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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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ずれ始める時間

 ヒューは闇と無音の眠りから引き上げられると、ベッドに一人きりだった。


「目が覚めてしまったんですね」


 上半身を起して、彼は繊細な指で髪をかき上げた。夢の余韻に浸りながら、優雅な笑みという盾ーー決して感情を見せない八神にしては、珍しく素直に微笑み、


(素敵な夢でしたね。神月さんまで出て来ました。おかしな夢です。しかし、なかなか興味深いです。また、見れたらいいですね)


 優しく甘い気持ちに包み込まれた。彼がいつも通り眼鏡を取ろうとした時、扉がノックされた。


「はい?」 

「光様、おはようございます」


 少し年老いた声が返って来た。


「どうぞ」


 八神が返事をすると、使用人が一人部屋へ入ってきた。男はベッドの脇まできて、心配そうな顔を向け、


「もうよろしいんですか?」

「えぇ。また、迷惑をかけてしまいましたね」


 さっきまでとは違った感情が八神の中ににじんでゆく、生徒の前では決して見せない仕草ーー目をそっと伏せた。使用人は首を横に振り、少し微笑んで見せる。


「いえ、とんでもございません」


 なぜか体中で感じるめまいを覚え、八神は静かに言葉をつむぐ。


「朝食だけをお願いします」

「かしこまりました」


 使用人は頭を丁寧に下げ、部屋から出ていった。


 着替えを軽く済ませ、八神は眼鏡をかけ、食堂へと廊下を歩き出した。突然、広がった夏の日差しに眼を細める。ガラス張りになった廊下で、彼は不意に立ち止まった。彼の視線の先には、整ってはいるが、緑ばかりが生い茂る中庭があった。あの夢の中の、紅茶の香り、海風の感触、いつもと違う感情。それらがふと蘇って、


(そうですね……そうしてもらいましょうか)


 彼は少し微笑んで、また歩き出した。



 朝食を取り終えて、紅茶をゆっくり楽しみながら、八神はさっき廊下で思いついたことを、使用人へ伝えた。


「中庭を、少し整えてもらえますか?」

「かしこまりました。いかがなさいましょうか?」


 使用人はなぜか少し嬉しそうな顔をした。八神は冷静な頭の中で、整理したことーー希望を口にする。


「いくつか花を新しく植えてください」

「かしこまりました。庭師へ伝えておきます」


 使用人は少し頭を下げた。そこへ、八神の言葉の続きが、


「何をどこに植えるかは私が指示を出します」

「さようですか、かしこまりました」

「お願いします」


 八神は紅茶を飲み終えると、また自分の部屋へ戻った。テーブルの上に用意された新聞に視線を落とし、


(七月十日、金曜日。一日、日付が過ぎているんですね)


 そのことに気づいたが、不思議なことに策略家は、


(それで、ずいぶん長い夢を見たのかも知れません)


 少し微笑んで、追及もせず、冷静な頭脳を稼働させるでもなく、新聞に目を通し始めた。



「んー、はぁー」


 亮は大きく伸びをして、ベッドから起き上がった。枕元のテディベアを見て、嬉しそうに、


「そういえば、夢の中の先生の髪の色と同じだったね。マリアちゃん、可愛かった。あのブランコもすごかったね」


 亮は、そこで、とんでもない出来事に気づいて、急に大声を上げた。


「えぇっ! そ、そうだよ。夢の中とはいえ、先生とキスしちゃったよ。ど、どうしよう……」


 次いで、手足がガタガタ震え出して、


「その上、下着姿まで見られて……。あ、でも大丈夫だよ、夢だから。き、気にしないことにしよう」


 だが、思考とは正反対に、心臓がばくばく高鳴り出した。


「き、気にしない。き、気にしないよ。ダ、ダメだね。どんどん、ドキドキしてくるよ。どんな顔して先生に会えばいいんだろう? あっ、そうだ! 先生は夢見てないから、大丈夫だよ。だから、自分が気にしなければ、きっと……大丈夫?」


 八神の優雅な笑みがいきなり、割って入ってきて、亮はびっくりして飛び上がった。


「えぇっっ!! 大丈夫じゃないよ! ど、どうしようかな……? 授業ちゃんと聞けないよ。と、とにかく何とか落ち着く方法を考えないとね。今日は、数学ないから、ホームルームだけ何とかすれーー」


 亮は携帯に手を伸ばして、斜めに傾けた。画面が光をぱっと放ち、彼女は固まった。


「えっ? あれ、金曜だ。何で?」


 彼女は夢を見る前の日を思い返して、


「水曜だったよね? 雷が鳴ってて、ルーに車で送ってもらったよね? そのまま一回寝たから、やっぱり木曜日……?」


 もう一度、携帯を確認してみるが、


「でも、金曜だ。……昨日、ぼんやり過ごしたのかな?」


 亮は天井を見上げ、ない頭を絞らせる。


「んー、よく覚えてないね。たぶん、知らないうちに一日終わっちゃったんだね。そうだね、きっと」


 先走りの彼女は、ちゃっちゃと考えを片付けーー納得しようとして、また大声を上げた。


「えぇっっっ‼ 金曜日ってことは、今日、数学あるよ。ど、どうしよう……二時間目だよ。 先生に会うまで、心の準備が出来ないよ!」


 右往左往しそうになると、いきなり、ヒューと話したことが鮮明に浮かび、亮は嬉しそうに微笑んだ。


「夢の中の先生は、とても幸せそうだったね」


 今度は、彼女の脳裏に別のことが横切ってゆく。


「で、でも……。な、何で、急に抱きかかえたりするのかな? そ、それは自分の願望?」


 自分の出した答えにびっくりして、亮は大声を上げた。


「えぇっっ‼」


 狭い部屋の中を、行ったり来たり、せわしくなくなった。


「な、ないと思うよ。きっと、ないよ。ど、どうして、わざわざ自分のドキドキすることを夢で見なくちゃいけないんだろう?」


 首を傾げ、おかしな方向へ亮は向かい始め、


「と、とにかく、今日からちゃんと夢みたいにならないように、自制しなくちゃいけないね。よし、がんばろう!」


 彼女は右手を高々と上げ、妙な気合いを入れた。そして、制服をハンガーからさっと外して、着替え始めた。



 いつも、亮が二階にいる間、愛理の声がかかるのだが、なぜか今日はかかってこなかった。不思議に思いながら、亮はリビングに入り、ダイニングテーブルでぼんやりしてる姉を見つけ、


「お姉ちゃん、おはよう」

「あぁ……おはよう」


 愛理にしては珍しく、元気がなかった。亮はカバンを足下に置きながら、首を傾げる。


「どうしたの?」

(お姉ちゃんが元気ないなんて、変だね)


「ちょっと疲れてるみたいなの」

(一日、日付が過ぎてるなんて、よっぽど疲れてるのね)


 愛理は少しため息をつき、ひたいに手を当てた。亮は姉の顔を覗き込み、


「大丈夫?」


 愛理は妹を心配させないよう、無理やりテンションを上げた。 


「大丈夫よ。今日、正貴さんと合う約束したから♡」


「あぁ、そうなんだ」

(やっぱり、お姉ちゃんは元気じゃないとね)


 亮はほっと胸をなで下ろした。愛理はいつも通りのきゃぴきゃぴ声で、


「さあ、食べましょう!」

「うん!」


 亮が元気にうなずくと、姉妹そろって朝食を食べ始めた。

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