この老人、危険につき…
長谷川 貴樹
異世界で俺が会った1人目の老人だ。とても優しい人で異世界の事を1つも知らない俺の事を疑わずに世話を焼いてくれた恩人だ。
そう、『異世界の』…老人なのだ。
「お、おじいちゃん!!。ここは危ないから下がって!!。」
未だに黒い矢は放たれ続けている。俺自身も魔術の連続使用による倦怠感が既に現れており、霧の貼り直しにも限界が見えてきた…。
「て、てゆうかどうやってここまで来たのっ?!。」
「ん、あー。ケンちゃんにせんべえ食うか聞きに行ったんじゃがの。変な穴みたいなのが空いとってな。そこを抜けたらまーりんとかいうじいさんにここだと教えてもらったんじゃ。」
「…え?、もしかして歩いて来たの?……ですか?。」
驚きの為付けるのを忘れていた敬語がおじいちゃんの真顔の答えに戻ってくる。
俺とおじいちゃんのやり取りを見て黙っていたアンナも話に入ってくる。
「あ、歩いてきた?このおじいちゃんが?。まだ生き残ってるオークも居るだろうし、それにとても老人が歩きで来れる距離でも時間でも無いでしょ!。」
「赤い娘さん。わしも普段ならきついと思うんじゃがの、あの穴を通ってから体が軽いんじゃわい。」
穴を通ってから?。低魔力化で長年を過ごした体がこの魔力濃度で変異したのか?。
………ま、まずい。………もしそうなら魔術化と呼ぶべき変異だっ!。
「お、おじいちゃん!。すぐに戻って、」
「にしてもでかい鳥じゃのお。しかも羽か?こりゃ。全く、日本じゃこんな鳥おらんから捨てられたペットが野生化したんじゃなぁ。」
だ、ダメだ。聞く耳を持ってくれない。
「仕方ない…。狩猟して良いかわ知らんが…これを野放しにも出来んじゃろ。責任を持てない物を飼うなど飼い主失格の奴じゃな。」
おじいちゃんはそう言って方に下げていた猟銃を構える。若くは無い…いや、年老いているにも関わらず、体全体に込められた力が猟銃の重量を全く感じさせないほど静止する。狙うは上空、アーバルムの使徒…現状ではこの武器では傷すらつかないだろう、付呪などされているはずもない。
「おじいちゃん!そんな玩具じゃ効きませんよ!。お願いですから早く戻ってください!。」
賢者となってしまった俺を甘やかしてくれるのは…最早、長谷川夫妻しか居ない。おじいちゃんとおばあちゃんが揃っていて初めて俺の『異世界休暇』が完成するのだ。その為にも、こんな所で死なれる訳にはいかない。
「おじいちゃんっ!。」
しかし、その声は届かない。よく見ると耳栓を付けていたのだ。銃を構えた際に付けたのだろう。
「耳………塞いどれよ。悪くするけぇな。」
「おじいちゃ、、、」
カチンッ。トリガーがシワシワの指で引き切られる。
線が、……細い線が鴉型の眷属と銃口を結んだような気がした。それは気の所為から確信へと変わる事を許す間もなく、
『極太の極光』へと姿を変え、
そんな刹那の光景は俺の目を焼き、光によって視覚を塗り潰されたのと同時に鋭利な刃物で穴を開けられた様な痛みが耳に走る。
いや違う、これは音だ。両耳から入った高音の刃は侵入した直後に俺の聴覚を引き裂き、脳内を少しづつ威力を弱めながら反射して回る。
見えない…世界が白い。
聞こえない…耳を無音が引き裂いている。
分からない…最早世界が分からない。
しかし、消し飛んでしまった感覚も一時的なものであったようで少しづつ勢いを強めながら戻ってくる。
……………
まず視界が戻る。光が薄まっていき世界に色が戻る、…青だ、視界に青が拡がっている。…
そして聴覚が戻ってくる、のと同時に平衡感覚も戻ってきた。
あぁ、どうやら俺は仰向けになっていたらしい。
「全く、耳を塞げと言ったじゃろ?。」
「……お、おじいちゃん…。」
周りを見ると…あまり変わった様子は無い。アンナも同じように倒れたまま首や手を少し動かしている。どうやら人は、視覚と聴覚を完全に失うと倒れていることにすら気づかないらしい。
ん?…。
「あ、あれは…。」
「どうじゃ?。見事じゃろう。」
俺が貼っていた霧も無い。降り注ぐ黒い矢も無ければ威圧的な鳥も居ない。いや、居るに居るのだが、
彼は既に地に落ちていた…。
「ま、マジか…。まさか一撃であいつが。」
「奴は鳥、ワシは狩人じゃからの。落ちるのが道理じゃな。」
信じられない。だが目の前には確かに落ちた大きな鴉が居る。もはやそこには眷属として威厳も、迫力も無い。骸に成り果てたからだ。
…ん?、よく見ると鴉の死骸から何かが這い出してきている…。
なるほど、さしずめあれが『核』と言った所か?
