傍らの殺人鬼
振り下ろされた腕、月明かりを反射して輝くナイフがその手を離れる。
そして僅かの間も無く、ナイフは届く。
美咲の顔…その『横』を通り過ぎて…。
「ぎゃあっ!」
建物が作り出す影の中へ…。そこから恐らくナイフが当たったであろう男の声がする。
「…えっ?。」
「覗き見とは…。バレているとはいえ紳士的では無いな。この女性は私が送り届けなければ行けないのだ。」
こちらへ歩み寄ってくるジェイド。
そしてすれ違うように美咲の隣へ。その際に美咲の肩へ手を乗せる。
「来なさい。紳士の風上にも置けない外道共。私が紳士的に紳士の手本を見せてあげましょう。夜間の女性は襲うものではなく…付き添うものなのです。」
懐から新たにナイフを取り出すジェイド。月夜のみが唯一の明かりと言っていい中、それを遮るハットによって顔は影に覆われており…ただ1つ、片目にかけている単眼鏡のみが輝いている。
「黙って聞いてりゃ…お前何様だよ。」
それに答えるように男達が現れる。数は3人…全員が黒く厚めのコートの様な物を来ている。
「プレートコートか…ここの正規兵はチェインメイルの上から隊服を来ていたはずだが…お前らはわざわざあんな面倒な物を『脱いだ』のか?。」
「黙れ…そして、もう死ね。」
そう言って3人は剣を抜くと、先頭の1人がジェイドへ真っ直ぐ突っ込んでいく。
「拒否します…これをどうぞ。」
再びナイフを投擲するジェイド。その動きは先程とは比べ物にならないほど早く、そこから飛び出したナイフもまた速い。
…が、そのナイフは駆け寄ってくる男の大きく横を過ぎる。
「どこ狙ってんだよ!!素手で俺とやるのか!!。」
「あぁ、そうとも。そして今のは君に渡したんじゃない。」
走った勢いのまま、突きを繰り出す男。
「良かった…『人間』の動きで。」
そう言うとジェイドは走ってきた男の突きを体を捻り、紙一重で避ける。
そのまま捻ることで前に出た左腕を伸ばし、男の『喉』へ突き付ける。
「うぐっ。」
「もう夜だ、寝てくれないかい?。」
慣性の法則によって浮ついた男の足。それをすかさず左足で後ろから払うジェイド。
地面との接点を失った男の体はそのまま下に。
重心で回転するように…つまり、頭部が下方向へ『加速』しながら落ちる。
「ンガァッ!!。」
「おおっと。これは痛そうだ。」
再び懐に手を入れるジェイド。そしてそこからは当然のように三本目のナイフが…
「ん?…無い…」
「この野郎!!!。」
ナイフが無くなったジェイド。その背中から近寄っていたもう1人の男がそれを好奇ととり、雑な大振りでジェイドの頭を割ろうとする…が、
「…ぁあ!。あったあった。」
懐から三本目のナイフを取り出すジェイド。そのまま振り返り、真後ろに立つ男の喉を撫切りにする。
「あっ、…」
「そんな大振り。いくら紳士といえど当たってあげませんからね。」
そう言って今しがた喉を切った男の頭を掴み、吹き出す血が自分にかからないよう傷口を適当な所へ向ける。
(こ、この人…怖い。)
美咲は自分を守ってくれているはずのジェイドに恐怖を覚える。
なぜならこの男の動きは絶え間なく続けた鍛錬や、獣や怪物を倒していて身に付いた力という類のものでは無い…そのような雰囲気を纏っているからだ。
人を『殺し』過ぎて…人を殺すことに『手馴れて』しまった…。そんな殺人の果てに得た強さの様な雰囲気だ。
「こ、こいつ…バイツ!!逃げるぞ!!。」
頭を打って伸びていた男が立ち上がり、ジェイドから距離を取る。
恐らく残った1人の名を呼ぶ。
だが、逃走の提案をするがその答えが返って来ない。
「バイツ!!………おい…マジかよ。」
