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掘り起こしちゃいけない昔の話  作者: 鈴宮ハルト
8/10

碧い手 (後編)

 学食は当時2箇所あった。

俺が利用していたのは第二食堂、通称『ニ食』だ。


昼時には洋定食と和定食があり、かなりお値打ちでボリュームもあったように思う。食べる場所もかなり広く、流石は大学だと初めて見た時は感動した。


 芸大の卒業生にはヒマ人が多いのか、たまたま近くに来ていて立ち寄ったのかは知らないが、OBの先輩方をよくニ食で見かけた。


 俺は正道会館空手道部に所属していたが、ゲームが好きでゲームサークルの連中とも遊んでいた。そのサークルに所属していた訳ではないが、1回生の時に住んでいた内田学生マンションの隣の部屋にいた同学年だが二つ年上の友人がメンバーだったので、面子が足らない時などに呼び出されたりして遊んだのだ。


 どんなゲームをしていたのかと言うと、『テーブルトークロープレ』というかなりマニアックなゲームだった。マスター役がいて、今で言うところのAI(人工知能)的仕事をこなす。


 プレイヤーはマスターに「このように行動します」と告げてサイコロを振り、出た目に扱うキャラクターの能力修正値を加えて申告する。マスターはその目にストーリー難度の数値を足して成功か失敗かを判断し、必要があれば自身もサイコロを振って物語を進める。


 簡単に言えば、キャラクターに成り切って演技をしながらファンタジー世界や戦場の荒野を冒険する対話式ゲームだ。完全なる自由度があり、神であるマスターの采配と機転がゲームの面白さを左右する。全国大会もあり、上級者達は各々に作ったお手製のコスプレ着てゲームに臨む。



 そんな世界があった事など、今の時代の学生達は知らないだろう。ゲームとはコンピュータプログラムとプレイヤーの間で行われるモノで、オンラインになって複数参加型になったとしてもそのスタイルは変わらない。完全なんでもありの選択コマンドの無いロールプレイングゲームなど、普通に生活している者には出逢う機会すら無いのだから・・・




 芸大には奇人変人がゴロゴロしている。

よって、そのような特殊なゲームにのめり込んでいる若者も実際に存在していた。俺の場合は、たまたま隣の部屋にゲームマスターが出来る者が居て、面白いからやってみないかと誘われて顔を突っ込んだのだ。


 ある日の事だ。

斎藤と一緒にニ食に行くと、ゲームマスターとして結構有名な先輩が遊びに来ていた。二年前に卒業して『CAPCOM』に就職したはずだが、任天堂より先に開発した新しいシステムを試したいので協力して欲しいとゲームサークルのメンバーを集め話をしていた。


 俺も一度だけだが、その先輩がマスターを勤めたテーブルトークロープレに参加した事がある。深いストーリー性と公平なジャッジ、それに気の利いたアドリブとジョークが彼の類稀なる才能を示していた。現在のバーチャルリアリティゲームの走りであり、今後発展するとしたらこの分野にしか道は残されていない。


 そのグループには一人だけ女子がいた。

見かけた事はあったが、好みの容姿ではなかったし実際可愛くもなかったので、同じ美術学科でありながら一度も話した事はなかった。


 いつもGパン姿で化粧もせず、声を出さねば男の子として見られてもおかしくはない容姿をしていた。極端に短かくした頭髪は後頭部を刈り上げ、本当によくある男の子の髪型をしていた。


 その娘は『あっくん』と呼ばれていた。

ゲームサークル内に女子は彼女だけのようで、普通ならチヤホヤされるような容姿とは遠いのだが、メンバーの男達はあっくんを珍重していた。彼女にはそれを楽しんでいる雰囲気があり、俺は気分が悪くなって会話を交すつもりもなかった。


ーーー何だ、このブス?

なにチヤホヤされて、いい気になってんの?


 それが『あっくん』に対する第一印象だった。

小屋の中で悪魔儀式の形跡を見付けた三日前の事である。




◇◆◇◆◇◆◇


「ねぇねぇ、シショウくん?」


 遅い昼飯をひとり食べていると、あっくんが目の前に現れた。俺の事をシショウと呼ぶのは2回生以降に友達になった者たちだ。1回生の時は愛知県から出て来ていたという事もあり、目立たずおとなしくしていたので俺の事などほとんどの者が覚えてなかっただろう。


 同様に2回生デビューする者は多い。

大学生生活に馴れて来て、本来の自分を出して来るのは二年目からだ。最初から飛ばしていたのは地元大阪か神戸出身の者で、彼らは自由にボケ突っ込みが出来る仲間同士でかたまっていた。


 同じ学科内にいてもどこの倶楽部かサークルに属しているのかも知らず、学園祭の時になって初めて知る者がほとんどだった。何だお前?漫研だったの?という具合に。


 小柄でおとなしそうに見える俺がフルコンタクト空手をやっていると知った時の友人達の反応は面白かった。実は小学四年生から続けていたので、学園祭の演武での『試し割り』で瓦やブロックを粉砕するなど簡単だった。


 1回生の時は瓦10枚、2回生になるとブロック一個を素手で割る。頭突きが一番破壊力があるので、力とスピードが必要な拳や足による『試し割り』は可能なレベルにある者にしかヤラせてもらえない。学園祭での演武は晴舞台であり、失敗するとカッコ悪いからだ。頭突きが一番無難で、思い切って当たれば成功率は高い。だから1回生部員のほとんどは頭突きで試し割りをする。


