異世界生活にも金は要る
「金だ!金が要る!!。」
「ど、どうしたんですか先生?!。金が要るなんて珍しいですね。」
私室を漁るケンラに声を掛けるガル。金よりも休みに重きを置く師匠が金金と言うのが珍しいのだ。
「ガル…異世界側の村を見て回った時に貨幣があったんだよ。だが当然ながらこちら側の貨幣は使えない…つまりだ…。」
「つまり?」
「金目の物を向こうで売る。異世界生活にも金はいるんだよ。」
(なるほど、聞くまでも無かったな。)
「でも先生の私物なんて家具か魔術関連の物しかなくないですか?異世界に魔術を持ち込むのは辞めた方が良いのでは?。家具なんて家具以上にはなれませんし。」
「だよなぁ。…この魔石だってこっちじゃ一月分の生活費ぐらいにはなるのに、異世界じゃただの綺麗な石だしな。」
そう言って机の上に無造作に置かれた大きい魔石を持ち上げ、少し上へほおり投げ、それを自分でキャッチする。
「換金しやすそうな物を買いに行くか〜。」
「一応聞きますが向こうで稼ぐつもりは無いんですかね?。」
「無いよ、休暇だもん。」
(ですよねぇ。ブレないなぁ。)
ガルはケンラの事を尊敬している。だがそれはあくまで魔術師としてだ。別にケンラの事を嫌っている訳では無い…むしろこの自由な感じが魔術師たる威厳だとすら思っているが別にそこまで真似したいとは考えていないのだ。
「もし買うなら…売れそうな物を色んな種類用意するべきだな。まずはどれが売れるか市場調査だ。」
「賛成です。お金が無限に有る訳でも無いですしね。」
この師弟達…実は浪費家だったりする。
この世界の魔道具は大変高価だ。魔術師が安全性と確実性を突き詰めた制度の高い魔法陣。これを同じく繊細緻密な魔導器に書き写す技術、正しく職人技なのだ。
それをこの師弟達は珍しければ買う。興味が湧けば買う。気になる魔術ならば買ってバラす…、と良く買い・良く使い・良く壊すのだ。
「うーん…それならアンナも呼ぶか。金持ちの目線なら信頼できるだろ。」
「あ、そう言えば今日も来ると言っていましたね。アンナさん。」
「なにぃ?呼んでもないのにまた来ようとしてたのか?…全く、仕方ない奴だな。じゃあアルマとテルマに留守番させるのと一緒に伝言させよう。金目の物を持って来いって。」
「そ、それは誤解されますね…。」
(この人、アンナさんを女の人って知ってるのかな…。)
「よし、決まればさっさと行こう。ガル、用意しろ。ミシェーラ!!!出掛けるぞぉ!!」
「……はーい。」
珍しく声を張るケンラ。そしてその一言で用意を始める2人の弟子達。この光景を師匠と弟子のやり取りだと気付く者は恐らく居ないだろう。
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「装飾品かなぁ、やっぱり無難に行くなら。」
「ですね!、素敵な物を沢山買いましょう!先生。」
「ですが希少鉱物は場所や地域によっては個人間での売買が制限・禁止されている事もありますからね。近年は他国の法整備も我がオーフェシアに追い付きつつ有りますが未だにその分野に関しては自由市場とは言えないですし。」
希少鉱物…一般的な宝石や貴重な金属の総称だ。これは単なる装飾品に留まらず魔道具、魔術の触媒など多くの物に使用され、尚且つ産出量が少ないため市場での売買が制限されている場合が多い。
「なるほど、そう考えると売れるのは初めから分かってる装飾品よりも他の物を買った方が良さそうだな。あくまでそれが売れるかどうかのお試しだからな。」
「えー。きっと売れますよぉ、買いましょう?。綺麗なヤツ。」
「ミシェーラは綺麗な物が欲しいだけだろ。これは異世界調査に必要な資金繰りなんだから真面目に考えなよ。」
「うるさいガル。じゃああなたは何が売れると思うのよ。」
ミシェーラの質問に最適解を出す為に少し上を向き、考え込むガル。長身(178cm)のガルが更に上へを向くと大体の人は彼の視界から外れるわけで、
当然、正面から歩いて来ているハットを被った燕尾服の男にも気付かない…。
ドンッ!!
