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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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大切な人

 トムラムは再び戻ってきて、何冊かの本を置いて、小屋をまた出ていった。


 隙間風が吹き込んでくる空間で、ヒューは持ってきてもらった本を一冊手に取り、表紙の文字を、瑠璃紺色の瞳に映して、


『フレナ教』


 策略家の冷静な頭脳に、膨大なデータが流れ始めたが、


(こちらの世界で、初めて聞く名です。

 こちらの本は、コランダム城の図書室にも、街にもありませんでした。

 他の方々も、宗教が存在するようなことは話していませんでした。

 おかしいですね。

 トムラムは、どちらから、こちらを手に入れてきたんでしょう?)


 今までのどのデータとも合致するものがなく、もちろん可能性もゼロ。いきなり出て来た事実。情報を手に入れようと、ヒューが本に手をかけようとした時、ベットの近くで遊んでいた、リエラとマリアが戻ってきた。


 リエラは粗末な椅子に座りながら、ヒューの手元にあるものを見つけて、


「何の本ですか?」

「宗教の教典みたいですよ」


 中身を読んでいないので、ヒューは不確定要素で返答した。呪いかけられし姫、リエラは、罠を仕掛けられていないので、何のためらいもなく、策略家のそばへ椅子を寄せて、


「一緒に見てもいいですか?」

(呪いの解き方が、見つかるかも知れないね。

 宗教の教典は読んだことなかったもんね)


「えぇ、構いませんよ」


 ヒューの優雅な声が小屋の中に舞うと、ふたりは経典を読み始めた。そこには、いくつかの情報が、


 東の森

 オリヴィーン

 創造神

 呪術


 最後の項目で、ふたりは同じ言葉にたどり着いた。


(呪い)


 その解き方を探していて、先走りの性格。当然、リエラは誰かの誘導作戦に乗りそうになり、ぽつりと、


「東の森に行けばわかるのかな?」

(行ってみた方がいいかも知れないね)


 人魚姫がつぶやいた言葉に気づいて、マリアが真剣な顔で、


「おねえちゃん、ひがしのもりにいくの?」

「え……?」


 リエラは聞こえていたとは思わなかったので、びっくりした。マリアの小さな瞳は真剣そのもので、


「いくの?」


「どうしたの?」

(マリアちゃんの様子がいつもと違うよ)


 リエラは少しかがみこみ、小さな姫をじっとうかがった。ヒューはふたりの姫の会話を記憶しながら、今までのデータと合致するものがないか、冷静な頭脳で懸命に探してゆく。


 絵本をぎゅっと握って、マリアはリエラを見上げ、


「にんぎょさんがいくと、かえってこれなくなるって、おかあさまがいってた」


「え……?」

(自分が行くと、帰れなくなる? 

 どういうことだろう?)


 子供の突然の言葉に、リエラは唖然とした。だが、ヒューは冷静さを持って、いつもと様子の違う妹を、優しく抱き上げ、


「どうしてですか?」

(あなたの様子がおかしい原因は、何ですか?)


 情報を手に入れ始めた。マリアは兄の腕の中で、


「まほうつかいさんが、いるからです」


 ボケ姫ここで、宇宙の果てに一気に大暴投!


「えぇっ!」

(魔法が帰れなくなる⁉)


 何かの情報が可能性に変換されてゆく頭脳を稼働させながら、ヒューは妹の頭をなで、さらに疑問形。


「どのような魔法を使うんですか?」

「おはなをきれいにさかせたり、きをまもったりするまほうです」


 マリアは幸せそうに笑った。その言葉を聞いて、リエラはぽかんとして、


「え……?」

(それって、魔法使いというより……何だか違うもののような気がする)


 ボケ姫、珍しくいいことに気づいた。マリアは大好きな人魚姫に、心配そうな面持ちで、


「いくの?」


 先走りで、冷静さを持っていないリエラは、言葉につまった。


「あぁ……」

(行きたいんだよね。

 マリアちゃんを心配させないために、行かないっていうのは嘘つくことになっちゃうし……。

 困ったなぁ)


 まだ、東の森に行きたがっている人魚姫に、マリアはもう一度、


「いくの?」


 今までの事実から、ある可能性を弾き出した、ヒューが、ボケ姫の代わりに、妹に優しく、


「リエラさんは行きませんよ。ですから、安心してください」

(リエラさんは、行きたいみたいです)


