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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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本当の理由

 八神は紅茶をたしなみながら、放課後、この部屋へやって来る、一生徒、ミラクル天使を迎え撃つ手を考えていた。冷静な頭脳の中に、入学当初からの、受け持ち生徒、ルーのデータが流れ続けているが、


 スチュワート君に嘘をつくという傾向はありません。

 スチュワート君には日本語を言い間違えるという傾向があります。

 スチュワート君の性格には二面性があるかもしれません。


 ここで、止まってしまった。八神は組んでいた足を解いて、珍しくため息をついた。


「……可能性が導き出せません」

(困りましたね。

 法則性が見出せないんです、スチュワート君に関しては)


 残っていた紅茶を飲んで、八神は別の対処の仕方を導き出した。


(仕方がありませんね。

 あちらの方法にしましょうか)


 食器を片付けている間に、八神はルーに確認する事項を全て、脳裏の浅い部分に引き上げた。


 帰りのホームルームも何事もなくこなし、再び部屋へ戻ってきた。


 最高学年を受け持つ教師は、赤いカーネンションが飾られた、書斎机で仕事を始める。生徒たちから提出された卒業後の進路のデータを、冷静な頭脳に記憶してゆく。そして、ある生徒のところで手を止めて、


(神月さんは、卒業後、アメリカへ行ってしまうんですね。

 呪いが解けても、そばにいれなくなってしまうーーという可能性が高いんですね)


 愛しさが揺らいでいる瑠璃紺色の瞳は、向かいの校舎の、3ーCの教室へ向けられ、


(ですが、彼女の望んだ道なのですから、私が引き止めることは出来ません。

 どんなに愛している人でも、手放したくなくても、あなたの自由を奪うことは私には許されていません。

 しかし、もしも、許されるのならばーー)


 そこまで考えた時、扉がノックされた。八神は資料から手を離して、


「はい、どなたですか?」

(いらっしゃったみたいです)


 優雅な声に対して、春風のようなふんわりボイスが廊下から吹いてきた。


「ルー スチュワートです」


 八神は懐中時計で、


(十五時五十五分、十七秒)


 データをきちんと脳に整理するため、時刻を確認して、優雅な声で、


「どうぞ」


 八神は教師ではなく、コランダム王子として、気持ちを入れ替えた。ミラクル天使によって開かれたドアから、金髪の生徒がふんわり微笑んで、


「Thank you for inviting me.(お邪魔します)」


 英語にいきなり変わってしまった。八神は書斎机から立ち上がって、生徒たちに紅茶をご馳走するソファーを指し示して、


「Please sit down.(かけてください)」


 ルーはカバンを床に置いて、ソファーの中央に座った。


「Thank you.(はい)」

「Do you drink tea? (紅茶はいかがですか?)」


 八神らしい問いかけに、ルーは可愛いく小首を傾げて、


「はい、飲みます」

(仲良しさんなの♪)


 日本語にまた戻ってしまった。非常に不安定なミラクル天使。それでも、情報を引き出さなければいけない。八神は慣れた手付きで紅茶とスコーン、クロテッドクリームを手際よくテーブルの上へ、ふたつづつ出した。


 八神はルーの向かい側へのソファーに腰をおろして、冷静な策略家とミラクル天使の対決がスタート。


 八神は先手を打った、一生徒に対しては丁寧すぎる言葉で、


「教えていただけませんか?」

(あなたもあちらの世界へ移動しているーーという可能性が高くなったんです)


「What is it? (何をですか?)」


 英語にまた戻ってしまったルーは、春風のように微笑んで、紅茶を一口飲んだ。疑問形に疑問形で、ミラクル天使、絶妙に返してきた。


 八神は瑠璃紺色の瞳をついっと細め、


(仕方がありませんね、こうしましょうか)

「I want to save Corundum and break her curse. Therefore, could you tell me? It is a wish from my heart」

(コランダムを救い、彼女の呪いを解きたいんです。

 ですから、教えていただけませんか? 

 私の心からの願いなんです)


 策略家にしては真っ直ぐすぎる疑問形。それを聞いて、ミラクル天使は一瞬にして、全ての人をひれ伏せさせるような威圧感のある、サファイアブルーの瞳に変わった。ここからは、全て英語になってしまうので、翻訳した状態でお届けする。途中ちょっと、英語あり。


「…………」

(可能性を高くするために、わざとその言葉を先に言ってるのかい?

 キミはボクが誰だか、もう知っているはずだと思うけど。

 それなら、ボクはこうするよ。

 これで、キミは確定出来るんじゃないかな?)


 聞き返しもしない、驚きもしない。返事も返してこない。そうなると、八神の冷静な頭脳の中で、


(あなたもあちらの世界へ移動しているんですね、私たちと同じように。

 トムラムが持ってきたフレナ教の教典。

 マリアの『まほうつかいさんだ』と『ひがしのもりにいるっていってました』のふたつの言葉。

 パルさんの存在。

 そして、移動している私たちは、全員、王族であるーーという可能性が非常に高いです。

 そちらから判断して、スチュワート君のあちらでの正体は……)


 コランダム王子は、導き出した可能性を、優雅に微笑みながら、


「オリヴィーン王子とお呼びして、よろしいんでしょうか?」

(残念ながら、お名前まではわかりませんでした)


「王子だけど、正確には王子じゃない?」

(みんな、ボクのことはそういうふうに呼ばない?)


