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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
20/41

転生の輪

 リエラとヒューがそれぞれの部屋で眠りにつくと、元の世界へ戻ってきていた。そして、今度も、一日だけ日付が過ぎていた。


 亮は散々ヒューの罠に引っかかったので、ドキドキしすぎて、一学期中は毎日大騒ぎだった。八神に声をかけられるたびに驚いて飛び上がり、The Little Mermaidを読むという決心を、すっかり忘れていた。



 そして、今日は問題の花火大会当日。

 七月二十五日、土曜日。

 亮、祐、誠矢、ルー、美鈴の五人は、如月病院の屋上で話していた。


「あ、あの……」

(大変なことになるかも知れないんだよね)


 鮮やかな赤の浴衣を着ている亮が、戸惑い気味に話しかけた。ちょっと渋めの緑色の浴衣を、色っぽく着こなしている美鈴が、


「どうした?」

(優雅な彼、まだ来てないよ。

 今から、そんなに戸惑ってどうすんの?)


 淡いグレーの浴衣を着た祐が、うんざり聞いた。


「何だ?」

(一学期中、迷惑だった。隣の席で、うるさかった)


 多大な迷惑を被っているロック界の王子の隣で、控えめな向日葵色の浴衣を着たルーがふんわり微笑んでいた。


「ふふふっ」

(仲良しさんと、仲良しさん)


 クリーム色の浴衣を着た誠矢が、亮の言いたいことを直感し、にやにやする。


「そりゃ、えらいことになんな」

(別の意味で、花火どころの話じゃねぇな)


「あぁ……うん」


 亮は赤髪少年の顔を見て、珍しくため息をついた。


(どうしてだか、わからないけど……お姉ちゃんに聞かれたんだよね。

 八神先生と何かあったのって。

 だから、花火大会の話したら……大変なことになって)


 美鈴は赤髪少年とボケ少女を交互に見ながら、


「何?」

(あんたたち、従兄弟同士でしか、わからない話?)


 誠矢は亮を指さして、ゲラゲラ笑い出した。


「こいつの姉ちゃんと、婚約者も来んぞ」

(あんだけ、大騒ぎしてたら、誰だって気づくって。

 その上、祐に、ルーもいるからな。

 あの美少年好きの愛姉が、見逃すわけねぇだろ)


 美少年ゲッター、愛理。超ハイテンションで、このあと登場だ。


「あぁ、そう」

(あんたたち、何で、それだけで、そんなにおかしな会話になってんの?

 何か意味があるんだね)


 美鈴は愛理に会ったことがないので、少し不思議そうな顔で、亮と誠矢を見た。祐は興味なさそうに、


「ふーん」

(人数、増えるのか)


 彼はまだ、このあと、起こることを予測していなかった。愛理は、向こうの世界では、祐の義理の姉。彼が言っていた、ハイテンションな人間とは、彼女のことを指していた。


「ふふふっ」

(みんな、楽しいさん♪)


 ルーがふんわり笑った時、優雅で神経質な声がかかった。


「こんばんは」


 みんなが一斉に振り向くと、浴衣姿の八神が微笑んでいた。少し長めの髪は、いつもと違って、後ろでひとつに縛ってあり、頬のあたりには短くて、まとめきれなかった髪が、艶やかに落ちていて、彼の優雅さをさらにかもし出していた。そんな彼を見て、亮、祐、誠矢、美鈴は同じことを思う。


(浴衣、優雅に着こなす人、初めて見た。

 そのまま紅茶飲んでても、違和感なさそう)


 その優雅な八神、いやいや、今日は無礼講なので、ひかるの浴衣は、藍色を基調にしたものだった。大人の色気が、人を酔わせるように漂っている。


 誠矢が真っ先に、気軽に


「おう、光、遅かったな」

(亮のやつ、思いっきり罠にはめろよ)


「誠矢君、遅れてはいませんよ」


 優雅な策略家は、冷静さを持って、平然と返した。いつも時間を気にしている光だ、遅れるということはそうそう考えられない。これは、誠矢の前振りに、光が突っ込んだということだ。IQ二百の天才少女、美鈴もその頭脳を使って、


「光、似合ってるね、その浴衣」

(ずいぶん、一学期中、亮が罠にはまってましたけど。

 何かあったんですか? あっちで)


 彼女も、無礼講ルールを難なくクリアー。光は優雅に微笑んで、


「美鈴さん、ありがとうございます」


 ルーがふんわり微笑みながら、小首を可愛く傾げて、


「光サンは、浴衣初めてですか?」

(素敵さん♪)


 光は首を横にゆっくり振って、


「いいえ、幼い頃に着たことがありますよ」

(懐しい……ですね。

 この歳になって、また、着るとは思っていませんでしたよ)


 何かと記憶が重なって、光は少し目を伏せたが。それは、ほんの一瞬の出来事だったので、誰も気づくことはなかった。祐は少しぎこちなく、


「光さん……浴衣、なかなかいいですね」

(よし、前振り完了)


「ありがとうございます、祐君」


 光の優雅な声が夕暮れの空に舞った。そして、全員が亮に顔を向けた。


(亮の番)


 ここまで、光が罠を張っていなかったので、亮は普通にしていられた。本来なら、即効パニックになる。そして、彼女の得意技、大暴投もなかった。なぜなら、天敵、光がそばにいたからだ。光がいるというだけで、大暴投は阻止される。そのため、彼女はきょとんとし、珍しく話が通じていた。


「え………?」

(な、何? みんなでこっち見て)


 誠矢がゲラゲラ笑いながら、早速ツッコミ。


「話、覚えとけって」

(光の罠にはまって、思いっきり約束忘れてんじゃねぇか)


「話?」

(んー……今までのみんなの会話のこと?

