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Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
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故意の雨

 放課後になっても、雨の勢いは留まることなく、薄暗い教室に、激しい雨音が響いていた。


「じゃ、お先」


 銀髪美少年ーーロック界の王子様・祐は多忙のため、さっそうと帰ってゆく。そして、もう一人の多忙者。天才少女ーーIQ二百の美鈴も、


「あたしも帰るね」

(今日は急ぎの仕事があるんだ。今度の学会までに、仕上げとかないとね)


 荷物をカバンにつめていた亮は、ふと顔を上げ、


「あ、うん。気をつけてね」


 教科書をパラパラとめくっていた誠矢は、手を止め、


「おう」


 ふたりに見送られ、美鈴は教室から出ていった。荷物をつめ終わった亮は、降り続く雨音に耳を傾ける。


「…………」

(困ったなぁ。止んでくれないかな?)


 再び、教科書へ視線を落とした誠矢。だが、彼の意識の先端は、予報外れの豪雨ではなく、同い年の従姉妹ーー亮に向けられていた。


「…………」

(亮は、傘持ってきねぇんだな。送ってってやりてぇけど……)


 ベルトにかけたバイクのキーにそっと触れ、雨で真っ白に煙る校庭を眺める。


(いくらバイクで吹っ飛ばしても、これじゃ濡れちまうしな。けどよ……)


 椅子の上でくるっと反転し、窓側から廊下側へ体を向けた。空席になっている、金髪天使ーールーの席を見つめる。


「…………」

(ルーのやつ。

 カバン置きっぱなしで、どっか行ってるっつうことは……。

 ま、そういうことなんだろ。

 ーーっつうことは、もう少しでオレの役目も終わりだな)


 少し微笑み、誠矢が再び教科書ーー待っていることを亮に悟られないために用意したアイテムに視線を落とそうとすると、ルーが教室へすっと入ってきた。ぼんやり外を眺めている、ブラウンヘアーの人の背中に、ふんわり声をかける。


「亮ちゃん?」

(キミに聞きたいことがあるんだ)


 ビクッとし、彼女は頬杖をといた。


「え、何?」

(ん……? 何だか、ルーの様子が違う気がする)


 純粋無垢なサファイアブルーの瞳に、いつもと違う光を見つけ、亮は違和感を覚えた。その隣りで、誠矢は口を少しゆがめ、金髪天使に密かに突っ込み。


「…………」

(ルー、お前、また性格変わってんぞ)


 透き通った瞳で、ルーは亮をのぞき込み、


「傘、持ってきてない?」

(キミは持ってきてない。そうなるって、前から決まってたから)


 いぶかしげな視線を、勘の冴えている誠矢はルーへ。


「……?」

(前から、決まってた? どういうことだ?)


 亮は何も気にせず、素直にうなずく。


「うん」

(持ってきてないよ。天気予報、外れちゃったからね)


 ルーは可愛く小首を傾げ、手をぱっと差し出した。


「じゃあ、ボクと仲良しさんっ♪」

(キミと帰りたいんだ)


 亮は目をぱちぱちさせ、


「え……?」

(全然、方向違うけど……)


「大丈夫さん」

(今日じゃないと、困るんだ)


 しっかりうなずき返したルーに、亮はまだ戸惑い顔。


「え……?」

(でも、これだけ降ってるから、濡れちゃうよ)


「大丈夫さん」

(キミは優しいんだね、昔から)


 一向に話の進まないふたりに、誠矢が助けに入った。


「送ってってもらえよ」

(堂々巡りになってんぞ。ルー、同じセリフ、二回も言ってるって)


 亮はきょとんとし、従兄弟へそのまま顔を向けた。


「え……?」

(プレゼント?)