「おじいちゃん、飼い主を見つけたからちょっと叱ってくるね。」
「おぉ、そうか。ガツンと言ってやってくれ。」
「うん。『ガツン』と…ね。」
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鴉型の眷属、その死骸の頭部から鴉と人を混ぜたような男が這い出してくる。
「くそ、何だよあのクソジジイ。」
楽な召喚だと思ったのに。奴は中々粘っていたが
そのまま続けていれば殺れていた。同じ要領で国を滅ぼし、人や家畜を全て食い終えれば帰る。
(はずだったのに…。まあ、仕方ない。アーバルム様の元へは帰れなくなったがとりあえずは逃げなければ。)
「おい、そんなバカでかい物置いてどこ行く。」
「んんっっひょっほぉぁぁっっ!!!。」
(こ、こいつは!!あの魔術師!!。ま、まずいなぁ…今の状態で勝てるのか?。)
「だ、誰かと思えば死にかけまで追い詰められていた雑魚魔術師君じゃないかぁ。僕になんの用かぁな?。」
「そうだな、手早く答えよう。起動・閃光、」
「あー!!!!、ちょっと待った、ちょっと待った!!。ほら、君も凄かぁったよね!!強くて僕、思わず本気出しちゃったよ!!。」
(あ、危ねぇ〜。こいついきなり攻撃しようとしてきやがったな。)
「あ、そう。起動・閃光、」
「んあっ!、んあっ!。で、でもさぁ!。君もギリギリだったでしょ?。どうだい?、またやっても相当厳しいだろうしここは一旦引き分けってことにしないかぁいっ?!?!?!。」
「断る。起動・閃光閃斬。」
突き出した右手から行く筋もの光の線が放たれ移動する。あらゆるものを切り裂く熱線だ。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!。熱い!!、痛いいいぃ!!!。」
咄嗟に避けたものの足や腕などを焼かれ悶絶する眷属。
「お前を活かしておけばアーバルムの元へ帰ろうとするだろう。そうなれば少なくとも俺達に無害なわけがない。大人しく焼き鳥になれ。」
「ち!、ちがうよ!。僕は良い眷属なのさ!!。平和的で建設的なんだよ!!。わかぁるかい????。」
「どこがだ。あんだけ暴れといて。第一お前に戦えるだけの力は殆ど無いだろう。」
眷属と言ってもピンキリだ。恐らくあのでかい鴉の時ならかなり強い眷属と言えるはずだ。
だが奴らが次元の壁を超えるのはどうも大変なようで普通は大掛かりな魔道儀式などで呼び出す。しかしこんかいは祭司を名乗る魔人が1人で呼び出したものだ。
刻の24帯は己の空間に居るとされ、その空間には自我のみの存在がいるとされている。それを魔力によって肉体を持たせたものが眷属だ。
その際より協力な魔力を分け与えられればそれだけ強い眷属になるが、強大であればあるほど次元を渡るのは難しくなる。
推測だが奴は、核は渡りを行えるよう比較的弱く。渡ってからこちらの存在に加護を与えるのと似たやり方であのでかい体を与えたのではないだろうか。
「正直お前の魔力…下にある鴉の死骸の方が強すぎて感じる事も出来ないぞ?。」
「う、うるさい!。人間如きが僕の力を感じ取れるもんか!!。」
「そうか、感じ取れないだけか。じゃあ油断はせず本気を出そう。」
集中し、イメージを膨らます。それを言葉に…。
「…え?…。い、いや。ベッツに手加減くらいしてもいいんじゃないかぁい???。」
イメージだ、奴が灰になるイメージを…
「ほ、ほら!。本気で殴りあったらそれはもう戦友だろ???。なんって。やっちまえ!!魔人!!!。」
「分かりましたァ!!。」
息を潜めていた魔人が飛び出してくる。そういえば見なくなっていたな…全身砂だらけで、もはや威厳など無いな。
「後ろの確認はしとくべきだったな。」
「今更遅いわぁ!!。」
「俺じゃねぇよ。」
迫る魔人…の、後ろから赤い髪の美しい女性が現れる…
「お前だよ!!!。」
その女性は…アンナは叫びながら剣を上段へ。
「んん??、また貴様か!!。吾と打ちおうても勝てぬとまだ分からぬか!!。」
「勝てないとは思ってないけど。今はもう少し楽にやるわ。」
上段に構えた剣を更に上に。ほぼ真上へ向けて…
「起動・超級発火!!!!!」
その切っ先を魔人へ向ける。
「うがぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!!!。」
激しく、高温の荒ぶる炎が突如魔人の足元から吹き出し、その熱で魔人を人型の焦げ肉へ変えていく。
アンナは魔力の操作が下手だ。だがその放出力と干渉性は凄まじく高い。なので操作が単純な魔術なら比較的安全に、それでいて魔人ですら瞬時に焦がす炎を生み出せるのだ。
「そんじゃ俺も、起動・超級光柱。」
「へ?…ってうぉぁぁぁぁぁ!!!。」
比較的短い時間だが、圧倒的な光量の柱に焼かれる眷属。光と闇の魔術、特に闇の魔術は魔力そのものが干渉性を持ちやすいので魔法生物には効果てきめんだ。
「き、きぇるぅぅ………。」
光を浴び終わった直後、全身が紫に発行する光の粒…アーバルムから強い加護を受けた魔力へと回帰し、霧散した。
こうして魔人の長と、おじいちゃんによって撃ち落とされたアーバルムの眷属は、2人仲良く消し炭になりましたとさ。