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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
17/41

夏休みの計画

 午前中の授業も終わり、今は昼休み。

 いつもの五人は、中庭でランチを楽しんでいた。亮は朝のことはすっかり忘れ、お弁当に夢中になっている。


(ふふ〜ん♪ 何だか、今日はお腹空いたから、おいしいね)


 ルーは彼女を見て、ふんわり微笑む。


「もう少しで、夏のお休みさん♪」


 誠矢がその言葉を聞いて、ぱっとひらめいた。


「おう、そうだ。今年もやらねぇか?」

(珍しく、お前から振ってきたじゃねぇかよ)


 確かに、ルーから何かを話し出すのは珍しい。美鈴はツッコミ少年が何を言わんとしているのか理解して、


「あぁ、いいね」


 おかかおにぎりを、少しだけかじった。チョコレートケーキを堪能している親友に、誠矢は話を振る。


「お前は?」

(今年は無理かも知れねぇな。ファンに見つかんだろ)


「行く」

(夏の大イベント、逃がすわけにはいかない)


 彼は焦点の合わない瞳で、短く応えた。誠矢はふんわり天使、ルーに顔を向け、


「ルーは?」

(楽しみにしてんだろ? お前から、話振ってきたかんな)


「ボクもやりたいさん♪」


 ルーは嬉しそうにメロンを口に入れた。美鈴はランチに夢中なボケ少女に、


「亮、あんたも行くでしょう?」

(何だか、危険な香りがするね。今年は)


 そこで、話は止まった。


「え……?」

(何の値段?)


 大暴投している亮は、フライドポテトをフォークに刺したまま、きょとんとした。誠矢がニヤニヤしながら、わざと言葉を抜かして、


「病院に」

(おら、飛ばせよ!)


「えぇっっっ!」

(ど、どこも悪くないと思うよ。

 た、確かに、先生に声かけられると、すごくドキドキして、倒れそうになるけど)


 彼女はあさっての方向に言葉をいうボールを投げた。誠矢が軽々とキャッチ。


「いやいや、そっちの話じゃねぇって」

(それは病気じゃねぇって、八神の罠だって)


「え……?」

(ドッチボール?)


 何をどう解釈したのか、亮は再びきょとんとした。そこへ、ミラクル天使が降臨する。


「野菜さん、何があるかな?」

(もうすぐだから、楽しみなの)


 それを聞いて、誠矢はゲラゲラ笑い出した。


「いやいや、大暴投してる間に、変化球、投げてくんなって」


 美鈴は額に手を当て、頭痛いみたいな顔で、少しだけため息。


「あんたたち、話めちゃくちゃになってるよ」


 祐はぼんやりまなこで、チョコレートケーキにパクつく。


(どっちも、放置)


 亮はさっきまでのことは忘れて、ルーにキラキラした目を向けた。


(ルーは野菜も好きなんだね。フルーツだけじゃないんだ。知らなかったね)


 ここで、従姉妹の大暴投を取ってしまうと、話が永遠に進まないので、誠矢が天使にツッコミという形で終了。


「それは屋台な」

(微妙なやつ、返してくんなって)


「そう、それ。ふふふっ。誠矢クンは優しいさん♪」


 ルーは気にせずに、ふんわり笑った。ランチに夢中だった亮は、すでに話についていけなくなっていて、首を傾げた。


「……?」

(屋台? 何で、そんな話が出て来たのかな?)


 誠矢は正解を言おうとして、ふと彼女の真後ろに目をやった。そこには、学校の中庭のはずなのに、まるでイギリス庭園を歩いているような、優雅なステップで近づいてくる人がいた。誠矢は口の端を少し歪め、


(正解言う前に、ちょっと前振りしといた方がいいかも知れねぇな)


 そして、彼は急に話題を変えた。


「お前、今日、思いっきりはまってたな」

(ちゃんと驚けよ)


「え……?」

(浜辺?)


 何をどう取ればそうなるのか、理解不能な亮の思考回路は、すでに崩壊の危機を迎えていた。祐は迷惑顔で文句を言う。


「驚きすぎだ」

(朝から、うるさい)


「えぇっっ!」

(どうやって、砂が驚くんだろう?)


 飛び上がった亮は、別次元にワープした。ルーのサファイアブルーの瞳が幸せそうに揺れる。


「仲良しさん」

(来るの)


「え……?」

(砂が仲良しになったんだね。んー……?)


 バカみたいに口をぱかっと開けた亮は、別次元で暮らし始めた。美鈴が瑠璃色の髪を視界の端に捉えながら、悪戯っぽく言って、親友をこの世に呼び戻した。


「八神 光」

(あんた、そのまま倒れるでしょ)


 彼女の発言を聞いて、誠矢と祐は心の中で同じことを思う。


(春日、ナイスタイミング!)


「えぇっっっっ‼」 

(な、何で、先生の名前が出て来たの⁉)


 亮はびっくりして、後ろに倒れ始めたが、ふと彼女の体は途中で止まった。


(あれ、何で?)