 誠矢は心の中で、しっかり突っ込み。


「…………」

(それは贈り物だって。それに、お前まで同じセリフ、三回も言ってんじゃねぇか)


 春風のように微笑んでいるルーへ、誠矢は顔を向け、


「ルー、車だろ?」

「うん、そう」


 さすが御曹司、登下校はリムジンなのである。その車が到着するのを待っていて、教室から少し離れたていたのだった。亮はやっと合点がいき、


「あぁ、そうか」


 姫のナイト役交代ーーというように、誠矢は教科書をすとんとカバンへしまい、さっと立ち上がった。


「じゃあ、オレ、帰るわ」


 亮はそこで、従兄弟の心遣いにやっと気づいた。


「あぁ……ありがとう」


 赤髪少年は少し顔を赤らめ、ぎこちなく、


「お、おう……」

(恥ずかしいから、礼言うなって)


 誠矢は、そそくさと教室を出ていった。ルーは気持ちを改め、もう一度亮に手を差し出し、


「それじゃ、亮ちゃん。ボクと手つないで帰ろう」

「うんっ!」


 ふたりは幼稚園生のように手をつなぎ、人気のない廊下を歩き出した。



 昇降口に横付けされた、リムジンへ乗り込み、降りしきる雨の中、ゆっくりと車は走り出した。亮の向かい側の席で、ルーが口火を切る。


「遠回りさん、しよう?」

(キミの家まで真っ直ぐ帰ると、少し時間が短いんだ)


 亮はちょっと驚いた。


「え……?」

(遠回り……? 何だか、ルーの様子、やっぱり変だな……?)


 ルーの左隣に誰かいるような気がして、亮がそちらを見ようとすると、


【転生の輪】


 誰かに操られたように、彼女は急に考えを変えた。


(でも……ルーと話した方がいい気がする)


 金髪天使に焦点を合わせ、笑顔で、


「うん、いいよ」


 運転手に遠回りするよう指示を出すと、ルーはさっそく本題に入った。


「亮ちゃんは、人魚さんになって何をしたの?」

(ラピスラズリで、何があったのか聞きたいんだ)


「あぁ、夢の話? 昼休みの続きだね」


 亮に聞き返されたルーは、可愛く小首を傾げ、


「うん、そう」

(キミは夢だと思っている。正確には、ボクたちは夢だと思わされている。あの人に……ね)


 ルーは車窓から、雨雲をちらっと見た。その視線に気づかず、亮はのんきに、


「えっとね……?」


 夢のことを一生懸命思い出しながら、話し始めた。


「目が覚めたら、人魚のお姫さまになってて、誕生日パーティがあったんだよ」


 ルーはふんわり相づち。


「素敵さんっ♪」

(人魚は十七歳にならないと、陸へは上がれない。

 だから、必ず、そこからスタートする。

 期限は一年間)


 ルーの言っていることと、思っていることはてんでバラバラ。だが、ボケボケの亮はそれに気づかず、話を続けた。


「その日は嵐があって、海からは出れなかったから、お城の中で過ごしただけだったよ」

「退屈さんだった?」


 小首を可愛く傾げたルーに、亮は珍しく真面目な顔で、


「うん……そうだね」


 じっとしているのが苦手な彼女は、かなり退屈したようだ。彼女の性格よく知っているルーは、幸せそうな顔で、


「ふふふっ」

(キミらしいね)


 そして、すっと真顔に戻り、話を先へ進める。


「それで?」

(二日間、ラピスラズリにはいた。だから、もう一日あるはずだ)


 リムジンの天井を見つめつつ、亮は、


「次の日は……外出が出来るようになったから……えっとね? ……確かコランダムっていう国に行こうとしたよ」


 ルーは少し身を乗り出し、


「行ったの?」

(キミは、コランダムには行けなかった。

 五千年前の、ラピスラズリの七月七日の天候は、東の方で嵐。

 翌日も、波のうねりがひどくて……。

 キミは、彼を海の中で見つけたんだ。

 そこは、五千年前と同じはず)


 ルーの予想通り、亮は首を横に振った。


「ううん、行けなかったよ」

(行こうと思ったら、人が溺れかけてたから。

 助けたら、急に帰るように言われて、それっきりで……)


 瞳が曇った亮を、ルーはじっと見つめ、


「誰かに会った?」

(ヒュー ウィンクラーに会わなかった?)


