契約のとき
村の男達が出陣してから、俺は緊急事態に見舞われていた
急に母さんの症状が悪化したのだ。額には汗が滝のように流れ、呼吸は荒く、脈はすごく早くドクンドクンと大きかった
(ユーちゃん、お母さん治したいよね? あれは悪魔の呪いだから僕なら方法を教えてあげられるんだけどなぁ〜)
この野郎。俺の選択肢を狭めて自分の思い通りの状況になるまで母さんの病気が呪いだって黙ってやがった
「ーーだったら早く教えろ!」
(もちろんさぁ、ただ分かってるよね?)
いやらしい奴め! あくまでも俺から言わせるのか
「契約ならする……だから母さんを助けてください」
(ーーやったぁぁぁぁ! 君と僕のはじめての交換だね。君はもう僕のものだ、誰にも渡さないから! アハハハ)
狂ったように大声で喜びを叫んだら、今度は高笑い。こいつの情緒壊れてるだろ
「早く、治す方法を言え」
(いいよ、僕は今最高に機嫌が良いから契約前に教えてあげる。竜の心臓にある竜血晶を使えば呪いなんてイチコロだよ)
竜ね……結局普通の人には討伐不可能な化け物ですやん。こいつ契約しなきゃ出来ない事を分かった上で教えたな。性格が悪い奴め
「それで、肝心の竜の居場所は分かっているのか?」
(勿論! 僕は干渉できないけど世界のありとあらゆる所を見てきたからね。一番近い竜はこの森を抜けた山脈に居るね)
ここで契約をすれば母さんに見られてしまうかもしれない。適当に嘘をついて人目のつかないところに行こう
「契約の前に母さんに出かける事を伝えてくるから待ってろ」
(いいともさ、僕は気長に待てる悪魔だからね)
家に入ると、苦しそうな母の顔に近づくと山菜をとりに山に行く事を伝える。僅かに頭が上下したのでおそらく伝わった
その後、山菜取り用の籠と刃物を携えて道無き道を掻き分けて、普段人が来ないような所まで歩いてきた。
(周りに人の気配がない。ここなら大丈夫だろうね)
悪魔の儀式とは生贄がいるのだろうか? それとも心臓を自ら抉り出して捧げる的なサムシングとかだったら今更だが遠慮したい
(安心して、そんな残虐な事はしないよ。君はただ僕の名前を呼んで契約して下さいって言ってくれれば良いのさ)
思えば、この十年間こいつの名前を一度も聞いたことも読んだこともなかった
(僕の名前は黒辱の悪魔すごく強い悪魔様さ)
「そうかい、クロロシフル。俺と契約してくれ」
俺の足元にいくえにも重なった幾何学の模様が浮かび上がると目を開けてはいられないほどの光を発し始める。
「こんな仰々しい儀式なのか」
しばらくすると光が収まる。しかし、体が軽くなったようにも力が溢れてくるようにも感じない。どうにも契約が成功したようには思えない
(いや、成功だよ。イタダキマス)
ーーズブリ! 背後から俺の心臓がある胸を血液で赤黒く染まった手が貫通する。そしてゆっくりと抜かれていくと同時に大切な何かが体から抜かれていく
「てめーこの野郎、俺のこと殺すつもりで最初から……あれ? 痛くないし、血も出てない」
確かに俺の胸から手が飛び出ていたのに痕はおろか心臓もしっかりと脈を刻んでいる。ならば抜かれたのは魂か
「やっぱり、君の驚く様は愉快だね!」
普通に声が聞こえる。肩まで伸びた白い髪、顔には黒い靄がかかり黄金色の瞳だけが怪しく光る。肌は褐色でなぜか指先から手首と足首までが真っ黒だ。そして服装は黒い軍服のようだ。俺のそばにいつの間にかこいつは立っていた
「お前がクロロシフルなのか?」
「この姿では初めましてだね。魂は契約の担保に先に貰っておくけど生活には支障はないから安心して、もちろん夜の生活の方も影響はないし子供もポンポン作れるよ」
夜の生活の心配なんて十歳児にはまだ早いし! 全然心配なんてしてないから
ん? でも俺が夜の運動会を開催すると仮定する。その間こいつに見られるわけで……俺にはそんな性癖ないよ
「男に見られるのが嫌なら女になろうか?」
クロロシフルの胸部装甲が立派なメロンに早変わりして体つきも女性らしく流線型になる
「ーーならなくていい!」
そんな事より俺の体の変化だ。力が体の奥から湧き上がってくるようで万能感が俺を支配しているようだ
試しに、拳大の礫を握って力を込めると乾いてない泥団子を
潰したようにボロボロと崩れた……明らかに十歳児の腕力で出来ることではない
「それだけじゃないよ、力を借りたいと思いながら僕の名前を呼んでみて」
「力を貸せ《黒辱の悪魔》」
俺の体を凄い勢いで力が流れて行く。まずは肌の変化に気づく、俺の肌が褐色に変化している。
ーーまさか、こいつと同じような姿に変化しているのか!
「正解〜、全く同じわけじゃないけど、これが魔装ってやつさ」
身体中を触った所、俺の顔の半分に黒いモヤが角の生えた仮面の様になって覆っている様だ。
目と髪と肌の色がお揃いだねだなんて全然嬉しくない、なんかかっこいいかもなんて思ってない。ホントダヨ
「僕の力の特性は侵食なんだけど、君が触れたものは黒に染まる。染まったら最後それは君を決して傷つけられなくなる。それどころか悪魔憑き以外は君の意のままに操れるようになる」
木の枝を拾ってみると手から黒いモヤが出てきて一瞬で茶色枝が黒い枝に早変わりする
「君の腕に突き刺してごらん」
「分かった」
木の枝とはいえ勢いよく突き刺せば痛い、だからあくまでもそっと腕に当てる。しかし、枝は俺の腕を通り抜けてしまった。これが傷つけられないってことか
「次は操ることだね。枝に向かってあそこにある岩に当たれ! と言ってみてよ」
「ーー当たれ」
持っていた枝がするりと手から抜け出すと、ドリルのように回転しながらぶつかると岩を貫通して後ろの木に突き刺さる
これ、ただの枝だったよね!? 岩を突き破るほど硬くなってもう凶器なんですけども
「どうよ! これが上級悪魔たる僕の力だよ。あっ、ちなみに魔奥義も有るけどやってみる」
馴れ馴れしい、かまって欲しい犬みたいだと思っていたけどこいつの力は全然かわいいもんじゃなかった……
「ダイジョウブです。クロロシフルさん」
「やだなぁ、もう人生の相棒なんだから親しみを込めてクロロって呼んでよ」
拝啓
お父さん、お母さん。僕は人間をやめてしまったみたいです
最後まで読んで頂きありがとうございました。どのタイトルが良いか実験中なのでご迷惑をお掛けします