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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
22/41

戸惑う心

 三人は中庭を眺められる綺麗なティールームへ来ていた。準備を終えた召使いと、側に控えていた従者に、ヒューが慣れた感じで、


「全員、下がってくださって結構です」

「かしこまりました」


 召使いと従者たちは丁寧に頭を下げて、部屋から出て行った。三人だけになった部屋に、リエラとマリアの声が元気よく響いた。


「いただきまーす!」


 ふたりはチョコレートパフェを、モリモリ食べ始めた。ヒューは優雅に紅茶を飲みながら、ふたりを見守っていた。完全に教師モード。


 そこで、優雅な策略家は、リエラのあることに気がついた。


(また、気づいていないんですか。そうですね……?)


 ヒューは窓の外の芝生に視線をちらっとやって、


(先ほどのことも確認しましょうか。それでは、こうしましょう)


 ここからは、ヒューの冷静な頭脳を使って、誰にも自分の心の内を知られないように、策という言葉を巧みに操りながら、さっき感じた愛おしさの可能性を推し量るということが、非常に複雑な思考回路の上で展開される。


 ヒューはテーブルから左手を離し、リエラの座っている背もたれへ腕をそうっと伸ばした。

 マリアは、ヒューとリエラの間に座って、嬉しそうな顔で、


「おいしいね」


 リエラは、マリアの口の端についていたチョコレートを見つけ、


「あ、マリアちゃんついてるよ」


 小さな姫の口を、ナプキンで拭いて上げた。


「ありがとう」


 マリアが応えた時、リエラの視界が急に右斜めに傾いた。


(え?)


 気がつくと、頬にさらさらと当たる何かを感じて、


(ん、髪の毛かな? 瑠璃色だね? マリアちゃんの髪?)


「顔を上げてください」


 ヒューの優雅な声が耳元で聞こえてきた。マリアを間に挟んだ状態でいたのに、明らかに不自然。リエラはこの時点で情報をひとつ見逃している。素直な彼女は言われた通り、


「え……?」

(どうして、ヒューさんの声が……も、もしかして……!!)


 リエラは気づいたが、もうすでに、完璧な策の中。ヒューが十センチほどの至近距離で、優雅に微笑んでいた。


「えぇっ!!」

(マリアちゃんの髪じゃなくて、ヒューさんの髪⁉)


 リエラはびっくりして、うしろに下がろうとした。が、出来なかった。


(え、うしろに下がれない!)


 ボケ少女は原因を探ろうとして、後ろに振り返り、


(えぇっっ! い、いつの間にか、ヒューさんの腕が後ろにあります。

 ど、どうしてですか?)


 リエラはびっくりして、後ろに倒れそうになった。ヒューがすかさず、


「動かないでください」

(先ほどから、あなたの背中に腕を回していましたよ。

 気づいていなかったんですか?

 私が近づくと、あなたは後ろに倒れるという傾向がありますから。

 あなたが後ろに倒れないための方法です。

 今、私はあなたを感じたいんですよ)


 しかも、リエラの視界が斜めに傾いているということは、ヒューが彼女の肩を抱き寄せている。かなりの至近距離。


「あ、あの……」

(ドキドキして気絶しそうです。

 後ろからもそうなんですけど、前からはもっとドキドキします!)


 リエラは顔を真っ赤にした。ヒューは彼女のブルーの瞳を覗き込み、


「どうしたんですか?」

(あなたは子供なのか、大人なのかわかりませんね)


「えっ…!」

(み、見つめられるとドキドキします!)


 リエラは口をパカぱさせた。ヒューは鼻先が触れるほど近づいて、


「きちんと言ってください」

(ずいぶん無防備なんですね。

 これでは、簡単にキスが出来るかも知れません)


 今までにない距離間に、リエラの声が上ずりながら、


「……な、何を……す、する気……ですか?」

(言って……言えてる……言わない……言った……言う……?)


 ヒューは一瞬にして、同時に罠をいくつも張り巡らしている。そのため、リエラの思考回路は完全にオーバーヒート。だが、策略家は自分の思惑通りの思考に、姫がたどり着くよう、リエラの唇に、自分の唇を近づけた。


「何だと思いますか?」

(あなたの考えていることは、手に取るようにわかる時とわからない時があるみたいです)


 だが、リエラも罠の中で必死にもがき、


「え……えっと……」


 彼女はヒューの誘導通り、自ら罠の深みにはまってしまった。溺れていたヒューを助けた時のことを思い出して、


(キス……‼)


 リエラはびっくりして飛び上がりそうになったが、ヒューの腕が彼女を離さなかった。瑠璃色の髪の策略家は、彼女の顔に頬を寄せる。触れるかどうかのギリギリのラインを狙って。


「リエラさん、返事をしてください」

(あなたに近づくと、私の心が揺れ動くみたいです)


「……は、はい」

(へ、返事、しっ、しました!)


