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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
24/41

心の鍵

 九月二十五日、金曜日。

 今日も亮は八神の罠にはまって、大騒ぎの一日を送り、夕方になると、少し風が涼しくなってきていた。


 亮はずっと読めずにいたThe Little Mermaidを図書室の奥まった場所で読んでいた。時々、意味のわからない単語があり、辞書を引いて、読み進めながら、


(夢の中……)


 本から顔を上げ、窓の外を眺めて、


(現実……)


 それらを繰り返しながら、本を読んでいた。そこへ、優雅な声がふとかかり、


「読書ですか?」


 亮は振り返って、


「あぁ、八神先生」

「英文ですか?」


 八神は本をちらっと見た。亮は両腕を本の上に伸ばしながら、


「はい、姉から借りたので」


 英文学のサークルの顧問、八神はくすくす笑った。


「そうですか」

(愛理さんもおかしな方ですよね)


 先生の態度を見て、亮はちょっと心配になった。


(お姉ちゃん、何かしてるのかな? サークルで)


 八神はさっき一瞬で、文書を見ただけなのに、本のタイトルを言い当てた。


「The Little Mermaidですか?」

(現実……と現実)


 何かと何かが重なり、策略家はほんの少しだけ、目を細めた。だが、それは優雅な笑みに隠されていたので、亮は気づくこともなく、


「あ、はい。どうして、わかるんですか?」

「小さい頃、よく読んでもらっていましたからね」


「そうなんですか⁉」

(先生、この本、好きなんですね)


 亮はびっくりして、目を大きく見開いた。八神はあごに手を当て、くすくす笑い、


「意外でしたか?」

(あなたは、いつでも変わりませんね)


「あぁ、はい」


 素直に返事を返してきた生徒に、八神は教師らしく、


「あまり遅くならないようにしてください」

「わかりました」


 生徒と教師という会話が終わると、八神は図書室を優雅に出て行った。


 八神がいなくなったあとも、亮はしばらく読み進めていた。だが、あるところで、どうしてもわからない文章に出くわした。


(ここちょっとわからないね。どうしようかな?)


 腕時計を見ると、五時ちょっと前だった。亮は窓へ顔を向け、


(あれ? いつの間に、天気悪くなってたんだろう?

 集中してたから、気づかなかったね。

 早く帰った方がいいかな?)


 さっきまで晴れていたのに、不自然なくらい黒い雲があちらこちらに浮かんでいた。亮は本に視線を落として、


(でも、今日中にここまで読みたいんだよね)


 先のページをちらっとのぞいた。


(んー……?

 八神先生のところに聞きに行こう。

 そうしたら、わかるかも知れない。

 まだ、先生いるかな?)


 先走り少女は荷物をささっとまとめて、図書室を足早に出た。



 八神の部屋近くまで歩いてくると、空はかなり暗くなっていた。黒い雲がぐるぐると帯を引きながら、かなり低い位置まで降りて来ていた。


(夕立かな?)


 廊下の明かりを頼りに、亮は本を胸の前で抱えながら、八神の部屋の前までやって来た。ドアの隙間から明かりが漏れており、それをノックしようとした時、突然、稲光と共に雷鳴がとどろいた。


 ズドーンッ!!

 バリバリバリッ!!


 校舎全体が衝撃でぐらっと揺れ、亮はびっくりして、飛び上がった。


「わっ!」


 そのあとすぐに、部屋の中から、


 ガシャーン!!


 という派手な音が聞こえてきた。亮はドアをじっと見つめて、


(な、何⁉)


 すぐに、あたりが真っ暗なことに気づいた。


(あれ?)


 天井を見上げて、消えてしまっている蛍光灯を見つけ、


(もしかして、今の雷で、停電したのかな?)


 再び、八神の部屋のドアに顔を戻した。


(どうしようかな? 気になるね、さっきの音)


 彼女はとりあえず、ドアをノックした。がしかし、返事はなかった。


(いないのかな? でも、変な気がする)


 さっき、部屋から明かりが漏れていた。いる可能性は高いが、物音が全くしない。しかも、気配さえも感じられなかった。亮は戸惑い気味に、


「……八神先生?」


 それでも、返事は返ってこなかった。雷が雲の中を這うぐーぐーという音がし続ける中で、優しく凛とした声が、亮の内側に響いた。


『その扉を開けなさい』


 突然、はっきりと聞こえてきたので、亮はびっくりして飛び上がった。


「えぇっっ!?」

(だ、誰!?)