 正直で素直なリエラ。応えて来ないということは、行きたがっていると、冷静な策略家には簡単に判断できた。


「よかった」


 マリアはそう言って、嬉しそうに反対側の席へ走っていった。そして、大好きなThe Little Mermaidの本を読み始めた。


 リエラは小さな姫を、ブルーの瞳でぼんやり眺めながら、


(呪いについて調べないといけないよね。

 四月って言ってたもんね、昨日。

 そうすると、誕生日まで、あと三ヶ月しかないし……)


 大雑把すぎる。正確には、ヒューが計算した通り、二ヶ月と十二日。三ヶ月もない。先走りリエラは、人の命を危険にさらす可能性があることも気づいておらず、呪いのことばかりに気を取られ、小屋の扉をじっと見つめた。 


(どうにかして、ここを出て、東の森に行かないといけないとね。

 呪いについて、探しに行くぞ。おぉっっ!?)


 今までの膨大なデータと可能性。そして、リエラの今の心理を、瞬時に弾き出したヒューは、立ち上がりそうになった先走り姫の手の上に、細く神経質な自分の手を乗せて、


「行ってはいけませんよ」

(あなたが死ぬーーという可能性を高くするわけにはいきません)


 ヒューは絶対、負けるーー失敗するという可能性の高いことはしない。当然、先手を打って阻止した。だが、先走りで、やる気満々のリエラは、ヒューの瑠璃紺色の瞳をまっすぐ見つめ返して、


「え、でも、自分のことは自分で解決したいです」


 今にも自分から離れていってしまいそうなリエラに、ヒューは珍しく真剣な顔で、策略家らしい言葉で言い聞かせた。


「呪術と載っているだけで、そちらに呪いの解き方があるという可能性が高いとは言えません。マリアの言っていることが本当だとしたら、あなたは帰って来れないという可能性が出てきます」

(こちらの十一月二日。

 コランダム城の図書室で、読んでいた妖精王と人魚姫の童話。

 最後は、人魚姫が死ぬという話でした。

 マリアの先ほどの言葉。

 『おはなをきれいにさかせたり、きをまもったりするまほうです』

 そして、あちらの世界の北欧での話。

 妖精に関する話はよくあります。

 それはたいてい、子供を叱る時の口実であることが多いです。

 しかし、マリアは素直で、叱られるという傾向はありません。

 それらから判断すると、エマの言ったことは、別のことであるーーという可能性が出てきます。

 すなわち、事実であるーーという可能性が高くなります。

 人魚が東の森へ行くと行方不明になるという文献は、私もいくつか読みました。

 それらは全て、伝説や伝承の域を出ませんでした。

 しかし、あちらの世界で妖精に関する話のもうひとつは、行方不明事件などを妖精の仕業にするということが多いです)


 ヒューの冷静な頭脳の中で、新しく出て来たデータと、今までのデータから必要なものが取り出され、美しいほどシンクロし始め、可能性が導き出された。


 それでも、リエラは呪いの解き方に気を取られて、


「でも……」

(少しでも手がかりがないか見つけないと、いけないと思います。

 行かないといけないと思います)


 呪いかけられし姫と、優雅な策略家の間に、砂埃を伴って、シトシンの乾いた風が吹き抜けていった。


 シリーズ1、2にも出て来たが、決して安全な場所ではない、東の森は。危険だという可能性が少しでもある以上、ヒューは絶対止める。


「昨日、トムラムも言っていました、不思議な術を使う方がいると。こちらの世界では、あなたが人魚であるように、あちらの世界の法則とは違うことが他にもあるかも知れません。呪いを解く方法は他で、探すことが出来るかも知れないのです。ですから、行かないでください」

(新しい情報を手に入れることが出来ました。

 そちらから探す方が、呪いについては調べられるーーという可能性が非常に高いです)


 勝つーー安全だという可能性を、ヒューは今までのデータと可能性から的確に弾き出した。


 今まで見たこともない、経典がここにある。

 他の人と違う情報を持っている人がいる。


 そのふたつと新しい情報だけで、策略家には十分だった。ヒューの手の温もりを感じ、リエラは椅子に座り直した。


「わかりました」

(ヒューさんがそう言うなら、大丈夫な気がする)