 ミラクル天使にまた戻ってしまい、自分のことが疑問形に。八神は平然と相づちを打ち、


「そうでしょうね」

(宗教を中心とした国みたいですからね。

 一番上の方は、王ではなく、教皇、法王、教祖、もしくは、別の呼び方かも知れません。

 そちらの子供であるあなたには、特別な敬称などないんでしょう)


 ここで、皇帝ルーから、策略家へ鮮やかな一手。


「Do not you ask my name on Lapis lazuli? (ボクの名前は聞かないのかい?)」


 八神は瑠璃紺色の瞳をついっと細めた。普通なら、聞くだろう。ルーの向こうの世界の名前を。だが、策略家の冷静な頭脳の中には、


 スチュワート君のあちらでの名前を聞いても、

 神月さんの呪いが解けるーーという可能性は高くならない。

 コランダムを救えるーーという可能性は高くならない。

 

 だったのだ。聞く気などなかった。


 勝つ可能性が高いものを選んで、動いてくる八神。裏を返せば、可能性が低いものは選んでこない。皇帝ルーに、ゲーム序盤で、キングの前と斜め左右に、ゲームのルールを無視して、一気に三つ駒を置かれ、早々とチェックメイトされてしまった。


 ここは現実だ、ルールなどない。冷静な策略家は、可能性をささっと導き出して、


「Would you tell me your name in that world? (教えていただけるんですか?)」


 疑問形で返し、キングの前の駒を三つ全て取り除いた。皇帝ルーはくすりと笑って、


「You are still smart as ever. (キミはさすがだね)」


 八神は優雅に微笑んで、


「Thank you so much. (ありがとうございます)」


 ルーはまたミラクル天使に戻って、


「Do not be too serious. (真面目になりすぎちゃいけないの)」


「そうですか」

(あなたなりの気遣いだったんですね)


 普通では味わえないゲームを楽しんで、八神は優雅に微笑んだ。場が和んだところで、ルーは人よりもはるかに長い時を生きてきたような雰囲気で、


「What do you want to ask me?(何を聞きたいの?)」

(教えてあげられること、教えられないことがあるけど)


 八神は可能性を、事実として確定しようとし始めた。


「彼女にかけられた呪いは、どのようなものなんでしょうか?」

(こちらを確定しないと、全ての可能性が計れません)


 両肘を膝の上に置いて、頬杖をつき、皇帝ルーは平然と、


「十八までの命と、永遠に成就せぬ愛」

(キミは、ひとつは気づいてるだろう?)


 八神は3ーCの教室へ、冷静な視線を少しだけ送って、


「そちらが原因なんでしょうか? 彼女が恋愛に対して無頓着なのは」

(『永遠に成就せぬ愛』という呪いのせいなんでしょうか?)


 ルーは紅茶を一口飲み、遥か昔を思い出すように、


「違うよ。彼女は昔からあんな感じだったよ。変わらないんだ。だから、ボクも素敵だと思う」


 ここで、八神の冷静な頭脳に、新たなことが浮かび上がった。


 スチュワート君は神月さんを愛しているーーという可能性が出てきた。


 策略家の中に膨大な、ルーと亮のデータが流れ出したが、


(おかしいですね。

 そのような情報はありませんでしたよ)


 事実が食い違ってしまった。新たに情報を引き出さないといけないことになって、八神は皇帝ルーに疑問形。


「もしかして、あなたも……?」

(彼女を愛しているということでしょうか?)


 語尾を濁してきた策略家を前に、ルーはくすぐったい顔で、


「確かにそうだけど……」


 あっさり肯定した。だが、こんな言葉の続きが。


「ここでは違う」

(世界が少しおかしなことになってるんだ)


「そうですか」


 相づちを打ちながら、八神は得た情報から、的確に可能性を弾き出し、


 他にも世界が存在するーーという可能性が出てきた。


 策略家はさらなる疑問形。


「『十八の誕生日までに』という期限は、何時を指しているんでしょうか?」

(こちらがわからないと、彼女に気づいてもらための対策を立てられないーーという可能性が出来ます)


「その日の夜十二時まで」

(キミらしい順番で、話を聞いてくるね)


「そうですか」


 八神は相づちを打って、懐中時計を取り出し、


(十六時二十二分、十八秒。

 あと一日と、七時間三十七分、四十二秒。

 間に合うという可能性を高くするためには……)


 計算している策略家を前にして、サファイアブルーの瞳には、八神の机の上に飾られた赤いものが映っていた。


「あの花言葉は、何だい?」

(キミたちは忘れてしまう、ボクたちとは違って)


 八神は振り返り、冷静な瑠璃紺色の瞳で、赤いカーネーションを捉えた。再び顔を戻して、自分が思っているよりも、多くの情報を持っていると、策略家は読んで、疑問形。


「愛を信じるでしょうか?」

(ご存知なんですね、こちらの花がこちらに飾ってある意味を)


「そう」


 ルーの瞳は少しだけ陰ったが、威圧感のある雰囲気で食い止めた。


(知ってるよ。

 キミとボクは国籍が同じだからね。

 あの事故の記事は、よく読んだよ。

 キミと出会うことも知ってたからね、ボクは小さい頃から。

 ボクたちはキミたちと違って、思い出せないことが少ないんだ)


 八神と出会ったのは、二年前の高校入学時のはずなのに。二十年前の事故のことを知っていて、十五年後に出会うことも予測していたルー。策略家が読んだ通り、人の領域ではない。


 八神の冷静な瞳は、切なさで少しだけ揺れた。


「私はずっと、母の愛だと思っていましたよ」

(生前、私の母が一番好きな花でしたからね)


「それも間違いじゃないと思う。もともとは、彼女の愛情から来たものだからね」

(キミの家族は、優しくて強い人たちなんだ)


「彼らもだったのでしょうか?」

(あちらの事故は、今回のことにつながっていたのでしょうか?)


「そうだよ」


 ルーはしっかりした瞳でうなずいた。


(ボクたちと同じように生まれ変わった。

 だけど、殺されたんだ。

 キミの大切な人は、みんな、ボクたちの敵にね)


 二十年間ずっと探してきたものが見つかって、八神の言葉が珍しく途切れた。


「そう……ですか」

(夢の答えは、運命……だったんですね)


 ルーは足を組んで、他の人たちが最初知らなかったことを語り始める。


「生まれ変わる前から、キミといれる時間が短いかも知れないって、キミの家族は知っていた。それを考慮されて、キミの家族は、五千年前の記憶を残されたまま生まれ変わったんだ。だから、キミの家は、五千年前のコランダム城と同じ造りなんだと思う。今となっては、本当の理由はわからないけど……」

(死んでしまったから、確認の取りようがないけど……)


「なぜ、わかっていて生まれ変わったんでしょう?」

(どのような理由が彼らにはあったんでしょう?)


