表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掘り起こしちゃいけない昔の話  作者: 鈴宮ハルト
7/10

碧い手 (前編)

挿絵(By みてみん)

フランシスコ・デ・ゴヤ

『我が子を喰らうサトゥルヌス』

(1823年)

 フランシスコ・デ・ゴヤを知っているだろうか?

1746年〜1828年の時代に生きたスペインの画家で、ディエゴ・ベラスケスとともにスペイン最大の画家と謳われる宮廷画家である。その彼の代表作のひとつに『我が子を喰らうサトゥルヌス』という不気味な作品がある。今回はそのサトゥルヌスに纏わる話となる。


 サトゥルヌスとはローマ神話に登場する農耕の神で、サターンの名でも知られている。土曜日サタデーの語源であり、また魔女が集会を開く日の神であり、運命、死、時間、そして夜の闇の象徴という面も含併している。


 ゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』という絵は、将来自分の子に殺されるという予言に恐れを抱き、五人の子を次々に呑み込んで行ったという神話の一節を描いたものだ。法の発布や農業の発展で天空の支配権を掌握したサトゥルヌスでも、己の欲望の為なら我が子でも殺すという恐ろしさを描いている。


 そのゴヤだが、没後はマドリード郊外にある『サン・アントーニオ・デ・ラ・フロリーダ礼拝堂』に眠っている。この聖堂の天井に描かれたフレスコ画、『聖アントニオの奇跡』もゴヤの作品であるが、納められたゴヤの遺骸に頭蓋骨は無い。


 亡命先の墓地に埋葬されている期間に盗掘に遭ったためだが、その犯人も目的も、その後の頭蓋骨の所在についても一切が不明のままである。



 俺は腐っても美術学部の学生であり、自分で言うのも何だがそれなりに優秀だった。だからそのゴヤの『我が子を喰らうサトゥルヌス』を見付けた時もすぐに誰の作品であるか分かったし、コピーではなく実際に模写して描いたモノである事も分かった。


 どこで、どのような状況でそれを見つけたのかはこれから話す。しかしそれが不思議ちゃんこと『あっくん』との出逢いであり、俺が彼女と関わりを持つきっかけになったのは事実だった。




◇◆◇◆◇◆◇


 大阪芸術大学の正門から向って左側奥に『芸大池』と呼ばれる池がある。手前は駐車場になっており、バイクや車で通学している者達はほぼ全員がその駐車場を利用する。池の横には校舎の裏手をグルリと廻り、ずっと奥まで行ける小路がある。終着地は美術学部の彫塑が使う校舎で、その更に奥に行くと古びた小屋が建っていた。


 現在もその小屋が健在であるのかは分からない。

敷地の突き当りであった場所には体育館が建ち、運動部の部室だった建物や旧グランドがあった場所は大きく様変わりしたと聞いている。


 そのポツんとある少し翠がかった塗料が塗られた小屋が何に使われていたのかは知らない。俺が在学していた頃には既に半分朽ちており、窓ガラスの場所はベニア板で内側から塞がれていた。塗料も剥げ落ち、周りは薄暗い木々に囲まれた曰く有り気な建物に見えた。



 その日の俺は酒に酔っていた。

授業終了後に集まり酒盛りをするなど日常茶飯事で、夕方に酔った学生がフラフラ歩いていても何の不思議もない光景だ。居酒屋などに行く習慣もなかったし、食い物や酒を持ち合いバーベキューをしながら語り合うのは学生の特権のようなものだった。


 俺は酔い冷ましにと散歩していて、いつの間にやら小屋の近くまで来ていた。ふと見ると建物の中に灯りが見えた。以前、何が中に有るのかとベニア板の隙間から覗いた時には、古い机や椅子が山のように積まれており、酷い埃を被って使われている様子は全くなかった。


ーーー誰か中に居るのか?


 そう思い近付くと灯りが消えた。

普段でも薄暗い場所なので、夕暮れ近くなるとその小屋の周りは真っ暗に近い。何かが反射して灯りに見えたのかも知れないとも思ったが、一応は確かめてみる事にした。


 戸口には鍵が掛かっており、以前にも試した通りどうやっても動かない。ベニアの隙間から覗いても光源無しでは確かめようがなかった。


ーーーこらアカンわ・・・ヴァールでもなきゃ、こじ開けるのは無理だ。


 蹴破るという手段はあったが、そこまでして調べる気もなかったので諦める事にした。酔っていた事もあり、次の日には忘れて暫くは小屋にも近付かなかった。


 数カ月は過ぎたある日の事。

ふとした事であの日に見た灯りの事を思い出し、今度は道具を持って小屋まで来た。美術学部の生徒はいろんな道具を持っている。ノコギリやハンマーなど当たり前だし、彫刻もやるのでノミや彫刻刀などの小刀も学校のロッカーに置いてある。それに、俺の実家は建築職人をしているから家の構造などにも詳しかった。


