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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
14/41

ふたりの姫

 コランダム城の玄関へ馬車は滑るように到着し、そこから下りたふたりは城の中へと案内された。

 重厚な扉を開くと、大きな玄関ホールが。


 大理石で出来た床。

 天井には素晴らしい絵画。

 中央には、招き入れているような真っ赤な絨毯。

 その奥は二階へと続く、立派な階段。


 本当の城を目の当たりにして、リエラはキョロキョロとあたりを見渡し始めた。


(すごいね。窓がいっぱいあって、明るい!)


 そこへ、ヒューの声がかかる。


「リエラさん、こちらへどうぞ」

「あ、はい」


 右手に歩き出したヒューのあとを、彼女は素直についていった。

 廊下にも、綺麗な赤の絨毯が敷いてあり、壁には絵画、台の上には壺や立派なオブジェなどが飾られていた。リエラはそれらを見て、ちょっとドキドキする。


(壊さないように、気をつけないとね)


 何だか、違う心配をしていると、曇りひとつないガラス張りの廊下へ差しかかった。そこで、リエラの目に飛び込んできたのは、色鮮やかな緑と、たくさんの花や木々ーー手入れの行き届いた庭園だった。姫はそれを眺め、素直に、


「すごく綺麗ですね」

「そうですか……」


 ヒューがいつも使う、間の置く言葉とは違う何かを、リエラは見つけ、違和感を持った。


(あれ、何か変だな?)


 立ち並ぶガラスの廊下の一部分に、従者が控えていた。そこだけ、窓が明け放れていて、ヒューは一度立ち止まり、リエラへ振り返った。


「さぁ、こちらへどうぞ」


 彼女は庭へ案内されたので、ちょっと驚き、


「外でお茶ですか?」

(今日は部屋じゃないんだ)


 ヒューは瑠璃色の髪をかき上げながら、空を見上げた。


「えぇ、今日は天気がいいですからね」


 リエラはさっきヒューの腕の中で見た空を思い出し、ドキッとした。


「そ、そうですね」

(何だか、またドキドキしてきたよ。

 お、落ち着かないとね。

 先生と、これからお茶するわけだから。

 もっと、ドキドキするから、今からこんなにドキドキしてたら……倒れちゃうよ)


 リエラを気にすることなく、ヒューは少し遠くを指し示して、


「あちらですよ」


 リエラがそっちを見ると、


 真っ白なテーブル。

 美しい細工の施された椅子。

 美味しそうなお菓子。

 銀のティーセット。

 夏の陽射しを防ぐ、水色のパラソル。


 それらがセッティングされていた。そのまわりには、召使いと従者が数人いて、丁寧にふたりに向かって頭を下げていた。リエラはすぐ隣で案内している瑠璃色の髪の人をちらっと見て、うんうんうなずく。


(本当に王子様なんだ、先生は)


 その時、近くにあった茂みから、ピンクのフワフワしたドレスがぱっと飛び出てきた。ヒューへ近づいてくるのを、リエラは見つけ、


(え、何?)


 不思議に思っていると、ヒューのひざ下でピタリと止まった。ピンクのリボンと瑠璃色のくるっとした髪を見つけて、リエラはびっくりする。


(子供だ! 先生の子供? あれ?

 でも、先生、結婚してなかったような?

 夢だから、結婚してることもあるのかな? んー……?)


 ぼんやり考え出したリエラを置いて、小さい人はヒューに声をかけた。


「おにいさま、おかえりなさい」


 ヒューは自分と同じ瑠璃色の髪を優しくなで、


「ただいま戻りましたよ」


 そして、ボケボケ姫に顔を向け、


「リエラさん?」


 彼女はまだ考え中だったので、返事を返さなかった。


「…………」

(確かに、自分の両親は違う人だし……。

 でも、お姉ちゃんがいるって言ってたよね?