 運命の一年間に参加できず、死ぬことを知っていたのに、生まれ変わった家族。冷静さを正常に持っていても、八神は胸が苦しくなった。ルーは瑠璃紺色の瞳の奥をじっと見つめて、


「キミに彼女を心の底から愛してるということに、早く気づいてほしかったんじゃないかな?」

(五千年前と、同じ繰り返しをしてほしくなかったんだと思うよ)


 八神は軽く目を閉じ、手を少しきつく握った。


「そうですか」

(愛なんですね、全て)


「何度も確認したらしい。途中で死ぬ可能性がすごく高かったからね。だけど、それでも生まれ変わりたいって言ったらしいよ」

(変わらなかったんだ、キミを愛してるという気持ちは。

 たとえ、自分たちが先に死んで、キミを一人残していくことになったとしても。

 キミ一人が生き残れば、たくさんの人が助かるからね。

 キミを信じてたんだ)


 生前の家族の愛に、二十年という歳月を経て、出会って、八神の目の縁に涙が溜まり、思わす声が震えた。


「そう……なんですね」

(優しい人たちなんですね、相変わらず。

 あの人たちも、自分のことよりも他の誰かのことが大切なんですね)


 辛い思いをしてきた八神を想って、ルーは一旦言葉を切った。

 沈黙という空間の中で。

 何とか冷静という名の盾で、策略家は激情を防ごうとしていて。


 ルーはそれをうかがいながら、ティーカップを取り、ソーサーに再び置かれた音がかちゃっと響いたのを合図のように、オリヴィーン王子は堂々たる態度で、


「キミはもう気づいてるだろう? ボクたちの記憶を残したまま、魂だけを移動させる人が誰かって」


「えぇ」

(神……ですね)


 冷静さを取り戻した八神は、短くうなずいた。ルーはこんな疑問形を投げかけた。


「その人はキミの家族が死ぬ可能性が高いって、最初から知ってた。だけど、止めなかった。なぜだか、わかるかい?」

(たぶん、五千年前から、そのことを知ってたんだと思う。

 でも、これだけのことをするには、理由がある。

 人を無意味に苦しませるようなことは、あの人は絶対しない。

 とても優しい人だから)


 冷静な瑠璃紺色の瞳が、威圧感のあるサファイアブルーの瞳をまっすぐ見つめ返し、


「愛でしょうか?」

(それ意外、何と言うんでしょう?)


 転生の輪のメンバーらしく、高レベルの質問に、きちんと答えを返し、しかも、得意の疑問形を使ってきたヒューを、ルーはとても幸せそうに見て、


「そう。キミには迷ってほしかったんだ。そして、全てを頭で判断するのではなく、心で判断することもしてほしかったみたいだよ」

(キミの特殊な考え方を、最大限に生かして、キミの心が大きく成長することを願ってのことだったんだ。

 それが、あの人のキミへの愛の形だね。

 とても厳しくて、優しい愛)


「彼女の呪いを解くためですか?」


 策略家はさらに疑問形を投げかけながら、ラピスラズリの海で溺れ、リエラに助けられた時に、追憶しそうになった言葉を思い出した。


(そちらのことはよく、小さい頃、母から言われましたよ。

 『あなたは冷静に判断しすぎて、本当に大切なものを失ってしまう人』

 『もっと感情を素直に出した方がいい』)


 恋愛することが、呪いを解くための、一番最初の手順。それを、冷静な頭脳を使って、いつまでも可能性を導き出していたら、手順がひとつも踏めない。それを知っているルーは、しっかりうなづいて、


「それもある。心で判断しないと、人を愛することは出来ない。可能性だけでは、導き出せないからね」


「えぇ」

(他にも理由があるんですね?)


 『も』と言ってきた、皇帝ルー。策略家は優雅な声で、先を促した。ルーは冷静な頭脳の持ち主の美点を褒め、そして、弱点を指摘。


「キミはボクたちの中では、一番頭がいい。情報を全て記憶して、その中から可能性を導き出していくという勘には一番優れてる。だけど、キミには決定的にかけてるものがある」

(トムラムも同じだ。

 でも、それと引き換えに、キミも彼も他の人にはないものを持ってる。

 みんな、特徴があって、素敵なんだ)


「えぇ」


 八神は真剣な顔をして、先を促した。だが、ルーは可愛く首を傾げて、ミラクル天使に大変身。


「昨日、彼女とセリルが言ってなかった? おかしな感じさんがするって」

(あのふたりは、全てを勘で判断するからね。

 彼女は、時々……んー……よく外れちゃうけど。

 セリルは、ボクたちの中では、一番優れてるね)


 ルーの不安定さを目の当たりにして、八神は優雅に微笑んだ。


「直感、天啓ですね」

(そちらは、私にはないということは自分でも理解していますよ。

 セリルには、とてもじゃありませんが、敵いません。

 そのために、私には、人並みはずれた記憶力があるのかも知れません)


 再び、皇帝ルーに変わって、


「ラピスラズリでキミが導き出した答えと違うものが急に出て来ただろう? おかしいと思わないかい?」

(キミの導き出したものは、全て正解だったよ。


 大切な人を守るために、キミはきちんと可能性を導き出してたからね)


「えぇ、そうですね」

(追っ手が来るーーという可能性は非常に低いと思っていましたよ)


 八神はあごに手を当てて、肯定した。ルーはさらにおかしいところを提示。


「彼女の馬が暴走したのも、そうだよ」

(キミが導き出した通りだよ)


「そうですか」

(別の何かが起きているということだったんですね)


「ボクたちが向こうにいない間に、キミと彼女が一緒に出かけたのもそうだよ」

(いない間に、勝手に動かせるからね。

 わざと、そうさせたみたいだけど……)


「そうですか」

(そちらもそうだったんですね)


 八神の中で、矛盾していた情報を正常に戻った。そこで、ルーは人ではとても思いつかないことを、言葉にし始める。


「相手が人だったら、キミの考え方で十分、通用する。キミのような考え方をする人はとても少ないからね。だけど、ボクたちの本当の敵は、心を読み取ることが出来る。だから、キミのように可能性を導き出して、高いものを選び取るということをしたら、相手に全部、手の内を読まれてしまうんだ。それに、その人は天気を変えることも出来るし、自分の思う通りに何でも動かせる。人の体を乗っ取ることも、心を操作することも出来る。追っ手が来たのも、その一人になりすまして、キミたちの居場所を教えた。だから、見つかったんだ。でも、彼女がそれを感じ取ったから、間に合ったんだ。そして、セリルがキミたちの居場所を直感で見つけた」

(勘で動く人の心を、いくら読み取れても、対応するまでに間に合わないからね。

 まさか、逃げられるとは思ってなかったんじゃないかな?