 えっと……何て言ってたかな……?)


 亮は考えるために、空を見上げた。その隙を、策略家が見逃すはずもなく、


 私がそばにいると、あなたは驚くーーという可能性が非常に高い。


 光は亮のそばにすっと近づいた。実は、彼には瞬発力がかなりある。優雅に見えるのは、策のひとつなのかも知れない。光はあごに手を当て、亮をじっと見つめた。


「光って呼んでください」

(あなたは、呼べますか? どのような反応をするんでしょう?)


 もう、完全に楽しんでいる光。亮はびっくりして、飛び上がった!


「えぇっっっっ!」

(な、何で、名前で呼ぶんですか⁉)


 祐がぼそっと不機嫌に、


「早く、言え」

(お前、いちいち、うるさい)


 亮の下駄はその場で、落ち着きなくカタカタ鳴り出したーー右往左往し始めた。


「えっ、えっ?」

(お、思い出したよ。

 そ、そう言えば、そんなこと約束してた。

 ど、どうして……今日、来るって言っちゃったのかな?)


 また、なかったことを勝手にあったことにして、口をパカパカさせ始めたボケ少女を前にし、全員が心の中で突っ込んだ。


(亮は来るって言ってない。全員に、はめられたんだ)


 パニクっている亮を優雅に見つめたまま、光は冷静な頭脳を展開。


 あなたは驚いているように見える。

 あなたは冷静な判断ができないーーという可能性が高い。

 あなたから話してくるーーという可能性は非常に低い。


(これらの可能性を変えましょう。それでは、こうしましょうか)


 光は策を成功させるため、この場を乗り切るーー花火が始まる時刻が迫っているため、亮より少しだけ離れた位置に身を引いて、


「亮さん?」

(みなさんが待っていますよ)


 散々、光の罠にはまってきた亮は、緊張で手を震わせながら、顔を真っ赤にした。


「……………」

(先生、名前で呼ばれると、すごくドキドキします! ヒューさんと同じです)


 そして、彼女の脳裏に、ラピスラズリでの出来事が鮮明に蘇った。


(海岸で抱きかかえられて……。

 マリアちゃんに、首飾り付ける時、背中から手を回されて……。

 ピアノ、教えてもらう時、だっ、抱きしめられてるみたいで……)


 瑠璃紺色の瞳を持つ策略家は、新たな策を模索する。


 あなたが落ち着きを取り戻すーーという可能性が一番高い方法。


(それでは、こうしましょうか)


 光は選び出した言葉ーーいつも彼女に注意していることを口にした。


「亮さん、返事をしてください」

(私のファーストネームを呼ぶことに、あなたは戸惑うみたいです)


「……あぁ、はい」

(へ、返事しました!)


 亮はとりあえず、うなずいた。誠矢がにやにやしながら、


「光って呼べって」

(お前、もう罠にはまってんぞ。

 そいつ、お前に近づいてるっつうことは、倒れると思ってるからだぞ)


 さすが、策略家。どのようなことが起こっても即座に対応できるように、しっかり、亮の斜め後ろのポジションを狙って立っていた。先生の名前を下で呼ぶ、しかも相手は、彼女の天敵。もちろん、亮はびっくりして、


「えぇぇっっっ!!」

(ひっ、ひかっ………!!)


 後ろに倒れ始めた。光は誠矢の予想した通り、彼女をさっと受け止め、


「どうしたんですか?」

(やはり、倒れるんですね)


 亮が応えられないのを知っていて、わざとその言葉を言った。策略家の思惑通り、亮は口をパカパカさせながら、


「あ、あの……」

(ど、どうして、また、後ろにいるんですか?)


 さらに顔を真っ赤にして、うつむいた。誠矢が先を促すーー亮が大暴投するように、


「ちゃんと呼べなかったら、ルーの店の菓子、全員にひとつずつな」

(もっと、世話になっとけよ)


「えぇっ!」

(ルーの名前じゃなくて、先生の名前だったよね?

 どうして、その話になったの? 聞き間違えた⁉)


 亮はびっくりして、崩れ落ちそうになった。光は彼女の両脇に手を入れ、しっかり捕まえて、ここは罠を張らずに、


「光と呼んでください。そうしないと、話が先に進みませんよ」

(決まりは決まりです。守らなくてはいけません)


 罠から解放され、話すことができるようになった亮は、とりあえず、


「あ……あぁ、はい」

(そ、そうですね。す、すみません。

 先生の名前を呼ぶんだった)


 亮は何度か深呼吸して、


「ひっ、ひかっ……!」

(ドキドキしすぎて、立ってられません!)


 彼女は自分自身のことが、全然わかっていなかった。光は亮をしっかり支えたまま、くすくす笑い出した。


(もう、あなた一人の力では、立っていませんよ)


 それを見て、祐、誠矢、美鈴はあきれた顔。


(光、ものすごく楽しんでる)


 亮は光にもたれたまま、つっかかりながら、


「ひっ……光さん、素敵……です」

(本当に、そう思います)


「ありがとうございます。亮さんも浴衣姿が素敵ですよ」


 赤い浴衣を着ている彼女を前に、光は優雅に微笑みながら、


(そちらの言葉では、私自身が素敵だという意味に聞こえる可能性があります。

 『浴衣が』を忘れているみたいですよ)


 生徒が先生に告白するの図になっていた。亮が彼の瞳をじっと見つめて、ほっとした顔で、


「あ、ありがとうございます」

(よ、よかった。ちゃんと言えた)


