道化師の歓待 2
「やっぱり不思議よねぇ。まったく別のところからひとが来るなんて」
お互いに自己紹介をしたあと、リアは改めてあたしを見て、ふと感想を漏らした。彼女は両親と三人暮らしで、サイラスとは十年ほど前からの仲だという。
「あの、〈メイト〉って、結構有名なの?」
「ええ、そうよ。ツカサさんは六年ぶりの〈メイト〉なの。ほかの領地ではないことだし、目立っちゃうのも仕方ないの。あ、でもね……」
先頭を歩く犬の背を見ていたリアの顔が曇った。
「どうかした?」
訊くと、リアは笑顔で首を横に振った。
視線を感じてふと周りに目を向けると、すれ違うひとが明らかにあたしを見ていた。やはりよそ者だと見た目でわかるのだろうか。あたしは話題を変える。
「ところで、リアちゃんていくつ?」
「リアでいいわ。わたしは十七」
年下なのか。わかってはいたが。
「じゃあサイラスは?」
「サイラスは二十一よ。アサギは今年で十八だったかな」
とするとサイラスは年上でアサギは年下か。そう見えていたので予想が当たった。
「えっとじゃあ、ノアさんは?」
「確か、三十三くらいだったと思うわ」
三十三……全然見えない。サイラスと同年代かと思っていた。童顔で、雰囲気が柔らかいせいもあるのだろうか。
ふと思ったが、あの女の獣人のひと以外に、似たようなひとを見かけなかった。歩いているひとを見る限りあたしと同じ人間ばかりというか、外見が同じひとしかいない。
「ねぇ、リア。この前、猫の顔した女のひとがいたじゃない? すごい驚いたわ。あのひと以外にそういうひとっているの?」
「そんなにいないわ。この町は人間が多く住む町だから」
「そうなの?」
「ええ。聞いてないの?」
「すこしずつ聞いてはいるんだけど、あんまりにも違うことが多すぎて、頭に入らないっていうか」
教えてくれたのはもちろんノアで、警備隊の本部である家のことと同時に話してくれた。彼から聞いたことは、この世界の国家やさまざまな種族のことだった。
この町がある国はジェンティーレと言う。ジェンティーレのニエジム領内にミネルバ町があり、領地は数十にも分かれているのだそうだ。
種族は本当にたくさんいるらしく、ここでの人間はひとつの種族として成り立っている。人魚やエルフもいるようだ。セイレーンや魔族、サテュロスなどは、なんとなく言葉から想像するしかない。気を遣われてなのか、ノアは多くのことを言わなかった。
「獣人のひとって多いの?」
「ふつう、だと思うんだけど、この町ではそのひとしか見かけないわ」
リアはすこし寂しそうに眉をひそめた。
「どうして?」
「領主がね、嫌いなのよ。人間以外は領内に入れたくないみたいで。ほかの領地ではいろんな種族を見かけるわ」
「なんで嫌いなのかしら?」
「そこまではわからないけど、すごく嫌いってことだけは確かね」
ということは、あの獣人は余程の人物ということか。確かにちょっとやそっとでは追い出せない雰囲気だった。
そういえば警備隊のことについてもある程度説明された。
警備隊は国が定めた機関で、どの領地にもあるのだという。この町には警備隊が七隊あり、隊員は日々見回りをして町を守っている。この間は魔物が出たと言っていた。その脅威から町を守るためなのだろう。そしてその領内の警備隊を束ねるのが、確か、なんと言っただろうか。
「あ、あの家よ。きゃっ」
リアが一軒の家を指した時、犬がひと吠えして走り出した。リアが引っ張られていく。
「え、まって!」
あたしも慌てて走った。一頭の馬が引く荷馬車がガタガタと音を鳴らして横を通り過ぎる。荷馬車の後輪はあたしの腰くらいの高さの直径だった。
道の両側に家々が並んでいる。十軒くらいの家々がくっついており、目的の家はその中のひとつだった。玄関前の三段ある階段を上がり、リアが敲き金を鳴らした。強く叩かなくても屋内に聞こえるものなのだろうか。
すると三、四十代くらいの女が出てきた。リアの顔を見ると彼女に笑いかける。
「こんにちは、リアさん」
「こんにちは。グーイを連れてきました」
「あら、ありがとう。いなくなってヘイルが心配していたのよ。魔物に食べられちゃったんじゃないかって」
女が安堵してそう言うと犬が吠えた。リアは手綱を女に渡し、犬は女の前でしっぽを大きく振ってとても嬉しそうだ。
「あなたは?」
階段下にいたあたしに女が訊いてきた。
「あ、えっと、その……」
まさかこちらに話を振られると思わず、返答に困ってしまった。
「わたしの友人なんです」
リアが嬉しそうに自慢した。つい先程会ったひとを友人と呼んでくれるとは、なんと心の広い少女なのだろうか。
「それにしても、見かけない顔ね。服もちょっと違うみたいだし……どこの方?」
ちょっと違うというのは、ジーンズのことだろうか。確かにこの町のひとが着ている服は、女性はチュニックかシャツに、場合によってはコルセットをして、下はスカートが多いような気がした。留め具がボタンと皮ひもばかりだ。あたしの出で立ちはシンプルで男っぽいかもしれない。そう思っていると、前にいるリアが言った。
「ツカサさんは東のほうの領地から、わざわざ親戚に会いに来たんですよ。すみません、おばさま。わたしたちはそろそろ失礼しないと。へイルくんによろしく言っておいてください」
「ええ、わかったわ。この子を連れてきてくれてありがとうね。ヘイルもきっと安心するわ」
犬は女の隣に座りながらこちらを見ていた。そこが定位置なのだろう。家に帰れてよかった。リアと共に来た道を戻った。
すこし行ってから、リアがぴたりと横にくっついてきて、小さな声で言った。
「あの、さっきは言いにくかったから言わなかったんだけど……この町のひとは〈メイト〉をあまりよく思ってないの」
あたしは驚いた。
「そうなの?」
「ええ。なんでも〈メイト〉が来ると悪いことが起こるって、みんな思ってて……。だからさっきは、すぐに帰ったほうがいいと思って話を切り上げたの。話しておけばよかったわ。ごめんなさい」
「いいよ。リアは悪くないから……」
あのまま彼女と話し込んでいたら、恐らく〈メイト〉であることをあたしが話していただろう。どおりで先程から視線を感じるわけだ。見かけない顔のあたしを、彼らは嫌悪に似た感情で見ていたのだろうか。
あたしたちは、あの家に帰ることにした。




