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道化師の歓待 5

 カーテンの引かれたガラス扉に、人影が映った。人影は三回ノックをした。

「すみません」

 先程の金髪の青年の声だ。あたしは店のひとが止めるのも聞かずに、急いで扉を開けた。青年と別れてから一時間も経っていなかったが、それ以上経っている気がした。

「ああ、よかった。言った通りにしてくれたんだ」

 思っていた通り、そこには金髪の青年がいた。様子は先程と何も変わっていない。

「あ、サイラスは……あたしの知り合いは……っ」

「会ったよ。だいじょうぶ」

 青年は落ち着いていて、声は力強かった。

「サイラスのことも知ってるの?」

「まあね」

 あたしは青年が手に持っている剣に気がついた。

「それって……」

「ああ、これ、彼が本部に持って帰ってくれって言ってた」

「持って帰れないほどの怪我をしたの?!」

 一瞬、頭の後ろが冷たくなった。青年は首を横に振った。

「違う違う。だいじょうぶだって。かすり傷くらいはあったけど、そんな酷いものはなかったよ」

 落ち着いて、と青年は手で制したあと、あたしに剣を預けた。

 半ば呆然と鞘に収まった剣を胸に抱くと、言葉にならない感情が体の中で蠢いた。何をするべきなのかわからない。店の外に一歩二歩と出たが足がそれ以降止まり、いま自分が何を見つめているのかも定かでなかった。すこししてから我に返って、店の中のほうに目を向ける。金髪の青年が店のひとと二、三の会話をしたあと、金色のコインをひとつ店のひとに渡し、手を挙げてあっさりと別れた。

「さ、帰ろう」

 青年は店の扉を閉め、あたしの背中を押す。

「なに、渡したの?」

 恐る恐る訊いてみる。

「ん? お礼だよ。キミがお世話になったからね」

「えっ、ごめんなさい。あたし、そんな、お金持ってない……」

「あー、いいよ、返さなくて。俺は仕事をしてるだけだから」

「お金を渡すことが仕事なの?」

「……それはちょっと語弊があるけど、そういう時も稀にあるってことさ。タダで匿ってもらうわけにもいかないからね」

 それにしたって、見ず知らずのひとにお金を出してもらうことほど空恐ろしいことはないだろう。あとからそのことを理由に脅されないだろうか。不安が、隣を歩く青年との歩調を崩させる。青年より三歩ほど後ろになった時、青年が改めて話しかけてきた。

「さっきも言ったけど、キミのことはノアから聞いてたから知ってたんだ。新しい〈メイト〉が来たって。町中で見てすぐわかったよ」

「……ノアさんとは、知り合いなのよね?」

「ああ。仕事仲間でもあり、上司と部下でもあり、恩人でもある。俺がね」

 ということは、この青年は警備隊に属しているのだろうか。

「〈メイト〉はさ、いろんな不満の捌け口にされやすいんだ。〈メイト〉がよくない事象と関係あるかどうかはわからないけど、目に見える存在だからこそ身代わりにされる。俺個人は関係ないと思ってるし、キミが気に病む必要もない」

 あたしを励ましているというよりは、取るに足らない、下らないことだというような調子だった。

「で、まあ、色々なことがあって心が不安定なキミは、きっといまこう思ってるはずだ。こんな見ず知らずの自分に親切をしてくれるひとがふたりといるはずがない。これは何か裏があるんじゃないかって」

 当たっている。自分でもわかるほど挙動がぎこちなくなっているのだから、ひとを観察するのが得意であればすぐに気づくだろう。

「俺としてはさっきのこともあるし、心配だから本部まで送る気でいるんだけど、だめそう?」

 訊かれたが、言葉に詰まってしまう。だいじょうぶともだめとも言えない。しかし何かを言わなければと青年を見上げるも、やはり言葉は出ず、視線をもとの位置に戻してしまう。

「――よし、わかった。これ預ける」

 青年はおもむろに小さな巾着と銀の懐中時計をポケットから出すと、あたしに渡した。

「本部まで、これ預かってて。俺の持ち合わせ全部だから、人質として文句はないはずだ。ほらほら、足動かして。お昼までには帰りたいだろ?」

 あたしは面食らいながらも、巾着と剣を一緒に持ち、懐中時計は落とすのが怖かったのでショルダーバッグに仕舞った。ぱっと見ただけだが、とても高そうな時計だった。巾着はそれほど重くはないが、コインが何枚も入っている音がした。落とさないように、取られないようにしなければ。

「そういえばまだ名前を言ってなかった。俺はガーランド。ツカサは、家族はいるのか?」

「父と、それから姉が……」

「心配してるだろうな。俺はもうじいさんしかいない。じいさんは遠くにいるから、そう簡単に会えないけど、ツカサほどじゃないんだろうな」

 父のことは気がかりだった。父とふたり暮らしだったので、帰らぬ娘を心配しているだろう。

「あなたは、この町に住んでるの?」

 何気なく訊いてみる。

「いや、ここじゃなくて隣のアレリアに住んでるよ。こっちに来るの、大変でさ。何せ湖をぐるっと迂回しなきゃいけないんだ。でも湖の橋を使おうにも手続きが必要だから面倒で」