 光も彼女の瞳を見つめ返して、


(あなたの瞳の色は、現実ではブラウンなんですね)


 至近距離で、見つめ出した亮と光。他の四人全員が、別々の理由でため息をついた。


 ツッコミ隊長、赤髪美少年は、


(いやいや、また、オレたちのこと忘れてるって)


 大人の美鈴はちょっと期待して、


(生徒と教師の禁断の恋……とはちょっと違うね)


 ルーはふんわり天使の顔で、


(もっと仲良しさんになったね、ふふふっ)


 祐はうんざりと、


(意味不明だ)


 とりあえず、花火開始時刻まで迫っている。軽く息を吐いて、誠矢がさっと、提案ーー前振りをした。


「よし、三組に分かれて、買い出しな」

(光と亮、ペアにしろよ)


 ルーが珍しく、素早く右手を上げ、


「美鈴ちゃん、ボクと手つなぐさん♪」

(彼と彼女が一緒じゃないと、困るんだ)


 ミラクル天使、何か思惑があるようだ。


「あぁ、いいよ」

(あんたと一緒だと、母親気分だね)


 いくら天才少女とはいえ、相手の心がわかるはずもなく、美鈴は快く返事をした。祐が親友にぼそっと、


「俺は誠矢と」

(前振り、参加した)


 誠矢はニヤニヤしながら、意味深に、


「おう。お前、ちゃんと、術使えよ」

(ファンに囲まれて、帰れなくなったら、亮の大騒ぎ見れねぇからな)


 確かに不思議だ。花火大会の大混雑の中、ロック界の王子様が無事に、病院の屋上に到着している。何か、対策があるようだ。祐は面倒くさそうに、


「……わかった」

(俺も見るだけなら、楽しみ)


 こうして、あっという間に、亮が光の罠にはまるのを楽しむという環境が整った。亮はみんなについていけなくて、目をパチパチ。


「え………?」

(三組って言ったよね? 自分と、祐と誠矢と……美鈴とルー。

 そして、先生……じゃなくて、ひっ、光さん。

 六人だよね? 6÷3=2

 ルーと美鈴。祐と誠矢。自分と……‼)


 彼女がびっくりして大声を上げそうになった時、優雅な声が響いてきた。


「それでは、私は亮さんとですね」

(本当に、あなたたちは悪い人たちですね。私もですが)


「……あぁ、はい」

(そ、そうだよね。

 みんな、決まったんだから、ひっ、光さんとだよね)


 未だ、光を名前で呼ぶことに、かなり戸惑う亮は、こうして天敵、光とふたりきりにさせられてしまった。誠矢がみんなを見渡して、


「それぞれ好きなもん、適当に買って来いよ」

(ダブらねぇように注意しろよ)


「えぇ」

(みなさんの好みを考えて、買ってくるということですか。

 なかなか、面白い提案ですね)


 光は優雅にうなずいた。アメリカで暮らしていたからなのか、かなり和テイストな美鈴も軽く、


「はいよ」

(あたしは、風流なのにするよ)


「わかった」

(一番、軽くて持ち歩くのが楽なやつ。それに決定)


 祐の面倒臭がりは筋金入りだ。ルーはわかってるのわかってないのか、ふんわり笑って、


「楽しみさん♪」

(仲良しさん、来るの)


「んー……?」

(屋台で好きなもの……?)


 亮はのんきに考え出した、時間が迫っているのに。誠矢が話をちゃちゃっとまとめて、


「よし、六時に、集合な。遅れんなよ」


 その言葉を合図に、それぞれ買い出しに向かった。



 大通りに出ると、さすがにあと一時間ほどで始まるということで、大混雑だった。通りや屋台の前は、人で溢れかえっている。芋洗い状態。それを眺めて、光は目を細め、心の中で優雅に降参のポーズを取った。


(困りましたね)


 さすがの策略家も、お手上げ状態。だが、彼の冷静な頭脳は瞬時に稼働開始。


(そちらの可能性を高くしましょうか。それでは、こうしましょう)


 亮はぼんやり通りを見つめて、


(えっと……はぐれちゃうのは、やっぱりよくないよね?

 ということは……!)


 彼女は何か思いついて、びっくりして飛び上がりそうになった。藍色の浴衣を着た光は、教師と生徒という距離をしっかり保ちながら、罠を張らずに、亮に問いかけた。


「どうしたいですか?」

(教師の私から、生徒のあなたに要求することは出来ません)


 赤い浴衣を着た亮は、急に話しかけられたので、びっくりして飛び上がった。


「えぇっ!」

(手をつなぐしかないけど……。

 ゆ、夢の中と同じになっちゃうよ⁉)


 光は冷静さで、きちんと距離を取りつつ、


「どうしたんですか?」

(私は、今は何もしていませんよ)


 亮は顔がほてり始め、戸惑い気味に


「あ、いえ……何でもないです」

(夢の中のことだから、驚いちゃダメだよ。

 手に触れたことはないからね、現実では)


 光は人混みへ顔をやって、


「お互い、はぐれずに帰るには、どうしたらいいですか?」

(あなたの望む通りにしますよ。私からは言えませんから)


 策略家は標的の望むままになることにした。ラピスラズリとは全く、逆の立場。亮は顔を赤くして、モジモジし始め、


「あ、あの……」

(だっ、抱きかかえたりしませんよね? 先生と生徒ですもんね)


 話が全く進まない、時間が迫っているのに。生徒の亮を視界の端で捉え、光は冷静に判断し、


 あなたは今、落ち着いていないように見える。

 あなたから話してくるーーという可能性は非常に低い。


(そちらでは、今は困るんです。ですから、こうしましょうか)


