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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
29/41

事実と可能性

 しばらくすると、リエラはソファーの上で眠ってしまった。


(困った人ですね、あなたは)


 ヒューは人魚姫をお姫様抱っこし、ベッドルームへ運んだ。リエラをベッドの上にそっと降ろし、


(マリアと変わりませんね。

 無防備すぎです)


 王子は姫の髪を優しくかき上げ、ポケットから出した髪飾りを挿した。すると、リエラの服は鮮やかな黄色のドレスに。月明かりが窓から差し込む部屋で、ヒューは姫の眠るベッドの片隅に腰掛け、


(結局、気がつきませんでしたね。

 覚えていなかったんでしょうか?

 あなたが初めて、コランダム城に来た日。

 そう、七月十日。

 あなたは海岸で、私の渡した髪飾りをつけた。

 あなたの服は、ブルーのドレスになった。

 その後、マリアに言われて、あなたはいったん髪飾りを外した。

 再びつけると、あなたの服はパステルグリーンのドレスに変わった)


 これらから判断して、髪飾りをつけるたびに、別の服に変わるーーという可能性が高い。

 

(従って、服が濡れたのであれば、一度髪飾りを外して、再びつければ、あなたは恥ずかしい想いをしなくてすんだのかも知れませんよ)


 ヒューは少し微笑み、リエラの髪に細く神経質な指を絡めて、


(リエラさん……いいえ、神月さん)


 策略家は完全に気づいていた、夢ではないと。


(私を信用してはいけませんよ。

 自分が欲しいと思う情報を手に入れるためなら、私は何でもする人間です。

 私はあなたを、ずっとだまして、利用してきたんです。

 あなたのあちらでの十七歳の誕生日、そう、七月七日から)


 罠は、あの日から始まっていた。ヒューは銀の月影が差し込む、窓へ顔を向け、

 

 こちらは、ラピスラズリという別の世界であるーーという可能性が非常に高い。

 

 ここで、やっと紐解かれる。神が言う、ヒュー独特の考え方が。それに伴う、彼の言動すべも。

 リエラの手を上に乗せ、コランダム城のピアノで弾いた、強弱の激しい曲が、ヒューの脳裏に舞い始める。


 七月七日、火曜日。

 子供の頃から何度も繰り返し見ている夢を見た。

 目が覚めたのは、四時三分、四十一秒。

 私はシャワールームへ向かった。

 使用人に、私は『今日の天気はいかがですか?』と聞いた。

 使用人は、『はい、晴天とのことです』と応えた。

 朝食後、ルフナ・ルムデニー・ゴールデンティップスを飲んだ。


 六時一分、十二秒。

 出勤するため、自宅を出た。

 迎えの時刻を運転手は、私に確認した。

 私は、『いつも通りで構いませんよ』と応えた。

 その後、右方向にマリンブルーの乗用車を見かけた。

 左側には、六時二十四分、三十一秒にいつも見かける人が、いつもと同じ場所を歩いていた。


 六時五十一分、三秒。

 学校へ到着。

 校舎の中へ向かった。

 朝のホームルームで、私は、神月さんの名前を呼んだ。

 彼女は返事を一度目は返してこなかった。

 あなたが朝のホームルームに考えごとをしているのは、おかしい。

 もう一度呼ぶと、彼女は『はっ、はい』と返事を返してきた。

 彼女は驚いているように見えた。

 白石君、如月君、スチュワート君、春日さんは、何かを喜んでいるように見えた。


 十二時十五分、三十五秒。

 四時間目の授業のあった教室から、人通りの少ない廊下を歩き出した。

 如月君が左側の廊下から走ってきた。

 いつも通りの言葉を、私は彼にふたつ言った。

 彼はいつも通り、私の前を無言で通り過ぎた。

 その後、学校の自室にスチュワート君が新作のお菓子を持ってやってきた。

 私は彼に、『おいしいです。紅茶によく合うでしょうね』と言った。

 彼は、『はい、アリガトウゴザイマス』と応えた。

 その後、私は中庭にいる神月さん、白石君、如月君、スチュワート君、春日さんを見下ろした。


 五時間目は、2ーCで、数学。

 神月さんは、考えごとをしているように見えた。

 彼女が私の授業で、考えごとをするのはおかしい。

 私は、あなたに『何をしていたんですか?』と聞いた。

 あなたは、私が見つめると、質問に答えられないーーという可能性が高い。

 彼女は、『かっ、考えてもわからない時は、どっ、どうしたらいいですか?』と私に質問した。

 おかしい。

 私は『あなたの質問はとても興味深いですね。今後の参考にさせていただきましょう』と応えた。


 十七時十一分。

 神月さんは私の部屋へ質問をしに来た。

 お菓子を勧めると、彼女は断った。

 『実は小さい頃から見る夢があって、それを今日も見たんです』

 『いつも急に苦しくなって、死んでしまう夢なんです』

 『それで、誰かに何かを伝えたくて、でも……伝えられなくて、そのまま死んでいくんです』

 『声を聞いたんです』

 『どこからか、優しい女の人の声が聞こえてくるんです』

 『そして、こう言うんです。『なんてことでしょう。……とは、私は許せません。……。自ら、この呪いを解く意思があるのなら、その機会と方法を与えましょう。今から五千年後に……うでしょう。彼の者ともう一度、真実の愛をはぐくみ、十八の誕生日までに……』です』