 ガーランドは得意そうに話している。

「この町はいいよな。のんびりしていて、ありのままっていうか、ごてごてしてないっていうか。見てても疲れないし、歩き甲斐がある。〈メイト〉はこっちの町にしか来ないけど、こっちでほんと正解だと思うよ。俺もミネルバに住みたかったな。ツカサにも会えるし」

 何を飲んだわけでもないのに喉が詰まり、あたしは咳き込んだ。

「直感っていうのか、なんかキミのこと気に入っちゃってさ。運命とか嫌いなんだけど、一瞬信じそうになったよ」

 口説いている、というには随分と軽い調子で、彼はとても楽しそうにしている。

「ここに来てまだ三日くらいだっけ?」

「えっと、確か、そのくらい」

「どう? 全然違うんだろ? キミのいたところとこっちって」

「あたしの住んでいたところとは違う……はずなんだけど、あんまり思い出せないの。この町と似たような町並みならほかの国にあったと思うんだけど」

「へぇ、興味深いな。共通点があるってことか。実際に見てみたいけど、行き方がわからないからなぁ。そういえば文字は? 読めるの?」

 あたしは首を横に振る。

「読めない。けど、なんていうか、見たことがあるような感じはする。数字もわからないけど、時計は同じようなデザインだから、なんとなく時間はわかる」

 本部の応接間に置いてある柱時計を思い出す。

「でもそう考えると不思議だな。どうして俺とツカサは会話ができてるんだろう?」

 ガーランドがあたしを見る。あたしはどういう意味なのかわからず、首を傾げる。

「キミはこっちの文字が読めない。俺たちの言葉とツカサのいたところの言葉は別物ってことだろ? ならこうして話ができるのはおかしいんじゃないか、ってね」

「……確かに」

 少なくともあたしの頭は、彼の言葉の意味がはっきりとわかっている。

「もしかしたら、ツカサはなんらかの力を持ってるのかもしれないな。別に理由なんてなんだっていいんだけどね。話ができるならそれでいい。考えてもどうせわからないことだろうし。やっぱ剣持とうか?」

「だいじょうぶ」

 あたしは首を横に振る。重いが、持ち続けられないこともない。こんなものを常に持ち歩いているサイラスやノアは、当然体を鍛えているのだろう。彼らは、本当に町を守っているのだ。体を張って、命がけで。

 剣の重みがあたしの中で意味を変える。サイラスは本当にだいじょうぶだろうか。

「さっきキミが見たものは魔物ってやつで、とても狂暴なんだ。攻撃性が強くて、ひとを襲う。いろんな種類の魔物がいて、石や水がなることもある。いずれにせよ、ひとにとっては脅威でね。人間はまず対処できないし、厄介な相手なんだ。それを対処するのは警備隊の仕事だから、何があっても絶対に近づかないほうがいい。だからこそサイラスはキミを逃がしたんだ」

 そういう大きな責任や危険の伴う仕事に就くなど、あたしには考えられなかった。怖くないのだろうかと思ってしまう。

「魔物って、ふつうの動物とかと何が違うの?」

「魔物は魔物さ。自然に生まれるやつもいるし、ちょっとばかり魔力にあてられた動物たちが変異したものもいる。魔力っていうのは魔族の力の源で、体の中にある」

「魔族が魔物を作ってるってこと?」

「ある意味ではそういうことになるかな。ただ生きている間に作るのはほとんど不可能だけど。例外もあるけど、魔力は、死んでからでないと体の外に出てこないから」

「えっと、じゃあ、魔族ってなんなの?」

「大きな力を持ってはいるけど、人間と同じで、ひとそれぞれさ。それに死んだあと遺体を燃やしてしまえば問題はない。俺の知り合いの魔族は、少なくとも人間よりも親切だよ。ツカサも近いうちわかる」

 ガーランドとしばらくとりとめのない話をしながら歩き、ふと目を向けた先にあの家の門扉があることに気づいた。無事に帰り着き、我知らず胸を撫でおろす。

「ここまで来ればもうだいじょうぶかな」

「あ、うん。……ありがとう」

 素直に感謝すると、彼は嬉しそうに頷いた。

「どういたしまして。あ、そうだ」

 ガーランドはあたしの正面に回り込み、どうしたのだろうと見上げていると、何故が抱き締められた。

「?!!」

 混乱して固まっていると、堪え切れずに漏れたような笑い声が耳元で聞こえた。

「ちょっと意識してもらおうかなと思って。あとこれ」

 すぐに体が離れて、ガーランドは小さな巾着を持っていた。

「預かってくれてありがと。たぶん、またすぐに会えると思うよ」

 満面の笑み。彼は手を振り、あたしに背を向けた。足取り軽く、背中がどんどんと小さくなっていく。

 顔から火が吹き出しそうだった。

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