 あなたが話してくる可能性を高くしましょう。

 さらに、あなたから私に要求してくるーーという可能性を高くします。


(それでは、こうしましょうか)


 ここまでの思考にかかったのは、ほんの一、二秒。光は亮に顔を戻して、


「亮さん、返事をしてください」

(現実では出来ませんよ。あなたと私は生徒と教師です。

 それを越えてまで、あなたを罠にはめる気はありません)


 こうして、いつもとは違う罠が動き始めた。


「はっ、はい」

(へ、返事しました)


 策略家の読み通り、亮はなんとか言葉を返した。光は時計を確認する振りをして、


「時間がありませんよ」

(全ての状況を回避するための、一番高い可能性ーー方法は、手をつなぐです。

 ですから、教師の私から生徒のあなたに要求ができないんです)


 やっと、光の策が功をなして、亮は意見した。


「あぁ、はい。……てっ、手をつないだ方がいいと思います」

(それが一番いいと思います)


 教師が生徒の手に自ら触れるなど、道徳心にかけるのも、はなはだしい。光は左手を彼女に差し出し、亮が握るのを待った。


「では、どうぞ」

(あなたの手は、夢の中と同じように震えていますか?)


「はい」

(先生の手は、夢の中と同じように優しいですか?)


 亮が右手を差し出して、光の手を握った。お互いの手の温もり、感触を味わいながら、


(同じですね)


 ふたりは少し微笑んで、人混みの中に入っていった。そして、買い物をしている間中、亮と光はピアノレッスンの時に触れたお互いの手のことを、ずっと思い浮かべていた。



 買い物を終えて、亮と光は人混みの中を手をつなぎながら、戻ろうとしていたが、混雑がひどく、なかなか戻れないでいると、

 

【守護する者】


 ふたりには聞こえない声が響いた時、亮は右足に違和感を覚えて、立ち止まった。


(ん?)


 光は自分の手が引っ張られたので、彼女へ振り返り、


「どうしたんですか?」


「えっと、あの……」

(何だか、変なんです)


 亮は自分の右足を見下ろして、


(あっ、鼻緒が切れてる。だから、変だったんだ)


 光もそちらに視線を向け、何が起きているのか見つけた。


「切れてしまったんですね」

「はい」


 亮はゲタを手に取った。そして、ふたりは人混みの中で立ち尽くす。とにかく、すごい混雑。彼らのまわりをぶつかりながら、人がどっと流れている。


(邪魔になってしまいますね。そうですねーー)


 光が考える前に、亮は先走りらしく、裸足で人混みから抜け出そうとした。


「避けた方がいいですね」


 光は彼女の右手を強く引っ張って、


「私の腕につかまってください」

(私よりも早く判断を下すこともあるみたいです。知りませんでした)


「あ、ありがとうございます」


 片足は裸足というバランスの悪い亮は、素直にお礼を言った。


(先生は、やっぱり、優しい人なんだね)


 縦に流れている人混みを、横へ横へと進む。光が亮を引き連れてという状態で。そうして、ふたりが人混みから外れた途端、地鳴りのような男の低い声が聞こえてきた。


「どうした?」

「え?」


 亮は不思議に思って顔を上げると、花火大会だというのに、浴衣ではなく袴を着た、背の高い男が立っていた。彼女は誰だわかって、急に笑顔になり、


とも兄っ!」

「何してる?」

「偶然だね」

「修業してたら、いた」


 とても慣れている雰囲気で話した、男の名は上原 燈輝ともき。シリーズ2で出ているので、詳細は省くが、亮の幼なじみのお兄さん的存在で、武術の修業バカ。もちろん、美青年である。光の腕につかまりながら、亮はゲタを見せて、


「切れちゃったんだよね」

「そうか」


 燈輝は低い声で言って、少し目を細めた。亮は小さい頃と同じように、


「直せるかな?」

(燈兄だったら、出来そうだよね)


「今は無理だ」


 深緑髪の美青年は、刀で藁人形を切るように、一言で切り捨てた。そして、燈輝は亮の隣の人に顔を向け、


「そっちは誰だ?」


「あぁ、えっと……」

(先生なんだけど、今日は先生って呼べないんだよね。

 何て言ったらいいのかな?)


 亮は今日のルールを思い出して、言いよどんだ。光は優雅に微笑んで、


「今だけは構いませんよ」

(今日のルールのことを、きちんと覚えていたみたいです)


 亮はほっとして、


「あぁ、はい。私の担任の、八神先生だよ」


 燈輝は丁寧に光に頭を下げて、


「上原 燈輝です。初めまして」

「八神 光と申します。初めまして」


 ふたりが名乗り終えると、


【守護する者】

【守護される者】


 そこで、燈輝と光は違和感を抱いて、少し止まった。


(似てる……)

(何でしょう?)


 妙な間に、亮はふたりを交互に見つめ、


(どうしたのかな? ふたりともちょっと様子が変みたいだけど)


 この中では、一番落ち着きがある燈輝がすぐに我に返り、彼女を見下ろして、


「誠矢のとこか?」

(昔、よく一緒に見た)


「あぁ、うん」

(小さい頃、毎年一緒に見に行ったね。楽しかったね)


 亮は嬉しそうに笑った。光はふたりのやり取りを聞いて、少しだけ微笑む。


(仲が良いんですね)


 燈輝が光に顔を向けて、


「運んでもいいですか?」

(それが一番早い方法だ)


「えぇ、お願い出来ますか?」

(そうでしょうね、そちらの方法が一番いいかも知れませんね。

 私には出来ませんから)


 優雅に微笑んだ教師の光にはできないこと。それをわかっていない亮は、きょとんとして、


「え?」

(何を運ぶのかな?