 ……何だか、わからなくなってきたね)


 こんがらがっているリエラに、ヒューはもう一度、


「リエラさん、返事をしてください」

(どうしたんですか? 急に黙り込んで)


「え……あ、は、はいっ!」


 リエラはいつも言われている言葉で、我に返った。ヒューはあごに手を当てて、彼女をじっと観察する。


(何を考えていたんですか?)

(えっと……)


 瑠璃紺色の瞳をまっすぐ見返しながら、リエラはまたドキドキしてきた。見つめ合ってるふたりの下から、控えめな声が聞こえてくる。


「あ、あの……」


 ヒューはその人に気づくように、リエラに視線で下を見るよう促した。


「リエラさん?」

(もう一人いますよ)


「はい。あ……」


 彼女は王子の瞳から、ピンクのリボンへを顔を向けた。


(えっと、誰かな?)


 そこで、リエラは大切なことに気づいた。急にしゃがみ込んでーー目線を同じくして、女の子に優しく声をかけた。


「こんにちは、初めまして。リエラ カリアントです。よろしくね」


 その子はスカートの裾を両手で少し広げて、しっかりお姫様ご挨拶で、


「マリア ウィンクラー、五さいです。よろしくおねがいします!」


 そこで、リエラは違和感を抱いた。


(ん? 何だかおかしいね)


 そんなことはお構いなしで、マリアが嬉しそうに、


「にんぎょさんですか?」


「え……?」

(あれ、変だね)


 リエラはさっきからある違和感の原因を探るために、空を見上げた。質問されたのに返事もせず、別のところを見ている彼女に、コランダム兄妹は首を傾げた。


(リエラさん、またですか?

 聞かれたことには、きちんと返事をしてください)


 ヒューは優雅に降参のポーズを取った。マリアが兄の袖口を引っ張って、兄は妹と視線を合わせた。


(仕方がありませんね)


 小さな姫の要求を叶えるため、ヒューは、


「リエラさん?」

(彼女の問いかけには答えてください)


 リエラは我に返って、空から視線を落とした。


「あ、はい」

(えっと、何をしてたっけ?)


 ヒューは彼女にさらに下を向くように合図をする。


(私ではなく、彼女の質問ですよ)

(下ですか?)


 リエラは珍しくちゃんと理解して、地面へ顔を下ろそうとして、不思議そうな顔をしているマリアと目が合った。


「ご、ごめんね、もう一度、言ってもらっていいかな?」


 ニッコニコの笑顔で、マリアは元気に、


「はいっ、にんぎょさんですか?」

「あぁ、はい、そうです」


 なぜか、リエラは丁寧に応えた。


(あれ、やっぱり変だね。何がおかしいんだろう?)


 しゃがみ込んだまま、また考え始めたリエラに、ヒューの優雅な声が。


「リエラさん、こちらへどうぞ」

「あぁ、はい」


 リエラは立ち上がって、召使いに引いてもらった椅子に腰掛けた。テーブルの上を見て、彼女はさっきまでのことはすっかり忘れて、


(うわ、すごい! ケーキに、フルーツ、サンドイッチまである。本当に、アフタヌーティだ‼)

「すごいですね」


 目をキラキラ輝かせたリエラは、感性で動いているので、何でもそう表現してしまう。そんな彼女を前にして、冷静な頭脳の持ち主のヒューは、ただ相づちを打った。


「そうですか」

(どちらからそちらの言葉に、なったのでしょう?)


 それぞれのカップに琥珀色した、絹のような滑らかな紅茶が注がれた。さわやかな風と緑の香りが、穏やかな時間を刻む。


「外で飲むのも、いいですね」


 リエラはティーカップを持ちながら、ヒューに嬉しそうな顔を向けた。彼はマリアの好きなケーキを取りながら、


「そうですね」


 とても優雅で和やかな時が流れていたのに、リエラの発言でぶち壊しになった。


「ヒューさんのお子さんですか?」


 ヒューは急におかしくなって、くすくす笑い出し、


(あなたは、先ほどの話を聞いていなかったんですか?)


