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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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 翌日。

 ヒューが目を覚ますと、隣に人の気配を感じ、


(どなたでしょう?)


 子供のようにすやすやと眠る姫を見て、策略家は心の中で優雅に降参のポーズを取った。


(なぜ、リエラさんがこちらにいるのでしょう?

 昨日、あちらの夢を見ましたが……)


 その時、隣で寝ているリエラが目を覚ました。ぼんやりした視界で、何も気にした様子もなく、


「おはようございます」

「おはようございます」


 ヒューは冷静さを持って、言葉を返し、くすくす笑い出した。


(おかしな人ですね、あなたは)


 起きたばかりの、恋愛鈍感少女に、教師としてではなく、一人の男として注意。


「私のそばに来てはいけませんよ」

(同じベッドに入ってはいけませんよ)


「え……?」

(ヒューさん、少し様子が今までと違う気がするけど……)


 お子様リエラ、ヒューの違和感に気づき、目をパチパチ。さすがに眠っている間の情報はわからない。策略家は疑問形を投げかけた。なぜか、ベッドに横になったままで。


「なぜ、こちらで寝ているんですか?」

(私たちは、子供ではありませんよ)


 リエラは少し顔を赤くして、右頬に重力を感じながら、


「あ、あの……うなされてたみたいだったので、そばによったら……」

(やっぱり、覚えてないんですか?)


 情報が途中で止まってしまったので、ヒューは先を促した。


「どうしたんですか?」


 冷静な瑠璃紺色の瞳にまっすぐ見つめられているのに、リエラはきちんと説明。


「ヒューさんに、急に抱きしめられて、戻れなくなったんです」

(戻ろうと思ったんですけど、出来なかったんです)


「そうですか」


 左頬に重力を感じながら、ヒューは優雅に相づちを打った。同じベッドに入っているリエラを見つめたまま、


(無意識のうちに、そちらのようにしたんですね。

 覚えていませんよ、あちらの夢以外のことは。

 自分でも信じられませんよ、私がそのような行動を取るとは……。

 しかし、あなたに嘘をつくという傾向はありませんからね)


 ヒューは今までとは違う、優しい瞳で、呪いかけられし姫を見つめて、珍しく素直に謝罪した。


「それは失礼しました」

(あなたの自由を奪ってしまいましたね)


 リエラは何も気にせず、首を横に振り、


「あぁ、いいんです。それで、大丈夫ですか?」

(心配です。

 昨日、ずいぶん苦しそうだったので……)


 ヒューは一瞬、自分の体に気を配って、


「そうですね……悪くはありませんよ」

(あなたがそばにいたから、いつもよりうなされずにすんだのかも知れません)


 天気の良くない日には必ず見てきた夢。悪夢の余韻に引きずられることもなく、朝を迎えられた。その事実は、ヒューの中の可能性の数値を変えるのに十分だった。


「よかったです」


 リエラはすごく幸せそうな顔をした。情報がまた食い違っている状態。リエラは気づいていないのだ、自分自身のことに。ヒューは一呼吸置いて、真剣な顔で、


「なぜ、何も聞かないんですか?」

(なぜ、あなたの態度が急に変わったんですか?

 青き石版で、私のことを探ろうとしていましたよ)


「ヒューさんが、言ってくれるまで待った方がいいと思ったからです」


 リエラは自分の心が変わったことを素直に伝えたが、また情報漏洩ろうえい


「いつから、そのように思うようになったんですか?」

(あちらの答えは、そちらであるーーという可能性が非常に高くなりましたね)


 優雅な策略家の脳裏には、ミラクル天使の、

 『What stands behind the falling blue? 』と、

 『What does not change, what changes?』が浮かんでいた。


 まさか、ヒューが答えを予測しているとは知らないリエラ。しかも、昨日のうなされていた時の言葉を聞いている。ヒューが知って欲しくないというのもわかっている。心の鍵はヒュー自身が持っている。


 だが、チャンスなのだ。ここで心の鍵に近づかないと、ヒューはリエラとはラピスラズリでは一緒に過ごせなくなってしまう。


 王子の地位を失っているヒューは、セレニティス王女に近づくことすら、もう出来ない。地球では、教師と生徒。恋愛などできない。なんの感情も持たない、一生徒に心の鍵など渡せない。


 昨日の雷雨も、計算済みなのだ、神によって。


「えっと……」

(言っていいのかな?