 ふたりの話してる意味がわからないんだけど……)


「わかりました」


 燈輝は亮の了解も得ずに、彼女を自分の左肩に軽々と抱え上げた。


「えぇっっ!」

(な、何で? 抱えてるの⁉)


 亮はびっくりして、燈輝の背中側で大声を上げた。ふたりのやり取りと、ボケ少女の反応を見て、光はくすくす笑い出した。何の前も置きもなし、亮を抱き上げたら、驚くに決まっている。


(おかしな方ですね、燈輝さんは)


 ジタバタし出した亮に、燈輝の低い声がやってきた。


「暴れるな、落ちる」

(お前は、いちいち大げさだ)


 亮は抵抗するのをやめて、


「わ、わかった」

「人の少ないところを通る」


 彼は軽々と亮を肩に乗せ、右へ歩き始めた。亮はうなずいて、


「うん、お願いする」

(確かに、ぶつかると危ないよね。

 他の人に迷惑かけちゃいけないね)


 そして、三人は燈輝の道案内で歩き出した。



 人混みを抜けて、地元の人でないと知っていないような、細い路地へ入った。すると、燈輝が急に話し出した。


「さぼってませんよ」


 明らかに、亮と光に向かって話しているのではない。だが、三人以外誰もいない。


「え……?」


 亮はびっくりして、彼にーー前へ顔を向けようとした。光がすかさず、


「亮さん、危ないですよ」


 だが、彼も違和感を持って、燈輝をうかがった。


(燈輝さんは、どなたと話しているのでしょう?)


 しかし、やはり、彼ら以外誰もいない。


「あぁ、はい」


 亮は素直に光の言葉に従って、燈輝の背中側に顔を戻した。


(そ、そうだったね。でも、燈兄は誰と話してるのかな?

 先生と? じゃないよね。先生、答えてないもんね)


 不思議がっているふたりには構わず、燈輝は低い声で、


「師匠、降りてください」


「え……?」

(師匠?)


 亮は落ちないように燈輝をうかがうと、誰もいないはずの右側に彼は顔を向けていた。光も燈輝の後ろからそちらを眺め、


(どなたかいらっしゃるんですか?)


 しかし、そこには誰もいなかった。亮と光は不思議がって、


(えっと、誰もいないんだけど……)

(どなたもいらっしゃらないみたいですね)


 まわりを見渡してみたが、人通りの少ないところで、三人以外誰も近くにはいなかった。だが、年老いた声が突如響いた。


「この方がバランス、取れてええじゃろ?」


「えっ!」

(だ、誰かいるよ⁉)


 亮はびっくりして、落ちそうになった。燈輝が左に顔を向けて、


「驚くな、落ちる」


 燈輝の少し後ろを歩いていた光は、声の主を発見した。その人を見て、策略家は情報をささっとまとめ、優雅に微笑んだ。


(『上原さん』

 そちらの名前を聞いて、何か違和感を抱いたのは、こちらのせいだったのかも知れませんね)


 燈輝とは初対面なのに、彼の師匠ことを、光はなぜか知っていた。亮は今度、光に顔を向け、


「あの……」

(どうして、先生、笑ってるんだろう?)


 また年老いた声が聞こえてきた。


「亮ちゃん、久しぶりじゃのう」

「えっ?」


 亮はまた、燈輝の左側に顔を向けた。そして、その人を見て固まる。


(燈兄の肩に、小さなおじいさんが乗ってる⁉ んー……どっかで……?)


 考え出した彼女に、じいさんの名前までは知らない、光が声をかけた。


「どなたですか?」

(あなたは、お会いしたことがあるんですね。

 『久しぶり』と、今おっしゃいましたからね)


 亮は首を傾げて、うんうん頭を悩ませる。


「えっと……?」

(誰だったかな? 会ったことがあるんだよね。んー……?)


 年老いた声が彼女にツッコミ。


「亮ちゃんは相変わらず、記憶力がないのう」


 その言葉を聞いて、光と燈輝はくすくす笑い出した。


(また、忘れたんですか)

(お前はすぐ忘れる)


 亮は記憶をやっとたどり切って、大声を上げた。


「あぁ、八平さん!」

(思い出したよ。燈兄のおじいちゃんだ)


 八平は頭を下へがっくりと垂らし、


「亮ちゃん、遅すぎるのう」

(わしの存在はそんなに影が薄かったのかのう。

 もう少し、目立つことを考えなくてはいかんのう)


 燈輝の祖父であり、師匠でもある彼は、結構癖の強い人物。今は策も張られていない。そんな状況下の中だ。当然、燈輝の肩越しで、亮はボケ倒した。


「八平さんは、好きなんですか?」


 大暴投を取れない光と燈輝は、不思議そうな顔で、


(なぜ、そちらの質問になったのでしょう?)

(なぜ、その質問になる?)


 だが、ちゃんと取れる人がいた。八平はのんびりと、


「蕎麦の話はしとらん」

(『おそすぎ』を『おそば』で取っておる。話が全然、通じとらん)


「え……?」

(じゃ、何の話だったかな?)


 亮はきょとんとしたと同時に、八平が光をちらっと見て、


「亮ちゃんの彼氏かのう?」


「え……?」

(カレー……四?)


