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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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夢の続き

 胸の苦しさを覚え、


「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……!」


 急激に意識が現実へと戻され、八神は目をすっと開けた。天井をあちこち見渡す、咳をしながら。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


 眠る前と、明らかに体の様子がおかしいことに、彼は違和感を強く覚えた。


(なぜ、こんなに苦しいのでしょう?)


 息を整えようとするが、器官に張りつくような痛み。そして、また咳が。


「ゴホッ、ゴホッ……!」


 策略家の冷静な頭脳は咳に邪魔され、上手く情報を整理出来ないでいた。その時、不意にドアの開く音がし、


「ーーヒュー様っ!」


 誰かが走り寄ってくる気配を感じる。


「大丈夫でございますか?」


 呼ばれた名前に、瑠璃紺色の瞳を少しだけ細め、


「……ゴホッ、ゴホッ!」

(また、あの夢を見ているみたいです)


 召使いは枕をベッドの背もたれに立て掛け、王子を起こし、


「ゆっくりと息を吸ってください」

「……ゴホッ、ゴホッ!」


 背中をさすられつつ、ヒューはひとつひとつ情報ーー前回の出来事を整理し始めた。


(溺れているマリアを助けるため、海へ飛び込んだ。

 力が尽きて、海の底へ沈み……意識を失った……)


 手元のシーツをきつく握り、そっと目を閉じた。


(生きていなければいけない……そういうことでしょうか?

 なぜ、このようなことにーー)


【……に属する者】


 まるで、癒しの光りが降り注ぐように、ヒューの脳裏に、海で溺れた直後の海岸で、息苦しさの中で、聞いた声がすうっと蘇った。


『無事でよかったです』


 そこで、嘘のようにぴたりと咳が止んだ。目を閉じたまま、静かに呼吸を整える。


「…………」

(懐かしい……)


 胸の奥底から切なさが溢れ、別の苦しさがにじむ。だが、それは、とても心地のよいものだった。


(とても懐かしい。ずっと待ち望んでいた声。なぜ、そう思うのでしょう?)


「あまり無理はなさらないでください。まだ、一晩しか経っていないのですか」


 召使いの『一晩』という言葉に、ヒューは現実に引き戻され、目を開けた。


「っ!」


 ーーそちらの可能性が高くなった。

 

「……ゴホッ!」


 導き出した可能性があまりにも重大だったため、彼はまた咳き込んだ。王子の背をさすりながら、召使いは、


「今日はあまり、お話にならない方がよろしいそうですよ」


 ヒューは視線だけをちらっと向け、


「そう……ゴホッ……ですか……」


 そこで、彼は自分と同じ瑠璃色の髪をした小さな姫を思い出した。


「マリア……は……どうしていますか?」

(陸へ引き揚げられたのは覚えていますが……)


 召使いは安心させるように、優しく微笑む。


「大丈夫です。少し水を飲まれたようですが、大事には至らないそうです」

「そう……ですか……」


 再びベッドに横になったヒューに、召使いは布団をかぶせ、


「それよりも、ヒュー様のことを心配していらっしゃいましたよ」

(この部屋へお入りになりたいと、何度もおっしゃっていました)


 小さな妹の優しさに触れ、ヒューは微笑ましくなった。くすくす笑おうとして、また咳き込んだ。


「……そう……ゴホッ……ですか」

(あなたという人は、自分のことよりも私のことなんですね)


 召使いは白い粉の入った袋と、水の入ったグラスを王子に差し出し、


「睡眠薬でございます」


 そちらへ、視線と落としたヒューから、笑みがすっと消えた。


「そう……ですか」

(また……ですか)


 ほんの一瞬戸惑ったが、王子はそれを素直に受け取り、薬の苦味をぐっと飲み込んだ。召使いはグラスを載せた銀のトレーを持ち上げ、


「それでは、また次の薬の時間に参ります」


 召使いが出ていったのを見届けると、ヒューは寝返りを打ち、カーテンの隙間から晴れ渡る青空を仰ぎ見た。


(どのような意味があるのでしょう?)