 リエラはとりあえず返事を返した。ヒューは感情をまだ推し量っている途中なので、リエラがさらに混乱する可能性が高い言葉を口にした。


「どうされたいですか?」

(私もいけませんね。

 あなたを困らせることが好きだなんて)


 『何だと思いますか?』が『どうされたいですか?』に変わっていた。しかも、これはかなり、判断が難しい言葉遣い。そのため、リエラはただ聞き返すしか出来なかった。


「どっ……どうされたいんでしょう?」

(敬語ですか? 受け身ですか?)


 自分の思うまま動いてくる姫を前にして、王子はくすくす笑った。


(そちらの言葉を返してくる可能性が高いと思っていましたよ。

 では、次はこちらの言葉にしましょうか)


 ヒューは細く神経質な指先で、リエラの頬に触れて、


「私が決めてしまっていいんですか?」

(なぜ、私はあなたに急に惹かれるようになったんでしょう?)


 冷静な頭脳の持ち主にしては、心がかなり揺れ動いている。だが、パニックになっているリエラはそれに気づかず、


「え、えっと……?」

(私の行動ですか? それとも、ヒューさんの行動ですか?)


 ヒューは彼女の瞳を、じっと見つめ、


「よろしいですか?」

(とても澄んだ瞳をしているんですね、あなたは)


「……は、はい、どうぞ」

(どちらでも……結構です)


 リエラはまた、考えもなしにうなずいてしまった。ヒューは彼女を自分の肩に抱き寄せて、


「それでは、私に身を任せてください」

(あなたに身を任せたら、答えは見つかるのでしょうか?)


「……はい」

(任せるも何も、もう自分では動けません)


 ヒューの香水が急に広がった。それに、リエラが耐えられるわけもなく、彼女は硬直。ヒューは一、姫を自分の体から離し、リエラのあごに手を当てて、自分の唇と彼女の唇が一直線になるように、それを引き上げた。完全に、キスをする仕草。ヒューはリエラに顔をすうっと寄せて、


「私の望みを叶えてくれませんか?」

(私の心に安らぎを与えてくれませんか?)


「ヒュ、ヒューさんの、のっ、望み……ですか?」

(キ、キスしたいってことですか!?)


 リエラは体中の力が抜けた。ヒューはそれをしっかり支えて、キスができる位置をキープしたまま、


「よろしいですか?」

(あなたを私の大切な人にしてしまっても)


 特別な人を作るという想いを抱いた、優雅な策略家は、リエラの唇にそのまま近づき、


「え、え……!?」


 彼女が戸惑っていると、唇に触れる寸前、ヒューはリエラの顔をなぜか右にずらしたーー彼女の横顔が自分の前に来るようにした。そこで、下から、無邪気な声が聞こえてくる。


「おねえちゃんもついてるよ」

「えぇっっ!」


(マ、マリアちゃんいたよ⁉ そ、そうだった!)


 リエラはヒューの罠にはまって、子供がいることをすっかり忘れていた。マリアの小さな手が下から伸びてきて、リエラの口についたチョコレートを拭く。


「……あ、ありがとう」


 リエラはくたくたになって、お礼を言った。ヒューは優雅に降参のポーズを取って、


(おや? マリアに先を越されてしまいましたね)


 優雅な策略家は、リエラの口元についたチョコレートソースを拭き取るのを装って、ボケ姫をキスするように見せかけた罠で、ドキドキさせておいて、彼女に気づかれないように、自分の気持ちを見事なまでに推し量ったのだった。



 チョコレートパフェを食べ終えると、マリアは眠くなったので、リエラが部屋まで連れていった。

 しばらく、ヒューはティールームで一人静かに本を読んでいた。彼は顔をふと上げて、時計に視線を移して、


(遅いですね。どうしたんでしょう?)