 彼女は、以上のことを私に言った。

 そして、『あの、どういう意味なんでしょうか?』と私に聞いた。

 私はそちらにこのように応えた。

 『そのままの意味ではないんですか?』

 『えぇ。ところどころ、途切れていて聞こえないみたいですが、大体の意味はわかるみたいですよ』

 『あなたに呪いをかけられていて、それを解くための機会と方法を教えているみたいですよ。機会は十八の誕生日までかも知れませんね。そして、方法は、どなたかと心を通じ合わせなければいけないということみたいです。それから、何をするかはわかりませんが、そちらで呪いを解くようにということみたいですよ』

 神月さんは納得していないように見えた。

 その日は、彼女の十七歳の誕生日。

 私は急に窓際が気になったことがあった。

 私はその後、帰ろうとするあなたにカーネーションをプレゼントした。 


 彼女が帰って、時刻を確認すると、十七時四十五分、十五秒だった。

 その日は、一日中、天気は悪くなかった。

 小さい頃から見る夢は、天気のいい日には見ない。

 私の名前がどこにもないのに、あなたが夢の質問を、私にしてくるのは少しおかしいです。


 ヒューはリエラから手を離して、冷静な瞳に、ぐっすり寝ている姫の寝顔を映して、


 それらから判断して、何かが起きているーーという可能性がある。

 私はそのように思ったんです。

 ですから、その日から、あなたの側にいて、情報を得ようと決めました。


 策略家が本当に欲しがっていたものーー心の鍵は、あの夢の感情を表す言葉。リエラーー亮に罠を仕掛けていたのは、情報を引き出しやすくするためだった。

 ピアノの音が舞う頭脳のまま、ヒューはその先へ、


 目が覚めると、こちらの世界へ来ていた。

 その日は東の方の嵐の影響で、朝から眠るまで雨が降っていた。

 マリアが私の部屋へ来た。

 眼鏡をかける必要がなかった。


 食堂へマリアと行くと、ダインとエマがいた。

 ダインは私に、『今日は東の方の嵐の影響で、港近くでトラブルが起こったそうだ』と言った。

 私はそれに『えぇ』と応えた。

 ダインは私に、『そのために、ギルドとの会議は明後日に延期になった』と言った。

 私はそれに『えぇ』と応えた。


 マリアと一緒にピアノを弾いた。

 召使いに『王子、本日はいかがなさいますか?』と聞かれた。

 私はそちらに、『ロイヤルミルクティーでお願いします』と応えた。

 マリアと一緒に紅茶を飲んだ。


 二十時四十分過ぎ。

 マリアが私の部屋へやってきた。

 彼女を私の部屋へ入れた。

 マリアは私にThe Little Mermaidの本を手渡した。


 二十時五十六分、二十四秒。

 私はそちらを読み始めた。

 二十一時ちょうど、マリアは眠った。

 その後、私は一人で、絵本を読み、マリアと一緒に眠った。


 翌日。

 天気は晴天。

 目覚めたのは、六時五十七分、四十五秒。

 朝食を取り、街へ馬車に乗って、マリアと一緒に出かけた。

 マリアはピンクのリボンを買った。

 その後、レストランでマリアと一緒に食事をした。


 十二時十八分、三十五秒。

 マリアと海を見に、港へ行った。

 マリアが海に落ちて、溺れた。

 私は彼女を助けようとした。

 その時、背中を押された気がしたことがあった。

 彼女を抱えて、助けを呼ぼうとすると、従者は誰一人いなかった。


 激情ような強いメロディーラインが身体中を駆け巡る。ヒューはそこで、少し息が苦しくなって、


 何かが起きている……という可能性がある。


 彼は強く目を閉じ、ピアノの音色は川を下るように早くなっていった。


 その後、私は溺れた。

 誰かの声を聞いた。


 目が覚めると、あちらの世界は七月八日、水曜日だった。

 情報を得る可能性があると思い、私は昼休み、神月さんのところへ行った。

 私は全員に、『何の話ですか?』と聞いた。

 そちらの質問に『夢の話です』とスチュワート君が応えた。

 彼は『光先生は、昨日、夢を見ましたか?』と私に聞いた。

 私は『いいえ……見ていませんよ』と応えた。

 スチュワート君は、『光先生は、王子サマになりましたか?』と聞いた。

 私は『いいえ、なっていませんよ』と応えた。

 

 ここで、策略家の中に、あることが浮かんだ。それは、

 

