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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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Next move

 金曜日は、八神はなぜか休みだった。時々、優雅な策略家は早退した翌日に休むことがあった。そのため、亮は彼の罠から、逃れることができた。が、土、日を挟んでも、彼女のドキドキは止まらなかった。


 今日は、七月十三日、月曜日。亮はガクガクする足で、学校への道を歩いている。夏の日差しを浴びながら、彼女の視界はアスファルトでいっぱい。


(だ、大丈夫かな? き、緊張しすぎてないかな?

 ちゃ、ちゃんと挨拶出来るかな?)


 担任教師と受け持ちの生徒。必ず何かで関わりを持つ関係。亮はどう接すればいいか考えようとするが、上手く気持ちがまとまらずにいた。そこへ、


「おう!」


 誰かに背後から声をかけられて、亮はびっくりして飛び上がった。


「えぇぇぇっっっ!」


 ゲラゲラ笑う声が自分の横にやって来て、


「朝から反応よ過ぎだって」

(八神に引っかかった時みてぇじゃねぇか)


 亮は道路から顔を上げて、赤髪少年を見つけ、ほっと胸をなでおろした。


「……あ、あぁ。せ、誠矢」

(ど、どうしよう? 他の人に話しかけられても、驚いちゃうよ)


 この先、どんな展開が待っているのか容易に想像できる、そんな従姉妹の隣で、誠矢はバイクから降り、


「何、そんなに驚いてんだよ?」


 彼はにやにやしながら、バイクを押し始めた。


「べ、別に……びっ、びっくりは………してない……よ」


 亮の態度は、透明なガラス玉の向こうを覗くような、どうしようもないほどバレバレなものだった。誠矢はニヤニヤしつつ、何気なく、ある人の名を口にする。


「そういや、八神、いつも雨降ると帰るよな?」

(驚けよ)


「え、や、八神先生⁉」


 ヒューに抱きかかえられた時の感触を思い出して、亮はびっくりして飛び上がった。誠矢はゲラゲラ笑う。


「何だよ? 八神と何かあったのか?」

(朝から、あいつに引っかかんなよ。それに、今日、月曜だって。

 まだ、一週間もあるじゃねぇか。抜けられなくなんぞ、あいつの罠から)


 亮の声はとこどろこど裏返った。


「や、八神先生とは、なっ、何もないよ……」

(そ、そうだよ。先生じゃなくて……ヒュ、ヒューさんだからね。ま、間違ってないよ)


 亮は自ら、立ち入り禁止区域内ーー夢へと足を踏み入れてしまい、さらにドキドキしてきた。正門をくぐり、誠矢はとりあえず、


「じゃあ、あとでな」

(お前、今日、一日、すげぇことになりそうだな)


 彼はバイク置き場に向かったが、亮はそれに気づかないほど、ドキドキしていた。


(わわわわ……また、ドキドキしてきたよ……)


 目の前に広がる昇降口。規則正しく並ぶ教室の窓。その前に広がる校庭。それらを見ると、八神へ近づいてゆくのが感じ取れて、亮の鼓動は超高速で鳴り始めた。そこへ、また声がかかる。


「亮、おはよう」

「え、えぇぇっっっ‼」


 亮はびっくりして、五十センチほど飛び上がった。今の彼女には、全てが罠になっていた。そんな親友を前にして、美鈴はずばり核心を突く。


「どうした? 優雅な彼にでも会った?」

(あんたのその驚きようは、彼絡みしかないよね)


「え、え………!」


 亮は驚きすぎて、口をパクパクさせただけだった。


(な、何で、みんな、八神先生のこと聞くのかな?)


 美鈴はそれを見て、あきれ顔。


(あんた、本当わかりやすいね。これじゃ、今日の授業、無理なんじゃないの?)


 そして、天才少女は突然、話題を変えた。


「ところでさ、あんた、木曜何してた?」

(日付、抜けてない?)


「も、木曜?」


 亮は心臓をバクバクさせながら聞き返した。美鈴は真剣な眼差しをよこして、


「そう、木曜」


 震えと緊張を止めるので手一杯、その上、先走りな亮はいとも簡単に、天才少女に情報を渡してしまった。


「ちょ、ちょっと、覚えてないなぁ」

(いつの間にか過ぎてたから、わからないんだよね)


 美鈴は夏風に髪をなびかせながら、短くうなずく。


「そう」

(あんたで二人目。日付、飛んでるのは)


 ブラウンのくりっとした、落ち着きのない瞳を覗き込んで、美鈴は質問を重ねる。


「夢見なかった?」

(あんた、夢だと思ってない?)