 答えを出せないまま、優雅な策略家は深い眠りに落ちていった。



 扉をノックする音で、ヒューはふと眠りから引き戻された。目をすっと開け、


「はい?」


 先ほどとは違う召使いが、顔をのぞかせて、


「お加減はいかがでございますか?」


 問われた王子は、体のあちこちに神経を傾け、


「えぇ……だいぶいいみたいですよ」


 召使いは睡眠薬と水の入ったグラスを載せたトレーを、ヒューには渡さず、サイドテーブルへと置いた。その仕草に、瑠璃色の策略家は違和感を抱き、


(なぜ、そちらへ置くのでしょう?)


 そして、冷静な頭脳が稼働開始。


 別の用事があるーーという可能性が出てきた。


 召使いは白いエプロンのポケットから、あるものを取り出した。


「こちらに見覚えはございませんか?」


 瑠璃紺色の瞳で、ヒューはそれを捉え、


(髪飾り)


 召使いへ視線をすっと上げ、ゆっくりと首を横に振った。


「いいえ」


 策略家の瞳に、かすかな光が宿る。


「どうしたんですか?」

(なぜ、私にわざわざこちらを見せに来たのでしょう?

 ーーおかしいみたいです)


 王子に優雅に微笑みかけられている召使いには、ヒューが疑いを持ったことなど気づかなかった。無防備にーー正直に、召使いは、


「ヒュー様が発見された場所のそばに、落ちていたそうです」

「そうですか……」


 策略家は間を置くための言葉を発し、情報を引き出す方法を一瞬にして画策。


(そうですね……それではーー)


 だが、彼が聞き返すよりも先に、召使いは自ら情報を渡し始めた。


「おそらくこの持ち主の方が、ヒュー様を助けた方ではないかと存じます」


 策略家の脳裏で、あることがはっきりと輪郭を持った。


 情報を簡単に引き出せるーーという可能性が高くなった。


 それを隠すように、ヒューはおどけた感じで、


「そうかも知れませんね」


 王子の罠にはまっているとも知らず、召使いは真剣な面持ちで、


「お会いになられたんですか?」


 パラパラとページを適当にめくるように、ヒューは好機がめぐってくるのを待つーーはぐらかした。


「会ったかも知れませんね、覚えていませんが」

(声だけは聞きましたよ、女性の声でした)


 召使いは期待が外れたというように、肩をがっくりと落とした。


「さようですか……」

 

 ーーそれでは、あなたから情報を引き出させていただきましょうか?


 巡ってきたチャンスをつかんだ、ヒューは顔色ひとつ変えず、


「どなたのものでしょう?」

「カリアラント王家のものです」


 何の疑いもなしに応えてくる召使いに、ヒューはさらに質問を重ねる。


「なぜ、わかるんですか?」

(どのようなことから、そのように判断したんですか?)


「昨日、こちらへ来る予定でございましたから」


 策略家はあごに手を当て、


「どのような用事だったのでしょう?」


 ヒューがまったく知らないことを、召使いは口にした。


「一昨日、リエラ様が十七歳になられて、陸へ初めて上がるのに、ぜひコランダムにと連絡がござましたから」


 ある言葉に、ヒューは心の奥底で引っ掛かりを覚えた。


(リエラ……?)


 だが、彼は平然と、間を置くための言葉ーー相づちを打ち、


「そうですか……」

(懐かしい……。おかしいですね? 一度もお会いしたこともない方の名前を聞いて、懐かしいと思うのは)


 黙っている王子の横顔に、召使いは、


「おそらく、リエラ様はこちらをお探しだと存じますが……」

「そうでしょうね」


 ヒューは召使いへ、意味あり気な微笑みを向けた。王子の瑠璃紺色の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、召使いは戸惑い気味に、


「それで……」


 王子は優雅に先を促した。


「えぇ」

(本題ですか?)


 質問攻めーー情報を引き出されていた召使いは、やっと部屋を訪ねてきた本当の理由を告げる機会に恵まれた。


「会いにいかれてはと、王様がおっしゃっています」


 召使いの言動を簡単にコントロールする、ヒューはすぐさま聞き返した。


「そちらは命令ですか?」


 今までの情報から判断してーーそちらの可能性が出てきた。


 ある答えを導き出した王子の隣りで、召使いは短く、


「はい、さようでございます」


 問いかける度に、素直に答えてくる召使いを前にして、策略家は心の中で優雅に微笑んだ。


(そうですね……?