 夢ではないーーという可能性が出て来た。


 八神は早々と、気づいていたのだ、夢でないのではないかと。さらに時は進む。


 昼休みのチャイムが鳴ると、雨が降ってきた。

 その日の午後は、夕立となった。

 私は学校を早退した。


 目が覚めると、こちらの世界へ来ていた。

 溺れたことが原因で、胸が苦しかった。


 夢ではないーーという可能性が高くなった。


 召使いがリエラさんの髪飾りを持って私の部屋へ来た。

 こちらの国の名前が、コランダムと判明。

 『会いにいかれてはと、王様がおっしゃっています』と召使いは言った。

 私は、『そちらは命令ですか?』と聞いた。

 召使いは『はい、さようでございます』と応えた。


 翌日。

 新聞で日付を確認すると、七月十日だった。

 召使いは、前日の七月九日、『まだ、一晩しか経っていないのですから』と言った。

 そちらから考えると、私が溺れたのは、七月八日。 

 七月九日、『昨日、こちらへ来る予定でございましたから』と召使いは言った。

 リエラさんは七月八日にコランダムを訪れる予定だった。

 七月九日、『一昨日、リエラ様が十七歳になられて……』。

 召使いのそちらの言葉から、リエラさんの誕生日は、七月七日。

 机の上の書類から、私の名前はヒュー ウィンクラーと判明。

 こちらの国の名前は、コランダム海国。


 コランダムの海岸へ、従者を従えて向かった。

 リエラ カリアラントが神月 亮だった。


 彼女が世界を移動していることに関係しているーーという可能性が出て来た。


 七月八日に私を助けたのは、リエラさん。

 馬車の中で、リエラさんは私に『あの、ヒューさんも王子様ですか?』と聞いた。

 私はそれに、『えぇ』と応えた。

 マリアとリエラさんが友達になった。

 中庭で、リエラさん、マリア、ダイン、エマ、私の五人で、紅茶を飲んだ。

 リエラさんとマリアは席を外した。

 エマが私に『もう今年で、あなたも二十歳になるのですから、そろそろ考えないといけませんよ』と言った。 

 私の年齢は、二十五歳ではなく十九歳だった。

 ダインが『それに、私はお前が結婚したら、王位は譲るとみんなに言ってあるのだから』と言った。

 私は『みんなとは、どなたのことですか?』と聞いた。

 ダインは『ギルドと城の者たちに、決まっておる』と応えた。

 私たち三人の他に、召使い三人と従者が二名がいた。

 その日は、マリアと一緒に眠りについた。


 目が覚めると、あちらの世界にいた。

 七月十日、金曜日、日付が一日進んでいた。

 私はその日、学校を休んだ。

 私は使用人に、

 『中庭を、少し整えてもらえますか?』

 『何をどこに植えるかは私が指示を出します』と以上のことを言った。


 七月十三日、月曜日。

 情報を得るために、私は眼鏡をかけずに、コンタクトレンズで学校へ行った。

 朝のホームルームで、眼鏡をかけていない私を見て、神月さんはいつもより驚いているように見えた。


 夢ではないーーという可能性がさらに高くなった。


 昼休み、彼女らの元を私は訪ねた。

 私は『今日は何の話ですか?』と聞いた。

 スチュワート君が『花火大会の話です』と応えた。

 如月君が『浴衣、着用な』と言った。

 さらに彼は、『その日は無礼講な』と言った。

 スチュワート君が私に『光先生、どうですか?』と聞いた。

 私は、『それでは、参加させてもらいますよ』と応えた。

 如月君が『よし、じゃあ、七月二十五日、夕方五時に、オレん家の病院の屋上に集合な』と言った。

 その問いかけに、白石君、スチュワート君、春日さんは『わかった』と応えた。

 その日も、夕立になり、私は学校を早退した。


 目が覚めると、こちらの世界へ来ていた。

 七月十四日。

 マリアと一緒に、リエラさんを海岸まで迎えに行った。

 私と、マリア、リエラさんの三人で、従者を従え、店へ行った。

 リエラさんの瞳の色は、ブルー。

 リエラさんにブルーのテディベアをプレゼントした。

 マリアがリエラさんに『おねえちゃん、またあしたもあそぼうね』と約束をしていた。

 そちらを聞いて、リエラさんは何か考えているように見えた。


 リエラさん、神月さんは私と同時に行き来しているーーという可能性が出て来た。

 いない間に、こちらの世界の日付は過ぎているーーという可能性が出て来た。


 夢ではないーーという可能性がさらに高くなった。


 七月十五日。

 朝から雨が降っていた。

 その日は、ギルドとの会議あった。

 マリアの部屋へ行くと、リエラさんがThe Little Mermaidの本を持っていた。

 私と、マリア、リエラさんの三人で、ピアノのある部屋へ移動した。

 十三時三十一分、十七秒、マリアがリエラさんにピアノを教え始めた。

 私は召使いと従者に『全員、下がってくださって結構です』と伝えた。

 そして、部屋には三人だけになった。

 その日、読んだ本から、こちらがラピスラズリという惑星だと判明。

 コランダム海国は、商業、産業、漁業などが盛んで、こちらの世界の中心的国。

 マリアはリエラさんのひざの上で眠っていた。

 時刻を確認すると、十五時十五分、三十六秒。

 一時間四十四分、十九秒が経過。

 リエラさんはその間ずっと、ピアノを弾いていた。


 彼女は集中すると、時間を忘れるという傾向がある。


 私がピアノを弾き終えると、リエラさんは私に『ありがとうございます』と言った。

 私は『何をですか?』と聞いた。

 彼女は『ピアノを弾くことが素敵なことだって、教えていただいて』と言った。

 私は『……そうですか』と応えた。

 彼女は『ヒューさんは、優しいんですね』と言った。


 スヤスヤと子供みたいに寝息を立てているリエラを見下ろして、 ヒューは珍しく悩ましくため息をついて、

(私は優しい人間ではありませんよ。

 人を平気で利用するんですから。

 どのような解釈をしたんでしょう?)