 上履きの音が、キュキュッと鳴った。亮は人気のない廊下を見回して、何かに気づいた。


(あ……い、今の声、聞いたことあるよ。そ、そうだ。

 夢の中で聞いた声と同じ声だ。

 夢と関係してるってことかな?

 そうかも知れないね)


 彼女は大きく息を吸って吐いてを繰り返し、


(よしっ!)


 覚悟を決めた亮は、八神の自室のドアをさっと開けた。


「……八神先生?」


 彼女の声が暗い部屋に響いた時、廊下にだけ明りが灯った。亮は扉を閉めて、雷光がピカピカと点滅する中、明かりの少ない部屋で、八神を探し始めた。


(やっぱりいないのかな?

 開けろって言ったってことは、何かあるってことだよね?)


 亮はドキドキしながら、紅茶を飲む応接セットの脇を通り抜け、八神の書斎机の横までやって来た。そこで、カチャッという音が足元から聞こえて、


(え、何?)


 彼女はさっとしゃがみ込み、絨毯の上に散らばった白い破片に触った。


(割れた食器だ)


 何かが起きているのは明らかで、亮はさらにドキドキしながら、さっと立ち上がった。八神の書斎机の裏へ恐る恐る回り込んで、稲光がピカッと光り、


「先生っ⁉」


 床に繰り広げられていた光景に、彼女は自分の目を疑った。そこには、八神が横向きで、椅子から滑り落ちた状態で、床に倒れていた。亮の心臓はバクリと大きく脈を打った。


「先生? どうしたんですか?」


 彼女はしゃがみ込んで、もう一度、


「先生?」


 ピクリとも動かない八神。ピカピカと光る窓からの雷光に映し出された彼は、目を固く閉じたままだった。亮はぼう然とする。


(先生……気失ってる。

 どうして……こんなことになって……。

 何があったんだろう?)


 状況が飲み込めず、立ち尽くしていると、廊下から足音が聞こえてきた。亮はドアへ顔を向け、


(誰か来たみたいだけど……。

 声かけた方がいいよね?)


 彼女が立ち上がろうとすると、ドアの向こう側から、ささやき声が、


「今日はずいぶん、急だったな」

「えぇ、天気予報でも言っておりませんでしたから、私も油断しておりました」


 亮は話の内容がよくわからなくて、首を傾げた。


(天気予報? 油断?)


 ドアがすっと開いて、ふたつの人影が入って来た。書斎机に向かって、またささやき声が、


「光?」

「光様?」


 その時、雷光がぱぱっと走り、立派なスーツを着た大柄な男と、タキシードを着た年老いた男が映し出された。倒れた八神の部屋で、制服を着た亮を見つけ、大きな男が、少し威圧するように、


「私は理事長の葛見だ。君は誰だ?」


「……あ、はい。神月です」

(り、理事長さん? 初めて見た)


 亮は目をパチクリさせた。葛見は生徒に近づいて、すまなそうな小声で、


「神月さんだね。悪いんだが、見なかったことにしてくれないか?」


「え……?」

(見なかったこと? 何をですか?)


 亮は持っていた本を少しきつく握って、きょとんとした。話が通じていないのを見て取った葛見は、念を押した。


「このことは誰にも言わないように」


 亮は八神の乱れた髪を見て、戸惑い気味に、


「……あぁ、はい」

(入ってきちゃいけなかったのかな?)


 葛見は外をちらっと見やり、


「君は一人で帰れるか?」


 亮はあちこちに視線をやって、


「はい、大丈夫です」

(少し、待てば大丈夫だよね。夕立だから)


「そうか」


 葛見はうなずいて、八神に手をかけて、運ぶ準備をし始めた。完全に意識を失っている担任教師を気にかけながら、亮は、


「し、失礼します」


 書斎机から離れようとすると、苦しそうな、八神の声が聞こえてきた。


「……行かないで……ください」


 三人はびっくりして、八神に視線を集中させた。八神の瑠璃色の髪は、下にぐったりと垂れていて、意識ははっきりと戻っていないようだったが、非常に弱々しい声で、また、


「……リエラさん……行かないで……」


 その瞬間、


 ドガーン!


 爆音と共に雷光が空を、縦に引き裂くように走り、大粒の雨がザバーっと降り出した。窓をバチバチと叩く雨音の中、亮の全身が、雷に打たれたようにびくりと反応した。


(リエラ⁉ え、何で? 学校なのに。

 どうして、先生はその名前を知ってるんだろう?)


