霧中の殺人鬼2
結論から言うと…
文字通り『刃が立たなかった』。
「ごぁっ!!。」
打ち込まれる拳。衝撃を加えられた体細胞は傷つき、弾性限界ギリギリまで歪んだ骨は骨折寸前…。
「ソンナ、ナイフデハ…ヒト八コロセテモ、オレハヤレナイ。」
己の得物を見る。懐の魔法陣から生み出したナイフは…鋭利で、短く、そして軽い。
この軽さでは奴の体躯を引き裂く鋭さを生み出せない…。この長さでは力いっぱい差し込んだ所で内蔵に届かない。
「いやはや…キエラが私を思って縫ってくれた物だけあって…。あなたのような卑しい奴とはどうにも相性が良くないようでっ、」
顔に拳がめり込む。
狼男の左手にはナイフが突き刺さっている。
「…は、ぁ……面白くないですね……。」
「オマエ…ヒダリメモ、サスキダッタナ。」
狼男は早く、ジャックからはとても攻められない。なのでその拳を避ける事よりもその目にナイフを刺し込もうとしたのだが…、
そこ以外に有効打がないと分かってた狼男は左手で顔をガードしていたのだ。
「アワレナボンジン、モガクサマモツマラナイ。」
(クソっ!。何か有効打が…。この性能差を埋めれるだけの何かを……。)
「ジェイドさん!!。あなたの『魔導器』を使って!!。」
キエラだった。この騒ぎで寝ていられる方がおかしい。
すまないキエラ。君の安眠すら守れなかった…。
(ん?…魔導器?…私はそんなもの持ってない…。)
「折れてなんかない!!まだ使える!!!。」
(折れてなんかない?。)
ポケットからナイフの『柄』を取り出す。
いつも持ち歩いていた物だ。ある意味では思い出の品…。
古物商が扱っていた…刃には浅い彫り込みによって模様が描かれた…刃物とゆうより彫刻品と呼ぶべき逸品。
なのだがこちらに来て初めての殺人未遂…アンナに蹴られた際に刃が根元から折れてしまったのだ。
その事を話した際にキエラにナイフの代わりと燕尾服の裏地に魔法陣を縫って貰ったのだが…。
(これが…使える?。)
「それはには強い励起と召喚の魔術が付与されているわっ!!。私にはそれが何か分からないけど貴方には分かるんでしょっ!!。」
……ああ、分かるとも。
これは古物商から買ったナイフだ。
細身で美しいナイフだった。
その刃はいつも銀色に輝いていた。その彫刻は素晴らしかった。
…思わず誰かを刺したくなってしまうほど……。
「オマエヲコロシテ、アノオンナモコロス。ソレデオワリダ。」
…確か古物商が言っていた…。この刃物は芸術品としての銘があったと…。
銀細工のような彫刻で表されているのは…
確か何かの絵画をモチーフにした物だ…。黒死病と呼ばれた伝染病が蔓延し、死の時代の恐怖を描いた絵画…。
それが彫り込まれたこのナイフを…古物商は…
「シネッ。」
「……確か…『7インチの狂気』だったか…。」
拳がジャックの体を容赦なく『貫く』……。
なんの抵抗もなく…そう、『肉を断つ抵抗』すらもなく、ただ貫く。
貫かれたジャックの体は濃い赤霧となってほどけていき、そして消える。
「「「!!!」」」
3人が驚愕する。1人は狼男、1人はキエラ…さして残る1人は……
「し、死んだかと思った?!。……なるほどこれは素晴らしい。」
当の本人…ジャックだ。
「つまり…、私は捕まらないと言うことか。」
「…?!…フザケルナァァ!!!。」
狼男はやはり早い。圧倒的パワーによって生み出される直線的ではあるが凄まじい速さだ。
しかし、今度に限ってはジャックも早かった。
例えるならそれは達人の動きだ。
極めきり、極まりきり…遂には人の限界…それを僅かに踏み越えてしまった者…
狼男の拳を軽く弾き、その隙に脇腹を駆け抜け背後に回る。