 自分の言葉に素直に従ってくれた、呪いかけられし姫。呪いを解くことができる可能性を持っている自分。その距離が近くなった感じがして、ヒューの心の中に安堵が広がった。


(信じていただけて、嬉しいですよ)


 今まで一人で、可能性を導き出し、誰にも頼らずに、ここまで来たヒュー。策略の中で、ある可能性が一定値を満たして、リエラにしか聞こえない、囁き声で、


「マリアは、今日中にコランダム城へ帰します」

(あなたには、伝えておきます)


 危険な場所へ、大切な妹を戻すと言い出したヒューを前に、リエラは思わず声を上げそうになったが、


「えぇっ……」


 慌てて言葉を飲んだ。無邪気な子供ーーマリアに聞こえないように、ヒューに小さな声で質問。


「どうしてですか?」

(コランダム城は危ないんじゃないんですか?

 一昨日、暴動が起きたって言ってましたよね?)


 冷静な瑠璃紺色の瞳で、ブルーの純粋な瞳を見つめ返して、ヒューは、ボケ姫にもわかるように、


「私たちは、いつあちらの世界へ戻るのかわかりません。マリアをこのままここへ置いておくのは……」


 喪失という記憶で、胸が引き裂かれそうになるが、ヒューは軽く目を閉じて、呼吸を整えた。


(感情に流されてはいけません)


 言葉を不自然に途中で止めた冷静な頭脳の持ち主を、リエラはじっと見つめ返して、


(ヒューさん、大切なことを言おうとしてるんだね、今)


 再び目を開けた、ヒューの脳裏には、二十年前の出来事が輪郭をはっきり持っていたが、冷静という名の盾で、今回はなんとは防ぐことができ、静かに言葉を口にした。


「彼女はおろか、私たち全員が死ぬという可能性があるんです」

(誰かが私のそばからいなくなるというのは、もう耐えられないんです)


「え……?」

(みんな死ぬ? どういうこと?)


 突然出て来た、コランダム王族全員、死亡の言葉。リエラはあまりのことに何も言えなくなった。


 ヒューは冷静さを持って、呪いかけられし姫に、


「そうならないために、マリアは今日中にコランダム城へ帰します」

(十一月四日。

 コランダム城で見た、王家の家系図。

 今現在、ダイン、エマ、私、マリア以外、コランダムの王族はいません。

 他の方々は、私たちがこちらの世界へ来る四、五年前から、全員、病死、もしくは事故死している。

 殺されたーーという可能性が非常に高いんです)


 だから、敵はヒューが犯人だと指名できたのだ。誰も、もう生きていないのだ、ウィンクラー家の人間は。


 神がわざと見逃した、二十年前の出来事。その後、敵によって、八神に悲痛という嵐が次々と襲いかかったことが、再び現実になりそうで、ヒューは固く目をつぶった。


(あちらの時と、逆になってしまうかも知れない)


 激情の渦に必死で飲み込まれないよう、堪えているヒューの、非常に辛そうな表情を見て。それでも、兄が大切な妹を手放すという可能性を選び取ったことを、リエラは素直に受け入れた。


(自分が知らないことを、きっと、ヒューさんは知ってるんだ。

 それを、ずっと、考えてきたのかも知れないね。

 だから、あの夜も泣いてたのかも知れない。

 マリアちゃんや、自分の家族がいなくなったら、淋しいよね。

 それに、コランダムの人たちも、困ってると思うし。

 ヒューさんは、それもきっと考えてるんだね。

 そのためには、マリアちゃんは帰った方がいいんだよね。

 たぶん、そういうことなんだね)


 少し震えている神経質な手を、リエラは両手で包み込み、ヒューはその温もりを感じて、目をそっと開けた。そこには、リエラが大人びた笑みを浮かべていた。


「わかりました」

「ありがとうございます」


 震えそうになる声で、ヒューは静かにお礼を言った。


(久しぶりですよ。

 他のどなたかに本当の気持ちを、素直に伝えたのは)


 孤独と戦い続けた八神、ヒューの苦しい日々は、もう少しで終わる。リエラに真実の心を話した方がいいという可能性が、ヒューの中で高くなって来た。だが、同時に、敵に狙わる可能性も上がってゆく。


 嵐の前のような静けさが、リエラとヒューのまわりには広がっていた。

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