表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Legend of kiss3 〜水の王子編〜  作者: 明智 倫礼
10/41

夢だった?

 探し求めていたものを、逆らうことの出来ない大きな力ーー運命によって、失ってしまったような悲しみ。それに胸を締めつけられ、リエラはウトウトしては、目を覚ましを、何度も繰り返しているうちに……。目頭に差し込む眩しい光に、眠りの奥底から引き戻された。うっすら目を開け、彼女は見慣れた天井を見つける。


「……夢?」


 ぽつりつぶやき、急速に戻り始めた意識の中で、部屋を見渡す。


 机に……カバン。

 制服。

 携帯電話。


 ーーピピピピッ!


 目覚まし時計代わりにしている、携帯が不意に鳴り始め、片手でぱっと引き寄せ、画面をタッチ。


「学校に行く時間だ」


 ベッドからゆっくり起き上がり、


「夢……だったんだ」


 カーテンの隙間から差し込む、夏の陽射しに目を細め、鳥のさえずりに耳を傾ける。


「あの人……大丈夫だったかな?」


 急に胸に切なさが広がり、


「夢なのに、どうして、こんなに気になるんだろう? 何だか変だね。それに……」


 まるで別世界にいたような、妙にリアルな夢。そこで感じた、潮風の匂いや濡れた髪の感触。砂浜に横たわる人。全てが鮮明に思い出され、ついで亮の脳裏に、優しく凛とした声が蘇った。


『この者を救えるのは、あなたしかいません』


 小首を傾げ、ぼんやりする。


「どうして、夢の中で、別の夢の声を聞いたんだろう? つながってるのかな? ふたつの夢って」


 何気なく机へ向けた亮の視界に、教科書が映る。数学の教科書が。


「誰かに似てるんだよね。誰だったかなぁ? んー……??」


 さらに考えを巡らせようとすると、階下から愛理の声が。


「亮、起きる時間よ」

「はーい!」


 元気に返し、亮はベッドからぱっと飛び降りた。


「ちょっと、わからないね。遅刻すると、大変だから。とりあえず、考えるのはあとにしよう」


 制服に袖を通そうとして、ふと手を止めた。


「でも、気になるなぁ」


 机に視線を落とし、再び数学の教科書を捉える。


「先生に相談したら、わかるかな? どうしようかな?」


 いつまでも起きてこない妹に、姉がもう一度、


「遅刻するわよ」

「……あ、はい!」


 亮は急いで制服に着替え始めた。



「おはよう、お姉ちゃん」


 亮がリビングへ入ると、いつも以上にハイテンションな愛理が出迎えた。


「おはようっ!」

(きゃあ♡ 今日は素敵な朝よ!)


 足元にカバンを置き、亮は椅子に腰掛けて、


「何かいいことあったの?」


 愛理はナイフとフォークを胸の前でしっかり握りしめ、目はハートマークで、


「えぇ、あったわよ〜♡ もう、最高だったのよ」


 亮は並べられた料理に目を奪われ、姉の目の輝きに気づかなかった。


「何?」


 ウッキウキで、愛理は体を左右に揺らしながら、


「今日ね、夢に不機嫌な王子様が出て来たのよ♡」

(夢から覚めちゃったのが、残念だわね)


「え……?」


 亮は真顔になり、姉へ顔を上げた。


(不機嫌……? 王子様……?)


 銀髪美少年の、幼なじみの顔が浮かび、亮は姉に、


「それって、祐のこと?」

「えぇ、そうよ」

「それで、お姉ちゃん、嬉しそうなんだね」


 いつも通りの美少年好きを見せた姉の態度に安心して、亮は再びテーブルへ視線を落とした。


(何から食べようかな?)


 朝食に気を取られている妹の正面で、愛理は頬杖をつき、


「でね……」


 ぐいっと身を乗り出した。


「私の義理の弟になってたのよ、素敵でしょ?」


 亮はコップにミルクを注ぎつつ、


「そうなんだ」

(お姉ちゃん、祐のCD、寝る前に聞いたんだね。だから、そんな夢ーー)


 寝る前のことを思い出した亮の手元で、コポっとミルクがコポッと鳴り、コップ半分で止まった。


(あれ? 

 昨日は一緒にドライフラワー作りして、そのまますぐに寝たよね?

 おかしいな?

 それとも、よく聞いてるから、夢見たのかな?)