 細く柔らかいピアノの旋律が漂い始め、策略家は窓へまた顔を向けた。


 目が覚めると、あちらの日付は、七月十五日、水曜日だった。

 また、日付が一日進んでいた。

 その日から、一学期が終了するまで、神月さんはいつもより、私に対して驚いているように見えた。


 夢ではないーーという可能性がさらに高くなった。


 七月二十五日、土曜日。

 花火大会へ行った。

 神月さんの瞳の色はブラウン。

 如月君が『よし、三組に分かれて、買い出しな』と言った。

 スチュワート君が『美鈴ちゃん、ボクと手つなぐさん♪』と言った。

 春日さんは『あぁ、いいよ』と答えた。

 白石君が『俺は誠矢と』と言った。

 如月君が『おう。お前、ちゃんと、術使えよ』と言った。

 私は神月さんと買い出しへ行くことになった。

 混雑している大通りで、私は彼女に、『お互い、はぐれずに帰るには、どうしたらいいですか?』と聞いた。

 私は彼女に近づかずに、ある一定の距離を保っていた。

 それなのに、彼女は戸惑っているように見えた。

 私は彼女に『時間がありませんよ』と言った。

 彼女は『あぁ、はい。……てっ、手をつないだ方がいいと思います』と応えた。

 ふたりで手をつないだ。

 買い物を終えると、彼女の鼻緒が切れた。

 燈輝さんに会った。

 自己紹介をした時、違和感を持った気がしたことがあった。

 燈輝さんが神月さんを左肩に乗せて、三人で病院へ歩き出した。

 八平先生に会った。

 彼は私を見て、神月さんに『彼氏かのう?』と聞いた。

 彼女は『え……?』と言った。

 八平先生と私は自己紹介をした。

 神月さんが『あぁ、はい。光さんは知ってるんですか?』と聞いた。

 私は『えぇ。知り合いが道場に通っていますからね』と応えた。

 八平先生は『彼氏じゃないのか、残念じゃのう』と言った。

 八平先生とは、そちらで別れた。

 私と燈輝さんが、ファーストネームで自己紹介をした時、違和感を持った気がしたことがあった。

 私たちが戻ると、神月 愛理さんと櫻井氏が来ていた。

 その後、神月さんは私のことを二十一回、光ではなく、先生と呼んだ。


 八月三十一日。

 こちらの日、夕立はなかった。


 眠りにつくと、ラピスラズリへ来ていた。

 その日の日付は、九月二十八日。

 その日、読んでいた本は、コランダム海国の法律、行政。

 ギルドの議会に意見を出来る人間は、国王ただ一人。

 王位を継げるのは、結婚した王子のみ。

 ギルドが、コランダムの経済をしきっている。

 リエラさんがマリアに算数を教えていた。

 ティールームで、三人でティータイムをすることになった。

 私は従者と召使いに、『全員、下がってくださって結構です』と言った。

 三人だけになった。

 マリアとリエラさんはチョコレートパフェを食べた。


 マリアを寝かしつけるために、リエラさんが彼女の部屋へ連れて行った。

 戻ってこないリエラさんを探しに、私はマリアの部屋へ行った。

 マリアの部屋の前で、召使いが私に『ヒュー様、どうされたんですか?』と聞いた。

 私は『リエラさんが戻っていらっしゃらないので、もしかして、マリアと一緒にお休みになられているのではと思いましてね』と応えた。

 召使いは、『リエラ様なら、先ほど庭の方に行かれましたよ』と言った。

 私は『そうですか。元気な方ですね』と言った。

 召使いは『呼んできましょうか?』と聞いた。

 私は『いいえ、構いませんよ』と断った。

 召使いの姿が見えなくなるまで待って、その後、私はリエラさんを探し始めた。 

 彼女はブランコのある大きな木の上にいた。

 私は彼女に『リエラ姫、危ないですよ』と声をかけた。

 彼女は『え?……あ、はい』と応えた。

 私はリエラさんを抱きしめた。

 そして、『また、気づいていなかったんですか?』と聞いた。

 彼女は『あ、はい』と応えた。


 ヒューはリエラの肩まで毛布を上げて、


 私は……。


 感情という魔物に、冷静という名の盾を食いちぎられそうになるが、策略家はなんとか耐え、静かに目を閉じ、


 私は『……急に消えたりしないでください』とあなたに言った。

 あなたは『……はい』と応えた。

 私は……泣いた。


 ヒューは静かに立ち上がり、毛布をクローゼットから一枚取り出して、ベッドルームを出た。リビングへ入り、燭台の炎を全て消す。銀の月明かりの中、ソファーへ座り、


 あちらの世界へ戻ると、九月二日、水曜日だった。

 日付がまた一日進んでいた。

 こちらへ来る前の日、八月三十一日の、あちらの世界の天気は晴天。

 そちらの日、夕立はなかった。

 私は倒れなかった。

 しかし、日付は一日進んでいた。


 夢ではないーーという可能性がさらに高くなった。


 それらから判断すると、こちらへ来ている間にあちらの日付が勝手に過ぎているーーという可能性が出て来た。


 優雅な策略家は、倒れると、翌日まで意識が戻らないことがよくある。だから、一日過ぎただけでは気づけなかった。それも、神の戦略。


 九月二日の昼休み、神月さんたちがお菓子を食べる場所を探していた。

 情報を得る可能性が高くなると思い、私は彼女らを自宅へ招待した。

 九月六日、日曜日。

 私の自宅へ来た神月さんは、何か考えているように見えた。


 夢ではないーーという可能性が非常に高くなった。


 九月二十五日、金曜日。

 放課後、図書室を訪れると、神月さんがThe Little Mermaidを読んでいた。


 ヒューの脳裏で、舞い続けていた、ピアノのメロディーはピタリと止んだ。ひとつため息をついて、


 これらの事実と可能性から、こちらが夢ではないーーという可能性から、確信であるーーという可能性に変わった。

 そして、そちらの可能性が一番高くなった。


 ヒューは決して、物事を断定したりしない。それはなぜか、決めつけてしまった予測が外れた時、修正が利かなくなり、対応が遅れるからだ。


 そのため、確定してまう『わかった』は使わない。その上、相手に手の内を見せることにもなってしまう。だから、『構いません』を使う。こちらは、イエスでもノーとでも取れる言葉だからだ。


 瑠璃色の髪の策略家は日時、その時に起きたこと、誰が何を言って、それに対して自分が何と応えたか、全て記憶している。


 ヒューの記憶力は人並みを外れている。天文学的数字の膨大な情報を常に持ち続け、必要なものを取り出し、可能性をいくつも同時に導き出していく。


 それが、神の言う、彼の特殊な考え方だった。

 だから、忘れやすく、その時の気分で判断し、情報を勝手に切り捨ててしまうリエラは、策略家の罠に簡単に引っかかってしまうのだ。


 この考え方を、降水確率にして、例えると、

 