 マリアはケーキにフォークを刺したまま、きょとんとした。


「え?」


 リエラもきょとんとする。


「え?」

(何で、先生は笑ってるんですか?)


 ヒューは口元に手を軽く当てて、笑いをこらえながら、


「マリアはさっき、私のことを『お兄さま』と呼びましたよ」

「え……?」


 言われて、リエラはさっきの会話をリプレイ。


(マリアちゃんはヒューさんの足にしがみついて、『おにいさま、おかえりなさい』って言った。あ、本当だ!)

「そ、そうでした。すみません」


 素直に謝ったリエラに、小さなマリアが笑顔で、


「にんぎょさんは、おもしろいひとです」


「えぇっ!」

(な、何で? 人魚が、お城になったの? 魔法使いに、姿を変えられた?)


 リエラは全然、違う解釈ーー大暴投をして、倒れそうになった。ヒューはふたりの会話を聞いて、くすくす笑う。


(意味が通じていないかも知れませんよ、マリアさん)


 彼は紅茶を一口飲み、大人の口から伝えた。


「マリアは私の妹ですよ」


 そして、彼の心の奥底にしまっておいた何かが、表に出ようとして、


(そうですね。

 子供と思われても、おかしくないのかも知れません。

 五歳と二十五歳ですか。

 二十年も間があいていますからね)


 ヒューは感情という名の生き物に引きずられそうになって、少しため息をついた。物憂げな王子の瞳に、リエラは視線を止めた。


(また、淋しそうな目してる。学校で、時々、見る先生と同じだ。どうしたのかな?)


 ぼんやり考え始めた、大人ふたりに幼い声が、


「あ、あの……」

「はい?」


 ふたりが我に返って、そちらを見ると、そこには、嬉しそうに微笑んでるマリアが。ヒューが優しく聞く。


「どうしたんですか?」

「あ、あの……」


 マリアはちょっとモジモジして、リエラをうかがっていた。見られている彼女は首を傾げて、


(どうしたのかな? マリアちゃん、ちょっと恥ずかしそうだけど)


 ヒューは情報を冷静に整理し始めた。


 マリアはリエラさんを気にしているように見える。

 人魚の話が好き。

 彼女の望み……そうかも知れませんね。


 彼は妹が何かを言いたいか理解して、彼女に優しく、言葉という手を差し伸べた。


「自分で言えますか?」

「はいっ!」


 マリアは右手を上げ、元気一杯で応えた。リエラは不思議そうに、コランダム兄妹を代わる代わる見て、


(何の話だろう?)


 マリアは大きく深呼吸をして、自分の想いを素直に伝えた。


「あ、あの……おともだちになってください」


 リエラはそれを聞いて、とびきりの笑顔になった。


(すごく可愛いね。友達は楽しいよね)


 彼女は幸せな気持ちで満たされ、マリアの言葉に合わせて、


「あぁ……はい、もちろんです」

(あ、おかしいのわかった)


 そこでやっと、リエラはさっきから感じてる違和感の原因に気づいた。彼女は急に意識がはっきりしてきて、


「マリアちゃん、友達になるのに、約束して欲しいことがあるんだけど、いいかな? 大切なことだよ」

「はい」


 元気にうなずいた妹の隣で、リエラの異変に気づいた、ヒューは彼女をじっとうかがった。


(おや? 様子が変わったみたいです)


 リエラは彼の視線に気づかず、マリアの小さな瞳を覗き込んで、


「丁寧な言葉で話さないって、約束してくれる?」

(だから、さっきから変だったんだ)


「え……?」


 マリアは意味がわからなくて、きょとんとした。ヒューはそれを聞いて、少し微笑む。


(先ほどから、あなたが何か考えごとしていた原因は、そちらだったみたいです。

 あなたは、友達に対して丁寧な言葉遣いはしませんね)


