ラナトリス防衛戦3
「うわっ。本当に来てる。」
オーク達と冒険者達が争う戦場。その上空をケンラは飛んでいた。
「いや〜。やっぱりこっちは魔力が濃いな。これじゃあ賢者に逆戻りだ。」
本来、その魔術の才能は望んでも手に入らない。数多の人が羨ましがる物だ。
…が、当の本人は今となっては邪魔だとすら考えている。だって忙しいもん。
「んあ?、なんかでかい奴が居るなぁ?。」
遠視の魔術を使いながら上空を飛んでいると一際大きい人型の何かが見える。鮮明に見える訳では無いが周りを囲むオーク達とは比べ物にならない大きさだ。
「あれはヤバそうだな…。不意打ちで仕留めるか。」
奴の周りにはより脅威となりそうなのも見当たらない。ならば不意打ちでさっさと仕留めてからオーク共を掃除。手早く終わらせたら直ぐに異世界転移だ。
「うーん、でもあれが話にあった眷属の類なら単純な魔術じゃ仕留めきれないかもな。」
刻の24体やその眷属のような強力な魔法生物は内包する強力な魔力によって、魔術を魔力にまで還元することがある。熱いものから冷たい物へと熱が動くように(それとはちょっと違うが。)あまりにも強力な魔力には、大気中の魔力を多少凝縮した程度ではビクともしないのだ。
「よし。『新技』で行くか。」
神とは気まぐれである。しかし、それは人から見た場合だ。地を這う蟻を、足を持ち上げて避けるのも、なんの気もなく踏みつけるのも…人からすれば気にはならない、気にしない。
「魔術体技・無謀……いや。」
ケンラも大多数の人間からすればそんな存在だ。特に考えもなく放つ一撃…そんな適当な思いつきが彼への信仰的な何かを深めて行くなど露ほども考えてないのである。
「こっち側でやるなら無謀なんかじゃないな。せっかくだからアレンジもしよう。」
肉体を強化する術と加速の術を合わせたただの落下。だがそれを極めるのも面白いだろう。
「起動・身体堅化並んで起動・降星模倣…」
元からある魔術ではない。魔術とは単純なものなら案外融通が効くのでこの技専用に今編み出したのだ。
身体の強靭性を補強する魔術…の運動を可能にする部分を完璧に硬化へ。ただ落ちるだけなら体を動かす必要は無い。
加速の魔術…あらゆる方向へ縦横無尽に…なんて要らない。落ちるのは下だ、多少の位置調整なんてする必要も無い速度が出ればそれでいい。
全身が白い魔力で包まれる。皮膚上を覆う防殻に大量の魔力を注ぎ込み、可視化出来るまでに濃度が上がっているのだ。
その足を下のデカブツへ向ける。すると足の裏に50cm程の魔法陣が浮かび上がり、青白く…そして強く輝き…
「魔術体技・天槍模倣……この痛い技名なら俺の株も下がるはず!。」
(ちなみに彼も、彼を信仰する多くの人の気持ちを知らない。真の猛者なら多少痛い技名でもなんかかっこよくなるとは考えていない。)
待機状態だった2つの術が同時に激しく世界へ干渉し出す。背筋を伸ばし、右足を伸ばし、左足は少し上げる…するとその姿勢で体が動かなくなる。
集中力を上限まで引き上げ、術の出力を最大にまで上げる。イナズマのように青く発行する魔力が全身をほとばしる。
研ぎ澄まされた感覚、それによって引き伸ばされる時間…足裏の魔法陣が歪み出す。真ん中がぐぐぐと前へ突き出していき、円錐型の様に変形する。…
その直後。彼は光を引いて轟速で落ちるケンラ。そのあまりの速さに遠くからそれを見たものは…
「うわっ!空から光柱が地面に突き刺さった!!。」
「たぶん…いやきっと先生だな。相変わらず凄、」
ゴォォォォォアアアアッッッ!!!!!!!
爆音、衝撃波、砂塵。その3つが順にこの2人を襲う……。
「…………相変わらず……無茶苦茶な人だ……。」
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世界そのものを割くような爆音と瞼すら貫通する閃光、そして全身を余すことなく震わせる衝撃。
傷ついた体…それを敵を罵るために無理やり強化していたアンナは…偶然にもこの3つを意識を失うだけで済んでいた。
「ア…ナ、……アン…ナ!!。」
「ケン……ラ……。」
今まで出会った中で、最も耳馴染みの良い男の声に呼ばれ、意識が覚醒していく…。
「たっく…。何やられてんだよ。危うく余波でお前を殺すところだったぞ。」
無機質にそう告げる彼。賢者に『なってしまった』彼だ。
だが…気の所為だろうか…ほんの少しだけその声には本当に私を案じる故の怒気のような物を感じた…。
「うる…さいなぁ。よく見てから…こうゆうのは撃ってよ…。」
「知るか。勝てるならすぐ勝て、無理なら逃げろ。いつも言ってるだろ。」
たく、…この男は。傷ついた乙女に掛ける言葉がそれなのか…。
ただ、それでも…。無感情になってしまったとしても…。
やっぱりこの男の『後ろ』に居るのは居心地が良い。
「今は…まだまだ弱いけどさ…。」
「ん?、まあそうだな。」
……イラッ……落ち着け、落ち着け、
「でもさ、…それでもさ…。勝手に置いてったりしないでね?。私が前に立てるまで…せめてケンラの後ろに居させて?。」
柄にもない事を言ってしまった…。これは後から絶対に後悔するやつだ。だがケンラが居なくなった時は本当にこう思ったのだ。
「ん?、お前も異世界に行きたいのか?……まあ、俺の休みを邪魔しないなら良いぞ。」
「また休みって……まあ、良いわ。これが終わったら私も長めのお休み取ろっと。」
本当に…休む事にはやたら感情的になるな。
「そうだな、お前も休めよ。俺まで愛国主義者になりそうだし……何よりお前が可哀想だ。」
………少し笑った……そんなに私が休むのが珍しいのか?。
「じゃあ…精一杯リードしてよ。お休みのさ。」
「とりあえず食って寝ときゃ休めるさ。心配するな。」
はぁ…。やっぱりこの男は…。嫌いになれない。