 誠矢は従姉妹のこの先を思うと、ニヤニヤせずにはいられなかった。


「また、世話になってんぞ」

(面白ぇぐらい、はまんな、マジで)


「誰に?」


 亮はフォークを手に持ったまま、目をパチパチさせた。すると、少含み笑いの優雅な声が、彼女の頭上から降ってきた。


「私にみたいですよ」


 亮が上目遣いに見ると、真っ青な空と八神が映った。


「えぇぇぇっっっっ!!」

(また、抱きかかえてるんですか⁉)


 ヒューと青空を思い出して、中庭中に響く大声を上げた。彼女と八神はそのまま、お互いの瞳を見つめて、心の中で会話を始めた。


(どうして、後ろにいるんですか?)

(私が話しかけようとしたら、あなたが倒れてきたんですよ)

(あ、あの……ものすごくドキドキします)

(あなたがドキドキしているのが、私に伝わってきますよ)


 ブラウンのくりっとした瞳と、瑠璃紺色の冷静な瞳が、なぜかミステリアスに絡まってゆく。


(夢と同じになってます)

(夢に似ていますね)

(どうして、先生が夢に出て来たんですか?)

(なぜ、あなたの夢を見たのでしょう?)


 学校だということを忘れて、見つめ合っている教師と生徒に、誠矢があきれた顔をする。


(いやいや、そこで見つめ合ってると、オレたちどうしたらいいか、わからねぇんだって)


 祐は面倒臭そうに、


(どういう場面なんだ?)


 美鈴は大人の瞳で、意味あり気な笑みを浮かべ、


(やっぱり、あんたたちあっちで何かあったでしょ?)


 ルーは夏の日差しに目を細めながら、ふんわり微笑んだ。


(仲良しさん)


 そして、そこで、さっきから心の会話を楽しんでいた、亮と八神は同じ言葉にたどり着いた。


(その答えは、見つかりますか?)


 一通り終わったのを直感した誠矢は、ひとつ息を吐いて、


「八神、何しに来たんだよ?」

(お前が何の用もねぇのに、来るわけねぇだろ)


 八神はすかさず、教育的指導。


「如月君、先生をつけてください、先生を」

(あなたは生徒で、私は教師なんですから)


 誠矢は生徒らしくない返事をして、ツッコミを開始。


「おう、っていうか、オレらいつまで待ってなきゃならねぇんだよ」

(お前がんの待ってて、話途中なんだって)


 八神は亮をきちんと芝生へ座らせて、


「これは失礼」


 軽く目を伏せ、優雅に降参のポーズを取った。そして、受け持ち生徒を見渡し、


「今日は何の話ですか?」


 その問いに、ふんわり天使が応えた。


「花火大会の話です」

(大切さんなの)


「え……?」

(花火大会? そんな話してたかな?)


 亮はさっきまでの会話に全然乗れていなかったので、ぴたっと固まった。八神は優雅に相づちーー間を置く言葉を使った。


「そうですか」


 優雅な貴公子に、美鈴が恐ろしい提案をする。


「先生も一緒に行きませんか?」

「みなさんで行くんですか?」


 八神は特に驚くでもなく、冷静という名の盾を持って、余裕で受け止め、五人を軽く見渡した。亮以外の全員が笑顔で、


「はいっ!」

(亮も行きます)


 勝手に参加になっていた亮は、びっくりして、大声を上げようとすると、


「えーー!!」

(先生と、一緒⁉ そ、それはすごく困るよ、どんなことでも)


 美鈴が素早く、八神のおもちゃーーボケ少女の口にハンカチを当てた。


(面白いことになりそうだから、あんた、黙っときなよ)


 誠矢と祐がそれを見て、心の中でパチンと指を鳴らした。


(さすが、親友。そいつの行動パターン、よくわかってる)


 亮は口を塞がれたまま、美鈴を見つめる。


「……ん、んん!」

(な、何⁉ びっくりできないよ)


 八神は口を塞がれている亮をちらっと見て、


(神月さんは驚いているように見える。

 神月さんは話を理解していないように見える。

 そうですね……?)


 返事をもたつかせている策略家に、ツッコミ少年が、


「で、行くのかよ?」

(何やってんだよ、八神。亮、罠にはめんには、絶好のチャンスだぞ)


 彼は優雅にあごに手を当て、考えるふりを始めた。


「そうですね……?」

(悪い人たちですね、あなたたちも。

 行った方がいいーーという可能性が非常に高いですね。

 そちらの可能性がありますからね……)


 策略家は何かを心の中で計っているようだ。それを誰にも悟られないように、彼はくすくす笑って、


「いいんですか? 私が行っても」

(神月さんは、困るんじゃないんですか?)


 明らかに何か画策している担任教師を前にして、誠矢は軽く返す。


「おう」

(来る気なのに、何してんだよ? 八神。

 さらに罠にはめるいい方法でも思いついたか?)