 恋愛鈍感少女は、きっちりボケて、食べ物に一気に思考が飛んだ。しびれをきらした、さっきからずっと師匠が肩に乗った状態の燈輝が八平に、


「師匠、いい加減降りてください」

(重みがさっきより一段と増してます)


 同じ人が乗っているのに、重みが増す。実は、武術の技で、重みが増したように感じさせることができる。


「仕方がないのう」

(少し、わしのすごさを見せるかのう)


 ここで、じいさん本気をちょっと出した。八平は言い終えると、一瞬姿を消した。光はそれを見て、優雅に微笑み、


(話には聞いていましたが、今日、初めて拝見しましたよ)


「ここじゃ、ここじゃ」


 年老いた声が遠くから聞こえてきた。そちらに顔を向けると、三人よりもはるか遠くに小さな人影が見えた。


 亮は不思議そうな顔で、暮れかけた星空の下にちょこんと立っている人を見つめ、


「え……?」

(八平さんの声が聞こえるけど、さっきまで隣にいたよね? 瞬間移動した?)


 人だ、瞬間移動などできない。これは、武術の技。誠矢が使っていた縮地しゅくち(*短時間で長距離を移動できる技)と、相手の意識を自分の思った通りに操作できる、体の気の流れとが組合わさったものだ。さっき、姿が最初見えなかったのも、この気の流れのせい。


 得意げに自分の技を披露している師匠の姿を見て、燈輝はため息をついた。


「……師匠」

(どういうつもりですか?)


 三人が八平に近づくと、亮よりも小さい彼はちょこんと立っていた。


「上原 八平じゃ」


 にーっと笑って、八平は光に頭を下げた。光は丁寧に、


「八神 光と申します」

「八神先生ですな?」


 八平はちょっと意味あり気に聞いた。光は優雅に微笑んで、


「えぇ。八平先生のお噂は、かねがね伺っております」


 亮はびっくりして、思わず、


「えっ、先生は知ってるんですか⁉」


 やってしまった。ルール違反。光は素早く、


「亮さん、先生と呼んでは、今はもういけませんよ」

(先ほど、『今だけは』と言いましたよ。忘れたんですか?)


 感覚人間、亮は言葉の意味を完全に無視して、びっくりして、燈輝から落ちそうになった。


「えぇっ!」

(ほ、本当だ! 今、先生って呼んじゃったよ⁉

 ルーのお菓子、決定だ。仕方がないね)


 ボケ少女は珍しくため息をついた。光はくすくす笑いながら、


「もう一度、言い直してください」

(話が途中で止まっていますよ)


「あぁ、はい。光さんは知ってるんですか?」


 素直に言い直し亮に、優雅な彼はにっこり微笑んだ。


「えぇ。知り合いが道場に通っていますからね」

「彼氏じゃないのか、残念じゃのう」


 八平はなぜかそこで、妙にがっかりした。その言葉を聞いて、若者三人は同じことを思う。


(残念って言われても……何がどう、残念?)

「花火かのう?」


 八平は滑るように、すうっと歩きながら、亮に声をかけた。


「はい。あっ、燈兄と八平さんも、どうですか?」

(みんなで見た方が楽しいと思います)


 彼女の言葉に、光と燈輝は少し微笑む。


(あなたは誰に対しても同じ態度で接することが出来る人みたいですね)

(お前は昔からそうだ)


「若いもんは若いもん同士の方がええじゃろう。燈輝、お前は行ってくるがよい。いい修業になるじゃろうて」


 八平は師匠らしく孫に教えを説いた。それに、弟子である燈輝は素直に従い、


「わかりました」


 亮は意外そうな顔をした。


「え、八平さんは行かないんですか?」

「わしは帰って、美智子さんが入れてくれたお茶が飲みたいからのう」


 八平はのんびり応えた。亮はきょとんとして、


「美智子さん?」


「俺の母親だ」

(お前、忘れすぎだ)


 燈輝はまっすぐ突っ込み、少しため息をついた。そのやり取りを見て、光はくすくす笑う。


(仲がいいんですね、みなさん)


「それじゃのう」


 八平が言うと、ゆっくり動いているのに、あっという間に遠ざかっていった。縮地もここまで極めると、国宝級である。


「八神さん、よろしくお願いします」


 燈輝は改めて、光に挨拶をした。光は去っていった八平から顔を戻して、


「えぇ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 亮は燈輝の背中で、超感覚的な言葉を放った。


「燈兄も買うことになるかも知れないよ」


 今日のルールを知らない燈輝に、こんなことを言ったら、


「何をだ?」

(お前の話はよくわからん)


 こう返ってくるのは当たり前。光が詳しく説明を始めた。


「今日は無礼講ということで、お互いの立場に関係なく名前で呼び合うというルールがあるんです。そちらを守れなかった時は、お菓子をみなさんにご馳走することになっているんです」

(亮さん、言葉が抜けすぎていて、そちらでは燈輝さんが困ってしまいます)


「誠矢ですか?」

(何となく、想像つく)


 こちらもちょっと言葉が抜けているが、燈輝は必要最低限のことしか話さない性格。光はささっと情報整理して、優雅に肯定した。


「えぇ」

「……わかりました。改めて、光さん、よろしくお願いします」


 燈輝は再度、丁寧に頭を下げた。


「燈輝さん、よろしくお願いします」


 ふたりが挨拶を交わした時、三人の魂の奥底で、何かが引っかかった。

 

 その頃、病院の屋上には、祐、誠矢、ルー、美鈴に、あとから来た愛理と正貴がいた。

 最初、祐は愛理と正貴に会った時、絶句した。それはそうだ。ラピスラズリで散々顔を合わせていた、ふたりがやって来たのだから。それを知っていた他の三人は、楽しそうに笑った。