「ゆ、夢?」


 思わず落としそうになったカバンを慌てて掴んだ、亮は声がうわずった。


(み、見たよ。見た。

 で、でも、それはちょっと……ドキドキして言えないよ)


 ギクシャク動く、少し長い影が校庭に伸びていた。それに絡みつくように、歩いている影ーー美鈴が、


「そう、夢」

(あんた、そこでヒュー ウィンクラーに会ったんじゃない?

 カーバンクルにあった、コランダム王族の写真、優雅な彼に似てるんだよね)


 美鈴は親友の瞳をじっと見つめ、真意を図っていた。亮はしどろもどろになる。


「み、み、見たような……見てないような……」

(い、いくら夢の中でも先生とキスーー‼)


 ヒューを助けた時のことを思い出して、亮の影がワンテンポ遅れて、飛び上がった。


「そう」

(それは見たってことだね。その上、向こうで彼に会った。でも、何で、そんなに驚いてんの?)


 美鈴は親友の態度から、必要最低限の情報を入手した。そして、彼女は優雅な策略家の部屋を見上げ、


(彼はどう思ってるんだろうね?)



 そして、下駄箱まで来ると、ものすごく不機嫌な声が聞こえてきた。


「……おはよう」

「え……?」


 亮はドキドキも忘れて、その人を見た。美鈴は驚くことなく声をかける。


「白石、おはよう」

(あんたはこの間、確認済みだからいいね。これで三人目)


「おはよう、祐」

(元気がないね)


 銀髪少年に、亮はいつも通り声をかけた。


「…………」

(もう、話すの面倒)


 祐は彼女に応えず、下駄箱を開けた。床に色とりどりの四角いものがどばっと散らばった。それらを、ロック界の王子様は紙袋に入れ始めた。


 いつも通りの朝。亮と美鈴は、プレゼントとファンレターを拾っている祐を残して、教室へ向かい始めた。


 八神と会う時間が迫っているとわかると、亮はまたドキドキしてきて、思考回路がストップ。その隣を歩きながら、美鈴はIQ二百の頭をフル回転させていた。


(あとは、彼だね)


 金髪の天使が、天才少女の脳裏に浮かんでいた。


(でも、この間、様子が変だったから、改めて確認する必要もない気がするんだよね。

 それに、撒かれる気がするんだよね。

 結構、彼は侮れないんだよ。たぶん、四人目)


 向かい側の校舎で、レースのカーテンが揺れる窓を見上げて、


(あぁ、あと、さっきの優雅な彼も入れておかないとね。五人か。他にも誰かいる?)


 美鈴は世界間を移動している人を探しまくっていた。



 結局、亮がドキドキを解消出来ないまま、朝のホームルームが始まってしまった。扉がガラガラと開けられる音が耳に入ってくるが、亮の視界は自分の震える手しか映っていなかった。教壇に近づく優雅な足音が聞こえ、なぜか、他のクラスメイトがざわつき始めた。


「先生、急にどうしたのかな?」

「何かあったのかな?」

「先生、何で?」


 何か、事件が起きているらしい。美鈴は亮に聞こえるように、


「心境の変化?」

(月曜の朝から、すごいことになりそうだね)


 何だかんだ言って、美鈴も結構ノリノリな様子。そんなことには気づかず、亮の心臓はバクっと大きく波打った。


(えっ! 心境の変化⁉ 変化どころじゃないよ。

 もう、先生の顔は見れないよ。

 ドキドキしすぎて、座ってるの、やっとだから)


 彼女は下を向いていたので、八神の心境の変化が何なのかを確かめることは出来なかった。美鈴はふたりを見比べて、


(何があったの、一体? あんたのそのドキドキぶりは何?

 どうしちゃったの? ふたりして。

 さらに、エスカレートしてるみたいだけど……)


 エスカレート、それが何を意味しているかは容易に想像できる。それは、亮を驚かせる、八神の罠。美鈴は小声で、親友に忠告。


「あんた、ハンカチ、口にしっかり当てときなよ」

「えっ⁉」


 亮は囁き声で、しっかり驚いた。


(ハ、ハンカチ? な、何で?)


 前の席に座っている誠矢が、ちょっと心配する。


(お前、今日、マジで後ろに倒れんじゃねえか?)


 右隣の祐は、ぼんやり廊下を眺め、


(俺は関係なし)


 彼は他人の振りをすることに決めた。斜め右前の席に座ってるルーは、嬉しそうに微笑む。


(よかったさん、会えて)


 ガタガタ震えていて、下を見続けている亮に、美鈴は二度目の忠告。


「ハンカチ、ちゃんと用意して」

(それだけでも、対策して)


「……う、うん。わかった」

(ハ、ハンカチだね。えっと……右のポケットに……)


 亮はポケットから、それをモゾモゾと取り出して、親友に言われた通り、口にピタッとくっつけた。少しざわついている教室に、出席を取る八神の優雅な声が舞い始める。


 しばらくして、亮の番になった。


「神月さん?」

「…………」


 亮は別のことを考えていて、自分が呼ばれたことに気づかなかった。八神の罠にまっしぐらである。


(夢の中のことは忘れないとね。

 だ、だから、呼ばれたら返事をいつも通り返さないとね)


 誠矢は口の端でニヤリとした。


(お前、もう気絶すんな)


 もう一度、八神の優雅な声が聞こえてくる。


「神月さん?」

(どうしたんですか? 