 眉間にしわを寄せ、亮は難しい顔で、


「ん〜? ……誰だかわからないけど……溺れてる人がいたから助けたよ」


 ルーはいつも通りのふんわり笑顔で、


「誰かに似てなかった?」

(八神 光に似てなかった?)


 亮はさらに難しい顔になった。


「んー、似てたような気がする……?」

(どっかで会ったような……?)


「そう」


 ルーは短く相づちを打ち、昼休みのことを思い浮かべた。


(会ったのに、会ってないんだ。だから、彼はさっき嘘をつけたんだ)


 金髪天使はそのまま、視線だけを誰も座っていない左隣のシートへ移し、心の中で、こんなことをする。それはまるで、純粋な子供が目に見えないものーー霊を見て、話をしているかのように。


(キミは聞いてる? どうするのか)


「…………」


 誰かの答えを受けて、ルーはひとりつぶやく。


(そう……キミも知らない)


「…………」


 薄明かりの差し込み始めた、グレーの空を見上げ、


(あの人の考えだろう?)


 そこで、ルーの瞳は全ての人々をひれ伏せさせる威圧感を持った。


(……混乱させる。偽の情報を与える)


「…………」


 誰かの突っ込みのようなものが返ってきて、ルーはいつも通りのふんわり笑顔に戻った。


(そんな気がする……? ふふふっ、ボクにもわからないさ〜ん♪)


 そこで、金髪天使の目の前に、『The Little Mermaid』が差し出された。


「ーーでね。これがその夢と似てるから、読んでみようと思って」


「人魚姫サマ?」

(大切な本なんだ、それは。彼にとってね……)


 切なさを隠すように、ルーはふんわり微笑んだ。その笑顔につられ、亮は、


「ルーは読んだことある?」

「うん、あるよ」


 英語圏出身のルーに聞けると思い、亮はほっと胸をなで下ろし、


「じゃあ、わからないことがあったらーー」


 ふんわり天使は、さりげなく遮った。


「自分で読んだ方が、楽しいさんっ♪」

(ボクじゃなくて、彼に聞かないとね。キミが恋をするのは、ボクじゃなくて、彼なんだから)


「あぁ、そうだね」

(よし、頑張って読むぞ! おぉっ!!)


 妙に張り切り出した亮の魂の奥底に、ルーの左隣から、誰かの声が。


【水に属する者】


 亮の脳裏に、不意に昨日見た夢ーー苦しそうに息をする、瑠璃色の髪の人が蘇った。すっと真顔に戻り、ぽつり。


「……あの人、大丈夫だったかな?」


 亮よりも遥かに長い時間ときを生きてきたような、大人びた笑みで、ルーはしっかりとうなずく。


「大丈夫」

(彼はあのあと、カーバンクルの人に助けられたよ)


 まさか聞こえているとは思わなかったので、亮はびっくりした。


「え……?」


 ルーは構わず、言葉を重ねる。


「大丈夫、その人は生きてる」

(彼は自分の過去を、死で償おうとしたんだ。

 だけど……死ねなかった。

 違う。

 死ぬことはゆるされなかったんだ。

 まだ、彼は何一つ使命を果たしていないんだから)


 金髪天使の笑顔に励まされ、亮は元気にうなずいた。


「あぁ、うん!」

(何か、大丈夫な気がする)



 その後。

 学校での出来事や、ルーの好きな草花の話などをしながら過ごし、遠回りした帰り道も、亮の家に到着し終了。雨上がりの西日が差す風景の中、背後を走り去ってゆくリムジンのエンジン音を聞きながら、亮は自宅玄関のドアノブに手をかけた。そこで、


「あれ? どうして、ルーは夢のことなのに、大丈夫なんて言ったのかな?」


 宇宙一の天然ボケ少女は今頃、それがおかしいことに気づいた。


「変だね……?」


 空を見上げると、綺麗な虹が。


「うわ〜、綺麗だなぁ。まぁ、いいか。ふふ〜ん♪」


 ばっと勢いよく玄関を開け、亮の元気な声が夕暮れの空に響いた。


「たっだいま〜!」

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