 朝の天気予報で、降水確率はゼロパーセント。

 雨が降るーーという可能性は非常に低い。

 

 お昼頃に、雲が少し出てきた。

 雨が降るーーという可能性が低い。


 夕方頃には、黒い雲が低い位置へ降りてきていた。

 雨が降るーーという可能性が高い。


 日が沈むと同時に、雨が降り出してきた。

 雨が降った。

 ここで、初めて、事実として確定。


 これを、ヒューは人生全般でやっている。

 策略家はソファーに身を預け、肘掛に虚ろい気味にもたれた。


 十一月一日。

 王家にまつわる資料を読んだ。

 そちらの情報から、こちらは青き石版と呼ばれる王家の、夏の保養地であるーーという可能性が非常に高い。

 一般の地図には記されていない。

 王家の血によって、こちらの場所は封印されている。

 封印されているために、こちらの建物には、王家の誰かが一緒でないと入ることは出来ない。

 こちらの封印はとても古いもので、いつからあるのか、どのようにできたのかは情報を得られませんでした。


 ヒューは最初からこの場所を知っていた。だから、湖に橋が架かった時も、扉が開いた時も驚かなかった。


 リエラが『ここはどこなんでしょう?』と聞いた時。

 ヒューは『わかりませんね』とわざと応えた。

 策略家は帰り方も知っていたのだ、本当は。リエラがヒューの心の鍵を探しているのと同じように、策略家もどうしても手に入れたい情報が出てきた。だから、ふたりきりになったチャンスをつかんだ。

 ヒューはあごに手を当て、足を軽く組む。


 私は、あちらの九月二十八日、月曜日から、神月さんに確認したいことがひとつ出来たんです。

 そちらのために、私はあなたと遠出に行こうと決めました。

 情報を引き出せるーーという可能性が高いと思いましたからね。

 もちろん、そちらだけの理由ではありませんが。


 人魚は十七歳にならないと、陸へは上がれないという情報は、本から得ましたよ。

 七月九日。

 召使いも『一昨日、リエラ様が十七歳になられて、陸へ初めて上がるのに、ぜひコランダムにと連絡があったんです』と言っていましたしね。

 あなたは、私たちがこちらへ来ていない間も、マリアによく会いにコランダム城へ来ていると聞きました。

 あなたが乗馬をしたという情報はありませんでした。

 ダインとエマが、遠出に行くことをあなたに勧めました。

 彼らは、私とリエラさんが結婚することを望んでいるーーという可能性が非常に高いです。

 それらから判断すると……。

 あなたは乗馬をすることが出来ないーーという可能性が高い。

 私があなたに乗馬を教えることになるーーという可能性が高い。

 あなたは私が近づくと、驚いて冷静な判断が下せなくなるという傾向がある。


 私が夢だと思っていると、あなたに誤解させておきたかったんです。

 そちらの方が、私が欲しがっている情報を引き出せるーーという可能性が、さらに高くなりますからね。

 ですが、あなたは驚いているように見えませんでした。

 そのため、私はあなたを驚かせる罠ーー方法を変えようと決めました。


 今回こちらへ来たのは、十月の二十九日。

 そして、今日は十一月五日。

 十一月二日。

 あなたは、マリアと一緒にコランダム城の図書室へ来た。

 そちらの部屋には、私とマリア、あなたの三人しかいなかった。

 マリアは私たちに、『おにいさまとおねえちゃんは、けっこんするんだよね?』と聞いた。

 あなたはそちらに、いつもより驚いているように見えた。

 私はあなたに、いつもよりも近づいてこのように言った。

 『私と結婚してくれませんか?』

 こちらが新しい罠ーー方法でした。

 教師の私が、生徒であるあなたに、できる質問ではありません。

 あなたは私が立場をわきまえていると知っているーーという可能性が高いです。

 私は一度も、教師の立場を超えて、生徒でるあなたに罠を仕掛けたことはありませんからね。

 これらから判断すると、新しい罠で、私が夢だと思っていると、あなたに誤解させられるーーという可能性が高くなる。

 あなたを驚かせて、情報を引き出せるーーという可能性を高くするためでした。

 この八日間、私はあなたに罠を仕掛けていました。

 ですから、私のことを信用してはいけません。


 欲しがっている情報を手に入れるためなら、平気で嘘をつくのが策略家。特に、リエラは覚えていないことが多いので、結婚の約束を忘れる可能性が非常に高い。万が一、覚えていたとしても、ヒューの頭脳にかかれば、いくらでも取り消しできる。