 ぼんやりしている妹を差し置いて、愛理はウッキウキでおしゃべり中。


「ーーでね。正貴さんと結婚してるお姫さまになってたのよ。そして、祐君と正貴さんが兄弟で、ふたりとも王子様だったの」


 何の脈略もない話に、亮の目は丸くなり、


「え……?」

(櫻井さんと祐が兄弟?)


 頭の中でふたりを隣り合わせで並べ、亮は妙に納得。


(あぁ〜、でも似てるね、あのふたり。だから、兄弟の夢をお姉ちゃん、見たんだーー)


「さぁ、食べましょう」


 愛理の声に我に返ると、さっきからずっと姉が握りしめていたナイフとフォークが亮に差し出されていた。


「あぁ……いただきます」


 話し声のなくなったリビングに、テレビの音声が響き渡る。

『ガスタガ王国、レイト王子の行方不明事件をお送りしました。次は気象情報です。今日は全国的に大気の状態も安定していて、過ごしやすい一日になるでしょう』


 亮がちらっとテレビ画面を見ると、七月八日の天気。


『それでは、明日からの週間天気です』


 画面がぱっと切り替わり、七月八日から十四日までの天気が。それらをざっと見て、亮は姉へ、


「しばらく天気いいんだね」


 その言葉につられ、愛理もテレビの方へ顔を向け、


「あら、そうね。洗濯物もよく乾いていいわね」


 再び会話が途切れ、亮は不意に、今朝見た夢を思い出した。


(そういえば……。あれって、『人魚姫』の話に似てるね? あっ、もしかしたら、わかるかも知れない!)


 何か思いついた妹は、トーストにジャムを乗せている愛理に、


「ねえ、お姉ちゃん?」

「何?」


 不機嫌な王子の夢からまだ目覚めない愛理は、ご満悦な笑みで聞き返した。


「『人魚姫』の本って、持ってたよね?」


 妹の言葉に、愛理は胸騒ぎを覚える。


「えぇ……あるわよ」

(人魚……。どうして、あなたがその言葉を言うのかしら?)


 亮に悟られないよう、愛理は顔色ひとつ変えず、


「どうして?」


「ちょっと気になることがあるから」

(夢のことがわかるかも知れないよね、それを読んだら)


 愛理は亮の瞳の奥をうかがいつつ、


「そう。食べ終わったら、持ってくるわね」

「ありがとう」


 モグモグ食べ始めた妹を前にして、愛理は冷たいミルクの入ったグラスを両手で握りしめた。


「…………」

(今朝、見た夢の中で、私も人魚になってたのよね。

 姉妹だから、同じ夢を見ることもあるのかも知れないけど。

 偶然なのかしら?

 何だか、変だわね)


 あごに人差し指を当て、愛理は小首を傾げる。


(微妙に、何かがズレてきてるような気がするの。昨日の朝から……)


 滴のついたグラスから、愛理はそっと手を離し、


「最近、何かあった?」

「えっ?」


 姉の真剣な声色に、亮は驚き顔を上げた。じっと妹を見つめ、愛理は、


「昨日から、考えごとしてるみたいだけど」 

(あなただけ、様子がおかしいのよ。他のことは、いつも通りなのに)


 亮は一瞬ドキッとした。


「え……」

(やっぱり、お姉ちゃんにはわかってたのかな?)


 ナイフとフォークをテーブルの上に置き、


(どうしようかな? 言った方がいいのかな?)


 あちこちに視線を飛ばし、亮は迷い続ける。


「…………」

(でも、心配かけたくないんだよね。誠矢には話したけど。自分のことは自分で、解決したいんだよね)


 姉は妹の真意をキャッチし、


「…………」

(大人になとうとしてる。だったら、このまま黙って見守っておくのがいいのよね)


 食べかけの目玉焼きに視線を落とし、亮は、


「…………」

(相談する人は、お姉ちゃんじゃない気がする。別の人のような気がする。どうしてだかわからないけど……)


 視線をすっと上げると、愛理の優しい目線とぶつかった。


「何か困ったことがあったら、いつでも言いなさいよ」


 亮はぎこちなく微笑んだ。


「あぁ……ありがとう」

(その気持ちだけで、すごく嬉しいよ)



 学校までの道のりは、いつも全力疾走の亮。だが、今日は珍しく、ぼんやり考えごとをしながら歩いていた。


(夢と夢。同じ声を違う夢でも聞いて……。んー……?)


