七話
「そろそろ偽名を決めないとね。明日の朝には出ていっちゃうのだから」
ベッドで向かい合う二人。結局昨日はイチャイチャするだけで特に何もすることも無く終わった。ご飯を持ってくる有香の顔が少しだけ暗くなっていた。
まぁそりゃそうだろう。何が悲しくて年頃のカップルのイチャイチャなんてこの目で見なければならないのだろうか。仕事のやりすぎで、美人だけども彼氏1人も出来ない人生。余計に悲しみが募り、部下の一人が飲みに付き合わされたのはまた別の話。
「美麗のは、もう決まってるんだ」
「何かしら」
ワクワク、と言った感じで瑛太と向き合うのをやめて、結局は瑛太に体を預ける体勢に。瑛太も体勢を崩し、股の間に美麗を入れ、そのまま抱きしめ、頭を撫でた。
「天音。特に意味は無いけど、可愛い響だと思ってね」
「天音………天音……ふふ、いいわね」
美麗は、前に回されている瑛太の腕を掴んだ。
「今日から、私は天音ね。あ、でも、二人っきりの時は、ちゃんと美麗って呼んで欲しい……」
きゅ、と袖口を掴む美麗。その姿に瑛太は、胸を打たれた。
(……やばい。ウチのお姫様が可愛すぎる)
一体どうしてこんなにも胸の内から愛しい気持ちが湧いてくるのだろうか、不思議で不思議でたまらない。
「……決めたわ」
「ん?」
しばらく鼻歌を歌っていた美麗が、瑛太に向き直る。
「あなたの偽名、優也よ。優しい也って書いて優也。あなたは、いつでも優しくて、私を助けてくれる。そんな人……だから、優也にしたわ」
「優也……優也ねぇ……」
「……?どうしたの?瑛太?」
「いや……母さんと父さんのことを思い出してね……実は、俺の名前って最後まで瑛太か優也のどっちかにするか悩んでいたんだって」
それはまだ瑛太が母のお腹の中にいる時の出来事。
「あら……それはまぁ、なんというか……運命的ですわね」
そう言って、美麗は笑った。この後、なんか胸の当たりがポカポカした美麗に、瑛太は押し倒されるのであった。
何があったかは、ご想像に。
そして次の日。やけにピカピカしている美麗と、少しだけ気持ちやつれている瑛太が、朝早くにホテルマサクラの駐車場にいた。
時刻は朝の四時。起きているとしたら相当力の入っているジョギングをする人ぐらいである。
「………それじゃ有香さん、二日間ありがとうございました……」
「………何があったかは知らないけど、とりあえずお疲れ様と言っておくわ」
有香が買ってきたバイクに跨り、ヘルメットをしっかりと付け、きちんと美麗が後ろから抱きついているのを確認する。
バイクのニケツは、バイクの免許証を取ってから一年経ってからという条件であるが、瑛太の年齢は18歳。15の時には既にバイクの免許証を取っていたので、ニケツは大丈夫である。
これから、二人は東京を南下して、神奈川へ向かい、その後飛行機に乗って長崎へ行くルートとなっている。そこからバスに乗り、とある山で囲まれた町に向かうのが、二人の予定である。
今の所、西条家からの妨害は何も無い。
「それじゃあ、行ってきますね」
「はい、頑張ってくださいね」
エンジン音を鳴らし、去っていく瑛太達。有香は、二人が完全に見えなくなった後にスマホを取り出した。
「もしもし、こちらホテルマサクラのオーナー、正倉有香です。五右衛門様ですか?」
果たして、一体どうなるのか………………。