 特に、彼女はいつも、すぐにキミの罠にはまってしまうような人だからね。

 彼女が感じ取るとは思ってなかったと思うよ、ボクたちの敵は)


「そうだったんですね」

(天候が急に変わったのも、そちらが原因なんですね。

 私が彼女に、真実の心を伝える必要があるーーという可能性が高いと判断した直後でしたからね。

 そちらを邪魔するためだったのかも知れません)


 大きな敵の存在と特徴を、冷静な頭脳にしまった八神の前で、ルーはミラクル天使に変わり、春風のように微笑んで、


「Oh,my Enemy. Enemy's initials are capital letters.(エネミーは大文字さん♪)」

(ヒントさん♪)


 八神はあごに手を当て、優雅に微笑んだ。


「そういうことですか」

(God is the enemy. なんですね)


 すぐさま、威圧感のあるサファイアブルーの瞳に戻って、ルーは、


「これだけの大きな力を扱える存在だ。そうなると、キミ一人にはとてもじゃないけど、負担が大きすぎる。そのために、キミに可能性を導き出して欲しくなったんだ。だから、キミの感情を揺さぶるような事件が起きたのを、わざと見逃したんだ」

(キミを悪魔の子と呼ばせたのも、その敵の仕業だ。

 キミはそのことで、間違った可能性を導き出した。

 でも、それもボクたちを移動させてる人の作戦のひとつだった。

 だから、それでよかったんだ。

 そうでなかったら、キミ一人に攻撃が集中しまう。

 ボクたちは許されていないんだ、誰も負けることを)


 八神は運命というものを、しっかりと受け止めた。


「そうだったんですね」

(ずいぶん、揺すぶられましたよ。

 ですが、そちらでよかったみたいです)


 ルーは出されたスコーンを少しだけかじって、紅茶を一口飲んだ。八神もティーカップに口をつけ、一息ついた。


 それを見計らって、皇帝ルーは二十年前の出来事が、なぜ見過ごされたのかの、もうひとつの理由を説明。


「ボクたちを移動させてる人は、ボクたちとは全然違う価値観で物事を見てる。だから、キミの大切な人、同じ飛行機に乗っていた人、数百名だけが死んだという考え方をしてる。だけど、彼女の呪いを解かずに、コランダムを救えなければ、傷ついたり悲しんだりする人は、天文学的数字をはるかに上回る数になる。そのために、あの事件は起きたんだと思う」

(とても大きなことなんだ、ボクたちが関わっていることは。

 人では到底たどり着けない規模なんだ)


「そうですか」

(ラピスラズリ、地球全体だけはないんですね)


 自分を守ってくれている人がいるであろう、暮れ始めた空を八神は、レースのカーテン越しに見上げた。神経質な横顔に、ルーは穏やかな口調で、


「だけど、あの人は優しい人だから、いつかきっと、キミの家族にも、また巡り合える日が来るようにしてくれると思う」

(もう、こっちで会えないのは、残念なことだけど。

 世界が続けば、いつか必ず出会える)


 八神は軽く目を閉じ、


「そうですか」

(あちらでは、まだ生きていますからね。

 もう、会えないと思っていましたが、会わせていただけたことに、とても感謝しています)


 神に感謝を捧げたところで、策略家は目をそっと開け、ミラクル天使に疑問形。


「そちらのために、私にすぐ答えが出せないような、なぞなぞを出されたんですか?」

(あなたの突然のなぞなぞの意図は、私が正確に判断を下せなくするためだったんですか?

 『What stands behind the falling blue? (降ってくる青の後ろに、立つものは何ですか?)』

 『What does not change, what changes? (変わらないで、変わるものは何ですか?)』)


 ルーは難しそうな顔になって、首を傾げ、


「そう……だったと思う?」


 自分のことなのに、疑いだすというオリヴィーン王子を前にして、八神はくすくす笑いながら、


「なぜ、疑問形なんですか?」

(先ほどまでと、様子が違うみたいです)


「いつの間にか、そういう作戦になってた?」

(ボクもよくわからないさん♪)


 めちゃくちゃだった、ミラクル天使は。優雅な策略家は、神経質な手の甲を口に当てて、さらにくすくす笑った。


(無意識でされてたんですね?

 そちらが、あなたの直感なのかも知れませんね。

 可能性では、やはりあなたを計ることは出来ないみたいです)


 ひとしきり笑ったところで、さらに情報収集。


「東の森から出ることは出来るんですか?」

(フレナ教の教典も、オリヴィーンの方の話もラピスラズリでは聞きませんでしたからね。

 他の国へは、行き来が出来ないーーという可能性が非常に高いです)


 ルーはゆっくり首を横に振って、


「ううん、基本的には出れないよ」

(ボクたちには、ボクたちのルールがある)


「青き石版には、いらっしゃったんですか?」

(基本的にはということは、出れるーーという可能性がある)


 策略家の情報収集の罠に、ミラクル天使は故意にはまって、


「ううん、ボクは、行ってない」

(そう、ボクは行ってないんだ。

 だから、他の人が行ったよ)


 わざと、『ボクは』を区切って、わかりやすく情報を与えた。八神は食い違っているデータを見つけて、


「では、なぜ、ご存知なんですか?」

(魔法で、読み取ったんですか?)


 ルーは春風のように微笑んで、なぜか、誰もいない左側に顔を向けた。


「聞いたの」

(行った人から、直接)


 オリヴィーン王子の、おかしな態度を前にして、瑠璃紺色の瞳がついっと細められ、


「どなたからですか?」

(私たちの中に、そのようなことを出来る人がいたでしょうか?)