 同学科の女子の中に、学園祭でブロックを普通に足刀で割っているのを見た者がいて、俺の知らないところで結構ヤバい奴だというイメージが広まっていた。シショウというあだ名も、空手部の主将をしていると勘違いしていた者がいたほどだ。


 主将とは全く関係が無いのだが、今回の話とは関連がないのでその話はしない。今は奇妙な不思議体験の話なのだ。




「ああ、何?」


彼女には興味もないので、多少ぶっきらぼうに答えた。


「なんかさぁ〜、結構強いらしいよね?」


「空手のこと?先輩達の方が全然強いよ。俺なんてからっきし弱っちいし」


 それは事実だ。1回生と2回生の時に行われた、正道会館学生選手権大会で、大阪芸術大学空手道部は前人未到の団体戦連続優勝V2を達成している。特に1回生の時の主将は武神みたなとてつもない強さだった。あのまま格闘家の道に進んでいれば佐竹も武蔵も倒していたかも知れない。


「ふううん、そうなんだぁ〜」


「何か用?俺、飯喰ったら絵を描かんといかんしゲームは出来ないぞ?」


「別にゲームに誘いに来たんじゃないよ。ひとりでご飯食べてたからさぁ〜」


「もうすぐ三時だし、仕方ないよ・・・」


 こんな中途半端な時間に昼飯を食べている者などほとんどいない。広い食堂内には俺の他には五人ほどしか見当たらなかった。喫茶店に使うような場所ではないし、茶店は茶店で別にある。ニ食は飯を食うだけの場所なのだ。


「単刀直入に聞くけど、先週の土曜日、彫塑の校舎がある向こう側の小屋に入った?」


「は?何でそれ知ってんの?まだ誰にも話してないのに・・・」


「アタシ見たんだよね?小屋から出て来て、また中に入ったでしょう?あそこはヤバいから入らない方がいいよ?」


「中にあったモノの事を知ってるのか!?

あの小屋ってなんなんだよ!」


「知らないよ。アタシは出て来るところを見ただけだし、中に入った事もない。ただ先輩の話だと、だいぶ前に魔術研究会なるサークルがあってね、あの場所で悪魔を呼ぶ儀式をしていたんだってさ!嘘かホントか知らないけど、その時にヤバいモノを呼んじゃって気が触れた人が出たらしい。知ってた?」


「知らない・・・多少は調べたけど、そんなのは初耳だ」


「シショウくんがどんなに強くても霊には勝てないよ?一応その事は伝えないとと思ってさぁ」


 俺はそのとき感じたままを口にした。


「お前じゃないのか!俺がカメラを買いに行ってる間に、オブジェと絵を隠したんだろう?」


「まさか!そんな危ない事しないよ。

アタシ霊媒体質で、ヤバいモノに取り憑かれ易いんだよね。だから本当にヤバい所には近づきたくないんだ。オブジェと絵が何かは知らないけど、霊が持ち去ったんじゃない?

 大日如来(だいにちにょらい)の加護があっても無茶はしない方がいいよ?」


大日如来(だいにちにょらい)?」


「四月生まれだよね?

猿の四月、誕生石は金剛石。相当に強い守護霊が着いてても何の不思議もない最も死に遠い人。たぶん、近年で最強運気だよ?」


「それは何?ゲームとかにのめり込み過ぎじゃね?

俺の誕生日まで調べたの?」


「ジャの道はヘビってね?

ちなみに蛇の女性と相性がいいらしいけど、喰われるかも知れないから気をつけてね!」


「なんじゃそりゃ?」


 あっくんは言いたい事だけを言い残して去って行った。肝心の小屋の話をきちんと話して貰ってない。見ていたと言うが、あの日のあの場所には誰もいなかったはずだ。一応は気配を探ったし、誰の目もない事を確かめてから侵入した。


 俺は飯を食い終わった足で小屋まで行き、枠が外れやすい窓まで行って何か変わった事はないかと確認した。あの後ノブは復旧したし、見たところ変化も見られない。


 ただ少し変だなと思ったのは、俺が触った建物の壁に俺のだと思える手形が残っていた事だ。数日が過ぎて色が変わるなんて事があるのだろうか?そんな汚れた手で触った記憶は俺にはなかった。別にわざわざ手を洗った記憶もないし、直前まで油絵の具を扱っていたのは確かだが・・・


 更に数日が過ぎると俺の手跡が碧色に変化し、触った場所にくっきりと浮かび上がっていた。まるで侵入したのは俺だという証拠を残すように・・・ 


 結局あのあと、骸骨オブジェとサトゥルヌスの絵は見掛けてない。今もあの小屋が健在であるなら調べて欲しい。壁にもし『碧い手』が残されているのなら、それは間違いなくあの日俺がつけた侵入の記憶なのだ・・・




 ちなみに『あっくん』についてだが、彼女の名前にあっくんなる呼び方をされる要素はひとつもない。苗字は河田だし名前にも『あ』の一文字もなかった。仲良くなってからの事だが、本人に聞いてみると彼女は言った。


『悪魔っ子』だから『あっくん』なんだよと笑いながら・・・


「怖いゎあソレ!めちゃくちゃ怖いゎあ!!」


 俺がそう言うと、彼女は細い目を更に細め

『ニヤリ』と意味深な笑顔を浮かべるのだった・・・




挿絵(By みてみん)

イラスト:悪魔っ子



『碧い手』終わり


次回最終話『トンネル』

二部構成です。

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