 真剣な顔をして、マリアを見つめているリエラに、策略家は少し違う気持ちを抱き始めた。


(知りませんでしたよ、あなたの中にそのような一面があったとは。

 私が思いつかないことをするみたいです)


 妹が理解出来るように、ヒューはリエラの言葉を説明した。


「マリアさん、『はい』や『です』『ます』ではない、話し方をして欲しいそうですよ、リエラさんは」

「あ、はい。でも……」


 マリアは少し戸惑って、召使いや城、兄に視線を彷徨わせた。しっかり教育を受けている、少し窮屈な妹に、ヒューは優しく微笑む。


「リエラさんと話す時だけなら、構いませんよ。それが彼女の望みなのですから、お友達の願いを聞いてあげてください。マリアさんにとっても、とてもいいことかも知れませんよ」


 リエラはマリアへ身を乗り出して、


「どうかな?」

「はい、わかりました」


 マリアはいつもの癖で、丁寧になってしまった。それを見逃さず、リエラは悪戯っぽく微笑む。


「あれ?」

「あ……うん、わかった」


 マリアはすごく嬉しそうに笑った。ヒューはその顔を見て、珍しく幸せそうな顔を見せた。


(子供らしいですね。そちらの方があなたには合っているのかも知れません)


 さっそく友達になったマリアは、人魚姫に質問。


「なんてよべばいいかな?」


「リエラでいいよ」

(みんな、呼び捨てだもんね)


 彼女は祐たちの顔を思い浮かべた。マリアはちょっと首を傾げ、


「んー、リエラおねえちゃん?」


「何だか、不思議な感じがするね」

(お姉ちゃんか。呼ぶことはあっても、呼ばれることはないもんね)


 リエラはちょっとくすぐったい気持ちになった。マリアはきょとんとする。


「ふしぎ?」

「あぁ、ううん。それでいいよ」


 リエラは首を横に振って微笑み返し、


「うん、わかった」


 マリアは嬉しそうに、テーブルの下で足をパタパタさせた。ヒューは優雅に紅茶を飲みながら、ふたりの姫の会話を楽しんでいる。


(なぜか、初めてではない気がします。

 こうして、ふたりの会話を側で聞いているのは)


 マリアはあることを思いついて、


「かみかざり、とってもらってもいい?」

「うん、いいよ」


 直感型のリエラは、何も考えもなしにあっさりokしてしまった。傍で聞いていた、ヒューはひとつ嘆息。


(本当によろしいんですか?)


 彼の心の内には気づかず、リエラは髪飾りをぱっと外した。すると、まぶしい光に包まれて人魚姿に。美しい庭園に、人魚。どう考えても、アンバランスな風景。だが、小さな姫ーーマリアは大喜びで、手をパチパチし始めた。


「すごい、まほう!」

「そうだね」


 リエラは素直にうなずいた。ヒューは遠くの草花を眺め始める。


(本当に、そちらの姿になってよかったんですか?

 私は気にしませんが、あなたは気にするのではないんですか?)


 兄の心配事を、マリアは子供らしく伝えきた。


「かいがらがきれい!」

「あぁ、ありがとう……!?」


 リエラは自分の胸を見下ろし、目を大きく見開いた。


(うわっ! 下着姿だ)


 思いっきりボディラインの出た胸元から、ヒューの方を恐る恐る見ると、彼は明後日の方向を見ていた。


(先生、気づいてないですよね?

 だ、大丈夫ですよね?

 す、すごく、恥ずかしいので、そのまま気づかないで下さい)


 リエラは心の中で必死に願いながら、マリアに焦点を合わせ、


「マっ、マリアちゃんもういいかな?」

「え……?」


 マリアは不思議そうな顔をした。そこへ、ヒューの声がやって来た。


「恥ずかしいそうですよ、リエラさんは」

(驚きますか?)


 素知らぬふりして、また、罠にはめていた。リエラはびっくりして飛び上がった。


「えぇっ‼」

(先生、先に言ってください。あとから言われると、もっと恥ずかしいです!)


