影法師の暇乞い 1
偉大なる魔族、カンドラの軌跡
召喚術とカンドラの住処。
召喚術は文字通り、異界から別の存在を呼ぶことができる術であるが、今日においてほとんどの資料が消失しており、詳細は不明である。しかしその召喚される存在は、我々のように自我と知識を持ち、またある程度の意思の疎通が可能だったようだ。
召喚術が廃れた理由にはいくつかの説がある。多大な才能と力が不可欠で、術者に過大な負担がかかり扱いが困難であることから廃れたという説。異界から招かれた存在によって魔族が滅ぼされかけたことにより術を封印したという説。召喚術と対を成す送還術が先に廃れたことにより連動して廃れた説。
この三つの中ではひとつ目の説が最有力である。強大な力を有する魔族が倒されるとは露ほどにも信じられないが、大昔の魔族が今日の魔族よりも弱い存在であったのなら、あるいは異界から招かれた存在が我々の想像を遥かに超越する力を有していたとするなら、ふたつ目の説の可能性は否定できない。また三つ目に関しては、召喚術と送還術は似通った術であったらしいので、ふたつの術は同時に廃れたと考えるのが妥当である。かの術は扱いを間違えれば死亡することも往々にしてあった危険な術であり、なんにしても召喚術の扱いは至難であった。
召喚術を完成させるにあたり、カンドラが最終的に身を寄せた領地の領主は人間であった。領主は他の種族に対して嫌悪を抱いており、領民はおのずと人間の割合が多かった。魔族であるカンドラがいかにして取り入ったのかは不明だが、カンドラは領主に接近すると、人間以外を排除すべき、という他種排斥論を領内に流布させた。論調に影響された領内は荒れ、鎮静化するまで数年を要した。結果から言えば領内の人間以外の種族の数は激減し、カンドラの思惑通りとなった。
人間はほかの種族と違い、大きな力を持たず、またそれらを感知する術を持たない。かの地で召喚術の研究をするのは、邪魔が入らないという意味で実に都合がよかった。町外れに居を構えたカンドラは本格的な研究に着手し、実験を繰り返した。些細な失敗は数知れず、何度か大きな失敗をし、数年の間、昏睡状態に陥ったこともあったようだ。しかし死の淵から蘇った彼女から研究欲が尽きることはついぞなかった。
生還したあとの彼女は、何故か術とは関係ない何かの材料を集めており、その材料を遠方に持っていった、あるいは別の者に持っていかせたとされている。それをどこに持っていったのか、なんのための材料だったのかは不明であるが、話によれば竜の鱗等、入手困難の類いのものばかりであった。
また、召喚術を完成させる前、彼女は隣領の森にあるエルフの里に侵入し、霊薬を盗み出した。エルフに関しては詳細を知らないので確かなことは言えないが、霊薬には自らの持つ治癒力を異常に高める効果があるようだ。彼女のこの行動も非常に不可解であるが、再び昏睡状態に陥った時の保険であったのかもしれない。
いずれの行動のあと、彼女はいよいよ召喚術を実行するに至った。術式の展開には三日三晩を要した。