 あんまり知られたくないことなんじゃないのかな?)


 まだ、ベッドに横になったまま、会話を続けているふたり。策略家が無駄な動きをするわけがない。意味があってやっているのだ。


 ヒューは可能性から導き出した答えを、リエラに告げた。


「遠出へ行った夜に、私の泣いている姿を見た時ではないんですか?」

(私はあなたに見られていたとは、知りませんでしたよ、そちらの時は)


 ミラクル天使のなぞなぞの答えは、


 『ヒューの後ろに、リエラが立っていた』

 『リエラは探ることをやめて(心を変え)、ヒューは真実の心を話さない(変わらない)』が、The answerなのだ。


 一緒にそれを聞いていたのに、リエラはびっくりして、


「えぇっ! な、何でわかったんですか⁉」


 ヒューはくすくす笑いながら、基本の疑問形ーー罠。


「どうしてだと思いますか?」

(変わらないんですね、そういうところは)


「勘ですか?」

(時々、当たります)


 ボケ姫全然分析できていない、策略家が勘で動くわけない。直感型、セリルではないのだから。ヒューはあごに手を当て、少しだけ考え、


(そうですね……後々のことを考えて、今はこちらの言葉で返しましょうか)


 可能性の数値が変わったのだ、ヒューの罠の種類も変わるし、許容範囲も増えてゆく。ヒューお得意の、曖昧な言い方ーー嘘をついた。


「そうかも知れませんね」

(違いますよ。

 私はあなたのように、勘で物事を判断したりしません)


「そうなんですか」

(ヒューさんも勘で決めることがあるんだ、知らなかった)


 素直すぎるリエラを前にして、ヒューは心の中でくすくす笑った。


(納得してはいけませんよ)


 さっきから、ベッドに横になったまま、話しているふたり。当然、これは罠なのだ、誰かさんのためのレクイエム。悪戯好きのヒューは、小屋の扉を見つめて、


(そろそろ来るかも知れませんね。

 どのような反応をされるんでしょうか?)


 ヒューはとにかく、人を罠にはめるのが好き。相手のリアクションがあれば、あるほど、罠を発動させる。


 恋愛に抵抗力がなく、真っ直ぐな人は、優雅な策略家の罠にしっかりはまって。ベッドに男女が寝ているという状況を前に、息をつまらせた。


「っ!」

(す、すまん。出直してくる)


 ヒューは起き上がって、優雅に引き止めた。


「おはようございます」

(帰られては、困るんです)


「お、おはよう」

(なぜ、そうなっている?)


 罠にはまったトムラムは、ふたりを見ないように、小屋の壁に視線を落とした。悪戯が成功した策略家は、くすくす笑い出した。


「どうしたんですか?」

(こちらの状況を見て、あなたはどのような言葉を返しますか?)


 密かに、データ収集ーー疑問形。真っ直ぐすぎる武術家は、ヒューへ顔を向けて、不思議そうな顔で、


「それも、お前の趣味なのか?」

(一緒に寝ていたということか?)


 ヒューは至福の時を手に入れ、また曖昧に、


「そうかも知れませんね」

(一緒に眠るまではしませんよ。

 物事には限度があります)


 策略家は絶対、ルールはルールとして守る。順番を逆にすることなどない。真実の心がないのに、一緒に寝るわけがない。罠にはまったトムラムは、一言。


「よくわからん」

(どういう関係だ? お前たちは)


 ミラクル天使と優雅な策略家は、ある共通点がある。ヒューは当然というように、


「ありがとうございます」

(ただの姫と王子ですよ、こちらの世界では。

 あちらでは、ただの生徒と教師です)


 褒められていなのに、お礼を言うのだ、天使と策略家は。トムラムは真っ直ぐツッコミ。


「いや、褒めてない」

(なぜ、そこで礼を言う?)