 水面からぴょんと跳ね上がったような人魚姫を見て、ヒューはくすくす笑った。


(なかなか面白い夢ですね)


 子供のマリアは大人ふたりが何をしているのかわからなくて、不思議そうに眺めていた。リエラは緊張で震えている手で、髪飾りを挿した。すると、今度はパステルグリーンのドレスに大変身。ヒューはそれを見て、目を細める。


(本当に魔法みたいです)


 非日常に触れていると、そこへ男の声が不意にかかった。


「ようこそいらっしゃいました」


 リエラが声の主を見ると、綺麗な貴族服を着た男と、淡雪のようなドレスを身にまとった女がこちらへ向かって歩いてくるところだった。


(もしかして、ふたりの両親かな?)


 リエラは大暴投もせず、きちんと正解にたどり着き、慌てて立ち上がり、


「お、お邪魔してます。リエラ カリアントです」

「どうも初めまして、ダイン ウィンクラーです」


 ヒューに似て、上品な面差しの男が少しだけ頭を下げた。次いで、女が優雅に微笑む。


「エマ ウィンクラーです。ようこそいらっしゃいました」


 ブロンドの髪に、白を基調にした綺麗な刺繍が施されたドレス。召使いの引かれた椅子に、上品に座ったふたりを前に、リエラはドキドキした。


(す、すごいね。な、何だか、自分とは違う世界に住んでるみたいだなぁ)


 召使いはダインとエマのカップに紅茶を注ぐ。


「先日は息子の命を救っていただいて、ありがとうございました」


 ダインに丁寧にお礼を告げられ、リエラは恐縮した。


「いえ、とんでもないです。よかったです」


 マリアは両親に嬉しそうに、


「おとうさま、おかあさま、おともだちになってもらいました」

「そう、よかったわね」


 エマはにっこり微笑んで、小さな娘の頭を優しくなでた。召使いがエマとダインにデザートを差し出して、リエラたちに紅茶のおかわりを注いだ。


 爽やかな風。

 上手に配置された雲が浮かぶ空。

 のびのびと咲いている花々。

 癒しを与える紅茶の香り。

 しばらく、ゆっくりと静かで、優雅な時が流れていた。

 パラソルを追い越して、夏の陽射しがテーブルに届きそうになった時、マリアは嬉しそうな声を響かせた。


「うみのはなしをきかせて」


 その言葉遣いに、ダインとエマはびっくりした。今まできちんと丁寧語で話していた娘が、突然タメ口をきいたのだ、無理もない。ふたりの心の内に気づかず、リエラは持っていたクッキーをほお張って、


「そうだね? のんびりしてて、みんな仲がいいかな」

「みんな?」


 マリアは目をキラキラさせた、どんな世界が広がってるのかを想像して。リエラはまたしっかりした瞳になる。


「うん、色々なお魚さんがいるでしょ?」

(みんな言葉をしゃべるから、すごく面白い)


「うん」


 マリアは絵本で見たことしかない、海の生き物を思い浮かべた。


「みんなが友達なんだよ」

(生誕祭の時も、みんながお祝いしてくれて。すごく楽しかった)


 リエラは海の底でのパーティを思い浮かべて、すごく幸せな気持ちになった。


「すごいね」

「そうだね」


 マリアとリエラは同じ気持ちでうなずいた。ふたりのやりとりを黙って見ていた、他の三人は微笑ましくなった。マリアが子供らしいことを口にする。


「わたしもいってみたい!」


 リエラはちょっと残念そうに、


「んー、ちょっと難しいかな」

(溺れちゃうもんね。行きたい気持ちは、よくわかるけど……)


「あ、そうだよね」


 マリアはちょっとしょんぼりした瞳を、芝生へ向けた。子供を元気づけることを思いついた、リエラは明るく打開策を公表!