 彼女が落ち着きなく視線を彷徨わせている隣で、葛見は八神から一旦手を離し、亮の顔を覗き込んだ。その時、部屋の明かりが戻った。


「君がリエラ カリアントさんかい?」

(やっと、見つけたよ)


「え……?」

(どうして、葛見さんも知ってるんだろう?)


 亮は葛見に視線を止めて、固まった。そこで、また優しく凛とした声が彼女の内に響いて、


『なんてことでしょう。……とは、私は許せません。……。自ら、この呪いを解く意思があるのなら、その機会と方法を与えましょう。今から五千年後に……うでしょう。の者ともう一度、真実の愛をはぐくみ、十八の誕生日までに……。この者を救えるのは、あなたしかいません。そして……』 


 亮の心臓は、急にバクバクし始めた。


(どうして、今なんだろう?

 『この者』は、ヒューさんじゃなくて、八神先生……?)


 いつまでも返事を返してこない生徒に、葛見は必死に、


「君がリエラ カリアントさんかい?」


 正体を失っている、八神の神経質な指を見つめながら、亮は戸惑い気味に、


「……あぁ、はい。リエラ カリアントです」

(自分が救うのは、八神先生……?)


 葛見は生徒にさっと近づいて、


「悪いが一緒に来てくれないか? 大切な話がある」


「えっ?」

(来る? あれ、さっきは帰るように言ってたような?)


 亮はびっくりして、葛見の顔をまじまじと見つめた。葛見は生徒の反応には構わず、真剣な顔で、


「来てもらえないか?」


 未だ床に倒れたままの、八神の瑠璃色の髪を見下ろして、亮は決意を固める。


(自分が八神先生を救わなくちゃいけない。

 そんな気がする。だから……)


 彼女はしっかりと応えた。


「はい、わかりました」

「それじゃ、ついてきてくれ」


 葛見はそう言って、八神を肩に軽々と乗せ運び出した。亮もそのあとに急いで続いた。


 正面玄関には回らずに、裏口から四人は出た。雨で白く煙る敷地内。横付けされたリムジンに乗り込むだけでも、びしょ濡れになった。


 車の屋根を、雨がバザバザと叩きつける中、リムジンは走り出した。意識を失っている八神の隣に座った亮は、彼の細く神経質な手を握りしめて、


(先生は、何かあって倒れるんだ。

 だから、早く帰ることがあったんだ。

 でも、どうして、倒れるんだろう?

 何が原因なんだろう?

 救うって、何をどうすればいいんだろう?)


 彼女は葛見に声をかけようとして、


「あ、あの……」


 理事長は時計を見つめていた。


「時間は大丈夫か?」


「え……?」

(どうして、急に時間の話になったのかな?)


 亮はきょとんとした。このシーンで、大暴投はいただけない。葛見は叩きつける雨で、にじんでしまった景色をぼんやり見ながら、


「光の家は、ここから少し遠いが」


「あぁ……はい、大丈夫です」

(そうだね、先生の家、この間、行った時、結構、遠かったね。

 家に帰る時間を心配して、聞いてたんだね)


 亮はきちんと意味を理解して、うなずいた。


「君の家の方にはーー」


 葛見がそこまで言うと、亮の瞳は急にしっかりしてきて、


「自分で連絡します」

(お姉ちゃん、心配しちゃうからね。八神先生のこと知ったら)


「そうか」


 葛見が返事をしたのを最後に、誰も話さなくなった。降りしきる雨と、時折、反対車線を通り過ぎる車が、跳ねた水のドバッとかかる音だけが響いていた。



 先日、来た時よりも、八神の家は薄暗い感じがした。彼は使用人たちに自室へ運ばれた。

 亮と葛見は大きな部屋で、向かい合うようにソファーに腰掛けていた。亮はその部屋を見渡して、


(ここも、コランダム城と同じだ)


 しばらくすると、お茶とお菓子が運ばれてきた。紅茶を一口飲むと、葛見が八神との関係を語り出した。


「光の父親とは古い友人でね。その関係で色々と、彼の面倒を見てるんだよ」


 別室で休んでいる八神を気にかけながら、亮は、


「先生はどこか悪いんですか?」

(倒れたわけだからそうだよね)


「そうだな……?」


 葛見は腕組みをし、考えるような仕草をちょっとして、言葉を続けた。


「あえていうなら、心だな」


「え……?」

(心が悪くて、倒れた?)