 朝の出席取りで、あなたが返事を返してこないのはおかしいですよ)


「…………」


 亮は二度目にもかかわらず、まだ考え続けていた、体をビクつかせながら。


(わ、忘れるのって難しいね。

 思い出さないようにって、考えると……また思い出しちゃって。

 ど、どうすればいいのかな?)


 そして、八神から何度も注意されている言葉がやってくる。


「神月さん、返事をしてください」


 いつもの言葉を聞いて、亮は我に返った。


「は、はい……」


 しかし、ハンカチでしっかり口を押さえていたので、八神まで声が届かなかった。彼は優雅に降参のポーズを取り、


(仕方がありませんね)


 亮のところまで、優雅な足音が近づいてきた。しかも、しっかり、亮の後ろーー彼女が驚く可能性が高い場所を狙って、八神の歩みは止まった。そして、神経質だが、柔らかさも含む策略家の声が背後から響いた。しかし、生徒と教師という立場を、きちんとわきまえた距離で。


「神月さん、どうしたんですか?」

(おかしな人ですね)


「いえ、大丈夫です」

(ドキドキはすごくするんですけど、何とか倒れないようにしてます)


 ずっと下を向いている生徒を、瑠璃紺色の瞳に映して、


(受け答えがおかしいみたいですよ)


 心の中で密かに注意し、八神の罠は発動し始めた。


「神月さん、顔を上げてください」


 それを聞いて、祐と誠矢は同時に思う。


(最終段階だ)


 亮は言われた通り顔を上げーー罠にはまり始めた。


「え、えぇっっっ!!」

(ど、どうして、そうなんですか!?)


 ぱっと立ち上がり、椅子を後ろへバターンと倒した。いつも通り、おかしな反応をしている亮に、教室中から笑い声が向かってくる。美鈴は嘆息し、椅子をしっかり元に戻して、


(やっぱり、やられたね。ハンカチだけじゃ対応しきれないよ、今日は)


 そう、今日は特別な罠なのだ。そのため、亮はそのまま後ろへ倒れ始めた。


 倒れると危ないーーという可能性が非常に高い。


 八神は瞬時に判断し、人として、教師として、ボケ少女を背中からさっと受け止めた。


「神月さん? 何を、そんなに驚いているんですか?」


 天敵、八神に急に近づかれたので、彼の腕の中で、亮は目を大きく見開き、


「えぇぇぇっっっ!!!!」


 学校中にとどろくような大声を上げた。ヒューに抱きかかえられたことを思い出して、彼女の足の力が抜けてゆく。


(うわっ! こ、これじゃ、夢の中と変わらないよ。

 し、しっかり立っておかないと、また抱きかかえられちゃうよ)


 前に座っていた誠矢が、振り返ってにやにやし、


(ここまで来っと、芸術だな)


 祐は隣で展開されている騒動に、不機嫌顔。


(驚きすぎだろう、それくらいの変化で)


 ルーは春風のようにふんわり微笑む。


(今の光は、彼にそっくりだよね)


 亮の口から、八神の罠の全貌が明らかになる。


「せっ、先生、どう……して、今日は……眼鏡じゃないんですか?」

(ヒューさんにそっくりです!)


「心境の変化ということにしておきましょうか」

(久しぶりですね、眼鏡をかけないのは)


 八神は至福の時というように、優雅に微笑んだ。


「そ、そうなんですか」

(先生も、心境が変化したんですか?

 自分もしましたけど、あまりいいことじゃない気がします)


 いつまでも、自分に寄りかかっている生徒に、教師という立場で、八神は、


「どうしますか? 保健室に行きますか?」

(いつまでも、こうして支えておくわけにはいきません。ここは、学校です。

 私は教師で、あなたは生徒なんですから)


 密着している生徒を教師。彼らにクラスメートの視線が集中する中、亮は何とか体勢を立て直そうとするが、出来ずに、


「いえ、だ、大丈夫です」

(どうして、 眼鏡かけてこないんですか? もうギブアップです!)


 瑠璃紺色の瞳の八神がくすくす笑い出した。


(大丈夫ではないみたいですよ。仕方がありませんね)


 罠にしっかりはまって、立つ力さえ奪われた生徒ーー亮を、教師ーー八神はきちんと席に座らせて、しっかり注意する。


「神月さん、返事はしてください」

「は、はい……」


 心臓バックバクの亮を背にして、八神は教壇へ戻り始めた。

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