「じゃあ、こうしよう!」


 マリアはぱっと顔を上げて、期待の眼差しを人魚姫に送った。


「えっ?」


「また、マリアちゃんに会った時には、海の中の話を聞かせてあげる。それでどうかな?」

(連れていってあげられないから、お話いっぱいしてあげよう)


「うん、ききたい!」


 マリアは嬉しそうに、足をパタパタさせた。さっきまで黙って聞いていた、ダインが、


「そうしてもらいなさい」


 リエラは我に返って、自分の先走りを謝った。


「あ、すみません。勝手に決めてしまって」

(そ、そうだった。

 マリアちゃんは子供だから、お父さんとお母さんに相談しないといけなかったね)


 エマはリエラに優しい笑顔を向け、


「いいえ、いいんですよ。マリアはこの通り、一人で過ごすことが多いのです。ですから、友達はいないのです。リエラさんさえよろしければ、いつでもいらしてくださって構いませんよ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ヒューと同じような丁寧な口調、優雅な物腰、それらを肌で感じたリエラは、


(本当に先生の家族って感じがする)


 とても幸せな気持ちになった。また人魚姫がやってくることになって、マリアは嬉しそうに微笑んだ。


「よかった」


 そこで、リエラはさっきから話に参加していないヒューをちらっとうかがった。彼は神経質な指でナプキンをもてあそびながら、目を細め、何かの余韻に浸っているような面持ち。


(すごく幸せそうな顔してるね、先生も)


 リエラは不意に左手を引っ張られ、我に返った。視線を落とすと、退屈になってしまったマリアがいた。


「おねえちゃん、こっちにきて」

「え、何?」


 リエラはきょとんとした。マリアは人魚の腕をさらに引っ張って、


「くればわかるよ」

「わかる?」


 リエラは首を傾げ、また考え始めようとした。それを、優雅な声が阻止する。


「行ってみれば、わかりますよ」

(マリアの願いを聞いてあげてください)


 いつもと違って、陰りのない瞳のヒューと、視線がぶつかった。


「わ、わかりました。ちょっと、失礼します」

(先生が言うんだから、行かないとね)


 リエラは少し頭を下げて、マリアと一緒に席を外した。ふたりの姿を見送り、エマは紅茶を一口のみ、一息ついたところで、


「とても素直で素敵な方ね。マリアのあんな顔を見たのは、初めてだわね」

「そうだな」


 ダインはケーキを一切れ口に入れた。


「危険な目に遭いましたけど、よかったのかも知れませんね」


 エマは上品に微笑んで、ヒューを意味あり気に見た。ダインも息子に妻と同じ視線を送った。


「ヒューはどうだね?」


 両親の口ぶりと今までのことから、策略家はある可能性をはじき出した。


 私とリエラさんの結婚を望んでいるーーという可能性が高くなった。


 彼は悟られないよう優雅な笑みで、冷静さを保ちながら、


「そちらは、マリアのことですか? それとも私のことですか?」

(結婚のために、私にリエラさんを迎えにいかせたんですね。

 王子と姫といえば、そういう話が出て来ても、おかしくはありませんからね)


「もちろんあなたの方ですよ」


 エマはヒューをしっかりと指名した。ダインは意味あり気な顔を、息子に近づけて、


「さっき聞いたぞ。なかなか息が合ってるそうじゃないか」

「そうですか?」


 ヒューはおかしくなって、くすくす笑った。


(なぜ、そのような解釈になるのでしょう?

 私たちの結婚をそんなに望んでいるんですか?)


