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セミの一昼夜
裸足でうっかりアブラゼミを踏んでしまって
思わず叫んでしまった夜のことは忘れられないね
踏んだ此方も大いに驚いたが
踏まれた蝉はもっとびっくりしたらしく
慌ててぎいぎい、バタバタ飛んでいきながら
何かにぶつかったような音がして
あんなに焦ったこともなかったね
だからどうというわけでもないのだが
夏の朝は明けるのが早いから
夜通し呑んだりしたら隠れるところもないのだ
さて帰ろうと扉を開けたら
もうすっかり暑くなり蝉が鳴いていて
この暑いのにネクタイ締めたサラリーマンが
向こうからキリッとした顔をして歩いてくるのだ
とてもではないが酔い醒ましにうろつくなんてできないのだ
うるさい蝉の合唱を背にしながら
たぶん踏んでしまったあの蝉もどこかへ飛んでいったので
また踏んだりしないように気をつけながら
自分の家へ帰るふりをして
ふらふらふらふら
さっきから汗を拭いて歩き回っているのだ。
GAGA#73 2018年12月