炭鉱のカナリア 1
偉大なる魔族、カンドラの軌跡
はじめに。
今回の論文を起こすにあたり、私がかの無名な魔女を研究するに至った理由を述べることは、至極当然のことのように思う。
私は、彼女が育った、あるいは住んでいたとされる**大陸の北東の端の端、**領地のミュゲイ村の出身であったが、少年期までは特に気にすることもなかった。村のひとびともカンドラを特別には扱わず、話にも上がらなかったが、村外れにいるひとりの老婆は狂ったように彼女を崇めていたのを覚えている。その老婆のおかげでカンドラの印象がすこぶる悪かったのは言うまでもない。老婆はカンドラを崇めこそすれ、我々村人に対しては酷く排他的であり、当たり障りのない言葉で表すのなら非常に『不親切』だったからである。
さて、少年期において学歴優秀であった私は、奇跡的に知人の紹介を経て都市部の学術機関の門を叩き、日夜研究に明け暮れた。その頃の私の研究対象はセイレーンだったが、何年経っても資料は集まらず、セイレーンしか住んでいないという**島への現地調査を申請しても突っぱねられるのが常であった。私は冷静に現状を鑑み、十年続いた研究を泣く泣く手放した。
抜け殻となった私に転機が訪れたのは研究仲間の、魔族のほうが研究しやすいのではないか、というひと言だった。
なるほどその通りだと思った私は、すぐに資料室へと向かった。そして仲間の言う通り、セイレーンよりも資料は多く、それなりに研究が盛んなようだった。驚くべきことに魔族の始祖はある種族と種族の間に生まれた混血であったらしい。しかし証明する手立てはないので、この論文の執筆者の妄想かでたらめであろう。今日の魔族が他種族との交配が不可能であることに説明がつかないからだ。
だがセイレーンよりは、というだけで、魔族が歴史の表舞台に出てくることは他種族と比べて少ないことは事実であった。**大陸においては、魔族は多少活躍しているようだが、人間の多い**大陸の魔族ともなるとその数は大幅に減る。魔族は例に漏れず排他的であり、また自らが動くことをよしとしない気質ゆえに、文献に残る魔族は一握りであった。そしてその一握りの彼らは、すでに研究され尽くしていた。
だが不思議なことに、私は長らく忘れていたカンドラのことを突如として思い出した。彼女の研究書を探してみると、ひとりの魔族につき二十冊は研究書が出ているというのに、彼女の場合は本棚の端に二冊あるのみだった。そのうちの一冊はまるで製本することを忘れたかのように、紐で綴じてあるだけのお粗末なもので、内容も外観に劣らずお粗末であった。
私の心臓は興奮で高鳴った。カンドラに関してはまだちゃんとした研究がなされていない。それだけでも、私をカンドラの研究に走らせるに充分な材料だった。研究者というのは、中には例外もいるが、前人未踏の領域を自分が切り開いていく行為に深い意義を覚える生き物なのである。ひとの役に立つかどうかは別として。
私はおざなりの二冊の資料を読み込み、研究室に休暇届けを出した。何はなくとも郷里に戻ってカンドラの足跡を辿ることにした。驚くべきことに、あの老婆はまだ生きていた。記憶の中にいる老婆と寸分たがわぬ姿の彼女の話によれば、老婆はカンドラの一番弟子で、弟子の中で一番可愛がられていたのだという。甚だ疑問ではあったが、老婆に宛てたカンドラからの何通もの手紙を見せられ、その疑問は一旦保留とした。手紙や老婆の話によれば、カンドラは『蛇の魔女』と恐れられた魔族で、力も強く、さまざまなことに手を出していた。
ある時は地方の豪族に愛妾として取り入り、挙句没落させた。またある時は勇敢な若者と狂暴な竜を退治して、若者との間に子供を授かった(前述の通り、魔族と他種族の交配は不可能であるから、この話が事実である可能性は限りなく低い)。ある地方では豪商へと上り詰め、一時領主となったという。何年も森の奥地に住み、かと思えばひとびとの前に姿を現す、というのを繰り返していたようだ。しかし次第に彼女は、あるひとつのことに没頭していくことになる。
大昔に廃れ、知る者も少ない謎多き術、召喚術である。