 そこで、いつも通りの声が。


「おう、おはよう」


「え……?」

(……誠矢だ)


 ヘルメット越しの見慣れた瞳から、亮は辺りの景色にようやく気づいた。


(もうすぐ校門だ。もう……ここまで歩いてきたんだね)


 従姉妹の異変に目を細め、


(お前、少し様子変だな)


 誠矢は何気なく、バイクを押し始めた。


「今日も、朝からあちぃな」

「そうだね」


 亮はうなずいて、綺麗に晴れ渡る青空を見上げた。


(ずっと、天気いいって言ってーー!?)


 そこで、はっとし、


「あっ、そうだ! 昨日、プレゼントありがとう! すごく嬉しかったよ」


 口の端をニヤリと歪め、誠矢は、


「おう、櫻井来たのか?」

(ボケ組三人で、楽しかったか?)


「うん、来たよ」

(すごく楽しかったよ)


 まともに返された誠矢は、物足りなさを感じ、従姉妹が大暴投しやすいように、次なる言葉を投げる。


「スルーしまくっただろ?」

(遠くへ投げろよ、取ってやっかんな)


 亮は真面目な顔で、首を横に振り、


「カレーはなかったよ」

(イチゴのショートケーキとフライドポテト。それから、ローストチキン………)


 待ってましたと言わんばかり、誠矢は素早く突っ込み。


「いやいや、『ス』が抜けてるって」

(また遠くへ投げろよ)


 亮は目をぱちぱちさせ、


「え、お寿司?」

(それもなかったよ)


 誠矢は軽快に、さらなる突っ込み。


「両側、固めんなって」

(『お』と『し』どっから持ってきたんだよ)


「え、中華?」

(固いめん……??)


 亮が三度目の大暴投をしたところで、誠矢たちは学校敷地内へと足を踏み入れた。


(おっと、ここで終わりにしとかねぇとな)


 赤髪少年はそう判断し、


「じゃあな」

(続きはあとでな。遅刻しちまうかんな)


「……あぁ、うん」


 バイク置き場へと向かい始めた誠矢の背中に、亮は手を振った。昇降口へ歩き出して、ふと小首を傾げる。


(あれ? 何、考えてたかな? 何だか、よくわからなくなっちゃったね。まぁ、いいか)


 夢の謎のことなどすっかり忘れ、亮は昇降口へ到着。そこで、


「亮、おはよう」


 聞き慣れた声に、彼女は振り返り、


「おはよう、美鈴」


 風で乱れた、黒に限りなく赤い髪を、美鈴は掻き上げ、


「どう? 十七歳になった気分は」


 亮は靴を脱ぎ始め、


「あぁ」


 飛びっきりの笑顔で言った。


「しおり、ありがとう。さっそく、今日から使うね!」


 微妙な顔で、美鈴は、


「あぁ、そう」

(気分はどうって聞いたんだけど、プレゼントの話になったね。まぁ、まともに返ってきた方か)


 ふたりが脱いだ靴を下駄箱に入れようとした時、さわやかな朝に似つかわしくない、気だるい声が背後からかかった。


「よう……亮、春日」


 美鈴はちらっと、銀髪少年を見て、


「おはよう」

(白石、今日、かなり不機嫌だね)


 さすがの亮も、幼なじみの異変に気づき、


「おはよう。……祐、どうしたの?」


 祐は盛大なため息だけ返した。


「…………」

(答えたくない)


 ロック界の王子様が下駄箱を開けると、大量の手紙とプレゼントが床に散らばった。それを横目で見ながら、亮と美鈴は廊下へ。小さな違和感は数あれど、いつもとそれほど変わらない朝だった。



 だが、教室へ入ると、また違和感が。先に席へ着いていたルーが、ふんわり笑顔で、


「おはようさん」


 机にカバンをどさっと下ろし、亮は元気よく、


「おはようっ!」


 金髪天使の笑みに、美鈴は違和感を覚えた。


「おはよう……」

(ルーが先に来てるなんて、ちょっと変だね。いつも、ギリギリで学校に来るのに)


 そこで、本鈴が鳴り、生徒たちは全員席に着いた。静まり返った空間で、亮はカバンを下ろそうとして、


(あ、そうだ。お姉ちゃんに借りた本、少し読んでみようかな?)


 美鈴にもらった押し花のしおりとともに、カバンから本を取り出し、そのタイトルを見て、固まった。


「え……!?」

(『The Little Mermaid』 ……英語だ)


 パラパラとページをめくり、読み慣れない文字を眺める。


(そうだよね……。お姉ちゃん、英文科だもんね)


 パタンと本を閉じて、亮は軽くため息ついた。


「…………」

(辞書使ってじゃないと、読めないね。とりあえず、がんばって読んでみよう! おぉっっ!!)