 彼は側に控えていた召使いと従者を、瑠璃紺色の瞳に映した。視線をそらしている息子に、エマが母親らしく注意する。


「もう今年で、あなたも二十歳になるのですから、そろそろ考えないといけませんよ」


 ヒューはその言葉に微笑むーー冷静さを持って受け止めた。


(二十歳ですか。そちらの可能性が高くなった)


 息子の心の内など知らず、ナプキンで口を拭いたダインは、結婚間近だと期待して、


「それに、私はお前が結婚したら、王位は譲るとみんなに言ってあるのだから」

「みんなとは、どなたのことですか?」


 ヒューは少し微笑んで、一口紅茶を飲んだ。


「ギルドと城の者たちに、決まっておる」


 ダインは当然というように返した。ヒューはティースプーンに指を少しかけ、ただ相づちを打つーー間を置く言葉を使った。


「そうですか」

「今度の誕生日パーティに招待したらどうだ?」


 乗りに乗って来たダインは、息子に結婚への近道を提案をした。


「考えておきますよ」


 ヒューは何気ない感じで言い、話をはぐらかした。


(誕生日パーティに個人的に招待するということは、結婚を前提にお付き合いをするということになってしまいます。

 困りましたね。

 ずいぶん現実的な話です。

 私は夢は夢として、見ておきたいのです。

 しかし、彼女と話すのは嫌いではないですからね)


 策略家は至福に誘われるように、優雅に立ち上がった。


「私も行ってきますよ」

「いってらっしゃい」


 国王夫妻は着実に結婚へと動き出していると期待し、にっこり微笑んだ。


 ヒューはリエラたちがどこへ向かったのか見当がついていた。Legend of kiss始まって以来の謎、なぜか、ヒューは城の中で彷徨さまようことがなかった。


 中庭の芝生の上を優雅に歩きながら、ひときわ大きな木を目指す。木々や花が左右に通り過ぎてゆくと、星空のような白い花を散りばめた、まあるい緑の帽子をかぶった大木が姿を現した。根元近くまで来ると、ふたりの楽しそうな声が聞こえてきた。


「あははは……!」


「きゃあ!」

(楽しんでいるみたいです)


 ヒューは垣根を曲がって、ふたりを瑠璃紺色の瞳で捉えた。海風が少し強く吹き、瑠璃色の髪が舞い上がった。乱れたそれをかき上げながら、


「気分はいかがですか?」


 太い木の枝に吊るされた大きなブランコ。そこに、ふたり仲良く並んで、ビュービューと近づいては遠ざかるを繰り返している、リエラとマリアが同時に、


「楽しいでーす!」

「そうですか」


 ヒューの心が幸福で満たされてゆく。リエラが飛び切りの笑顔で、


「ヒューさんも乗りますか?」


 その言葉を聞いて、遠慮するのかと思いきや、策略家の彼にしては珍しく、素直に肯定した。


「えぇ、そうさせてもらいます」


 大きなブランコはすうっと止まった。ヒューがロープに手をかけ、反対側にいるリエラと、マリアを挟むような形で乗り、大きく漕ぎ出した。ヒューは寄せては返すブランコの動きに、緑と潮風の匂いを体中で感じると、彼の心もスウィングし、脳裏に言葉が並び始めた。


(風と匂い。

 言葉と想い。

 遠く……近く。

 久しく……新しい。

 どちらなのでしょう?)


 リエラはそっと見つめる、揺れる瑠璃色の髪に垣間見える、ヒューの瞳を。


(すごく幸せそうな目してる。

 先生……ううん、ヒューさんはとても優しい人なんだ)


 マリアはふたりの間で、右手にヒューと左手にリエラの服をしっかりつかんで微笑んでいた。



 夕方に、ヒューはリエラを海岸まで送り届けた。そして、マリアとの約束を果たすため、ヒューのベッドで眠りにつこうとする妹に、絵本を読み聞かせる。


「The Prince's face regained some color but his eyes were still closed. The mermaid kissed his handsome forhead and pulled back his hair. He looked……」

 しばらくすると、マリアの小さな寝息が聞こえてきた。それに優しく微笑んで、ヒューもベッドに潜り込む。


(本当にThe Little Mermaidみたいです)


 幸せなような、切ないような気持ちを味わいながら、彼は深い眠りへ落ちていった。

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