 ミッドナイトブルーの空に、輝く満月の光を浴びながら、視界の端に木のテーブルを映して、


 先ほどのポーカーの勝負。

 三回にしたのには、意味があったんです。

 別の情報を手に入れられるーーという可能性が高いと思い、あなたに二回、勝ってもらうことにしたんです。

 一回は私が勝ちました。

 それは、あなたが勝敗について疑うーーという可能性を低くするためです。

 私は結婚について、あなたが質問してくるーーという可能性が一番高いと思っていました。

 しかし、あなたは最初の質問で、『ヒューさんは、雷が苦手なんですか?』と聞いた。


 あなたは素直で正直な人という傾向がある。

 それらから判断すると、あなたはそちらを一番気にしているーーという可能性が非常に高い。


 私はあなたの問いかけに、『なぜ、そのように思うんですか?』と聞いた。

 あなたは、『さっき、様子が変だったので』と応えた。

 私は『そうですか?』と聞き返した。

 あなたは『倒れそうになってましたよね?』と言った。


 おかしいんです。

 今日、雷雨に遭った時の私の行動は以下の通りです。

 手が震えた。

 声が震えた。

 あなたの問いかけに応えれなかったのは、三回。

 手綱を離しそうになった。

 あなたが私の手から、手綱を取った。

 私はあなたに、身を任せた。


 以上なんです。

 倒れるような素振りはしていません。

 そうなると、あなたは倒れた私をどちらかで見たーーという可能性が出て来ます。


 そう、私が一番、欲しかった情報。

 それは……。


 リエラさん、神月さんは、あちらでの九月二十八日、月曜日から、私に対して落ち着いて対応しているように見える。

 あなたがそのようになった原因を知りたかった。


 リエラ、亮は、自分自身の行動に気づいていなかったのだ、心の鍵探しに気を取られて。それを、ヒュー、八神が見過ごすはずがなかった。


 九月二十八日、月曜日、私が朝の出席を取った時、あなたは何事もなく返事を返してきた。

 それまでは、驚いているように見えたのに、そちらの日から、あなたの態度が急に変わったんです。

 そちらの日の昼休み。

 あなたたちのところへ私は行きました。

 私はいつも通り、後ろからあなたに近づいた。

 しかし、あなたは驚いているように見えなかった。

 それらから考えると、九月二十五、金曜日〜二十七日、日曜日の間に、神月さんに何かがあったーーという可能性が出てくる。

 私に対しての態度が変わっているため、これらの日付の中で、神月さんに何かがあったのは、私と接触した、九月二十五日、金曜日であるーーという可能性が一番高い。

 十六時十一分まで、あなたの様子は落ち着いていないように見えました。

 それらから判断すると、


 神月さんは、九月二十五日の放課後、私の部屋を訪れたーーという可能性が非常に高くなる。


 他にも、情報はいくつかありましたからね。

 私はあの日、放課後の図書室でThe Little Mermaidを読んでいるあなたに会った。

 私は『読書ですか?』と聞いた。

 あなたは『あぁ、八神先生』と応えた。

 私は『英文ですか?』と質問した。

 あなたは『はい、姉から借りたので』と応えた。

 私は『The Little Mermaidですか?』と聞いた。

 あなたは『あ、はい。どうして、わかるんですか?』と聞いた。

 私は『小さい頃、よく読んでもらっていましたからね』と応えた。

 そして、私は図書室から出て、自室へ向かった。


 倒れたので、そちらのあとの事実を把握することは困難ですが、可能性から導き出せるんです。


 神月さんは集中すると時間を忘れるという傾向がある。

 私はあなたに『小さい頃、よく読んでもらっていましたからね』と伝えた。

 あなたが私のところへ質問しに来るーーという可能性が高い。

 そして、部屋で倒れている私を目撃したーーという可能性が高い。


 しかし、ひとつ情報がおかしいんです。

 九月二十八日から、あなたは私に対して落ち着いて対応しているように見える。

 こちらの事実が発生するためは……。


 あなたは九月二十五日、私に関する何かを聞いたーーという可能性が出て来ます。


 ヒューは目を強く閉じた。膝の上で組んでいた両手をぎゅっと握りしめて、


 あなたは……私のことを、どちらまで知っているのでしょう?

 あなたが私を急に気にするようになったのは、そちらのことが原因なのでしょうか?

 どのような気持ちで、私に接しているのでしょう?


 自分のことを気にかけているリエラ。譲っても譲り返してくると、ヒューは読んでいた。だから、バスローブもお菓子もわざと譲ったのだ。

 ここで、さすがのヒューも優雅に降参のポーズを取った。


 先ほど、自分でもわからないと言っていましたね。

 困りましたね。

 これでは、対策が立てられません。


 王子は夜の冷たい空気を感じて、毛布を肩からかけた。


 あなたと一緒に遠出に来たもうひとつの理由。


 私はこちらの世界で、命を狙われているーーという可能性がある。


 ヒューはいつもとは違って、すごく苦しそうな顔をした。 


 マリアも命を狙われているーーという可能性がある。


 瑠璃紺色の瞳が、涙でゆがみ始めた。

 

 こちらでの、七月八日。

 マリアが海で溺れた。

 助けようとした時、背中を押されたような気がしたことがあった。

 従者は誰一人いなかった。


 七月十日。

 ダインが『私はお前が結婚したら、王位は譲るとみんなに言ってあるのだから』と言った。

 私は『みんなとは、どなたのことですか?』と聞いた。

 ダインは『ギルドと城の者たちに、決まっておる』と応えた。

 私、ダイン、エマの他に、召使い三名と従者が二名いた。


 それらから判断すると、ダインは以前から、私が結婚したら、王位を譲ると公言していたーーという可能性が高い。


 九月二十八日。

 その日、読んでいた本は、コランダム海国の法律。

 ギルドの議会に意見を出来る人間は、国王ただ一人。

 王位を継げるのは、結婚した王子のみ。

 ギルドが、コランダムの経済をしきっている。


 それらから判断すると、私が王位を継ぐことを阻止したがっている人間がいるーーという可能性が出てくる。

 そちらの人間は、ギルド、城の者、全てーーという可能性がある。


 だから、ヒューは最初から、コランダムの従者を頼りにはしていなかったのだ。従者や召使いがいる前では、リエラには『どうされたんですか?』と聞いていた。だが、リエラから情報を得やすくするためには、学校で使っている『どうしたんですか?』を使った。ボケ姫を罠にはめやすくするためだ。ここまでくると、芸術だ。