 関わっているであろう人たちのデータが、冷静な頭脳の中で、ザーッと流れ出した。必要な情報を抜き出しながら、ミラクル天使の言動を探る。


(そちらにどなたかいらっしゃるみたいです。

 スチュワート君は、見えないものを見ることが出来るみたいです)


 ルーは誰もいないところをさっきから見たままで、


(聞かれてるけど……)


 ミラクル天使が心の中で返すと、左側から誰かの声がやって来た。


『…………』


 八神からの問いかけを、ミラクル天使すっ飛ばして、ルーの独り言が優雅な部屋に舞い始めた。


「いいのかい?」


『…………』


「キミは、彼らのことが好きだよね」


 何かの別の話へいってしまったルーを前にして、八神は素早く疑問形。


「『彼ら』とは、どなた方のこと指していらっしゃるんですか?」


 ミラクル天使は、策略家へ顔を向け、


「セリル グェンリードとユーリ ソフィアンスキー のことだよ」


「女性の方ですか?」

(セリルとユーリを好きと言いましたからね)


 当然の八神の質問だったが、ルーは首を横に振って、


「ううん、彼は男性だよ」

(ボクたちと同じだよ)


「そうですか」

(おかしいみたいです)


 八神は違和感を覚えたが、軽く相づちを打った。そこへ、ルーから突然、ミラクル変化球。


「言わなくていいって」


 冷静な頭脳の持ち主、八神は記憶力を使って、


「そうですか」

(先ほどの、私の質問の答えですね、そちらは。

 『どなたからですか?』の返事が今頃、返ってくるんですね。

 あなたは話す順番がおかしいみたいです。

 ですが、記憶はきちんとしているみたいです。

 しかし……)


 八神は情報が欲しくて、次なる手を打った。


「なぜ、教えていただけないんでしょう?」

(何か理由があるんでしょうか?)


『…………』


「紅茶冷めちゃうって」


 全然違うことが、ミラクル天使から返って来て、八神はくすくす笑い出した。


(なぜ、そちらの話になったんでしょう?

 どのような会話が行われているんでしょうか?)


 笑っている策略家へ、いきなりミラクル変化球。


「あとで思い出すって」

(みんな、仲良しさん♪)


「そうですか」

(先ほどの私の質問『なぜ、教えていただけないんでしょう?』の答えですね。

 それでは、楽しみにして待ちましょうか)


 八神とルーは見えない人の指摘通り、少し冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。ルーは金の髪を両手で少しだけつかんで、軽く引っ張り、


「彼女に聞いた? ボクが、キミに質問する前のなぞなぞの話」

(大切なことなの)


 いきなりでて来た疑問形に、八神は首を横に振って、


「いいえ、聞いていませんが……」

(なぜ、そちらが青き石版に行った時のことと、関係するんでしょう?)


 いつもと違って、素直に返答してきた策略家を前にして、ミラクル天使は春風のように微笑んだ。


「それを聞いて」

(全部、キミのためにしたんだよ。

 確か、そうだったと……思う?)


 思いっきり疑問形になっていた。どこまで策略なのか、無意識なのかわからない、非常に不安定なミラクル天使。


 愛しのボケ姫の記憶力崩壊を目の当たりにした、恋する王子は珍しくため息をついて、


「覚えていらっしゃるでしょうか?」

(記憶が曖昧であるーーという可能性が非常に高いですよ、彼女は)


 皇帝ルーにまた戻って、策略家よりも、はるかに長く生きているような威厳を持って、


「覚えてる。キミも気づいてるだろう? 彼女は大切なことはきちんと覚えてるし、大切な心にはきちんと言葉を返してくる」

(だから、忘れてないよ。

 キミと彼女を助けるための、なぞなぞだったんだから)


 暖かな安らぎを感じながら、八神は微笑んだ。


「そうですね」

(私の真実の心には、きちんと答えを返してくれましたね。

 素敵な方ですね、彼女は)


 同じ人を愛しているという事実がなぜか存在する状況。ルーも愛しさを持って、


「彼女らしい、面白い答えだったよ。ふふふっ」


「そちらは教えていただけますか?」

(あとで、何かに使えるかも知れませんからね)


 情報は多く持っている方が有利に働く。八神は疑問形を投げかけた。ルーはすんなり了承し、


「うん、いいよ。パンとパンダと、メロンとポテトだったよ」

(彼女を愛情で、ちゃんと驚かせてね。

 ふふふっ、仲良しさん♪)


 純粋な瞳を持つミラクル天使は、優雅な策略家の本当の心に気づいていた。八神は冷静な頭脳に、それらの情報を素早くしまって、


「そうですか」

(どのような質問だったのでしょう?)


 今もルーの左隣に座っているであろう、見えない人をうかがいながら、さらに情報収集。


「花火大会の時のことは、そちらの方がされたんですか?」

(私と燈輝さんを会わせたのは、そちらの方ですか?

 肉体を持っていなくても、自由に動けるみたいですからね。

 私の行動がスチュワート君に筒抜けだったのはそちらの方の力であるーーという可能性が高いです)


 ルーは春風のふんわり微笑んで、首をゆっくり横に振って、


「違うよ」

(はい、ひとつ、情報を渡したよ)


 八神の中で、ある事実が確定し、怖いくらい優雅に微笑んだ。


「そういうことですか」

「そう、ふふふっ」


 ミラクル天使と優雅な策略家の脳裏に、同じことが浮かんでいた。


「今度はいつ、あちらへ戻るのでしょう?」

(そちらの方から、情報を得ていらっしゃるみたいです、スチュワート君は)


 ルーはまた誰もいない左側へ向いて、


「詳しくはいつだい?」

『…………』

「それはどれくらいだい?」

『…………』


 ルーは八神に顔を戻して、非常に正確な情報提供。


「今日の夜十二時に出て、ラピスラズリは七月五日の零時一秒みたいだよ」


 不確定要素のルーの言葉に、八神は相づちを打ち、


「そうですか」

(七月五日、一日分戻るみたいです。

 ですが、変わるという可能性があるかもしれません。

 先ほどの、スチュワート君の『ここでは』という言葉もありますからね。

 戦況がいきなり変わるという可能性もありますしね)


