彼の『異世界転移』2
(金ぇ〜。手っ取り早く金が得られる事ぉ〜。)
下を向き、考え事をしながら歩いている男。
そうなれば当然、ハットは正面と上を隠し視界は狭まり…
正面から歩いてくる賢者の弟子に気づかなかった。
ドンッ! 正面からぶつかる。
「はっ!!、すいません!!。少し考え事をしていまして。お怪我は無いですか?。」
「あぁ、私の方こそ失礼。いやはや、紳士的な対応、痛み入ります。」
(クソ…。また服が汚れてしまった…。)
そういい立ち上がり。そのまま軽く服を叩く。
「では失礼します。少し急いで居るので…。」
そういい足早にその場から去る。
(こんな所でのんびりしていられない。金が…金が…。)
「そこの旦那ァ!、どうしたんですか?。」
そう言って路地から木箱を抱えた男が出てくる。
「…いや。キミには関係の無い事だ。気にしなくていいよ。」
「いやいや!、水臭いっすねぇ〜。ここはラナトリスですよよ?。豊かなのは生活だけじゃない…皆、心が豊かで、そんな豊かな心で繋がってるんすよ!!。」
臭い言葉だ。ロンドンにすら貧困や飢餓が蔓延していた。もしこの街が皆豊だとすれば…それはこの街の倍の人間の貧困の上にあるのだ。
だが耳触りは良い。特に疲れきり…女性から蹴りを貰い、派手な敗北をした男には…。
「……仕事を探している…。ある程度の金額を前借りできると尚いい…。」
こんなみすぼらしい格好で、道で出会っただけの男に求職をするなど紳士の行いではない。…だがそれでも生きていかねばならない。金を希うのが嫌なら職を希う他無い。
「そうですか…。分かりました!ちょっと知り合いを呼んでくるので…これ見といて貰ってもいいですか?。」
そう言って木箱を置いて走り去っていく男。きっと人手が要る知人が居るのだろうか。
「ふむ。こうなっては荷物を見るしか無いな…。」
急とはいえこちらの頼みを聞いてくれたのだ。ならばその帰りを待つのは当然だろう。
……する事も無いので市場を眺める……。
人々は忙しなく歩き回り、かと思えば店の前で止まり…売買を行う。
健全な市場主義経済がそこにはあった。
だが街並みを見渡せば何処も彼処も…前時代的な建築様式で…それ故に新しい。
(いや、それとも私が後時代的なのか?)
男の違和感など知る由もなく、この市場と人々は健全に、普遍的に売買を行う。
馴染めなければ金も無い。そんな男にふと強烈な疎外感が生まれる…。この世界において自分は何なのかと…。
もはや夜に乙女を嬲り殺し、名を上げることすら許されない。肉屋として新鮮な肉を客に売り、笑顔を向けて貰えることも叶わない…。
自慢の燕尾服とハットは埃まみれ、恐らく解れている所も有るだろう…単眼鏡には細かい傷が入ってしまっている。
ふと子供が泣いている姿が目に映る…。親とはぐれたのだろうか?
とは言えこの地を知らない男が声を掛けてどうなる?むしろ他の人が声を掛けづらくなるだけだ。
……しかし、その子供に助けを求める者は居ない。
縋るべき親とはぐれ、何をすればいいかも分からず、その孤独に泣く。
(……誰かが声を掛けねば…、あの子には誰かの優しさが…)
男の足がゆっくりと子供の方へ動き始める。
(私では無理かもしれないが…せめて彼の親が見つかるまでの…孤独を埋めなければ……。)
彼は今自覚した。自分は孤独であった事を。
その孤独が歪み育った承認欲求を満たすため殺しを行った事を。
そう、彼は孤独なのだ。ロンドンの時も…この異世界へ転生した今でも…。
だがそれを自覚した今だからこそ出来ることもある。例えば…涙を流す子供の手を取ること……
「ちょっと君。これ君の木箱だね?。」
男の体が急に静止する。後ろを向くと鎧を来たイカつい男が2人…そこに居た。
「我々は騎士なのだが…この木箱には取扱が禁じられている薬物がぎっしり詰まっている。……何か弁明は有るかね?」
木箱?…あぁ、あの男に任されたものか…。つまり彼は裏の人間だったのか。
「いいえ違います。それは私のものではありません。」
「とぼけるなぁ!!。」
否定をした瞬間。間髪入れずに顔を殴られる。
ごつい男の拳が直撃する痛みは相当なもので思わずしりもちを着いてしまう。
「お前がこの木箱の傍に居続けた事は分かってるんだよ!!。取引の予定があったんだろ!!!。貴様は捕まえる。この薬物は回収する。」