 やる気満々で、カバンへ本をしまうと同時に、ガラガラと教室のドアが開いた。いつも通りの、八神の優雅な出立ちを見つけ、亮は、


(そうだ、先生にもお礼言わないと。カーネーションもらったからね。あとで言いに行こう)


 出席を取り始めた八神の、瑠璃紺色の瞳に、亮はドキッとし、


(で、でも……。ふたりきりはドキドキするから、誰かと一緒の方がーー)


 そこで、亮は他の誰もが気づかない、小さな違和感を持った。


(あれ? 先生、雰囲気変わった……? 昨日、先生の部屋で見た時と、違う気がする)


 八神の瞳の奥に揺れる何かが、すっと亮の胸に舞い込む。


(前よりもっと……影が増した気がする)


 そこで、八神が、


「神月さん?」

「はい」


 難なく返事をクリアーし、亮は首を傾げた。


(先生、昨日、何かあったのかな?)



 亮が八神にお礼を言えないまま、数時間が経過。

 瑠璃色の髪の策略家は、自室で期末テストの採点をしていた。窓からの湿った風にふと手を止め、時計へ視線をちらっとやり、


(十二時十七分四十三秒。

 四時間目終了まで、あと二分十七秒。

 七月八日、水曜日。

 天気は……)


 天気予報が外れたのか、うす雲が青空の下を流れてゆく。窓枠に切り取られた、四角い空から、机の上にある赤いものに視線を移し、


(カーネーション。おかしなこと。そうですね……?)


 八神はあごに手を当て、遠くの空を眺めた。そこには、真っ黒な雲が、自分へ迫ってくる様が。


(……その方がいいかも知れない)


 策略家が手をほどくと同時に、四時間目終了のチャイムが鳴った。



 ーー昼休み。

 中庭の少し奥まった場所。

 人気のない木陰で、亮、祐、誠矢、美鈴、ルーの五人で昼食中。

 湿気を帯びた風が時折吹き、それに乗って、灰色の雲が次々と流れてゆく。


 彼らは、ラピスラズリへと飛ばされたが、日付が飛んでいなかったため、みんな夢だと信じて疑わなかった。


 どんどん色濃くなっていく雲を気にかけることもなく、祐はさっきからずっとため息をついていた。大好物のチョコレートを食べているにも関わらず、


「…………」

(あぁ〜、もう!)


 突っ込み隊長ーー誠矢がそれを見逃すわけもなく、ニヤニヤしながら、


「何があったんだよ?」

(お前、朝からため息ばっかじゃねぇか。チョコ食ってまでそれっつうのは、相当だぞ)


 ちらっと親友を見て、祐は、


「…………」

(俺、仕事のし過ぎかも知れない……)


 おかかおにぎりを手に持った、美鈴が、


「どうした?」

(チョコ食べてて、それだなんて。あんた、おかしいね、本当に)


 ふたりの視線を受けて、祐はようやく重たい口を開いた。


「夢の中までーー」


 途中で遮り、誠矢はふざけた感じで、


「王子だったか?」

(正解だろ?)


 盛大なため息だけで、祐は肯定。


「…………」

(当てなくていい)


 誠矢は親友の肩をバンバンと叩き、


「そりゃ、確かに仕事のし過ぎかも知んねぇな」

「その上……ものすごく寒いところで」


 祐はそう言って、チョコレートケーキをボソボソと食べた。


(一日中、雪降ってるんだ。廊下に出ると、凍えそうに寒くて)


 勘の鋭い誠矢は違和感を抱き、すっと真顔に戻った。


「…………」

(……妙だな?)


 おいしそうにメロンを食べていたルーが、ふんわり微笑み、


「たくさんさん、だった?」


 祐はちらっと視線だけ送り、


「…………」

(降ってた、思いっきり降ってた)


 まだ不機嫌が直らない親友に、誠矢はニヤニヤする。


「まだ、何かあんのか?」

(ひとつぐれぇじゃ、そんなんならねぇだろ。言っとけって)


「…………」

(言いたくない)


 祐はなぜか、亮に視線を向けた。それを受けて、亮は、


「何?」


 祐の焦点は、急にぼんやりし始め、


「妙にテンションの高い人が出て来て。それが、どっかで会ったことがあるような感じがして」

(亮に……似てる感じがする)


 その視線の意味を、誠矢はしっかりキャッチ。


「………?」

(愛姉か?