 ヒューは本を閉じて、リエラを探すため、廊下を歩き出した。一旦、自分の部屋に読んでいた本を置いて、マリアの部屋を目指す。


(恐いですね。 突然、いなくなるのは)


 強い喪失感を覚えたが、ヒューは優雅に廊下を歩いていた。しかも、今にも足元をすくわれそうな焦燥感と戦いながら。


 マリアの部屋の前に立ち、王子が扉をノックをしようとすると、女の声が響いた。


「ヒュー様、どうされたんですか?」


 彼がそちらを見ると、召使いが一人立っていた。彼女の姿を見て、ヒューは即座に可能性を導き出し、優雅に微笑みながら、この言葉を口にした。


「リエラさんが戻っていらっしゃらないので、もしかして、マリアと一緒にお休みになられているのではと思いましてね」


 召使いは中庭に顔を向けて、


「リエラ様なら、先ほど庭の方に行かれましたよ」

「そうですか。元気な方ですね」


 ヒューはいつも通りくすくす笑った。召使いはガラス張りの扉に近づこうとして、


「呼んできましょうか?」


 探しているはずなのに、ヒューは首を横にゆっくり振った。


「いいえ、構いませんよ」

「さようですか」


 召使いは丁寧に頭を下げて去っていった。ヒューはそのまま廊下に残り、視界の端で、召使いが廊下の角を曲がるまで、景色を眺めているふりをした。


 一人きりになった廊下で、ヒューは左右を確認し、誰もいないことがわかると、ガラスの引き戸に手をかけた。さっと開け放ち、優雅な策略家にしては珍しく、足早に中庭を歩き出した。


 ティーテーブルから、庭のあちこちを探してみたが、リエラは見つからなかった。


(どちらへ行ったのでしょう?)


 召使いや従者がいる間は、ヒューは平常を装っていたが、彼の中では、冷静という名の盾と、感情という猛獣が死闘を繰り広げていた。


(望んではいけないことなのでしょうか?

 たとえ、夢でも、いけないことなのでしょうか?

 私の気持ちを表現出来るのは、どちらの言葉なのでしょう?

 答えを見つけることは、出来るのでしょうか?)


 疑問ばかりがぐるぐると頭の中を駆け巡っている途中で、ヒューはブランコのある大きな木の下へやって来た。まだ、枯れてもいないのに、鮮やかな緑の葉っぱが、彼の頭上に数枚舞い降りてきた。


「おや?」


 ヒューが見上げると、木々の合間に、鮮やかな水色が見えた。



 リエラは秋風を胸一杯に吸って、コランダムの街を見下ろしていた。水色のドレスを着た姫は、太い木の枝の上に乗ったまま、ぼんやり考え事。


(先生が、時々、淋しい目をするのはどうしてなんだろう?

 夢の中ではあんまりしないのに、どうして現実だと曇ることが多いのかな?)


 彼女はそこまで考えて、花火大会の時のことを思い出した。


(そういえば、先生の子供の頃って、どんな感じだったのかな?

 やっぱり、小さい頃から、丁寧な言葉遣いだったのかな?

 どんな感じなんだろう? んー……想像つかないね?)


 リエラが首を傾げた時、男の声が突然響いた。


「リエラ姫、危ないですよ」

「えっ?……あ、はい」


 彼女は下を見ようとして、バランスを崩し、


(うわっ! お、落ちるよ)


 目を強く閉じたと同時に、背中から何かに包まれた。さっき嗅いだ香水がふわっと広がり、


「また、気づていなかったんですか?」


 優雅で神経質な声がすぐ後ろから聞こえてきた。


「あ、はい」

(気づいてませんでした)


 リエラが目を開けると、ヒューに背中から、しっかり抱きしめられていた。ここで、策略家は限界だった。冷静という名の盾は、激情の渦に完全に飲み込まれ、王子は姫を両腕でぎゅっと抱きしめた。いつもの優雅さとはかけ離れた、少しかすれた声で、


「……急に消えたりしないでください」


「……はい」

(どうしたんだろう? ヒューさんの様子が違う)


 リエラが戸惑い気味に返すと、ふたりはそのまま動かなくなった。そうして、何も言わなくなった王子と姫に、優しい秋風が吹き抜けていく。


 リエラはヒューの胸の中で、彼の鼓動を感じながら、


(今、顔を上げたら、また淋しい目をしてますか?)


 ヒューはリエラをさらに強く抱きしめ、


(あなたは、私の夢から消えてしまいますか?)


 彼のぬくもりに、彼女は懐しさを覚え、


(聞いてもいいですか?)


 ヒューはあの夢を思い出し、冷静という名の仮面が輪郭を失ってゆく。


(なぜ、私は生きているのでしょう?)


 ひび割れた仮面の隙間から、一粒の涙がリエラの髪に落ちた。


(ヒューさん……泣いてる。私は、ヒューさんを救えますか?

 『この者を救えるのは、あなたしかいません』)


 そして、ふたりは別々の方向から、同じ言葉にたどり着いた。


(その答えは、見つかりますか?)

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