 その通りの言葉が、皇帝ルーから発せられる。


「キミはよくわかってると思うけど、未来に関しては、100%という可能性はない。だけど、今回の移動に関しては、98.89%らしいよ。誰かが選ぶ未来が変われば、その数値は簡単に変わってしまうんだ。期限が七月七日ということからもわかると思うけど、混線してるんだよ」

(あと二日だからね、みんな大変だと思う。

 だけど、たぶん、そうするんじゃないかな? 守るために)


 ミラクル天使らしい思考回路で、スメーラ神の戦略へいきなり到着。ルーは他の人にも言っていない情報を、まだいくつか持っていた。それを知る必要はないと、可能性から導き出した八神は、次の疑問形へ。


「また、襲われることはあるんでしょうか?」

(そちらの可能性があるということは、私の考え方では、全て救えないということになります)


 コランダムを救うにしても、リエラの呪いを解くにしても、膨大な情報から、可能性を導き出して、高いものにかけるをしたら、敵にまた狙われてしまう。ルーはまた左側に顔を向けて、


「ボクは違うと思うけど、どうだい?」

『…………』


 ルーはなぜかくすりと笑って、八神は顔を戻して、


「ないよ。もう、キミは大切なことに気づいたから、大きな力からは守ってくれるらしいよ。さすがにそれは、ボクたちには出来ないからね」

(ラピスラズリで、魔法を使えるボクたちでも、敵を止めることはできないよ。

 あいださん♪ Can lee いただきますなの、ふふふっ)


 摩訶不思議な呪文を、心の中で唱えたミラクル天使に、左側から素早くツッコミ。


『…………』


 ルーは珍しく真面目な顔で、


「そうそう、それ、覚えないといけない。Middle management」


 一人で話しているミラクル天使を前にして、八神はくすくす笑い出した。


(何の話をされているんでしょう?

 なぜ、『中間管理職』がいきなり出てきたんでしょうか?)


 脱線してしまった会話ーースメーラが八神たちを守ることに、策略家が意味ありげに再開。


「昨日の突然の移動に関しては、そちらのことが原因だったんですね?」

(厳しい方なんですね、私たちを守護している神と呼ばれる方は)


 ミラクル天使はまた正面に顔を向けて、


「そう。厳しくて優しい人なんだ。だから、キミが襲われる寸前まで、手出しはしなかった。そのために、ボクたちは途中で戻ってきたんだと思う。あれ以上、あっちにいたら、キミと彼女は殺されてたらしいからね」

(あの時みたいに、しようとしたらしいよ、ボクたちの敵は。

 だけどよかったんだ、これで。

 キミが自分から過去を乗り越えられるように、ギリギリまで待って、間違った可能性を修正して、彼女に真実の心を伝えようとしたから、あれは作戦だったんじゃないかな?

 最初から、決まっていることはあるけど、キミが選び取る答えで、未来はいくらでも変わる。

 その中のひとつの未来の形だったんだと思うよ、今回のことは)


 ひとつ情報を確定した八神は、次の情報収集へ移る。


「パルさんは、オリヴィーンの方なんですか?」

(他の国では、魔法を使うという資料は見つかりませんでしたからね)


「そうだよ」

(魔法を使うのは、ボクたちだけだよ)


 ルーはスコーンをまた一口かじった。


「彼のように、東の森を出ている方は、他にもいらっしゃいますか?」 

(こちらを聞いておかないと、これからの可能性が導き出せません)


 魔法を使う人が他にいたら、可能性が大きく変わってしまう。瞬間移動をするということは、敵方にも魔法使いがいたら、自分の居場所に簡単にたどり着かれてしまう。当然、対策の取り方は変わってくる。


 ルーは金色の髪をゆっくり横へ揺らし、


「いないよ」

(彼は特別なんだ。

 本当に、特別なんだ)


 ルーは心の中で、なぜか念を押した。八神は基本形の相づちで、


「そうですか」

(パルさんは、特別な存在ということになります。

 そうなると……そちらが出来るーーという可能性が非常に高いです)


 あることのに対する、新たな方法を模索し始めた。膨大なデータを流しながら、懐中時計を確認。


(十七時二分、三十七秒。

 まだ時間はありますね)


 オレンジ色の光を帯び始めた部屋を、冷静な瞳で見渡して、出来るだけ情報収集。


「そちらのことが理由で、燈輝さんにはおっしゃらなかったんですか?」

(パルさんから、トムラムは話を聞いていたんでしょうか?)


 嘘をつくのが不得意な真っ直ぐすぎる武術家。今までのデータから、可能性を導き出すと、あることが出てきて、意味ありげに聞いてきた策略家に、ミラクル天使はくすりと笑って、


「一昨日、聞いたらしいよ。でも、それには、気づいてないの」

(トムラムは知らないの、今でも)


 燈輝が情報を取りこぼしているという事実に出会って、八神は耐えられなくなって、神経質な手の甲を口に当てて、くすくす笑い出した。


「そうなんですね」

(おかしな人ですね、燈輝さんは)


 ルーは春風のように微笑んで、


「彼らしいよね」

(真っ直ぐだよね、トムラムは)


 あまりにもおかしくて、八神は何も返せなかった。


「…………」

(二十年前の事故の記事がなぜ、突然出てきたのかは気にならないんでしょうか?)