 愛姉、テンションたけぇかんな。

 愛姉が出て来た、王子になってる冬の夢。

 ーーっつうことは、オレのも夢じゃねぇかも知んねぇな)


 焼きそばパンを一口かじり、赤髪少年はふざけた感じで、


「オレも、王子になってたぞ」

(マジだぞ、嘘は言ってねぇ)


 亮は目をぱちぱち。


「え……?」

(誠矢が王子様? あれ?)


 トーストにジャムを塗る、美少年ハンター愛理が、亮の脳裏に浮かび上がった。


(確か、お姉ちゃん、朝……櫻井さんも王子様ってーー)


 そこで、美鈴のいぶかしげな声が響いた。


「ふーん」

(あたし、大騒ぎしてる如月に会ったんだよね、夢の中で)


 祐がぼそりと突っ込み。


「合わせなくていい」

(前振りになってない)


 誠矢は慌てて、


「いやいや、前振りじゃねぇって。マジで、プリンツとか呼ばれて、すげぇ広ぇ城で遊んだんだって」

(仕掛けだらけで、おかしな両親が出て来てな。春日まで出て来たんだよ)


 天使の笑みルーは、可愛く小首を傾げ、


「曲がり者さ〜ん!」


 誠矢はすかさず、突っ込み、


「いやいや、それは曲者くせものだって」

(読み方、間違ってーー!?)


 何かに気づき、目を大きく見開いた!


(ーーっつうか、何でお前、言い当ててんだって!

 何で、オレが『曲者ごっこ』してたって、知ってんだっつうの!)


 純粋無垢な瞳で、ルーは誠矢に微笑みかけた。


「ふふふっ」

「私も見たよ。人魚の国のお姫さまになってる夢」


 亮の発言に、幼なじみふたりーー誠矢と祐が同時に突っ込む。


「あぁ、お前、夢までぼけてんだな」

(お前に、姫は無理だって)


 亮はなぜか、制服のポケットに視線を落とし、


「え……?」


 ルーは気にせず、春風のように微笑む。


「亮ちゃんは、素敵さ〜ん!」


「あぁ、おいしそうだね」

(ポケットに、ステーキが入ってるんだね)


 めちゃくちゃになってしまった会話を、美鈴が素早く軌道修正。


「あんたたち、幼なじみはおかしな夢見るね」

(本当に……おかしいね。眠ってる間に、移動したってこと?)


 心の内を隠しながら、誠矢はふざけた感じで、


「春日はどうなんだよ?」

(移動してんぞ。それしか考えられねぇだろ)


 美鈴はちょっと悪戯っぽく、


「あたし?」

(いくよ、如月、前振りだよ)


 焼きそばパンをパクつきながら、誠矢は大いに期待。


「おう」

(突っ込んでやんぜ!)


「姫さま、あたしもなってたね」


 そのまんまの答えに、誠矢はしっかり突っ込み!


「いやいや、落ちになってねぇだろ!」

(いい前振りするじゃねぇか)


 フライドポテトをのんきに食べていた亮は、ふと手を止めた。


(あれ? みんな、王子様と姫さま? もしかして……)


 サファイアブルーの瞳を持つ、金髪天使に、亮は顔を向け、


「ルーは、何か夢見た?」

「うん、見たよ」


 ふんわり微笑みながら、彼は視界の端で中庭へと続く校舎の入り口を捉えた。


(あと……五秒)


 純粋無垢なサファイアブルーの瞳に、学校の中庭のはずなのに、まるでイギリス庭園を優雅に歩いてくる、貴族のような人影が映った。その気配に気づかず、亮は、


「どんな夢?」


「魔法使いさんになって、空を飛ぶ夢。ふふふっ」

(……二、一。来た)


 みんなとは少し違う、ルーの答えが湿った夏の空気に舞った時、


「神月さん?」


 優雅な声が、亮の背後から響いた。彼女はびっくりして飛び上がる。


「えぇっっ!?」

(や、八神先生!?)


 いつも通り大げさに驚いた生徒をのぞき込み、優雅な策略家はわざとらしく、


「どうしたんですか?」


 私が後ろから声をかけると、あなたは驚くーーという可能性が非常に高い。

 そう思っていましたよ。


 とりあえず、誠矢が突っ込み。


「お前、何しに来たんだよ?」

(わざわざ、亮、驚かせるために後ろから近づいてきて。

 『どうしたんですか?』って聞くなよ。

 お前が、どうかさせてんじゃねぇか)


 ポーカーフェイスで、八神はスマートにかわした。


「たまたま通りかかっただけですよ」


 誠矢は疑いの眼差しで、


「おう、そうか」

(お前が、たまたま通りがかったぐれぇで、オレたちの側に来るかよ。

 どういう理由で来たんだよ?)