 ティーカップを両手で持ったまま、亮は目をぱちぱちした。葛見は少しため息をつき、


「心に鍵をかけてる」


「何かあったんですか?」

(心を閉ざしてるってことかな?)


 身を乗り出してきた亮を前にして、葛見は残念そうに首を横に振った。


「それは言えないんだよ」


「どうしてですか?」

(何かあったから、心を閉ざしてるんじゃないのかな?)


 亮は不思議そうな顔をした。葛見はまっすぐ彼女を見つめ返して、


「鍵は向こう側からかけられている。こちら側から無理やり開けることは出来ないんだよ。自分から、開けるのを待つしかないんだ」


 亮は戸惑い気味に返しながら、


「あぁ……はい」

(そうだよね。

 心を閉ざしてるって、そう言うことだよね。

 誰にも言えないことがあるんだ、きっと)


 生徒はソファーへ座り直した。葛見はティーカップの取っ手に指を引っ掛けながら、


「何度も心理療法で、その扉を開けようとした。しかし、開かなかった。君のリエラ カリアントという名前も、その過程で出て来たものだ」


 葛見の脳裏には、アメリカ国立研究所でのことが浮かんでいた。


「そう……だったんですか」

(だから知ってたんだ。あれ? でも、変だね。

 先生はずっと前から、リエラ カリアントの名前を知ってたってこと?

 どうしてだろう?)


 亮は呪いの解き方を教えている言葉の意味をきちんと理解していなかった。そんなことを知らない葛見は、すがるような瞳で、


「一生徒にこんなことを頼むのはおかしいと思うのだが、どうか光を救ってやってくれないか? 私では、無理なんだよ。力になりたいのに、なってやれないんだ」


 緊迫した状況を肌で感じ取った亮は、理事長をまっすぐ見つめ返して、


「先生を救うですか?」

(『あなたにしか救えません』は、このことを言ってたのかな?)


「リエラ カリアントの名前は向こう側にある。それが扉を開く何かなのかも知れない。だから、それに望みをかけるしかないんだ。君にしか、もう頼れないんだよ」


「そう……ですか」

(自分が先生の心を閉ざしてる原因なのかな?)


 八神が自ら話さない限り、真相は闇の中。わけがわからない亮は、ただ相づちを打つしかなかった。煮え切らない生徒を前にして、葛見は少しため息をつき、


「君が嫌なら、嫌で構わない。それは仕方がないことだ。教師の事情に、生徒である君を巻き込むことは無理には出来ないからね」


「………」


 亮は応えずに、紅茶を見つめていた。


(『彼の者』と『この者』は同じ人を指してるのかな?

 だとしたら、呪いを解くためには先生と真実の愛をはぐくむ………?

 それって、どういうこと?)


 首を傾げた自分の顔が、映ったセピア色の水面を見つけて、


(あぁ、そういえば、先生が言ってたね、誕生日の日に。

 えっと……確か、心を通わせる……? ん?

 どういうことだろう?)


 大ピンチ! 恋愛をしなければ、呪いは解けない。恋愛鈍感少女と、心を閉ざしてしまっている優雅な策略家は、このあとどうなってしまうのか。葛見は膝の上で組んだ手を、きつく握りしめながら、


「どうだい? 頼めないかい? すぐに返事がもらえるとは思っていないが」

「…………」


 亮は天井を見上げて、さらに考え続ける。


(意味はわからないけど、救うようにって声が聞こえたし。

 自分も先生のこと救いたいって思うから、よしっ!)


 先走り少女はぱぱっと決心して、


「わかりました。探してみます。先生の心の鍵を」

「そうか、ありがとう。よろしく頼むよ」


 葛見は亮の手をがっちりつかんで、めそめそと泣き出した。八神の過去を知らない彼女は、ものすごく戸惑った。


「あ、あの……えっと……」

(ど、どうして、葛見さんは泣いてるのかな?)


 こうして、超感覚人間、亮が優雅な策略家の心を探るという流れが出来上がった。


 

 帰り際、亮は葛見に頼んで、八神の家のいくつかの部屋を見せてもった。それらを見て、彼女は不思議な気持ちになった。


(やっぱり、全部同じだ。

 ピアノのある部屋も、紅茶を飲んだ部屋も。

 それに、家具も、その位置まで同じだね。

 どうして、こんなにそっくりなんだろう?

 これも、先生の心の鍵と関係してるのかな?)