 それでは……先ほど、導き出した可能性を確かめさせていただきましょうか?

 こちらで……)


 ベッドに横たわっている自分を強調するように、ヒューは降参のポーズを優雅に取った。


「困りましたね」


 くすくす笑いながら、はぐらかす。


「急いで届けた方がよろしいのではありませんか?」

(なぜ、私でなくてはいけないのでしょう? このような状態だというのに)


 召使いは真面目な顔で、


「いえ、すぐでなくてもよろしいそうです」

「そうですか」


 ヒューは何気なく言い、薄暗くなった空を見上げた。


 ーー先ほどの可能性が、さらに高くなった。


 あごに手を当てたまま、黄昏ている王子の横顔に、召使いは、


「明日には、外出できるそうです」


 部屋へ顔を戻し、ヒューは曖昧な言い方をわざとする。


「そうですか」


 役目を終えた召使いは、ほっと胸をなで下ろし、睡眠薬をヒューへ。


「こちらを、どうぞ」

(もう少し、お休みになられた方がよいかと存じます)


 王子はそれを素直に飲み、再びベッドに横になった。

 召使いが出ていくと、枕元に残された髪飾りにそって触れてみた。自分の内側に暖かい何かがすっと入り込んでくるような感覚を抱き、ヒューは少しだけ微笑む。


(心が休まりますね)


 すぐに、真剣な眼差しに変わり、


(しかし、おかしいですね。なぜ、そう思うのでしょう?)


 かろうじて、自分という輪郭を保っているものすべてをなげうってでも、掴み取りたいという衝動に駆られ、ヒューは髪飾りをぎゅっと握りしめた。


(私にとって……大切なもの……みたいです。ずっとーー)


 そこで、ヒューの手から力が抜け、彼は深い眠りへといざなわれた。



 一方、リエラは朝から大変なことになっていた。

 自分の部屋をあちこちかき回し、


「あれ? どこに置いたのかな? 髪飾り。あれがないと、陸に行けないよ」


 枕を引っくり返し、シーツをめくる。


「せっかく、またこの夢見たから、あの人に会いに行こうと思ってたのに。困ったなぁ」


 マリンブルーの透き通った光が差し込む、海面を見上げ、


「どうしようかな? あっ! もしかしたら、髪飾りがなくても、陸に上がれるかも!」


 リエラはドアに視線を落とし、


「よし、とりあえず行ってみよう!」


 部屋をぴゅーっと飛び出した。そこで、召使いにさっそく捕まり、


「リエラ様、どちらへ行かれるんですか?」

(その勢いからして、城の外にお出になるように見受けられますが)


 姫は屈託のない顔で、


「陸に行こうと思って」


 召使いはあきれ気味に、


「髪飾りを持っていらっしゃるんですか?」

(コランダム城にあると、先ほど聞きましたが)


 姫の行動はバレバレだった。リエラは目をパチパチ。


「え……?」

(何で、持ってないって知ってるんだろう?)


 ぽかんとした顔を向けた姫に、召使いはきちんと忠告する。


「髪飾りがないと、陸へは上がれませんよ」

(姫さまの先ほどの勢いからすると、髪飾りがなくても、陸へ上がれると思われていたようですが)


 この世界のルールをボケで無視しようと姫はしていた。リエラは珍しく大暴投せず、短くうなずく。


「あぁ、そうなんだ」

(ちゃんとしてるんだね。夢だから、なくても上がれるかとーー)


 先走りそうな姫に、召使いはきっちり釘を刺す。


「明日までは、城の中で大人しくしていてください。こちらは王様命令でございます」

(くれぐれも、他の国へお出掛けにならないでください。せっかくのお話が、台無しになってしまいますから)


 別の大きな何かが動いている、などということに、ボケボケのリエラが気づくはずもなく、


「はい」


 王様の命令では仕方がないと思い、セレニティス姫は、大人しく自室へ戻った。

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