 ダインもエマも私が王位を継ぐことを阻止したがっている人間がいると、気づいていないーーという可能性が非常に高い。

 誰にも頼ることが出来ないかも知れない。

 コランダム城にいる間、リエラさんに罠を仕掛ける時は、常に全員、席を外させました。

 結婚間近だと誤解されることは危険ですからね。

 リエラさんの側には常にマリアがいました。

 ふたりきりになることは避けたかった。

 誤解されるーーという可能性を、殺されるーーという可能性を高くしないためです。

 しかし、最初に命が狙われてから、こちらの時間は四ヶ月弱が経過しています。

 ですが、その後、命を狙われたという事実はひとつもないみたいです。

 おかしいんです。


 十月三十日。

 従者を連れて、街へ行った。

 そちらで、小麦が三ヶ月ほど前から、少しずつ高騰して来ているという情報を手に入れた。

 リエラさんとマリアが、ケーキを作ると言った。

 私は廊下を歩いていた召使いに『リエラさんとマリアがお菓子作りをしたいとのことです』と伝えた。

 召使いは『……そうですか』と言いよどんでいるように見えた。

 私は『どうしたんですか?』と聞いた。

 召使いは『最近、小麦の方が高騰しておりまして、手に入りにくくなっています。ですので、そろえられないかも知れません』と応えた。

 小麦の高騰の事実は本当であるーーという可能性が高くなった。

 そちらと同時に、以下の三つの可能性が出て来た。


 私が小麦の高騰の事実を知っているということが、城の者、もしくはギルドに伝わったーーという可能性。

 城の者は関与していないーーという可能性。

 私を動かすために、わざと情報を与えたーーという可能性。


 農業地帯があるのは、コランダムの北側一帯。

 小麦の高騰の事実が本当かどうか調べる必要がありました。

 しかし、私一人で行くことは、命を狙われるーーという可能性が高くなります。

 そのために、リエラさんと一緒に行くことに決めました。

 結婚間近だと誤解されるーーという可能性が高くなることよりも、こちらの国の内情を調べる方が命を狙われるーーという可能性が低くなる。

 そちらの方が、たくさんの人間を救えるーーという可能性が高いと、私は判断しました。


 憂い色の瞳を持つ策略家は、悲しみを誰よりも知っている。何としても守りたかった、コランダムの人々を。誰も傷つけたくなかった、亮たちも。誰にも自分と同じ悲しみを味わって欲しくなかった。

 鍵の向こう側には、美しく、尊い心がある。神の戦略の中にいる、ヒューが気づいていないだけで、リエラ、他の人たちは、策略家が綺麗な心を持っていると知っている。選ばれし者、転生の輪のメンバーなのだから、ヒューも。

 瑠璃紺色の瞳に、銀の月明かりがゆらゆら揺れる。


 今日、小麦の種を蒔く人たちに会った。

 私から農民に質問することは出来ません。

 私たちのまわりには常に従者が控えています。

 私が調べていることが相手に伝わるーーという可能性が非常に高くなってしまいますからね。

 そうなると、殺されるーーという可能性が高くなってしまいます。

 ですから、私は、リエラさんに聞いてもらうことにしました。

 私は『先日、リエラさんに作っていただいたケーキはおいしかったですよ』と言った。

 彼女はそれを聞いて、農民に『今年は少なかったんですか?』と聞いた。

 農民は『何をで、ございましょう?』と聞き返した。

 私はリエラさんに『収穫量のことを聞いてるんですか?』と伝えた。

 そちらを聞いて、農民は『おかげさまで、今年は豊作でございました』と応えた。


 おかしいんです。

 小麦の高騰と小麦の豊作。

 そして、私の命。

 それらから判断すると……。


 ギルドが関与しているーーという可能性が非常に高くなった。


 相手が作戦を変えてきたーーという可能性。

 もしくは、別の何かが起こっているーーという可能性。


 ひとつの可能性の数値が高くなり、新しいふたつの可能性が出てきた。


 しかも、通常よりも、慎重にことを進めないといけない、なぜなら、勝手に日付が過ぎてしまう、イコール、その間に状況が変わってしまうことが十分起こりうる。策略家は打つ手を間違えるわけにはいかない。

