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掘り起こしちゃいけない昔の話  作者: 鈴宮ハルト
5/10

壁の中 (第一夜)

「なあ、まこと~、里子しらへんかぁ?」


 染浦が俺の部屋に入るなり、悲壮な表情を浮かべながら尋ねてきた。


「ここんとこ帰ってこーへんし、あいつの寮にもおらん。なんか知らんか?」


「ん?里子か?

風太んところにいるじゃないか?」


 里子は染浦の部屋に寝泊まりしていたが、最近は俺の学生マンションの隣にできた新築のマンションに住む風太郎という男の部屋に入り浸っているという噂を耳にしていた。


「風太んとこ~?

なんでよ~??」


「知らんよ。喧嘩でもしたんだろ?」


「しとらへんて!

普通にしとったって!

訳わからんわ!なんで風太やねん!

ちょっと、まこと付き合ってぇや!」


「なにすんの?」


「連れ戻す!」


「一人で行けよ。俺、関係ないし」


「・・・・わかった。

一人で行って来るわ・・・」


 結局、里子は帰らなかった。

染浦はだんだんと元気を失い、やがて学校にも来なくなった。


 染浦は少し優柔不断なところがあるが、入学して早い時期に友達になった学校では古い友人だ。同じ美術学科でもあるし、バイトでも車という足がなかった頃はバイクの臀に乗せて貰い一緒に行った事もある。


しかたない・・・

一肌脱いでやるか!


 俺は自分のポリシーとして、男と女の揉め事には極力口を挟まないようにしてた。しかし、1ヶ月近くも学校にも来ない状態が続くのは良くない。休めば休むほど出て行きづらくなるし、教授からコイツはやる気ないなと思われたら作品の点数にも影響する。


 美術とは感覚的なモノが採点を大きく左右するので、印象を悪くすれば普通に造った作品でも手抜きだと判断される場合がある。ずば抜けたセンスがあって閃きで絵を描けるなら話は別だが、言っては申し訳ないが染浦にはそれほどの才能はなかった。どちらかと言うとコツコツ努力を重ねてようやく合格点に達する平凡なタイプだったのだ。


 かく言う俺もゼミにはあまり顔を出さなかった。

いつ絵を描いてるの?と聞かれる事もしばしばあったが、俺の場合は頭の中で絵を完成させてからしか描かないタイプだった。未完成のうちに筆をとっても良い作品が描けない。描く時は一気に描いて、200号の絵をにさんにちで完成させた。飯も食わず10時間以上ぶっ通しでキャンバスに向い、その間は周囲の声も何も聞こえない。そういうタイプの人間だった。


 別に天才肌でも何でもない。

ただそういうタイプと言うだけで、教授も分かっているので俺がゼミに来なくても何も言わなかった。意外に俺みたいな奴はこの大阪芸大にはたくさんいるのだ。



 染浦の寮に久しぶりに行くと部屋が代わっていた。上級生が卒業してから空いた広めの部屋に移動したらしい。


「おるか?」


「おお、まことか?入れよ」


 染浦は思いのほか元気そうに見えた。


「そろそろ学校こいよ。留年するぞ?」


「ヤバいかな?」


「ヤバいだろ!出席だけでも取りに来い」


 染浦の部屋に入ると、冷たいコーヒーを出してくれた。もうすぐ夏休みという季節だ。外は猛烈な暑さが続いていた。しかし、染浦の部屋はヒンヤリして凄く涼しく感じられた。


「涼しいなあ〜

クーラー入れとんの?」


「クーラー?

別に?クーラー無いし」


「日が当たらんからか?