 それから、みんなで自己紹介を一通り済ませた。そして、ルーから、スメーラ神の戦略と世界の移動がなぜ起きているのか、その他諸々の詳細が説明された。


 星が瞬き始めた空の下、クリーム色の浴衣を着た、誠矢がいつもと違って真剣な顔で、


「だからなのか?」

(光の様子が時々おかしいのはよ)


 渋い緑の浴衣を着た、美鈴はフェンスにもたれかかったまま、遠くをぼんやり見つめていた。


「本当の理由は本人にしかわからないけど、それが関係してるのは確かだと思うよ」


 焦げ茶色の浴衣を大人の色気で着こなしている、正貴はみんなを見渡して、


「ふたりとも夢だと思っているのでしょうか?」


 美鈴と同じようにフェンスにもたれかかっていた、いつもとは様子の違うルーが、人々をひれ伏せさせるような威厳のある声で、


「彼は思ってない。これだけは、はっきりしてる」


 ヒューは夢ではないと知っていて、リエラに罠を仕掛けているのだろうか。美少年に囲まれて、ウッキウキの愛理が、


「亮は気づいてないわよ。いつも通り、元気に生活してるから」

(それによく、日付忘れることあるし)


 それを聞いて、祐、誠矢、美鈴は声をそろえて、


「納得」

(確かに、一日ぐらいずれてても気づかない)


 そこで、正貴が照れた感じで、


「私も愛理さんに言われるまで、気づきませんでした」

(よく、日付過ぎてることがあるんです、不思議なことに)


 地質学のことになると、人が変わってしまう正貴。彼は研究に没頭して、時間を忘れることがしばしば。祐、誠矢、美鈴が微妙な声で、


「あぁ……」

(ここにもそういう人、いたんだ)


 誠矢はにやにやしながら、


「現実だって知ってて、わざとしかけてんのか?」

(あの亮の驚きよう、よほどのことしてんぞ、あっちで)


 胸の下で軽く腕組みをしていたルーは、はっきり否定。


「それも違う。言い方がおかしい」


 矛盾した答えが返って来て、誠矢は思いっきり聞き返した。


「はぁ⁉ いやいや、両方否定すんなって」


 ルーは人よりも、はるかに長く生きているような瞳で、


「さっきも説明した通り、彼は『現実だ』、『夢だ』という判断はしない。彼は特殊な考え方をする人間だ。だから、そういうふうには思ってない」


 神が言うほどだ。光はかなり特殊な考え方をしている。誠矢は手元に視線を落として、


「おう……そうか」

(オレが直感で判断してんのを、あいつは別の方法で判断してんだったな。

 それにしても、すげぇ方法だな。マジ、頭、混乱しそうだって)


 直感型の誠矢には、光の考え方は困難だろう。そこで、赤髪少年は別のことを直感して、


「あ、ちょっと待てよ。日付、一日ずれてんだろ。だったら、気づくだろ。そういう考え方してんだったら」


 光と少し似ている考え方を時々する、祐がぼそっとつぶやいた。


「判断が下せない」

(その考え方をするには、感情が邪魔になってる)


 美鈴は金網に手をかけ、少しため息をつき、


「そう。感情が混じると、出来なくなるんだよね。その判断の仕方は」


 なぜ、冷静な策略家に感情などという言葉が出てきているのだろうか。正貴が素直に、


「どういうことでしょう?」


 威圧感のあるサファイアブルーの瞳を持つルーが、


「ラピスラズリに飛ぶ前の日の午後の天気を覚えてるかい?」


 全部、同じ天気。それも、神の戦略のひとつ。誠矢はさっきの説明を思い出して、珍しくため息をついた。


「そう……だな」

(光が途中で帰る理由って、それだったのか)


 愛理は美鈴に、心配げな顔を向け、


「そんなにひどいの?」

(それでだったのね。光先生が、時々、淋しそうな瞳をしてたのは)


 アメリカの国立研究所の研究員、美鈴は金網から手を離し、


「確かに、以前、彼が研究所に来たことは記録に残っていました。ですが、回復は見られませんでした」

(彼の感情を乱す方法であることは確か。

 だけど、本人にかなり負担がかかっているのも確か)


 わざわざ、外国の研究所を訪れるくらいだ。優雅な策略家の身には相当なことが起こっている。美鈴の瞳が少しだけ悲しみに揺れる。


「でも……仕方がないよね。そういう状況なら……」


 オレンジ色の浴衣の袖を伴って、愛理は頬に手を当て、少しため息をついた。


「何だか複雑だわね」


 正貴は真面目な顔で、相づちを打つ。


「そうですね」


「だけど、それが彼の感情を唯一揺さぶるものなんだ」

(これはきちんとした意味があることなんだ)


 ルーが言うと、全員が閉口した。しばらく、光の身を全員が心配し、沈黙が流れた。もし、自分が光と同じ状況に立たされたら、あんなに冷静に振る舞えないだろう。そう思うと、目を伏せり、遠くをぼんやり眺めるしかできなかった。


 しかし、こんな沈黙を破るのは、直感少年、誠矢だ。彼はルーに顔をさっと向けて、


「それにしてもよ、お前、不思議なやつだと前から思ってたけど、マジで不思議なやつだな」

(暗くなってもしょうがねぇからな。ルー、いつも通り可愛く言えよ)


 瞬時に、純粋無垢な色に戻ったサファイアルブーの瞳を、ルーは誠矢に向けて、


「ふふふっ、ありがとう」

(誠矢クンは優しい)


「いやいや、褒めてねぇって」

(お前は、優しいやつだな)


 誠矢はいつも通り突っ込んだ。そして、彼は花火が美しく咲き誇るだろう空を見上げ、


「で、そいつが助けんのか?」

(人数、少なくねぇか?)


