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ミネルバ-望郷の町-  作者: 近藤 回
第六章

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大義に踊る騎士 3

 邸の外にいた見張りを手分けして片づけ、調査済みの窓に近づく。邸の裏手の窓から中を窺うスリプが合図をした。するとフックが腰につけたポーチからナイフを出し、窓の隙間にそれを捻じ込んで、あっさりと鍵を開けてしまった。もっと複雑な動きをしていたように思うが、見ているだけでは到底わかりそうにない。こうしてナイフ一本で開けるのを目の当たりにすると、知らないほうがよかったなとつくづく思った。こうも簡単に不法侵入できてしまうと警備隊の存在意義が揺らいでしまうが、いまはそれを考えている場合ではない。

『だってあなた、捜したいんでしょう? だったらのん気に夜会に出てる場合じゃないと思うけど』

 私の代わりに夜会に参加することになったハロルドという男がそう提案した時、確かにそうだと思った。口調が女のようだがハロルドは三十代の男で、自分が身にまとう衣装に並々ならぬ情熱を燃やしていた。化粧もたしなむ彼は粉をはたいていた手を止め、スリプの言葉を遮ったあと自分がいかにその夜会に出たいかを力説した。

 私はしばし考えたあと、彼の提案を受け入れた。スリプは最初から私とハロルドの交換を訴えていたので希望に沿う形となり、上機嫌で了承した。ライラには悪いが私は裏方のほうが落ち着くのだ。万が一競売に彼女たちが出てこなかった時、その競売会場にいたのでは恐らく何もできない。いるとわかっているのに捜すことができないのは、はっきり言って論外だ。それなら最良と考える行動をするべきだと思った。

 そうして私はいま、彼らのあとについて邸に潜入していた。そこはダイニングであるらしく、長いダイニングテーブルが真ん中に置かれていた。テーブルの上に火の点いていない燭台が並んでいるが皿などは置かれていない。夜も更けており、夕飯はとっくに終わっているはずだ。

 壁をいくつか隔てた先から声がする。スリプとフックのあとに続いて隣の部屋にひとがいないことを確認し、スリプの合図で動き出す。部屋をひとつ過ぎると、くぐもってはいたが数字を言う男の声が聞こえた。その意味を直感的に理解し、奥歯を噛んで堪え、拳を握る。振り返ったスリプがもとから据わっている目で私を見、それから首を横に振った。これではどちらが大人かわからない。他人の家に侵入したあとの判断力においては、前を行くふたりのほうが優秀だ。

 階段があった。壁沿いに右回りで作られ、壁が赤い。スリプが先行して階段を足早に上がっていき、姿が見えなくなる。フックと私は何か物音がしないか、目端に怪しいものが映らないかと神経を尖らせていると、手すりからスリプの手が出てきて進めと合図をした。階上に足を踏み入れると右の突き当たりに扉がふたつあった。ひとつは前に、ひとつはその扉の左に直角に作られている。いまいる場所は間取り図でいうと邸の左端に位置し、目の前の扉の先に寝室がある。左の扉の部屋はよくわからないが、その次の部屋は書斎のようだ。事前の打ち合わせで二階は虱潰しに捜すことが決まっていた。スリプは迷いなく目の前の扉を開けた。

 白っぽい壁の部屋だった。ベッドの両側にオイルランプが置かれ、窓には厚手のカーテンが引かれている。ランプに照らされた部屋に違和感を覚え、眉を寄せた。スリプが何事かに気づいてベッドに駆け寄り、小声で必死に話しかけた。

「なんでこんな時にのん気に寝てられるのよ! 起きなさいよ!」

 フックが素早く部屋の扉を閉めるとその前に立った。どうやらひとが来たわけではなく、単に見つからないように扉を閉めたようだ。私に目配せをし、私は急いでベッドに駆け寄った。

 コーラルが、眠っていた。

 ランプに照らされた顔は生気があるのかどうか判別がつかない。驚いたことに何故か髪が伸びていた。胸がかすかに上下しているので呼吸はしているようだが、スリプの呼びかけに何も反応を示さず、布団の上に出た手は組まれていた。スリプは諦めたのか溜め息をつくと、ベッドからすこし離れた。

「なんにせよ生きてるならいいわ。ほかの部屋も確かめないと。あんたはどうするの? ここに残る?」

 スリプがそう訊いてきたのは、私がここに残ると考えてのことだろう。私はすぐに頷いた。

「そ。わかったわ」

 彼女は素っ気なく返すとフックと共に部屋を出て、先程のもうひとつあった扉から別の部屋へと向かった。連携の取れたあのふたりなら何があってもだいじょうぶだと思えた。

 コーラルの顔には、どんな感情も認められなかった。ただ目を閉じ、口元は真っ直ぐに結ばれている。あの時、ソファーで眠っていた時に感じた安らぎも何もない。何かが変だった。彼女の眠りはどこか不自然で、何か抗いがたいものに襲われているような、強制力のある何かに従わされているような、そんな感じがした。

「おや、王子様でも来たのかな?」

 考えに没頭していたせいなのか、部屋の入口に誰かが立っていることに気がつかなった。咄嗟に振り返ると、そこには紫のジャケットとズボンを身に着けた女が立っていた。腕を組んで、開けた扉にもたれかかっている。相手を見据えながら、視線の先の人物と頭の中の情報を冷静に照らし合わせた。

 この邸の主、ミランダ・リューン・ウェイデンで間違いなかった。

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