。俯いて静かに立ち上がる。


「……どうせ、私は選ばれませんよ。普通のお兄様には、選ばれない私の気持ちがわかるはずがありません」

「お、おい、アデリナ」

「ご馳走様でした」


 それだけを言うと、アデリナは食堂を出て、足早に自室へ向かった。


 自分でも何がこんなに悲しいのかわからなかった。


 オリヴァーの噂の一つに信憑性があるせいか、マーカスに選ばれないと評されたせいか、諦めきったオリヴァーの姿が脳裏をよぎるせいなのか──。


 自分の気持ちなのに自分ではわからない。自室に戻ってからも、アデリナはしばらく考えていた。


 ◇


「おはようございます」

「ああ、おはよう。あの、アデリナ。昨夜はすまなかった。お前の気持ちも考えずに」


 朝食の席に着くなり、マーカスに頭を下げられた。一晩頭を冷やして冷静になったアデリナは、笑って否定する。


「いいえ。私こそ申し訳ありませんでした。いろいろ考えたのですが、やっぱり噂は噂。私はオリヴァー様本人が語っていない事実を知ってから判断することにします」

「アデリナ……正直に言えば、オリヴァー様が相手だと、お前が傷つきそうだから応援はしたくない。だが、お前がそこまでオリヴァー様を好きなら認めてやってもいいとは思う」


 マーカスは神妙な顔で言う。だが、アデリナが言いたいことと、マーカスが言いたいことがどこか食い違っている。アデリナは目を瞬かせた。


「あの、お兄様? 私は別にオリヴァー様が好きだからっていう理由でこんなことを言っているわけではありませんよ。尊敬はしていますが。外見で損する辛さを私も知ってるからオリヴァー様の気持ちが何となくわかるだけで……」

「いやいや、それだけでお前がここまで庇うとは思えない。可愛い妹が変態の毒牙にかかるのは忍びないが、お前の幸せのために涙をのんで受け入れるよ」

「だから違うのに……それにどうして変態なんです?」


 別に変態ではないと思う。いや、歩く猥褻物ではあるのかもしれないが。変態と猥褻物は同じなのかとアデリナは首を傾げる。


 すると、マーカスは憎々しげに答えた。


「だってそうだろう。お前の中身はともかく、外見は幼い。そんなお前に手を出そうなんざ、変態としか思えない。どいつもこいつも人の大切な妹に邪な思いを持ちやがって。中身を知って、その上でお前に求婚するならまだわかる。だが、知りもしないくせに見た目で求婚してくる奴は変態だ」

「変態、変態って……それはそれで私も傷つくんですが。それに、オリヴァー様は私に求婚してはいません。わかってます?」

「わかってるよ。だが、俺はお前がオリヴァー様を好きなら認めてやると言っただろう」

「だから違うと。それに一歩譲って私がオリヴァー様を好きだとします。お兄様は私の気持ちを認めただけで、別にオリヴァー様と両想いにはなってないですよね? お兄様だって相手には選ぶ権利があると仰ったではありませんか」

「……アデリナが選ばれないのも納得がいかないんだよな。お前は確かに粗忽で、淑女からは程遠い存在だが」

「お兄様、完全に貶してますね」


 昨日、『普通のお兄様にはわかりません』と言ったことを根に持っているのだろうか。マーカスは普通であることを気にしていた。アデリナからすると羨ましいのだが。


 マーカスは次期男爵家当主として評価も受けているし、父譲りの同じ金髪碧眼なのに、アデリナとは違って外見も年相応で落ち着いている。


「それでもやっぱり俺にとっては可愛い妹なんだ。粗忽なところも慣れれば可愛いし、素直なところもあるし。だから、お前が幸せになれるんならオリヴァー様でもいいかなとは思う。ただ、やっぱり絵面的に犯罪っぽいんだが」

「お兄様……」


 そこまで心配してくれるのは嬉しい。だが、それらは全て思い込みだ。


 クラリッサといい、マーカスといい、どうしてこうも自分の周りには思い込みが激しい人たちが集まるのか。


 自分を棚に上げて、アデリナはそんなことをぼんやり思うのだった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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