「フン、ハヤイダケダナ。」
「ええ、かなり早くなりましたね。慣れて無さすぎて刃先分しか切れませんでした。」
悲しそうな顔で狼男の脇腹を見るジャック。
そこには深い切り傷があった。
「ナ、ナゼ?…オレタナイフシカナカッタハズ?!。」
「いやー、私も驚きです。まさか古物商から買ったナイフが……折れた刃が生え直す魔法のナイフだったとわ…。」
ジャックが握るのは…もうただの柄ではない。
そこからはかつての輝きを取り戻した……否…それ以上に鈍く銀色に輝く刀身が生えていた。
その刀身には飢えるものも奪う者も…富める者も貧しい者も…
人類全てを平等に犯す死と恐怖が描かれていた。
言うなれば見えない死の黒霧がそこにはあった。
「凄惨な時代だったようですよ…。病に飢饉に戦争に…。しかし今やただの美術品です。昔の人々はその時代を乗り越え…その記憶を美しい美術品に作り替えてしまったのです。」
人は忘れっぽく、無知で愚かだ。
過去を忘れるから同じ過ちを繰り返し、何も知らず産まれ、平気で同種を殺し・差別する。
だがそれが人間だ。悲しい事も忘れて再び立つことが出来るし、無知な者は先人に教えを願うことが出来……自分の命を顧みず、誰かの為に動けるバカが産まれる。
「そう、…獣に堕ちた哀れな仔犬には理解が出来ないでしょうね…。この狂気の美しさも…人の強さも…。」
「ダマレェェエエ!!!。」
今度は円弧を描くように走り出す狼男。
横から攻めるつもりらしい。いや違った。
事前に拾っていた大きめの石を投げてきたのだ。
「おっと、手癖の悪い子だ。」
ボスン。
さながら砲弾のような威力の投石ではあるが…今のジャックに穴を開けた所でフワフワと霧がその穴を埋め、元通りにしていく。
「ヒキサイテヤル!!。」
肉食動物の武器である爪。
狼男のそれは短く太い。だが短いというのは巨躯の狼男と比べた話で…人ならば容易に臓器まで達する長さだ。
「ガァァァ!!!。」
「はぁ…そろそろ寝たいんですが。」
頭頂部から股下までざっくりと割かれても…
腕をプッツリ断たれても…
胸をブスリと刺されたも……
「いやー、凄いですねこれ。」
「…オマエ…ナメテ、、!?。」
最後まで言えなかった。
その喉を横一筋にジャックが切ったからだ。
鮮血が飛び出す。しかし、狼男もかなりの生命力があるようで傷口を両手のひらで無理やり押さえ込み。なんとか死を免れる、
「おやおやつまらない。そのまま死ねば良かったのに。」
「…………、」
狼男は喋れない。血を零すまいと喉をきつく締め上げているからだ。
そして後ずさる。
ジャックとゆう狂気に当てられた狼男は…その獣性が叫ぶ恐怖に震える。
そしてとうとう耐えきれずにジャックに背を向けて逃げ出してしまう。
これが彼の…最後だった。
背後から突き刺さるジャックのナイフ。
「ングァァア!!!。」
刺されたのは腰。重症だが致命傷では無い。
だがそれはただの刃物の場合だ。
「そうですねぇ。命名するならば刃渡り7インチの死…とかどうですかね?。」
盛大に血を吐く狼男。
そのナイフは死で型どった命の終焉だ。
それそのものを突き立てられれば…肉体だけではなく…命そのものを『傷つけ』られる。
「『寿命切れ』です。良い夢を!。」
ナイフを引き抜くジャック。
どサリと崩れ落ちる狼男。
ここに1つの戦いに決着が着いた。
1インチ役2.5cmです。なので7インチは18cm程。かなり長い刃渡りですね。
狩猟用の肉厚なナイフ(モンハンで狩人が剥ぎ取りに使うククリナイフ等)が25sm程だと思うのであれよりかは短いですが…1番的な包丁くらいはあるかと思います。