………あぁ、そうか。
私は『嵌められたのか』……。
殴った男の『芝居』は中々だ。だが木箱から薬物を回収している男は笑いを隠し切れていない。
最初に声を掛けてきた男の時から始まっていてたのだ。薬物入の木箱を見ておくように伝え、それを騎士の『格好をした』仲間が取り押さえ拉致する。
先程奴隷のような獣人を見かけた。恐らく人も『売れる』のだろう。
「ははっ…ハハハハっっ!!!。……せっかく己の孤独が分かった所なのに…。」
埃を払いながらゆっくりと立ち上がる。
こんな奴らに踏みにじられる程安い命だったとは…自分の事ながら笑える。
「捕まえるですか……『拒否』させて頂きます。今回は次の獲物を襲う為ではありません。己の孤独を『満たし』、誰かの孤独を『埋める』為に…。あなた方のような安い死を……受け入れる訳にはいきません!!。」
「はぁ?何言ってんだ…よぉっ!!。」
再び振るわれる拳…。
(あぁ、何故こんな鈍早の拳に当たってしまったのだろうか…。どうやら私は寝ぼけていたようだ。)
男の肩から伸びる直線の打撃。その拳を避ける事は簡単でそこから逃げる事も簡単だ。
(ですが、…今は少しだけ『抗う』練習をさせてもらいます。)
その威圧感から大きく見えてしまっていたが身長は対して変わらない。
(そして私の腕は平均より少し『長め』だ。)
騎士の男からの拳を顔に当たる。…そして止まる。
「何??。」
「遅い拳ですが…肩はより遅く動きます。拳を止める必要は有りません。肩を止めれば拳も止まります。」
既に顔に当てられた拳。だがそれ以上は進まない。
「クソっ!!。か、肩が…動かない…。」
「当然です、私の方が力が『強い』様ですから。引いてみてはどうでしょう?。簡単に動きますよ?。」
ハットの影に覆われた顔…その単眼鏡が輝く。
「あぁ、右手が空いていました。私も久々に殴ってみましょう。童心に帰って…。」
肩に当てた手を大きく外側へ。騎士の男の腕を外に出す事で止められることを防ぐ。
そうして左腕を外側へふり、左肩を後ろに引く事で右肩は自然に前にでる。
それに合わせ右足・右腕をまた前え。順繰りに加速して行った拳は何者にも遮られず。
「ふごぉっ!!」
男の顔面を打つ。
「おおっと…これは痛そうだ…。ではさようなら。」
別に殺したい訳では無い。軽い気晴らしだ。それが済めば当然、後は逃げるのみ。
「はっはぁ!!、本当に職を探さねばな!!。」
この男の状況は何一つ変わっていない。しかしこころは…惨めな埃を被った姿から少しは見栄えが良くなったようだ。
「おやっ?。」
修道着姿の女性が大きな紙袋をフラフラしながら持っている…今にも倒れそうだ。
「わあっ!!。」
「おぉっと…。女性が持つには少々重くは無いかい?。」
女性が倒れる気がしていた男は、やはり倒れそうになった女性を既のところで支える。
「あぁ、すみません…。」
「いえいえお気になさらず。」
ぐぅ〜……
「すみません、昨日から何も食べていなくて…。」
「…あ!、これよかったらどうぞ。」
女性はそう言って紙袋からパンを取り出し、男へ渡す…。
「…ありがとう……。所で…実は職を探しているのだが、身元の保証も出来なければ所持金が無いので収入が早めに貰える仕事は無いかね?。」
「う、う〜ん…。ぼ、冒険者さんはどうでしょうか?…。少し危険ですが…。」
「冒険者?……ははっ!。それは楽しそうだ!。少しだが腕にも自信はある。ありがとう!…君はまるでマリア様の様だ!。」
大袈裟に修道着姿の女性に感謝を伝える男。
「あ、あの。私はキエラと言います。孤児院をやっています…。あの、お金がないなら止まっていきますか?空き部屋も有りますし。」
「…君は本当にマリア様かね?。ありがとう…君は哀れみのつもりで提案しているのだろうが…私には本当にその優しさは救いそのものだ…。」
異世界に来てから良い事がなかった彼…。しかし、この時彼の異世界転移は動き出した。
「私の名は……ジェイドだ。ジェイド・リーズドア…今はこんな身なりだが肉屋をやっていた…。君の力になれることがあれば喜んで手を貸そう。」
キエラとジェイドが手を握る。握手とゆう奴だ。
「そ、そうですか…ではこれからよろしくお願いします。ジェイドさん。」
「お願いするのはこちらだよ。キエラ、君の優しさに必ず応えると誓うよ。」