トンネル (その一)
時は代われど、今も昔も変わらない現象がある。
それは、夏になると『心霊スポット』なる場所に興味を持ち、面白半分で現地を訪れる学生が多発する事だ。
世間を騒がせるこの現象は、個人がスマホなどで簡単に情報を集められる時代になり加速した風があるが、反面、噂だけが先行し実際は大した事のない場所などが自然淘汰され消えて行った。
学生時代の恐怖体験記は今話をもって終了するが、この話は文字にして公開するのが躊躇われるほどに真剣にヤバい。当時はそれほどの場所とは知らず、その場所の名前すら正確に知らなかったが、記憶を辿りグーグルアースでその場所を検索してやっとその地名が分かった。
これから紹介する場所は『滝畑ダム』第三トンネルである。大阪府内で最も凄いと言われる、危険難度Aクラスの激ヤバ心霊スポットだ。
ダムに掛る橋は『夕月橋』と呼ばれ、あの世とこの世の境目と云われていた。橋の下を覗き込んでいると水面から手が伸びて来て引きずり込まれると言われており、実際に過去何度か水入自殺があったらしい。
当時の学生は、今のように簡単には情報を集められなかった。インターネットはあったが、個人向けのパソコン普及率は30%にすら届いていなかった為、ネット環境そのものが限られた場所にしか存在しなかった。情報は口伝えに先輩から後輩へと伝わり、ある日のこと俺の所にも届けられた。
「まこと~、お化けトンネルいかねぇか?」
バイク乗りであり、普段よく一緒に遊んでる友人のひとりだった。内田学生マンションから一緒に引越して来た中のひとりであり、彼は情報通という事でも知られていた。即OKを出すと、あっという間に定員オーバーになった。
「車は一台なんだから5人までだって・・・」
男ばかりが6人、俺の部屋に集まった。
車を出すのは自分なので、必然的に最後に来た小日向は後日またの機会にという事になった。一行はお化けトンネル目指し、車内ギュウ詰め状態で車を走らせる。
途中、三河ナンバーだからという理由だけで巡回中の警察に止められた。急にパトランプを回して「あ〜、前の車停まりなさい」って奴だ。何も悪い事などしてないと自信があっても、されて気分の良いものではない。
「三河ナンバーだね?これ君の車?」
「はあ、そうですけど?」
「こっちには遊びで来たの?」
「いえ。大学生なんで・・・
河南の学生マンションに住んでます。車は実家から持って来たので」
「実家は?」
「愛知県の豊田市です」
「何で住所変更しないの?書換えのとき困るでしょ?」
「四月生まれなんで、書換えの時は春休みで地元に帰ってますから」
「ふ~ん」
警官は友人全員の顔を確かめようと、角度を変えながら車をジロジロ覗き込む。なんか疑われてるようで気分が悪い。どう見てもヤンキーじゃないし、真面目で善良そうな若者だ。ひとり筋肉質で、どう見ても芸大生に見えないムキムキマッチョマンが乗っているが、彼は体を鍛える事が好きなだけの絵描きを目指している美術学科の生徒だ。そう見えたとしても決してプロレスラーなどではないし、ましてや格闘家でもない。危険性ゼロの色白秋田県民だ。
「とにかく免許証見せて」
「あ、はい」
「あと、車検証も」
逆らってもイイ事ないので、素直に車検証を用意して免許証も出す。
ーーーあれ?
免許証が・・・ない!!
しまった!部屋に置いてきた上着の中だ!
免許証は部屋に忘れて来たと警官に告げた。
「君、車を降りて!!」
急に声を荒げる警官。免許を忘れただけなのにオーバー過ぎるだろ?普通に言えばいいのにやたらと大声を出す。
「本当かどうか調べるから、こっちの車に乗って!」
俺はひとりパトカーの後部座席に乗り込んだ。
様子を見ていた友人達も降りようとしたが、もう一人の警官がそれを制し車から出ないようにと言っている。こちらがムキムキマッチョを含む五人組なので、もしかしたらビビっていたのかも知れない。
俺の友達には柔道三段の強者や、武者修行と言って日本少林寺拳法の総本山がある香川県仲多度郡まで行って道場破りめいた立合いをした馬鹿もいる。網膜剥離寸前まで闘いドクターストップが掛かったらしいが、そいつは大学の友だちではなく高校生時代の友人で、名を大津と言う格闘技バカだ。彼の武勇伝はなかなかに面白いので、機会があれば文章にしてみようと思う。
「あ~、本籍住所と電話番号、免許取得した日付、正確に教えて!」
パトカーの後部座席では尋問が始まっていた。
免許は2ヶ月前に取ったばかりだから日付を間違えるはずがない。本籍と住所も告げるとしばらく無線で本部と話し、免許証番号を照合したり送られて来た映像と俺の顔を見比べたりしている。
すぐに無免許運転の疑いははれたが、不携帯で罰金5000円の反則切符を切られた。仕送りで生活している学生には、たとえ5000円でもかなりの痛手だ。一週間分の食費がこの一瞬で消えた。
「で、こんな時間からどこ行くの?」
口調は相変わらず威圧的なままで聞いてくる。
確かに不携帯ではあるけれど、犯罪者扱いは頭に来た。誰にだってうっかり忘れる事くらいはあるだろう?
「お化けの出るトンネルを見に行きます」
「は?オバケ~?」
警官は素っ頓狂な声をあげ、あからさまに馬鹿にした態度になった。俺がふざけて言っているとでも思ったのかも知れないが、こっちは真剣にお化けトンネルを目指してここまで走って来たのだ。警官は笑いながら続けて言った。
「どこにお化けが出るんだ?
そんなトンネルがあるなら俺らも行ってみたいなあ~?なあ、オイ?」
同僚と2人して完全に馬鹿にし出した。
今でこそ居ないが、当時はこんな態度の悪い警官が実際にいた。特に関西方面には多かったように思うが、ただ俺にいいイメージがないだけかも知れない。二人は二十歳そこそこのガキが何を馬鹿なこと言ってんだ?みたいな感じで上から目線を貫き通すつもりだ。
「アホな事いっとらんで、早よ帰れ!
お前、免許不携帯なんだからな。わかっとるか?寄り道せんとすぐ帰れよ!」
そう言い残しパトカーは去った・・・
後になって思えば、あれは『おつげ』だったのかも知れない。あのまま帰れば、その後に待ち受ける奇妙な出来事などに遭遇する事もなかったのだ。
「どうするん?」
車に戻った俺に、助手席の友人が心配した顔で聞いて来た。
「もちろん行く!当たり前だろ!」
二時間近く掛けてここまで来て、今さら引返すつもりなど更々ない。運転免許不携帯ではあったが、同じ種類の反則切符は同日関連した状況であれば切られない。同じように検問があったとしても、反則切符を見せて帰り道ですと言えば通るくらいの事は知っていた。時間がおかしいと言われても飯を食って休憩してましたと言えば良いだけの事だ。
警官の態度に腹を立てていたのは確かだが、それ以上にお化けトンネルには興味があった。あと40分も走れば到着するだろう。この時の俺には、引返すなどというイメージは初めからなかったのだ。
(つづく)