 冷静な頭脳の持ち主は、燈輝の身に起こった怪奇現象を、見事に解明。皇帝ルーは、


「それともうひとつ理由がある」


 八神は笑うのを止め、冷静さを持って、


「えぇ」


 次の言葉を待った。ルーはこの運命に立たされて人たち共通のルールのひとつを説明する。


「トムラムは、他の人たちと少し違うんだ」

(みんなには説明したけどね)


「そうですか」

(彼には特別な役割があるみたいです)


 策略家は情報を入手しようと、先を促した。


「彼はキミたちを、ラピスラズリで直接サポートする役目なんだ。本当は、キミの家族を入れて四人いた」

(敵に殺されてしまったから、トムラム一人になってしまったんだ。

 それでも、ヒューはやってけると思ったんじゃないかな? スメーラ神は)


 八神は切なさと温かみを感じて、少しだけ目を伏せた。


「そうですか」

(優しい方たちなんですね、みなさん)


 ルーは足を組み替えて、


「キミはどうかわからないけど、トムラムは夢を見てるんだ」

(彼にはきちんと伝わってると思う)


 ラピスラズリで直接手を貸せる人の条件が、オリヴィーン王子から提示された。コランダム王子は冷静な瞳をやって、


「そちらは、どのような夢なんでしょう?」

(燈輝さんも見ているんですね)


「ボクらの中心となる人だけが、五千年前の記憶を夢として見るんだ。彼女の十七歳の誕生日を境にしてね」

(だから、キミたち以外は誰も夢を見てない。

 ボクも例外じゃない。

 アイシスもカータも見てない)


 八神の冷静な頭脳に、去年の七月七日の記憶が引き上げられ、


「私は見ていませんが?」

(事故の夢を晴れた日に見たのは、そちらのことが原因であるーーという可能性が高いですね。

 『何か大切なものをなくしてしまった』

 初めに感じるあちらの感情は、彼女のことなのかも知れません)


 シリーズ通して、五千年前の記憶を夢として、主役の王子は見てきたが、シリーズ3だけは違っていた。その理由を、ルーは威圧感のあるサファイアブルーの瞳を持って、


「キミは事故の記憶が邪魔して、見ることが出来なかった……いや、違う。見えないようにさせられてたんじゃないかな? これからは見えるようになると思うよ」

(見えてしまうと、キミは頭がいい分、ゴールにいち早くたどり着いてしまうからね。

 そうなると、キミが狙われる可能性が高くなってしまう。

 だけど、今日は五日だ。

 狙われる可能性がほとんどなくなった以上、見えるようになると思うけど……。

 彼女はまだ気づいてなんだろう? 自分の気持ちに。

 さっき、彼からそう聞いたよ。

 だから、キミにも見えるようになると思うよ。

 そうしたら、彼女を気づかせる罠も仕掛けやすくなるんじゃないかな?)


「そちらが、彼女が十七歳の誕生日に見たという夢のことですか?」


 疑問形を投げかけながら、一年近く前の、この部屋であったことを、冷静な頭脳に流し始めた。


『それで、誰かに何かを伝えたくて、でも……伝えられなくて、そのまま死んでいくんです』


(リエラさんは五千年前、どのように亡くなったんでしょう?)


 八神の中に新たな疑問が生まれた。亮が見た、十七歳の誕生日の夢の内容を確認されたルーは、大きくうなづいて、


「そう。トムラムが見てるのは、違うものだと思うけど」

(五千年前の記憶だから、みんな見てる場面が違うんだ)


「そうですか」

(彼女は私に何を伝えたかったのでしょう?)


 愛しの姫に聞けなかった、五千年前の言葉を模索し始めた、主役の王子に、ミラクル天使は、純粋無垢な瞳で、可愛く小首を傾げて、


「聞いてない?」

(トムラム、言わなかった? 夢の話)


 冷静な思考回路を展開したまま、八神は短く肯定。


「えぇ」

(トムラムが夢を見ているーーという可能性があるとは思っていませんでしたからね)


 まるで長い年月を共に過ごしてきたかのように、ルーは懐かしそうな顔で、


「トムラムらしいね」

(彼は、必要以上のことは言わないからね)


「そうですね」

(私とは違って、言葉数が非常に少ない人ですからね)


 この一年近くの、限られた燈輝のデータから、八神は分析した結果をもとに、優雅に相づちを打った。


 ルーは少し考えて、


(そうだね、あとボクにできること……。

 キミが一番心配してること……。

 わかった、ボク。

 一刀両断さ〜ん♪)


 当然出てきた、意味不明な四字熟語に、左隣から素早くツッコミ。


『…………』

(真っ二つにしてどうすん……?

 …………) 


(そうそう、それ。ふふふっ、糸口がchangeして、ヒントさんなの♪)


 ルーはツッコミから答えが出てきて、超ハッピーな顔になったが、瞬時に人々をひれ伏せさせるような威圧感のあるサファイアブルーの瞳で、


「If you wanted to let her realize that she loved you, I think that it is best to take her to the place where she died on July 7 th five thousand years ago. (彼女にキミを愛してるということを気づかせたいんだったら、七月七日、彼女が死んだ場所に連れて行くのが一番いいと思うよ)」

(キミはもう気づいてるでしょ? その場所がどこかって。

 それに、キミが一番気にしてる情報を渡したよ)


 可能性と情報を整理しつつ、八神は基本の疑問形。


「そちらは、なぜですか?」

(神月さんが言っていた通り、間に合うとーーいう可能性が高くなりました。

 あちらの場所であるーーという可能性が出てきましたね。

 ですが、なぜ、わざわざ、七月七日なのでしょう?

 先ほど、五日に戻るとおっしゃっていましたが……)


 日付指定をされ、八神は疑問に思ったが、瑠璃紺色の冷静な瞳を見つめ返して、ルーは少しだけ微笑んで、こう返してきた。


「Somehow…… I think so? (なんとなく……そう思う?)」

(これ以上、情報を与えるのはキミのためにならない)


 ミラクル天使はわざと疑問形で言ってきた。策略家はくすくす笑って、


「You are an interesting person, are not you? (おかしな方ですね)」

(私のことを想って、故意に疑問形にしていらっしゃるんですね)


 なぜか、ルーは春風のように微笑んで、


「Thank you. (ありがとう)ふふふっ♪」

(受け取ってくれて、嬉しいよ)


 お礼を言うところではないのに、言ってきた人を前にして、八神はまたくすくす笑った。


(私と似ているところがあるみたいです。

 知りませんでしたよ。

 私もよく人から褒められたと思うことはあります。

 ですが、相手の方はそうではないことが多いみたいです)