「あぁ、燈兄、おはよう」


 リエラは何も気にせず、間違いを犯した。武術家、的確にまたツッコミ。


「トムラムだ、間違えるな」

(混乱する)


「あぁ、そうだった」

(ちゃんと名前、覚えないといけないね)


 記憶力が崩壊しているリエラを、ヒューは今までとは違った、優しさ色の瞳で見つめて、


(困りましたね、リエラさんにも。

 しかし、あなたの新しい一面を、また発見しましたよ。

 私が持っていないものを、あなたは持っているみたいです。

 そちらが、これから必要になるかも知れません)


 ヒューの心の鍵が、リエラにぐっと近づいた。策略家は、あの夢の感情を探している。それを見つけるには、ボケ姫が必要だという可能性が一定まで高くなった。その可能性はずっと前から、優雅な策略家の中にはあった。


 可能性がある程度高くならないと、ヒューは絶対動いてこない。では、いつから可能性を持っていたのかは、物語終盤で、意外な人から明らかになる。



 朝食を食べ終えて、いつもの冷静な頭脳が戻ったヒューは、あごに手を当て、脳裏に膨大なデータを流し続け、可能性を導き出している。


 武術家は策略家に、意識を集中させ、


(胸の意識が、完全に頭の冷たい気に、制御されている。

 一晩で、何があった?)


 トムラムはボケ姫ーーリエラに意識を傾け、


(変わらん)


 恋愛に興味がない武術家には、ヒューとリエラの不思議な関係は理解できない。


(このふたりは、よくわからん。

 しかし、これで今日は、物事を進められそうだ)


 ヒューが感情に流されていない。それなら、ひとつの国を救うこともできる。ヒューの冷静な頭脳だと、あっという間に解決してしまうのだ、リエラの呪いも自国の問題も。だが、この戦いは、一年間という期限がある。


 早く解決できればいいというわけではない。簡単に解決してしまった方が、危険にさらされる可能性大。


 他の人たちも一緒に移動しているということは、バランスを取らなくてはいけない。ヒューだけ先に勝ち抜けるわけにはいかないのだ。


 優雅な策略家の、冷静な頭脳の中で、的確なデータが流れている。


(コランダムとシトリンは隣国同士。

 貿易は盛んです。

 コランダムは農業、商業、漁業共に発展した国です。

 一方、シトリンは、国土全体が砂漠地帯であり、作物はいっさい取れません。

 宝石の輸出だけで、国の経済は成り立っています。

 コランダムの街では、シトリンの商人をよく見かけます。

 こちらの世界の経済の大半は、コランダムのギルドとシトリンの商人たちによって、成り立っているといっても過言ではありません。

 しかし、そちらは情報だけです。

 こちらだけで判断するのは、危険かも知れません)


 人の命、幸せがかかっている。手を打ち間違えるにはいかない。しかも、いつどのタイミングで、地球へ戻ってしまうかもわからない。全てを考慮して、正確に手を打たなくてはいけない。


 可能性を導き出すため、ヒューはあごに当てていた手をといて、シトリン王子に疑問形ーー情報収集。


「こちらへ来て、シトリンで何か様子が変わったことはありませんでしたか?」

「食べ物の量が増えた」


 トムラムは落ち着いた様子で応えた。シトリンに動きがあったという事実が出て来た。ヒューはさらに情報収集。


「そちらだけですか?」

(そちらの可能性が高くなりましたね)


 トムラムは短く、


「酒もだ」


「他にも何かありませんでしたか?」

(そちらの可能性がさらに高くなった)


 食料の量が増えたという事実を、ある可能性に変換し、ヒューは先を促した。


「コランダムへの宝石の売値が大幅に下がったらしい」

(お前らしい、いい気の流れだ)


 トムラムはヒューを見つめて、少し目を細めた。今、策略家は一番自分らしい、自分でいる。もしかすると、生まれて初めて、自分らしくいれているかもしれない。 ヒューは的確に疑問形。


「そちらは、どちらから聞きましたか?」

「くだらんやつらだ」


 トムラムはあきれたため息をついた。ヒューとトムラムは共通する情報を持っているので、優雅に微笑んだ。


(あちらの方たちのことですね。

 そうなると、そちらの可能性が非常に高いです。

 そうですね……?)


 今までのデータを元にすると、ある可能性が出てくる。ヒューは冷静な頭脳を持ったまま、シトリン王子にこんな言葉を口にした。


「トムラムは、どなたかと結婚は決まっていますか?」

「っ……!」


 恋愛に抵抗力のない、修業バカは息をつまらせた。策略家は疑問形、ということは情報を手に入れている。一個の質問で、手に入る情報がひとつとは限らない。ヒューは余裕で微笑み、


「どうですか?」

(トムラムも、ある意味、わかりやすい方ですね)


「それは、必要なことなのか?」

(なぜ、それが関係する?)