 別の話を投げかけられたルーは、また威圧感のある瞳に戻って、


「彼は恋愛は助けないと思う」

(必ず一人以上はつく、ふたりを守護する人が。

 そういう決まりなんだ)


 あるところで、ある人たちによって、細かくルールが決められている。祐がルーに顔を向け、


「どういうことだ?」

(ルーはめちゃくちゃなんだな。

 話すことも考えることも、順番も全部)


 ルーは可愛く首を傾げて、 


「彼に恋愛を助けるのは、たぶん無理?」

(そうだった気がする)


 祐が思った通り、ミラクル天使はずいぶんめちゃくちゃだった。誠矢はゲラゲラ笑い出して、


「いやいや、思いっきり疑問形になってるって」

(お前、油断も隙もねぇな)


 ルーは急にしっかりした瞳に戻り、


「彼女の呪いを解くことと同時にしなくちゃいけないことがある。だから、そのことを彼は手伝う」

(悪しき心を浄化する。それが呪いだけとは限らない)


 他の全員が、真剣な顔をしてうなずいた。


「あぁ」

(自分たちに出来ること)


 他の人たちが一緒に移動していることも、きちんとした理由がある。美青年ゲッターが愛理が、ウッキウキで身を乗り出した。


「誰なの?」

(美青年?)


「もうすぐ来るよ」


 向日葵色の浴衣を着たルーは、屋上の入り口へ振り返った。


(……二、一)


 そして、全員が振り返った時、絶妙なタイミングで、鉄の扉が開いた。


「みなさん、おそろいですね」


 光が優雅に声をかけた。その後ろから、燈輝とその左肩に担がれた亮が入ってきて、


(何をしてるんですか⁉)


 そのおかしな光景を見て、ルー以外の人たちはびっくりした。


 誠矢と小さい頃から仲のよかった祐は盛大にため息をついて、


(燈さん、俺たちの前振りむだになってます)


 誠矢は自分の師匠ーー燈輝を前にして、珍しく突っ込むこともせず、


(燈兄じゃ確かに、恋愛は手助け出来ねぇな)


 全く接点のない正貴は、


(どなたですか?)


 愛理は両手を胸の前で嬉しそうに組んで、


(あら、燈ちゃんじゃない。やっぱり、美青年ぞろいなのね♡)


 ルーはふんわり微笑んで、


(ふふふっ、仲良しさん)


 美鈴はみんなの背中から覗き込んで、


(あぁ、彼ね。なるほどね)


 会ったことはないが、彼女は燈輝のことを知っていた。なぜなら、彼は武道界では有名なのだ。その上、美青年。彼の強さは半端ではなく、美しいほどまでに敵を見事に倒す。女性の憧れの的。


 とりあえず、みんなはそれぞれ自己紹介を始めた。ルーは燈輝と挨拶を交わして、みんなを眺めながら微笑んだ。


(みんなそろったさん)


 そのままの笑顔で、彼は空を仰ぎ見て、


(そして、キミはそこにいる。あの時と同じ。

 そう、ボクたちは一緒。同じ運命の中にいる)


 その時、空に一筋の光がすうっと昇って、綺麗な円を描いた。



 みんなはそれぞれ買ってきたものを、わけあって食べ始めた。


「こちらはいかがですか?」


 光が亮へ綿あめを差し出した。彼女は笑顔で受け取り、


「あぁ、先生、ありがとうございます」


 誠矢がゲラゲラ笑った。


「お前、また言ってるって」

(さっきから同じ罠にはまって、何度も、先生って呼んでんぞ)


「あっっ!」


 亮はびっくりして、倒れそうになった。


(ま、また、言っちゃったよ⁉ ど、どうして間違っちゃうんだろう?)


 ボケ少女を光が支えて、くすくす笑い出した。


(紅茶をもてなしている時と同じ言葉で、私が言っているからかも知れませんよ。

 わかりやすい人ですね、亮さんは)


 教師と生徒という立場をきちんと保って、策略家は巧みに罠を仕掛けていた。祐と美鈴はそれを見て、あきれ顔。


(ずっと、罠にはめて楽しんでる。これじゃ、恋愛は無理)


 ルーはりんご飴を食べながら、亮と光を見つめて、


(彼は亮ちゃんを困らせることが好き。

 それに彼女は、困ってるけど、心の底から本当に困ってない。

 ふたりは、すごく不思議な関係なんだ。

 普通は、お互い好きなように見えるけど、ふたりは違う。

 亮ちゃんが彼をすごく好きなんじゃなくて、だた、彼の罠にはまって、びっくりするだけ。

 彼は彼女のことを、恋愛対象としては見てない。

 彼女も恋愛対象として彼を見てない。

 ふたりは、このまま行くと恋愛に発展しない。

 そうなると、呪いは解けない。

 今日、彼がここに来たこと……。

 それを考えると、彼の感情がかなり揺すぶられてると思う。

 さすがに、ボクも人の心の中まではわからない。

 でも、そうなんだと思う。

 だから、よかったんだと思う。

 彼自身にとって、彼女にとって、そして、みんなにとっても)


 やはり、策略家。亮に罠を仕掛けるためだけに参加したのではない。他に理由があって来たのだ。


 

 その後もちろん、愛理は携帯で、美少年、美青年の写真を取りまくり、亮は何度も光のことを先生と呼んだ。


 亮と光は恋愛するには、遠いような、近いような微妙な距離のままだった。

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