 その視線さえも軽く交わして、八神は自分の受け持ち生徒を見渡した。


「何の話ですか?」


 ルーが小首を傾げ、真っ先に答える。


「夢の話です」


 勘の一番鋭い誠矢は、違和感を覚えた。


「……?」

(妙だな?)


「そうですか」


 優雅な笑みを浮かべた八神に、ルーは純粋な瞳を向ける。


「光先生は、昨日、夢を見ましたか?」


 ゆっくりと首を横に振り、策略家・八神は、


「いいえ……見ていませんよ」

(昨日の夢……)


 珍しくぎこちない言い方をした担任教師を、亮はじっと見つめた。


「……?」

(やっぱり、先生、元気がないね。どうしたんだろう? すごく淋しそうな目してる……)


 誠矢は素知らぬ振りで、焼きそばパンを頬張る。


(八神、どうして、そこで、そんな顔すんだよ?)


 緑茶を飲みながら、美鈴は今にも雨が降りそうな空を見上げた。


(これが原因?

 優雅な彼が、感情を表すなんて、珍しいね。

 でも……それだけだと、ちょっとおかしいね)


 我関せずというように、祐はチョコレートケーキを堪能していた。


(そうだな……あれがこうで……それがああだから……? 俺は放置だな)


 何も気づいていないのか、ルーはふんわり笑顔のまま、


「光先生は、王子サマになりましたか?」


 八神の冷静な頭脳に、ある言葉が浮かぶが、


(『ヒュー様』『王子、本日は……』)


 瑠璃色の髪の策略家は、首を横に振るーー平然と嘘をついた。


「いいえ、なっていませんよ」


 そして、ルーと八神の視線は絡み合い、がっちりと動かなくなった。一瞬にして、純粋無垢な色の消えたサファイアブルーの瞳を、ルーは八神に向け、


「…………」

(キミは嘘をついている)


 憂いを秘めた瑠璃紺色の瞳で、八神は冷静という名の盾ーー優雅な笑みで、威圧感のある視線を送りつけてきた生徒を、余裕で見つめ返した。


「…………」

(あなたは、時々、怖いくらい鋭い時がありますね)


 さすがのボケボケ少女・亮も、この違和感に気づかないわけはなかった。


「……??」

(どうしたのかな? ふたりとも)


 そこで、昼休み終了のチャイムが鳴り、八神はルーから視線をそらした。


「おや? もうこんな時間ですか」


 優雅な声が湿った空気に響き渡ると同時に、ぽつりと雨が落ちてきた。


「あぁ、降ってきちゃったね」


 美鈴の言葉を合図に、全員、急いで片づけ始めた。



 五時間目開始のチャイムが鳴る寸前、とうとう雷が鳴り出し、ひどい土砂降りとなった。


 雨で煙る車道を、一台のリムジンが走り去ってゆく。

 頬杖をついていた亮は、それを横目で見ながら、


(今日は天気がいいって言ってたから、傘持ってこなかったんだよね。困ったなぁ)


 ガラガラと教室のドアが開き。そこには時々ーーこんな土砂降りの日に決まって、亮たちのクラスーー2ーCを受け持つこととなる教頭が立っていた。


「八神先生は、急用のため本日は帰りましたので、ここからは私が代わりに担当します」


 教室がざわめき、亮は妙な胸騒ぎを覚えた。


(また、先生、早退したんだ。

 どうしたのかな?

 さっきも夢の話した時、淋しそうな目してたし。

 何かあったのかな?)


 亮の脳裏に、不意に赤いカーネーションが浮かび上がった。


(そうだ。お礼、ちゃんと言えなかったなぁ)


 雨の勢いが一段と増し、それに呼応するよう、亮の内側に優しく凛とした声が響いた。


『この者を救えるのは、あなたしかいません』


 目をぱちぱちさせながら、亮はキョロキョロする。


(え……? 何で、今なんだろう?)


 そう思った瞬間、稲光とともに雷鳴がとどろいた!


「わっ!」

「きゃあっ!」


 何人かの生徒が大声を上げ、しばらくの後、八神の代理の教頭が、


「それでは、授業を始めます」


 こうして、嵐のような激しい雷雨の中、午後の授業がスタートした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