 小屋を調べ分かった事。それは簡単に外せる窓があり、それにはガラスが無いので、割らずとも内側から当てたベニア板を退ける事が出来るという事だった。窓枠を外してベニア板を横にずらすとそこには机や椅子の山は無く、中に入れそうなスペースがあった。


 何だが秘密基地を発見したような気分になり、わくわくしながら窓から中へと侵入する。中は暗いが昼間なので目が馴れてしまえば見えない事もない。俺は夜目には自信があった。近眼で眼鏡を掛けていたが、近眼と夜目は別物だ。夜でも普通にキャッチボールが出来る。


 奥に進むと埃の被ってない床があった。

誰かが最近まで歩いていた証拠だ。そちらに向うと扉が二つ向い合わせに並ぶ廊下に出る。


 扉には鍵が掛かっておりノブは回らなかったが、そんな時の為にドライバーを持って来ていた。ノブなど分解してしまえばいい。こちら向きにネジの頭が見えていたのもラッキーだった。内側に向いていたら苦労したであろうから・・・


 鍵を外して部屋に入る。

そこにあったのは、小動物の骨らしき物と並べた机に置かれた大量のロウソクだった。ロウソクに火はついていない。骨は雀かヒヨコサイズの鳥の頭骨が多く、ピラミッド状に組んで高さ30㌢ほどに積まれていた。


 両方ともが埃を被り、蜘蛛の巣みたいなモノが貼り付いていた。蝋ではなく木工用ボンドを上からぶっ掛けてあるのか、組まれた頭蓋骨で出来たピラミッドは簡単に崩れてしまうような物ではない。


 ピンと頭に浮かんだのは悪魔儀式だ。

何かが床に描かれていた痕跡もあり、よく見ると黒い染みが円のかたちを描いている。その直径は2㍍ほどで、儀式だと思って見なければ魔法陣だとも気付かなかったろう。


 かなり古いのか、消されて判別出来なくなっているのかは分からないが、或いはその両方であったかも知れない。俺は気分が悪くなりその部屋を出る事にしたが、写真くらいは残して置きたかった。当時はムーバが登場したばかりで普及率は20%強、当然学生の身分で携帯電話を所持していた友人なども無く、そもそもカメラ機能など付いてなかった。インスタントカメラ『写ルンです』がお手軽画像の最先端だったのだ。


 俺は『写ルンです』を買いに行く前に、何か他にはないかと部屋を物色した。そこで見つけたのが、板に描かれた『我が子を喰らうサトゥルヌス』の模写だった訳だ。


 それは裏向きにしてあったので、堂々と正面に有りながら物色するまで気付かなかった。祭壇のように小動物の頭蓋骨を組み上げたピラミッドが置かれた机の向こう側にあった、高さ90㌢横巾70㌢ほどの板をキャンバス代わりにして描かれていた。


 その絵もかなりの年代物で保護材などを使って無いので、表面はところどころ絵の具が剥がれ落ちていた。たぶん何年か前の先輩が描いたものだろうが、かなり上手い。筆のタッチなども見事だった。この絵は画集で見て知っていたし、ゴヤの作品であるとも分かった。しかし絵の描かれた経緯や歴史、意味までは分からず、サトゥルヌスがローマ神話の神様だという事も知らなかった。文頭に書いた内容は後で図書館で調べて知った内容だ。


 俺はあらかた調べて他には何もないと分かると、画材やあらゆる物が売っている購買がある棟に行った。『写ルンです』のフラッシュ付きを買ってまた小屋に戻る。


 芸大の敷地は広く、甲子園球場が20個は入る面積がある。小屋からその画材店までは対角線上にあり、片道10分近く歩かなくてはならない。別に急いでなかったし、暑い季節だったので、戻った時には20分近くが経過していた。


 再び中に入り、ノブが壊れた部屋に入る。

しかし、そこに祭壇は無く、サトゥルヌスの絵も失くなっていた!


「誰か居るのか!?」


 怖くなり叫んでいた。

俺がこの小屋に入ったのを見ていた者がいたのだ!祭壇と絵を持ち去った者。それは間違いなく、数カ月前にこの場所で灯りを燈していた者だろう。


 いったい何者なのか?

ロウソク群はそのままだったが、肝心の祭壇と絵がなければ写真を撮っても意味がない。驚きと不気味さで留まっていられず、俺は消えた絵を探す事なく小屋を後にしたのだった。





(後編へと続く)









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