勢いよくぶつかるガルと燕尾服の男。質量比的にガルは軽く仰け反り、当たった男は尻もちを着く。
「はっ!!、すいません!!。少し考え事をしていまして。お怪我は無いですか?。」
「あぁ、私の方こそ失礼。いやはや、紳士的な対応、痛み入ります。」
そういい立ち上がる男。そのまま軽く服を叩く。
「では失礼します。少し急いで居るので…。」
そう言い残すとスタスタと人混みの合間を縫うように距離を取っていく男。
物腰の柔らかそうな笑顔だった。しかし、彼がその笑顔を見せるまでの数瞬の闇を湛えた表情…それをケンラは見逃さなかった。
(燕尾服にハット…上級階層の人間か?。にしては服が汚れていたな、顔も栄養過多な貴族達とは違う…痩せつつも力仕事をこなせるだけの筋肉は付いていそうだった…。何より…。)
「あの人…少し『血の匂い』がしましたね。怪我でもしたのでしょうか。」
「ガルが無駄にでかいから起きた悲劇ね。」
「ミシェーラ…自然体でディスりに来るね。」
(ふむ…怪しい。何かありそうだな…。)
「「…先生?。」」
「……まあ、良いか。ほら早く行こうぜ、異世界が待っている。」
(仮に黒だとしても…それこそ犯罪者の捕縛なんて俺の仕事では無い。そういうのは寧ろ『アンナ』の仕事だ。)
「ガル、ミシェーラ。今の男の事、アンナにあったら伝えておけよ。」
「「……?……わかりました。」」
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「よし、色々買ったな。まずは何処でどんな風に売買を行えるか聞いてみるか。」
「それを先に調べておいた方が良かったのでは?…。」
3人は市場で適当な物を買い揃え、それを異世界とのゲートである自宅のドアからせっせと運び出し終えた所であった。
「まあそう焦るなガル。こんなものおじいちゃんに聞けば一発だよ。」
「なんか物凄い丸投げ感ありますけど…大丈夫何ですかね?。」
ピンポーン、会話の途中にベルチャイムが鳴る。
「ん?、誰だろうか。おじいちゃんとおばあちゃんはベルチャイムなんて鳴らしたこと無いのに。」
まだ俺の家に訪れたことの無い人。何故いきなり訪問してくるのだろうか?…あっ、もしかして…。
「はーい。『押し売り』って奴ですかぁ?、今お金ないんでどれだけ時間使っても無意味ですよ〜。」
「わっ!!…え、え〜と……ケンラさん…でしたっけ?。」
「んん?、君は…。」
可愛らしい子だ。見る目がない人が見れば地味と言うかもしれない、が、その顔は限りに無く均等・平均化された美しいものだ。
え〜っと…確かおじいちゃんと入った料理を出す店…その大将さんの娘さん…
「ごめん。誰かは分かるんだけど名前が出てこないや。」
「え?…あっ。美咲です。上田 美咲って言います。」
「へ〜。美咲ちゃんって言うんだ。それで?どうかしたの?。」
「あ、はい!。実はお父さんから猪肉のベーコンを持って行ってくれって頼まれたんですけど、長谷川さんがお家に居ないようなのでどうしようかなと。」
なるほど。恐らく家の鍵は空いているだろう(いつもの事)が勝手に入っていいか分からないから隣の我が家へ訪れたと。
「そう。勝手に入っていいから机の上にでも置いていきなよ。大将さんからのお裾分けって俺から言っとくからさ。」
「え?…まあ、分かりました。」
勝手に入っていいのかまだ躊躇って居るのかな?まあ、ラナトリスでもそれは宜しくないし。おじいちゃんとおばあちゃんが変なのかもしれない。
(にしてもおじいちゃんもおばあちゃんも留守か…他に聞ける人…うーん。)
異世界へ来て会った人などたかが知れている。しかも殆どが挨拶を交わした程度だ。
誰か居ないかな…取り敢えず話せる人…
「ねぇ、美咲ちゃん。」
「あ、あのぉ。美咲で良いですよ?。ちょっとぎこちないですし。」
むむ、やはり言語習得は完璧では無いのかな…。
「分かった。美咲、ちょっと見て欲しい物があるんだけど…少しでいいからさ、時間有る?。」
おじいちゃんとおばあちゃんがいないなら仕方ないよな。もうこの子でいいや。