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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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扉の向こう側

 結局その日は、ヒューは激情の渦に飲み込まれないように、感情を抑えることで手一杯。リエラはひどく心配したが、自分から聞かないことに決めたので、ヒューに声をかけることもしなかった。


 マリアはリエラと寝たがり、ヒューとはそれぞれ違うベットで眠りについた。


 リエラは冷たいものを感じて、夜中に目をふと覚ました。


(ん、雨?)


 くりっとしたブルーの瞳を開けると、小さな川が目の前に、複数落ちてくる様子が映っていた。


(わっ、大変だ!

 屋根から、雨がいっぱい入ってきてるよ)


 がばっと起き上がった時、


 ズドーン!


 雷鳴が地響きを伴って、響いた。倒れていた八神と、手の震えていたヒューを思い出し、リエラは胸騒ぎを急に覚えた。


(もしかして……)


 隣でぐっすり眠っているマリアを起さないように、ヒューの眠っている部屋へ素足で歩いていった。降り注ぐ雨の中、壁際から、中をそっとのぞくと、


「っ……!」


 毛布をぎゅっと握りしめて、苦しそうに胸を押さえているヒューがいた。リエラは慌てて駆け寄り、


「大丈夫ですか?」

(雷がやっぱりダメなんだ)


「っ……!」


 乱れた瑠璃色の髪は、神経質な顔にまばらにかかり、ヒューは何も応えてこない。リエラは彼の腕にそっと触れて、


(震えてる。

 大丈夫かな?

 苦しそうだけど……)


 苦痛の表情をしているヒューの顔を、リエラがのぞき込むと、しゃくりあげるような息をともなって、ブツブツという声が。


(何か言ってる。

 何だろう?)


 ヒューの口元に、リエラは耳を近づけた。


「……Do not leave me alone……Because of me……Everyone died……. Because I am a child of the devil, everyone died……. Everyone I love died……Only I have survived……. Why am I ……living? Why, suddenly, everyone disappears from me……Why……Why……Why……」

(……私一人、置いていかないで……私のせいで……みんな死んで……。私が悪魔の子だから、みんな死んで……。大切な人はみんな死んで……自分一人が生き残って……。なぜ、私は生きている……でしょう? なぜ、突然、 私の前から消えて……なぜ……なぜ……なぜ……)


 ヒューの鍵のかかられた、扉の向こう側に、突然出会って、リエラはびっくりした。


(えっ?)


 冷静な瞳は硬く閉じられ、神経質な指は毛布を力強く握りしめている。どう見ても、目を覚ましていないヒューを前にして、リエラは、


(うなされてるんだ。

 でも、『child of the devil?』

 何で、悪魔の子なんだろう?

 『Everyone died……Only I have survived……』

 みんな死んで、ヒューさんが一人で、生き残ってる?

 変な夢、見てるのかな?)


 雷光に照らし出されたヒューの横顔を見て、リエラは違和感を抱き、


(でも、夢だけで、こんなに苦しそうになるかな?

 起してあげた方がいいのかな?)


 肩に手をかけようとした時、ヒューが急にがばっと起き上がった。


「Please do not leave me alone!」

(私を一人にしないでください!)


 王子はすぐそばにいた姫に素早く近づいた。


(えっ!)


 急接近に、ボケ姫はびっくりして、後ろに倒れそうになったが、


(倒れちゃう……?

 あれ? 倒れないよ。

 体が途中で止まってるような……?)


 真っ直ぐ立っているよりも、前かがみになっている状態に、リエラはなっていた。すぐ耳元で、優雅さを含むが、憂いを秘めた震える声が舞った。


「Do not leave me alone, please do not suddenly disappear from me……」

(一人にしないで、急に消えたりしないで……)


 リエラが顔を横へ向けると、ヒューが必死でしがみついていた。今までとは比べ物にならないほどの至近距離。ボケ姫は後ろに倒れそうになったが、


(えっっ!

 ヒュっ、ヒューさんに、いつの間にか抱きしめられてるよ。

 そ、それも、すごい力で、逃げられない!)


 苦しそうに肩で息をしている、王子の温もりを感じながら、リエラは何とか呼吸を整えて、


(一人になるのがすごく淋しいんだね、きっと。

 そうだとしたら、今、自分が出来ることは……)


 雷鳴と雨漏りの音のかき消されないように、リエラはヒューの耳元に近づいて、優しく、


「どこにも行きません。大丈夫です。ずっと側にいます。だから、安心してください」

(一人じゃないです、ヒューさんは)


「……Thank ……you…… so much」

(……あ……りがとう……ございます)


 ヒューは途切れ途切れに言って、リエラをしっかり抱いたまま、ベッドにまた横になった。ボケ少女は視界が急転して、


(え……?

 あ、あの……抱きしめたまま、眠ってます。

 お、起き上がらないと……)


 策略家から逃れようとしたが、ヒューの力はすごく強く、ボケ姫は抱きしめられたまま、


(あ、あの……頬が触れてます。

 すごくドキドキします。

 ど、どうしたらいいんですか?)


 ヒューの香りが思いっきり、リエラの鼻をくすぐって、ボケ姫は心臓をバクバクさせながら、


「ヒュ、ヒューさん?」

(眠ってるんですか?)


「…………」


 優雅な策略家は静かな寝息だけを返してきた。王子の腕の中で、姫は珍しくため息。


(熟睡してるんだね。

 安心したのかな?)


 リエラは抱きしめられたまま、まわりの異変に気づいた。


(雨、止んだんだ。

 よかったね。

 これで、ヒューさんがうなされることもないね)


 リエラは上半身だけ、ベッドに乗っている状態。非常に苦しい体勢の中、ない頭で一生懸命考えて、


(どうしようかな?

 背中が痛くなってきたよ。

 ひざも床にずっとついてて、痛いし……)


 起きそうにもない心を閉ざした策略家に、リエラはもう一度、


「ヒューさん?」

「…………」


 しかし、王子は何も応えないどころか、呪いかけられし姫を、自分の心の隙間に入れるように、さらにぎゅっと抱きしめた。


(さっきより、強くなったね。

 困ったなぁ)


 視線を右に少しだけ向けて、ヒューの寝顔を確かめと、彼は今まで見たことないほど、大きな安らぎに包まれていた。


(本当に、安心したんだね。

 初めて見たよ、ヒューさんがこんなに安心してるの。

 ずっと、淋しかったのかも知れないね。

 ヒューさん、大人だと思ってたけど、子供みたいで可愛いんだ。

 知らなかった。仕方がないね。

 離してもらえないから、このまま、ベッドに入れてもらおう)


 上半身を策略家によって物理的に自由を奪われた、ボケ姫は何とか床から足で立ち上がり。毛布を左手でめくって、ヒューと同じベッドで眠りについた。

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