 真っ直ぐすぎる武術家はそう言って、優雅な策略家の顔をじっと見つめ返した。ヒューは優雅に、


「必要かも知れません」

「決まっていない」


 トムラムはぼそっと応えた。


「そうですか」


 ヒューは相づちを打って、冷静な思考回路をまた展開。


(小麦を買い占めていた犯人は、私であると言われている。

 トムラムの結婚は決まっていない。

 ダインとエマは生きている。

 これらから判断すると、そちらの可能性が非常に高いですね)


 王子がいない城。

 他国の王子の結婚は決まっていない。

 不自然すぎる暴動。

 コランダムの国王夫妻は生きている。


 これと、今までのデータから導き出せばある程度予測がつく、コランダム海国に今何が起き、これからどうなるのかを。


 ヒューはリエラと一緒に遊んでいる、小さな姫を、冷静な瞳に映して、


(マリアがこの先も無事で生き続けるーーという可能性が高くなったとは、今は言えません。

 しかし、すぐに殺されるーーという可能性を低くすることは出来ます。

 そちらのためには、私はあなたを手放さなくてはいけません。

 私たちは、いつあちらの世界へ戻るかわかりません。

 次にこちらへ来た時、マリアが死んでいるーーという可能性は全て避けなければいけません)


 無邪気な妹の笑顔を見て、ヒューの心が揺らぐが、全てを失わないために、冷静という名の盾でしっかり抑えた。


(マリアを手放すことで、心が痛まないと言ったら嘘になります。

 しかし、人の命と、コランダムの未来がかかっています。

 自分の感情はあと回しにして、物事を慎重に進めなければいけません。

 情報を手に入れるーーという可能性を高くするためにも、マリアと一緒にいることは出来ません)


 本来のヒューに戻って来た。感情など、冷静な頭脳でいくらでも制御できる。それをできるようにしてくれた、セレニティス姫ーーリエラを、瑠璃紺色の瞳に映して、


(これだけ、冷静でいられるのは、あなたのおかげなのかも知れません。

 『この者を救えるのは、あなたしかいません』

 私を救えるのは、リエラさんしかいません。

 そちらの言葉が、正しいーーという可能性がまた高くなりましたね。

 しかし、あなたが七月七日以降、生きているーーという可能性が高くなったとは言えません。

 今日は、四月二十五日。

 リエラさんの誕生日まで、あと二ヶ月と十二日。

 依然、あなたの呪いが解けるーーという可能性は低いままです。

 ですが、可能性が低いといって、何もしないわけにはいきません。

 あなたの命が、かかっていますからね。

 あなたの呪いを解いて差し上げることに可能性を導き出せませんが、調べおく必要があるかも知れません。

 コランダムの件に関しては、今はこれ以上、可能性が変わることはないみたいです。

 眠りにつくまでに、こちらで彼女にかけられた呪いについて、調べなくてはいけません。

 リエラさんの呪いに関しては、こちらの世界が関係しているーーという可能性が非常に高いですからね)


 ヒューは心をまだ閉ざしている。真実の心ーー二十年前の出来事を、リエラに話した方がいいという可能性は低いまま。可能性が高くならないと、行動してこない策略家は。


 だが、世界が軌道に乗り始めた。ヒューはリエラの呪いについて、向き合い始め、策略家は唯一動けるトムラムに、


「申し訳ないんですが、呪いについての本をいくつか持ってきていただけないでしょうか?」

「わかった」


 短くうなずいたトムラム、やってしまった。ヒューの言葉は疑問形。ということは罠なのだ、この言葉は。『呪い』という言葉に、『わかった』と素直にうなずいてしまった。ということは、ある可能性をもたらした。ヒューは涼しい顔をして、冷静な頭脳に情報をそっとしまった。


 情報提供をしてしまったことに気づかず、シトリン王子は、マリアをちらっと見て、


「で、どうする?」


 トムラムはマリアの方をちらっと見た。ヒューは妹に聞こえないように、囁き声で、


「マリアは、今日中にコランダム城へ帰します」

(全てを失わないために)


「わかった」


 トムラムは真っ直ぐうなづいて、小屋から出た。扉を閉めて、すぐそばにいた、小さな人に小声で、


「どうなんだ?」

(呪いは解けたのか?)


「まだでございます」


 年老いた声が返ってきた。トムラムは盛大にため息をついて、


「そうか」

(恋愛は、よくわからん)


 シトリン王子が言った瞬間、不思議なことに、ふたりはその場からぱっと消えた。

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