始まりは洞窟
目を開けると、そこは薄暗闇。
シーンと静まり返った空間にたまに、そよ風のような空気の流れを感じる。
怖々と両目を開けば横になっているわけではなくて石で出来たひじ掛け付の大きな椅子に座った状態で目覚めたみたいだ。
しばらくじっとしていると目がなれてきたのか、徐々に周囲の様子が分かってきた。
どうやら洞窟の中に作られた小さな神殿の中央に武骨な岩の玉座があり、20メートル位前方に外に繋がる出口があるようで、そこから日の光が差し込んできている。
さてはて、さしあたって緊急の危険は無いみたいだが、まずはどうするべきか。
茜はいつも何をしたらいいのか分からない時は現状の把握から始めるべきだと思っていた。自分の持てる物資、能力、環境、時間を出来るだけ正しく理解する事で、少なくとも悪手は打たないように考えて生きてきた。それは、母子家庭で何の不自由なく自分を育ててくれた優秀な母の背中をみて学んだ茜の武器の1つだったのだ。
よし、まずは体の状態確認から!
茜は薄暗い洞窟の中、自分の体をなで回すようにして確認し、足元を再確認してからゆっくりと立ちあがった。
手足や胴体に欠損は無し、顔も鏡がないから正確には分からないけど、多分、元のままだ。
胸は、、別に大きくはなっていないか、、ここは変わっていても良かったんだけど、そしてもちろん、股の間には、、そろり、あっ、ゃん、、、、ちゃんと女の子でした。感度は相変わらず良好、、と。
性別も変わってないのでアテナイの言う通り、元の茜クオリティなのだろう。
服装は前に着ていたユニムラ(大衆ブランド)のパジャマではなく、黒い厚手のローブを着用していた。これからの生活を考えると見た目以上の防御力を期待して止まない。ちなみに、下着は着けていない、、。他に持ち物やアイテムが無いか玉座周辺をしばらく探索するとやたらと立派なハードカバーの書物が床に落ちていた。
暗くて流石にここでそれを読むことは出来なかったので、慎重に光のある方へ進む茜、岩壁づたいに慎重に出口まで進み、溢れる光量に目をすぼめてしばらく我慢すると、、ムッと匂い立つような濃い緑の連なりが見えてきた、ザ・山だ。
茜がいる所は未開という言葉がぴったりはまる、山林の七分目くらいにある洞窟だった。
洞窟の入口付近で地面に座り込み、あぐらをかいて本に目を落とす。
表紙をめくるとそこには、見慣れぬ文字で「引継ぎの書」と書いてあった。見慣れぬ文字なのに何故読めるのかは理解出来ないが、文字を注視すると対応する日本語が頭に響くのだ。アテナイが何とかしてくれたのだろう。
「引継ぎ、、私の他に過去に魔王として前任者がいたのかしら?」
目次の欄には3つの項目が書かれていた。
一章 世界の常識
二章 周辺の地理
三章 魔王の権能
茜は一章と二章を軽く読み飛ばし、ここからの生活のキーになりそうな三章へと読み進める。
そして分かった事、魔王の権能は以下の3つである。
魔王の瞳:その生物に宿るマナ(魂のエナジー)を見通す事が出来る。発動条件は意識的に3秒以上対象を観察する事。
魔王の右腕:自らのマナを対象に与えて魔物を作り出す事が出来る。発動条件は対象に右腕で触れて「与える」と念じる事。
対象からマナを奪う事が出来る。発動条件は無抵抗または絶命してからマナが器から抜けるまでの間に対象に右腕で触れて「奪う」と念じる事。
魔王の左腕:対象のマナに干渉して器のかたちを変える事が出来る。発動には自らのマナを膨大に消費する。発動条件は対象に左腕で触れて「歪める」と念じる事。
なるほど、と茜は早速実験がしてみたくなり、洞窟の外、森の方へとその瞳を向ける。
マナを「見る」と意識してしばらくすると森の木々や草花からゆらゆらと白い湯気のような光がまとわりついているのが分かった。
あれがマナか、植物にも魂があるんだなと感心していると草の隙間に植物とは毛色の違う色のマナが混じっているのに気付く。
もぞもぞとゆっくりながらも移動している小さなマナ、、近づいて確認してみる、、トカゲだ。これ、索敵にも使えそうだ、魔王の瞳が発動している時は、サーモグラフィーのようにマナ以外がある程度貫通して見えるようになるみたい。
よし、では次の段階行ってみよう。生物の魔物化へ、、でも最初は程度が分からないから対象に悩むな、、例えば、この目の前のトカゲさんを配下にしようとしていきなり、ドラゴンとかティラノとかに変化されても正直処置に困る、と言うか喰われる可能性があると思う。
とすれば、最初は植物とか気性の穏やかそうな奴で実験すべきだ。茜は魔王の瞳を発動したり解除したりして感覚をならしながら、適当な対象を探索する。もちろん、遭難しないように洞窟からごく近い範囲内を中心に円を描くように歩いて行く。すると、、
「あッこれドロセラだ。」
足元に、幾重にも枝分かれした茎の先にねばねばした粘液がついた植物、和名でモウセンゴケと呼ばれる食虫植物が自生していた。このねばねばでハエとかを捕まえて消化してしまうナイスなやつだ。
現実世界では生物や化学が好きだった茜は植物なのに虫を取って食べてしまうという不思議な性質に魅せられて図鑑で何度か調べてみたものだった。
「よーし、私の最初の魔物はこのドロセラちゃんでいってみよう」
最悪、凶暴化しても根がついてるから、追ってはこれない、、と思う。また、ふつうの植物よりは戦闘が出来そうな奴になりそう、、そうイメージ的に。
茜はドロセラの茎の部分に右腕で触れて、「与える」と念じてみた。すると頭の内側に本を翻訳してくれた声(以下 翻訳さんと呼ぶ)が聞こえてくる。
「魔王 茜の総マナ量 666thu 対象名 ロツンドフォリアにいくらのマナを与えますか?」
変化候補先
30thu ロツンドフォリア・フォルティス
100thu ロツンドフォリア・スキエンィア
666thu ???
うぉい!3番目っ!!絶対に選んじゃいけない選択肢だろ、それ。
まず、マナの定義が魂のエナジーなので、選ぶと死んでしまう気がする。そして名前すら出ない。よって30か100の二択になるけど、どう違うかが名前から全く伝わって来ない。
どちらにしようかとしばし黙考、過去の経験から買い物の時にけちると後で必ず、損をしてきた茜は今後の検証の為にも今選べる最大の投資をしようと決めた。
何事もある程度上限を知らないと判断の基準が醸成されないのだ。
「ふむ、じゃあ100の方でお願いします。」
瞬間、、体全体が帯電したように総毛だち、ビリビリと感じるエネルギーの奔流が右腕を通してドロセラへと入り込んで行くのが分かった。注ぎこまれるエネルギーに耐えかねたようにドロセラが光始め、ブルブルと小刻みに振動も始める。
あ、これ破裂すると思ったその時、爆発のような光がドラセラを中心に弾けた。