 ヒューの冷静な瞳に涙がたまり始める。


 今日、暴走した馬はリエラさんの乗っている方でした。

 私は自分の方であるーーという可能性が高いと思っていました。

 実際は違いました。

 リエラさんの命が狙われているーーという可能性が出て来た。


 こちらの可能性から導き出せること、それは……。


 結婚を阻止するために、彼女を標的にしてきたーーという可能性。

 もしくは、別の何かが起きているーーという可能性。

 それらが出てきます。


 その後、私たちは従者全員とはぐれました。

 そちらから判断すると、この先、出てくる一番高い可能性……。


 リエラさんと私は結婚するという話がコランダム一帯に広がる。


 そうなると、私の王位継承を阻止しようとしている人たちが、動いてくるーーという可能性が非常に高くなる。

 すなわち、リエラさんと私が殺されるーーという可能性が非常に高くなってしまったかも知れません。

 今日こちらに、リエラさんとふたりで来たことによって。


 ヒューは前髪をかき上げて、手で涙をすくい取る。


 殺されるーーという可能性を低くするためには……。

 私は、リエラさんにこちらの世界で、会うことはもう出来ません。

 情報を得たいばかりに、あなたが死んでしまうーーという可能性を、私は高くしてしまったのかも知れません。


 ヒューのひざに、一粒の涙が落ちた。


 あちらでの、七月七日。

 あなたは、私に夢の意味を聞きに来ました。

 『彼の者』が私ーーという可能性があります。

 九月二十八日。

 春日さんが私に『亮がわからないって言うんで、先生、教えてあげてくれませんか?』と恋愛について話してきた。

 春日さんにしては、主語が抜けていて話がよくわかりませんでした。


 おかしいんです。


 リエラさんの呪いについて、春日さんは何か知っているーーという可能性があります。

 私は『無理に知る必要があるんですか?』と聞いた。

 春日さんは『こういうことは早い方が何かといいと思いますから』と言った。

 そちらの言葉に、如月君と白石君がうなずいた。

 如月君、白石君も何か知っているーーという可能性があります。

 春日さんたちは、急いでいるように見えた。

 『十八の誕生日までに……』

 それらから判断すると、リエラさんは、十八の誕生日までの命ーーという可能性が非常に高いです。

 リエラさんは、その日に死んでしまうーーという可能性が高い。

 呪いを解くためには、彼女と真実の愛をはぐくむ必要があります。

 しかし……。


 ヒューは強く目を閉じた反動で、涙が頬を伝った。


 『真実の愛』、すなわち、心……そちらを、あなたに伝えることは私には出来ません。

 

 神がわざと見過ごした出来事から、ヒューは以下をの可能性を弾き出していた。 


 あなたが死んでしまうーーという可能性が非常に高くなるからです。

 あなたが生き続けるーーという可能性を………私は全て奪ってしまったかも知れない。


 このために、冷静な策略家は心を閉ざしたのだ。


 私には人を愛することがゆるされていません。

 私は、人を死に導いてしまう。

 生きている価値などないのに、未だに生き続けている。

 生きているということだけで、罪を重ねて……。


 とうとう、ヒューは激情の渦に飲み込まれてしまい、涙がとめどなく頬を伝った。


 あなたが生き続けるーーという可能性は非常に低い。

 私はどのようにすればいいのでしょう?


 次々に波紋を作る視界で、綺麗な満月を見上げ、


 昨日、コランダム城で見た、王族の……資料……。


 彼の中に過去ーーリエラが亮として転生する三年前ーー二十年前の記憶というデータが、いきなりザーとなだれ込んできた。それと比例するように、感情という名の濁流に、冷静な頭脳は一瞬にして飲み込まれてしまった。ヒューはしゃくり上げないように、胸を手でぐっと抑え、


 判断する術がひとつ少なかったばかりに……全てを失ってしまうかも知れない。

 失いたくないのに、失ってしまう。

 遅すぎたのかも知れない。

 これでは……。


 無敗の策略家でも、神の戦略ーー手のひらの上、大きな運命の中で生かされていた。

 リエラはふと目を覚ました。


(ん?)


 薄暗い部屋に、窓から月明かりが差し込んでいた。かけられた毛布を手で掴み、


(あれ? 寝ちゃったんだ。

 ヒューさんが、運んでくれたんだね)


 起き上がって、部屋を見渡し、


(ヒューさん、いないね。

 まだ、起きてるのかな?)


 リエラはベッドから起き出して、窓の近くに寄った。瑠璃紺色の瞳が見上げている、同じ空を、ブルーの瞳に映して、


(うわっ! 大きい満月だ)


 その時、彼女の魂の奥底に、誰かの声が響いた。


【月と水 限られし時の中 真実の愛 はぐくみ 巡り合う】


 リエラはリビングが急に気になった。静かに扉を開けて、裸足で冷たい床を歩き出す。


(毛布一枚しかなかったから、ヒューさん、寒いんじゃないかな?)


 彼女がリビングの近くへ来ると、誰かのすすり泣く声が少しだけ響いてきた。リエラは中をそっとのぞき込み、


(ヒューさん……?)


 そこには、前かがみになり、胸を押さえているヒューの背中があった。


(もしかして……泣いてる?

 どうしたんだろう?

 本当に、何があったんだろう?

 倒れるほどのこと、なんだよね?

 今なら、聞けるかな?

 心の鍵は見つかるかな?)


 窓から入り込む、銀の光を見つけ、リエラの意識は、急にしっかりして、


(そうか。

 ヒューさんの心の鍵は、ヒューさんが持ってるんだ。

 だから、見つける必要ないんだ。

 ずっと、手に握りしめてるんだ。

 開けようか迷ってる時、倒れたり、泣いたりするんだね。

 今、迷ってるんだ。

 自分に今出来ること……それは、ヒューさんが心を開くまで、待ってること)


 リエラは泣いているヒューの背中に、心の中で、優しく、


(いつか、聞かせて欲しいです。

 ヒューさんの本当の心を。

 やっぱり、ヒューさんは優しい人です。

 お休みなさい)


 姫は王子に気づかれないように、ベッドルームに戻った。そして、ふたりは別々の部屋で、眠りについた。


 翌日、ヒューとリエラは青き石版を出たところで、はぐれた従者たちに発見された。そのまま、その日のうちにコランダム城へ戻った。リエラはすぐにセレニティス城へ帰った。


 それから、二日後、ヒューは自室で、青い表紙の本を広げていた。

 冷静な瞳の先には、顔写真と文章が載っていて、策略家はパラパラとページをめくり、情報を一瞬にして、脳に記憶する。ザーッと流れてゆく今までのデータ。そこから、必要なものを取り出し、勝つ可能性が高いものを選び、あるページで、ふと手を止めた。


(そうですね……そうしましょうか)


 ヒューはまだゲームを放棄していない。勝てる可能性はゼロではないのだから。その時、ドアがノックされた。


「はい?」


 優雅な声が部屋中に響き渡ると、召使いの声が、


「ヒュー様、外出の準備が整いました」

「そうですか」


 王子は椅子からすっと立ち上がり、読んでいた本をパタンと閉じ、優雅な足取りで、部屋を出て行った。


 リエラとヒューはその後、会うこともなく、別々の城で、三日間過ごした。

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