男が駆け寄った先。もう1人の男は座り込んでいた…
喉元に銀色に輝く何かが『突き刺さった』状態で。
「あれ?…私、あなたに渡したんじゃ無いと言いましたよね?。」
「っ!!。最初のナイフか!!。」
そう、ジェイドが最初に投擲したナイフは大きく狙いを外したのではなく、寸分の狂いも無く目標を貫いていたのだ。
「私の後ろに倒れている方はそれに激昂して私の背後から雑に襲ってきたのでしょう。仲間が死ぬのを耐えられないならこんな事しなければ良いものを……。」
笑っている。ジェイドはその顔に笑みを浮かべながら戦っていた…。
「友の死を悲しむくせに…誰かの友を殺す事を厭わない…。実に傲慢で、野蛮で…紳士的では無いですね。……だから貴方達は『弱い』んです。惨めな死を迎えるのです。」
そう言って雑に手にしていたナイフを投げる。
雑とは言えそのナイフは速い。しかし男は辛うじてその一投を避ける事に成功する。
「お前…好き勝手言いやがって!!。絶対殺してやる!!。俺らだけがこの事件に関与してると思うなよ!!。」
「ふむ…絶対殺すですか…。それは嫌なので拒否させて貰います。そして……」
また懐へ手を入れるジェイド…。そこからは当然のようにナイフが…。
しかも今回は親指を除く4本の指の間に1本ずつ…計3本のナイフを同時に取り出す。
「これは今から殺される貴方への手向けです。欲しければ持って帰っても構いません。二本はオマケです。では…、さようなら。」
ジェイドが腕を振る。相変わらずその振りは早く、打ち出されるナイフも速い…
サクッ、サクッ、サクッ…
三本のナイフはそれぞれ喉、肺、腹に突き刺さる。
逆流した血を吐き出す男。喉を貫かれ呼吸と血が漏れだし…肺の穴から血が溢れ息を吸えなくなり…腹から侵入した刃は内蔵を裂く。
素人でも分かる死の3点セットだ。どれか1つでも死ぬには事足りる。
「……、… …… …、…。」
パクパクと血を零しながら口を動かす男。当然だがその口から言葉が発せられる事は無い。
「んん?。遺言ですか?…それならもっと大きな声で…」
男の言葉を聞く為に死を予約した男へ近づくジェイド…
ジェイドが男の間際までよった時…光を失いつつあった男の目が光り、最後の力で手にしていた剣を振る。
しかし、死にかけの命と引き換えの一撃などジェイドに通用するわけがなく…
剣を振ろうとするその初動の時点で、男はジェイドから派手な前蹴りを顔面に叩き込まれ吹っ飛んでいった。
「全く…靴が汚れてしまった……。では美咲さん、先を急ぎましょうか。」
「……は、はい。」
(これって『殺人』だよね…。しかも3人も…。)
美咲の心が安心する。
否、凶行を行ったばかりのジェイドの…柔らかい『笑顔』に安心してしまった事に『恐怖』する。
恐らくこの人は優しく、頼れる人だ。怖いなんて考える必要も無く、信頼は出来るだろう。
そう、それがこの人の『本質』なのだ。つまり彼にとって必要ならば『殺し』であっても特に気にすることも無い『普通』の事なのだ。
(だ、誰かぁ……。ケンラさん!!。)
「おい。なんだこりゃ。……って、美咲?!…。なんでここにいるんだよ!!!。」
願えば来てくれた彼は…ケンラは月夜でも目立つ白いローブを纏って空から現れた…。
そんなケンラは周りの状況と無傷の男、美咲を見比べ…
「おい、殺人鬼…美咲から離れろ。」
「ん?。君が美咲さんの言うケンラとゆう賢者ですか。いや〜、良かっですね美咲さん。」
「……ん?……これどうゆう状況なの?。」
酷く困惑した。
久々のバトルシーン!。頭の中でこんなかな〜とか考えるとやっぱり人対人の肉弾戦が1番カッコイイですよね!。