つながり
八神の部屋を大慌てで飛び出した亮は、六時からのパーティにぎりぎりセーフで家に到着。
乾杯をし、愛理、正貴と一緒に、三人で楽しく食卓を囲んでいる。亮の左隣の椅子には、両親からのプレゼントが。フォークを持ったままの彼女は、そっちを見て微笑む。
(ブルーのテディベア、可愛いね。綺麗な色ーー)
そこで、亮の脳裏にある人物が浮かんだ。
(そういえば……。八神先生の髪の色と似てるね)
テーブルの中央に飾られた、一輪の赤い花へ視線を移し、
(どうして、先生、急にカーネーションくれたんだろう? それに、あの時、何か気になったんだよね? 何だろう?)
カーネーションの背後ーーぼやけた風景の中にいた、愛理がふと、
「それ、誰からもらったの?」
(素敵なプレゼントね)
姉に視点を合わせ、
「あぁ、八神先生からだよ」
答えると同時に、亮はドキッとした。
(えっ!)
目をぱちぱちさせ始めた彼女を驚かせたのは、夕日に照らし出された八神の姿だった。
(お、おかしいなぁ。さ、さっきは平気だったのに……。い、今はすごくドキドキするよ。ど、どうしてだろう? でも……)
八神の名を妹から聞いた愛理は、一気にハイテンションになった!
「きゃあ、素敵じゃない♡」
(花を一輪だけなんて、やっぱり光先生って感じだわね)
胸の前で両手を組み、ウキウキし始めた婚約者に気づいて、正貴はのんびり顔を上げた。
「八神 光さんですか?」
(愛理さんの、喜びようからそう思いますが)
「……あぁ、はい」
亮は我に返って返事をしたが、
「あれ?」
すぐに違和感を感じ、そのまま正貴に聞き返した。
「どうして、櫻井さん、知ってるんですか?」
(お姉ちゃんはわかるけど、櫻井さんと八神先生って、知り合いだったのかな?)
「同じ教授仲間ですからね。何度か、集まりでお会いしたことがありますよ」
にっこりうなずいた正貴と八神は、同じーー二十五歳。大学は違うが、ふたりとも教授をしている。八神は高校教師が主で、大学の方は臨時的なものであるが。亮は正貴の隣りで、目をキラキラ輝かせている姉をちらっと見て、
「そうなんですか」
(お姉ちゃんのサークルの顧問だったね? 八神先生)
美青年ハンターが、とろけるような瞳で、
「サークル活動が楽しくて仕方がないわよ」
(毎回、逃がさずに出席してるわよ。夏休みの合宿も楽しみだわね)
喜びまくっている、姉の言葉を聞いた亮は、珍しく何かに気がついた。
(あれ? 英文学のサークルだったよね? お姉ちゃんって。何で、数学、教えてる八神先生が顧問なんだろう?)
首を傾げたまま、亮は真っ直ぐ質問する。
「先生って、英語話せるの?」
愛理は少し驚いた顔で、
「あら、知らなかったの? ぺらぺらよ」
「そうなんだ……」
意外な事実を聞いた亮の斜め前で、正貴がこれまた意外な事実を口にする。
「以前、イギリスに住んでいらっしゃったそうですよ」
「そうなんですか」
八神の日常を思い浮かべた亮は、うんうんと大きくうなずいた。
(だから、いつも紅茶なんだね。アフタヌーンティーとかあるもんね)
愛理は両手を胸の前で組み、うっとりと、
「光先生のイメージにぴったりね」
(豪華なティールームで、優雅にアフタヌーンティー……。王子服着てても、全然違和感ないわよ)
そこで、引っかかりを覚えた亮は、口にしようとしたジュースをテーブルへ戻して、
「イギリス人なのかな?」
正貴は首を傾げて、フォークを持っていた手を止めた。
「さぁ、どうでしょうか? 軽い会話をする程度ですからね、八神氏とは」
テンションが急に下がった愛理は、テーブルに頬杖をつき、ため息混じりに、
「でも、時々、影が出来るのよ。ちょっと、心配だわ」
「……あぁ、うん」
ぼんやりカーネーションを見つめ、亮は八神の憂い色の瞳を思い浮かべた。
(どうして、先生は、あんな淋しい目をするんだろう?)
しんみりしてしまった雰囲気を、再びハイテンションになった愛理が、一気に打ち砕く。
「でも、そこが、また魅力的なのよね♡ こう、冷静さの中に秘めた情熱って感じで。目が離せないわね」
美青年に舞い上がってる婚約者に、正貴はのんきに相づちを打う。
「確かにそうですね。そのような話は、よく聞きます。私の受け持ちのクラスの子たちも、そんなことを言ってますからね」
憂いを秘めた、八神の瞳は、他校の生徒まで虜にしていた。
「学校で、よく囲まれてるんじゃない?」
(大学でもそうなんだから、高校でもそうよね?)
愛理に問い掛けられたが、亮は返事を返してこなかった。大暴投しているのかと思いきや、
「…………」
(あの目……どっかで見た気がするんだよね。でも……ちょっと違うっていうか……。似てるっていうか……。んー……?)
珍しく真面目に考えている亮を前にして、正貴と愛理は不思議そうに顔を見合わせ、
「…………」
(どうしたのでしょうか? 亮ちゃんは)
「…………」
(そうね……?)
愛理はあごに人さし指を当て、小首を傾げる。
(亮が光先生に恋してるーー)
太陽が西から昇っても有り得ないようなことを思い浮かべ、姉は即座に否定する。
(……わけないわよね。あなた、光先生の名前聞いただけで、大騒ぎだものね。でも……)
テーブルの上に飾られたカーネーションにピントを合わせ、
(もしかすると……もしかするかも知れないわね。わざわざ、プレゼントくれるんだから〜。きゃあ♡)
美青年ゲッター ーー愛理は、何かを予感して、さらにテンションを上げた。
ーー正貴、帰宅後。
後片づけをしている愛理の側で、亮はぼんやりカーネーションを見つめていた。
(このままだと、枯れちゃうね……)
【月と水】
頬杖をついていた腕を解いて、
(どうしてだかわからないけど、取っておきたいんだよね。大切なことのような気がするから)
カチャカチャと食器を洗っている愛理の背中に、
「お姉ちゃん、これ、ドライフラワーに出来るかな?」
長年、一緒に暮らしてきた妹。彼女のことは何でも知っている。そんな姉は思わずドキッとして、手を止めた。
(あなた、今日、朝から様子が変なのよ。何か考えごとしてる気がするの。それと関係するのかしら? その花を取っておきたいってことが。そうだとしたら……私がしてあげられることーー)
心配している気持ちを悟られないように、愛理は妹へ振り返った。
「……えぇ、大丈夫よ」
「じゃあ、あとで、やり方教えて」
食卓についていた亮は、嬉しそうに足をパタパタさせた。愛理は妹の後ろにある時計を見上げ、
(十時前……)
視線を落とし、妹に少しだけ微笑んだ。
「そうね、今日中にやっておいた方がいいわね、少し遅いけれど」
それから、八神にもらったカーネーションをドライフラワーにし、亮と愛理のふたりは、それぞれの部屋で眠りについた。