 過去世の記憶がないのに、コランダム城とまったく同じ造り。どうしたら、そんなことが起こるのだろうか。さらに、謎は深まってゆく。



 それから、亮は八神の家の車で、自宅へ送ってもらった。愛理は少し遅くなった妹を優しく出迎え、


「遅かったわね」

(雷雨だったわね、今日の天気)


「あぁ、うん」


 亮はカバンを床に置きながら、


(八神先生のことは、誰にも言わない方がいいよね。

 先生が言いたくないことなんだから)


 あまり濡れていない妹の制服を見つけ、愛理は、


「濡れなかった?」

(もしかして、光先生のこと知ったの?)


 当然、ルーから話を聞いている姉は、心の中で核心に迫った。妹はそんなこととは知らないので、笑顔で、


「大丈夫だったよ」


「何かあった?」

(私に手伝えることある?)


 こちらの世界で、愛理が手を差し伸べるのは、ルール違反ではない。亮は姉を心配させないように、首を横に振った。


「あ……ううん、何もないよ」

(大丈夫。自分のことは自分でする。


 先生のことは自分しか救えないみたいだから)


「そう」

(大丈夫そうだわね。

 これから、恋愛することになるのね、きっと)


 愛理は妹にかけられた呪いが解けるかもしれないと思って、少しだけ微笑んだ。靴を脱いだ亮は、カバンを再びつかんで、


「お腹空いたな」

「すぐ用意するわね」


 愛理はいつものキャピキャピ声で言って、リビングへ歩き出した。


「うん、お願いする」


 亮はその背中に声をかけて、自分の部屋へと向かった。


 

 亮はお風呂に入ったあと、勉強机で頬杖をついていた。


「これも関係するのかな? んー……?」


 誕生日に八神からもらった、ドライフラワーのカーネーションを見つめて、


「夢じゃないんだね、あの世界は」


 そこで、何かに気づいて、亮はびっくりして椅子から飛び上がった。


「えぇっっっ!」


 次いで、部屋を右往左往する。


(夢じゃないってことは、現実⁉

 ……じゃ、じゃあ、キスしたのも、下着姿を見られたのも、ピアノの練習したのも、抱きしめられたのも……)


 亮は再び大声を上げ、倒れそうになった。


「えぇぇぇっっっ!!」

(ぜ、全部、本当のことだ)


 ヒューの罠が今頃効いてきて、完全に思考回路がストップした。


(……………。

 ……………。

 ……………)


 しばらくすると、意識が回復きて、椅子に座り、


「先生は夢じゃないって気づいてたのかな?」


 首を傾げた時、彼女は自ら罠にはまってしまった。


「えぇぇぇっっ!!」


 びっくりして、またぴょんと飛び上がった。


(そ、それだったら……今までの学校は……‼ 先生、知ってたんですか⁉)


 ヒューが夢じゃないとわかっていたら、八神は知っていて、亮と学園生活を、平然と共にしていたことになる。再び、亮は思考停止。


(…………。

 …………)


 彼女の顔は下から上へ、ぴゅーっと赤くなり、モジモジし始めた。


(は、恥ずかしいよ‼ もう、明日から学校、行けないよ!

 先生の顔、見れないよ。ど、どうしようーー)


 そこで、彼女はある違和感に持った。


(あれ? でも、待って。

 先生って、公私混同する人じゃなかったよね?

 抱きしめたり、キスしようとしたりしてたよね……。

 てことは、夢だと思ってるのかな?

 ……たぶん、そうだ)


 八神は決まりは決まりとして、絶対守る人間。そのため、こちら世界では、教師と生徒という距離を、彼は必ず保ってきた。


 だが、あちらでは、王子と姫だ。立場は対等。それなら、優雅な策略家が至福を手に入れようと、リエラを罠にはめるのも納得がゆく。夢だと思っているなら、なおさらだ。


 ヒューの数々の、ちょいエロ罠が、脳裏で鮮明に蘇って、亮は気絶しそうになった。


「えぇぇぇっっっ!!」

(ど、どうして、そんなことするんですか!?)


 だが、どうも、何か大きな情報が抜けている感じがする。しかし、八神が、ヒューが何を求めて、策を張り巡らしているのかがわからない限り、優雅な策略家の意図は謎のまま。


 そして、亮は最後に会った時のヒューを思い出して、


(ヒューさん、泣いてた。

 それが鍵のかけられた向こう側なのかも知れない)


 超感覚少女は、困っている人を助けたいという、尊く純粋な気持ちで、心の鍵を見つける旅へと、さっそうと走り出した。

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