 さっきから口を塞がれたままの亮は、みんなを眺めた。


「ん、んん……!」

(ど、どうして、先生と一緒に花火大会に行くことになったのかな?

 前から、決まってたのかな?)


 また、なかったことをあったことに、亮はしようとしていた。瑠璃色の髪の策略家は、くるくると何かを指でもてあそぶように、もたつかせながら、冷静な瞳をなぜか金髪天使へちらっとやった。


「そうですね……?」

(そうしましょうか……)


 今度は、生徒全員を見渡し、


(そんなに、彼女が私の罠にはまるのを見たいんですか?

 仕方がありませんね。

 しかし、私もそちらを見るのが嫌いではありませんからね。

 教師、失格ですが)


 やっぱり、ふたりの距離感は崩壊していた。八神もいけない教師である。誠矢がさらに亮が驚くようなこと告げる。


「浴衣、着用な」

(やっぱり、罠にしかける気じゃねぇか)


「んっ!」

(ええっっ、先生の浴衣姿⁉ そ、想像つかないです!)


 亮はびっくりして、八神の顔をまじまじと見た。


「そうですか」


 彼は優雅に間を置く言葉を使って、くりっとした瞳を自分へ向けている生徒をうかがった。


(なぜ、神月さんは驚いているんでしょう?)


 誠矢は祐の肩に手を置き、


「お前も着てこいよ」

(八神が条件に乗ったから、お前も便乗しろよ)


 策略家は『わかった』と一言も言っていないのに、彼は若さ全開で突っ走った。


「わかった」

(今回は、前振りに付き合う)


 祐は面倒くさそうに応え、誠矢はもうひとつ注文をつける。


「一人で来いよ」

(ファン連れてくんなよ)


「わかった」

(あの技使う)


 何かを学んでいる祐は、うんざり顔をした。乗りに乗ってきた誠矢は、さらなる条件を提示。


「その日は無礼講な」

(さらに、亮のやつ、罠にはまりそうだかんな、その方が)


「お城さん、ふふふっ」


 ふんわり話をずらしたルーを前にして、誠矢がゲラゲラ笑い出した。


「いやいや、そこで別のボール投げてくんなって」

(お前、油断も隙もねぇな。昼休み終わっちまうって)


 八神が脱線しかけた話を元に戻すーー誤解を生まない言い回しで。


「そちらは、私があなたたちから、光と呼ばれて、私が……そうですね、如月君を誠矢君と呼ぶということですか?」

(私は構いませんけど、神月さんが驚くーーという可能性が高いですよ)


「おう」

(驚くどころの話じゃねぇって。気絶するって、それは間違いねぇ)


 誠矢は軽快にうなずき返した。口を塞がれている亮は、目を大きく見開いて、芝生の上で座ったまま、十センチほど飛び上がった。


(えぇっ! せ、先生を名前で呼ぶの⁉

 ど、どうしてだかわからないけど、ドキドキするよ)


 ルーが小首を傾げて、八神の瞳をのぞき込んだ。


「光先生、どうですか?」

(キミは来るだろう)


 ふんわり天使の予言通り、策略家はこの言葉を口にした。


「それでは、参加させてもらいますよ」


 何だか不自然な会話で、教師の八神が生徒の提案に、便乗するなど普通ならない。それなのに、策略家は自ら手を伸ばした、まるで、喉の渇きに水を得るかのように。そんなことには気づかず、誠矢はみんなを見渡して、


「よし、じゃあ、七月二十五日、夕方五時に、オレんの病院の屋上に集合な」

(あそこっからが、混雑に巻き込まれねぇで、一番よく見えるからな)


「わかった」

(去年と同じ場所)


 祐、ルー、美鈴は大きくうなずいた。八神は優雅に微笑み、


「えぇ、構いませんよ」


 決して『わかった』とは言わない彼、そこには策略家らしい思惑が隠されていた。だが、それに気づく者はいず、花火大会の話は決まってゆく。美鈴は亮からハンカチを離して、強行突破。


「亮、遅れないようにね」

(全会一致だから、不参加は却下ね)


「え……?」

(あれ? 行くって言ったかな? 言ってない気がするんだけど……)


 亮は不思議そうに首を傾げた。誠矢がにやにやしながら、


「行くって、言ったって」

(気がすんじゃなくて、言ってねぇって)


 従兄弟は八神という罠のお膳立てをした。


「あぁ……うん、わかった」

(言ったのかも知れないね、覚えてないけど)


 亮の言動を見て、八神はくすくす笑い出した。


(神月さん、行くとは一言も言っていないみたいですよ。

 自分で言ったことを覚えていないんですね。

 おかしな人ですね、あなたという人は)


 そこで、午後の予鈴が鳴った。すっと立ち上がった八神の頭上には、黒い雲が帯を引き始めていた。

 それは、午後の授業が終わる頃には、全体に広がり、また夕立となった。

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