「そうですか」


 八神が相づちを打つと、策略家とミラクル天使は共感できるところがあると知って、微笑み合った。


 場が再び、和んだところで、ルーはまた威圧感のある瞳に戻って、しっかり念を押した。


「でも、コランダムのことも、彼女の呪いも、キミのすべきことは何ひとつ、解決してない。だから、それはきちんとしないとね」

(ボクたちはそのために、生まれ変わったんだから。

 たった二日しかないけど、キミなら解決できると、ボクは信じる。

 キミもみんなと同じで、自分の意思で転生の輪に入ったんだから)


「えぇ」

(全てを失わないための、機会を私に与えてくださったのですから、そちらに私は応えなくてはいけませんね) 


 本当の意味で、今までの人生の答えが出た八神は、生まれて初めて、清々しい気持ちになった。


 これ以上話すことのない、オリヴィーン王子はすっと立ち上がって、コランダム王子に、


「What will surprise you will happen after this. (驚くことがあるよ、このあと)」

(It's a miracle. (素敵さん♪ なの))


 八神も立ち上がって、ルーのしっかりとした瞳を見つめ返した。


「What is it like?(どのようなことですか?)」

(You know something else? (何か、他にご存知なんですね?))


 ルーは応えず、カバンを持って、ドアへ歩いていった。それを開けて、廊下へ出たところで、ドア越しに、春風をともなって微笑み、


「ふふふっ、secretさん♪」

「そうですか」


 教えてくれない生徒を前にして、教師はただ相づちを打った。オリヴィーン王子は生徒の距離をきちんと保って、ルーは後ろ向きに少し歩きながら、


「Mr.Hikaru, good bye. (光先生、さよなら)」

(I'm glad that Hugh Winkler helped. (役に立てて、よかったよ))


「Please take care and return home. (気をつけて、帰ってください)」

(I appreciate that you gave me the information. (教えてくださって、感謝しますよ))


 コランダム王子も、教師の立場で、受け持ちの生徒に声をかけた。


 非常に面白みのあった会話を回想しつつ、後ろ手でドアを閉めた八神は少しだけ微笑んだ。その時、体の異変に気づいた。


(おかしいですね。

 視界のところどころが、ぼやけているのではなく、歪んでいるみたいです。

 そちらの可能性が出て……)


 視力がまだら模様になっていて、八神は瑠璃色の髪を右手でかきあげるような仕草をし、左目の視界だけを確保。


(そちらであるーーという可能性から、確信であるーーという可能性に変わりましたね)


 情報を得るためと、二十年前の過去に浸っていたくて、亮にラピスラズリで初めて会った次の日から、ずっとしていた左目のコンタクトレンズを外した。


 八神は顔を上げて、右目を隠したまま、向かいの校舎を眺め、


(見え……ますね。

 全てが、正常に動き始めたという証拠なのかも知れません)


 あんなに、苦しんだ心理的後遺症のひとつがなくなっていた。さらに、八神には驚くべきことが待ち受けていた。


 両目とも鮮明になった視界で、空を見上げると、


(スチュワート君と話していたので、気がつきませんでした。

 夕立が来るみたいです。

 ですが……そうなのかも知れません)


 八神はそのまま、空を見上げたままだった。遠くの雲で雷光が光り、少し遅れて雷鳴が鳴った。だが、ブラックアウトも何も起こらず、二十年間、孤独だった策略家は倒れなかった。


(こちらが、スチュワート君の言っていたことみたいです。

 本当に……全てが変わったんですね。

 全ては、いい方向へ動き出すために、意味のあることだったんですね)


 奪われた視力と体の自由が、今この瞬間に戻った。二十年間、激情に飲まれそうになりながら、それでも戦いづけてきた努力が報われ、運命が大きく開けた。


 冷静な頭脳の持ち主、八神の瑠璃紺色の瞳から、一筋の涙がこぼれた。


「生きている意味を探し続けていたことは、間違いではなかった……」


 これで終わった。スメーラ神の八神を守るための、全てを守るための、故意に見過ごされた出来事に付随するものは、綺麗に全て消え去った。


 その時、八神の背後で、突然ドアが勢い良く開けられた。


「おや?」

(ノックもせずに入ってくるのは、あの方ですね)


 こんな天気にはいつも自分を助けてくれた人を、可能性から導き出して、八神は優雅に振り返った。そこには、慌てた様子の葛見が立っていた。いつも気を失っていたのに、無事に立っている八神を見つけて、葛見は信じられないような顔で、


「……光、大丈夫なのか?」

(今、雷が鳴ったが……)


「えぇ」


 八神は短くうなずいて、優雅に微笑もうとしたが、


(私も信じられませんよ。

 このようなことを、奇跡と言うのでしょうね)


 涙が次々とこぼれて、できなかった。葛見はめそめそと泣き出して、


「そう……か」


 大柄な葛見は、線の細い八神にガバッと抱きついた。二十年の間、自分を気遣ってくれた人へ、八神は素直に感謝の意を示した。


「今まで、ご心配おかけしました」

(あなたがいてくれなかったら、私は日本へは来ていなかったかも知れません。

 彼女に会うこともなかったでしょう。

 巡り合わせていただいたことに、心から感謝します)


 事故に遭う直前まで、八神を心配していた、古い友人、大輔の言葉や想いを大切に守ってきた葛見。亡き友人を想って、葛見は言葉に詰まりながら、


「いや……いいんだ。光が心を開いてくれたなら。これで……あいつも……やっと安心するだろう」


 もう、会うことのできない父の愛情に触れて、八神の神経質な頬を、涙がとめどなく伝っていった。


「そう……ですね」

(私の父は、自分が死んだあとも、私が彼女にきちんと巡り合えるように、葛見氏に私を託したのかも知れません)


 葛見に抱きつかれている八神は、肩越しに暮れゆく空を見上げ、はるか遠いラピスラズリに想いを馳せる。


(私を信じて、愛してくれている全ての方に、私は応えなくてはいけません。

 あちらの世界では、まだ、彼らは生きているのですから。

 もう、二度と、私の大切な人たちをなくさないように……)


 向こうへ戻るのは、七月五日。二ヶ月以上も時が過ぎてしまっている状態。自分の手が打ち間違っていないことを信じて、明日のラピスラズリへ挑むしかなかった。

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