この部屋暗いし、ひんやりして涼しいわ~」


「そうか?俺、暑いけど・・・?」


「・・・・?」



 なんだか、この部屋には長居したくなくなり、要件だけ済ませると俺は染浦の部屋を後にした。要件とは、俺が里子と染浦との仲直りの橋渡しをするために、里子に話をして来るというものだった。


 染浦自身、里子に会う事も出来ず、電話で話しても絶対にあんたの部屋には戻らないの一点張りで、理由を聞いても話してくれないのだそうだ。


 俺は染浦の部屋を後にしたその足で、里子の住む女子寮に向かって歩き出した。この周辺は言わば学生街で少し歩けば寮に当たる。古いアパートタイプもあれば民家を改造しただけのものもあり、新築の学生マンションに住めるという事はそれなりにリッチメンである証拠だった。俺の場合は、辛いが一度に高額なバイト料が入るモノしかやらなかったので、ちょこまか毎日三時間程度の労働には見向きもしなかった。絵と同様に短期集中型だったのだ。


 一日三万になる少し危険なバイトもあったが、そういうヤバいヤツには手を出していない。蛇足になるが念のために書いておく。


 女子寮が集中して建ち並ぶ一画には里子が借りているアパートもあった。染浦の学生寮から歩いて10分は掛らない距離だ。少し登り坂になっていて土地が傾斜しているので、道の両脇には古めかしい石垣が目立っている。


 そして、その石垣の向こうから現れた見慣れた人影は例の不思議ちゃん"あっくん"とその親友のナルミちゃんだった。二人は大の仲良しでいつも一緒にいる。その日も夏らしくワンピ姿で、何やら話しながら笑い坂道をトコトコと降りて来た。


 そして俺の姿を確認すると手を振り、名前を恥ずかしげもなく大声で叫ぶ。まるで子どもみたいだ。


「こっち方面に歩いて来るなんて珍しいね?誰かに用事?」


 ナルミちゃんが聞いて来た。彼女は鼻筋が通った美人顔をしているが、性格が少々キツい。面食いで年下が好きなのでジャニーズ系のイケメン高校生と付き合っていた。まぁそんな事はどうでもいい話だけれど、酔って俺の部屋で寝て行くのだけは勘弁して欲しい。泊まるならヤラせろと言いたいところだ。


「ああ、里子に用事があるんだけど今部屋にいるかなぁ?」


「風太のところには行った?」


「あいつ三重の実家に帰ってるみたいでしばらく居ないんだ。だから部屋にいるかと思ってこっちに来たんだけど?」


 ナルミちゃんは岐阜県産まれなので関西弁は使わない。俺も愛知県だからお隣さんである。


「里チンに何の話があるの?急ぎなら伝言してあげよか?」


 コレは不思議ちゃんのセリフ。

彼女は何かとトラブルメーカーなので極力関わって欲しくない。その事を本人がまるで自覚してないのが一番の問題だった・・・


「あああっ!分かった!染浦くんでしょ?戻って来いとか言ってくれって頼まれたとか?」


「なぬ!?」


こ、こいつ何で分かるんだ!?

お前は超能力者か何かか!?


 流石は不思議ちゃんだ。

感覚だけで生きている奴は感も鋭い。


 俺が色恋事のトラブルには一切口を挟まない事を知っている筈なのに、たまたま腰を上げたタイミングを鋭く見抜くとはたいしたモノだ。霊媒体質と言うのも嘘ではないのかも知れないと俺はこのとき思った。


「だったら何だ?

俺が動いたらおかしいか?」


 急にクスクスと笑い出した二人に、俺は少しだけイラッとした。確かに、らしくない事をしようとしているのは自分でも自覚している。だからといって笑う事はないだろうと気分を害したのだった。


「無駄だと思うよ。だってね〜」


「だってなんだよ?」


「やっぱり言うのは止めた!だってアレ、男には無害だけど私達は女の子だからさぁ〜」


「はあ?言ってる意味がまるで分からないんだけど?」


「自分で確かめて見なよ。私達はパス!」


 そう言って去って行く二人の後ろ姿を見ながら、俺は奇妙な感覚に捕らわれはじめていた。男には無害。ソレが今回のキーワードだったのだ。




 

(第二夜につづく)


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